第二話
「ところで諸君、サッカーは好きかね?」
長浜一佐が、唐突にそんなことを言い出す。
いつもの岡本ビルの会議室である。メンバーも、いつもの通り。長浜一佐と石野二曹、それに畑中二尉と三鬼士長の凸凹コンビ。パイプ椅子に座るAI‐10たち五体。
「うちのマスターは野球一筋や。サッカーはまるっきり判らへんで」
すかさず、雛菊が答える。
「わたくしのマスターは、結構お好きですわね。よくネットやテレビで海外の試合もご覧になってますわ」
スカディが、そう言う。
「あたしのマスターは日本代表だけは応援してるね。ワールドカップなら、予選から毎試合見て応援してるよ」
亞唯が、めんどくさそうに言う。
「あたいのマスターも似たようなものなのです! 普段は興味がなさそうですが、日本代表の試合はテレビで見ているのです!」
シオはそう言った。聡史はスポーツ番組などめったに見ないが、サッカー日本代表の国際Aマッチだけは好んで見ている。
「わたくしのマスターは、サッカーはご覧になりませんねぇ~。ゴルフ番組はお好きですがぁ~」
ベルがそう言って締めくくる。
「そうか。実は、わたしもあまり詳しくは無いのだが、来月ロンドンでロボットによるサッカー・ワールドカップが開催されることになった」
「マジ話かい、それ?」
亞唯が、眉根を寄せて問う。
「本当の話だ。まあ、正式な国際大会ではなく、企業間同士の宣伝を兼ねた交流展示会、といった趣だがな。最初から説明しよう。発端は、自身がサッカークラブのオーナーでもあるブラジルのセルパ・ヘビー・エレクトリカルズのリカルド・セルパ会長と、熱烈なサッカーファンとして知られるイギリスのレッドフィールド・システムズのフレデリック・ワイズ社長が意気投合し、自社のヒューマノイド・ロボット同士でサッカーの親善試合を行おう、と決めたことによる。これを聞きつけた他のロボットメーカーが、自社もチームを作って参加したいと申し出て話が大きくなり、どうせやるならば世界規模でやろうという構想が生まれ、北米やアジアの企業にも声が掛かって……ロボットサッカーワールドカップに繋がったわけだ。出場チームは各社ひとチームに限定されていて、参加は全部で十六社。すべて、トゥエンティ・ファクトリーズの企業だ。トゥエルブ・パペッターズも、MRT以外はすべて参加する予定だ」
長浜一佐が、手短に説明する。トゥエンティ・ファクトリーズは世界二十大軍事用途自立ロボットメーカーに対する非公式な呼称で、そのうち特に技術力が抜きんでている十二のメーカーが、トゥエルブ・パペッターズと呼ばれている。AI‐10を製造したアサカ電子も、この一員である。
「MRTは軍用専門やからなぁ」
雛菊が、残念そうに口を挟む。
「とすると、トゥエルブ・パペッターズ以外で参加するのは五社か。どこが出るんだい?」
亞唯が、訊く。
「セルパはもちろん出る。あとは、エヴァテックス、ソーベル、グルーン、GHIだな」
「ブラジル、オーストラリア、イスラエル、南アフリカ、韓国ですわね」
スカディが、各企業の国籍を並べ立てる。
「中国、インド、それに台湾が不参加かいな。やっぱサッカー人気がいまいちなところは、参加しても宣伝効果薄いんやろか」
雛菊が、言う。
「では、アサカ電子代表としてあたいたちが出るわけでありますか?」
シオはそう訊いた。
「そういうことになるが、もちろん裏事情がある。今回のロボットサッカーワールドカップ、世界の主要自立型ロボットメーカーが集うこともあって、ウォーム・ハンズ・ソサエティによる何らかの妨害工作が行われる、という情報がすでに複数の海外諜報機関によってキャッチされているのだ。それが、大規模なテロとなるのか、あるいは公式ホームページの改竄程度で収まるのかは、判然としないが」
「そのための警備に、派遣されるわけでありますね?」
シオはやる気満々で口を挟んだ。
「そうだ。会場はロンドン郊外なので、警備担当はイギリス当局となる。向こうから要請が無い状態で、勝手に警備陣を送り込むことはできないが、選手としてならば何者を派遣しようと自由だからな。ということで、諸君らは出場選手として会場に赴き、密かにWHSの妨害工作を警戒してもらいたい。一応、非公式に諸君らの派遣はイギリス当局に伝えるので、ある程度の情報共有や連携は取れるはずだ」
「なんだか、面白そうな任務なのですぅ~」
ベルが、乗り気な発言をする。
「ですが、サッカーは十一人でプレイする競技ですわ。わたくしたちは五体。残り六体はどうなさるのですか?」
スカディが、小首を傾げつつ訊く。
「ロボットサッカーだから、レギュレーションが違うんじゃないか?」
亞唯が、そう推測する。
「レギュレーションその他に関しては、あとで畑中二尉が説明するが、人数は十一体必要だ。残りの六体は、アサカ電子が用意する。彼女らはノーマル形態のAI‐10で、今回の任務とは無関係なので、そのつもりで」
「単なるモブキャラですわね」
例によってスカディが、メタ発言する。
「言っておくが、諸君らの任務はあくまでイベントの警備だ。試合に勝つことではないぞ。そこをはき違えないでくれよ」
半ば冗談口調で、長浜一佐が忠告する。
「ですがぁ~。一応はアサカ電子の宣伝でもあるわけですから、あまり無様な試合はできないのではないでしょうかぁ~」
ベルが、首を捻りつつ言う。
「そのあたり、アサカ側とも調整済みだ。一回戦負けでも全く問題はない。できれば、一回戦負けであとは警備に集中して欲しいくらいだな」
苦笑しつつ、長浜一佐が言う。
「なら、手抜きすればいいのであります!」
シオはそう主張した。途端に、長浜一佐が苦い顔になる。
「いや、手抜きはだめだ。八百長はまずい。すでに、イギリスの正規ブックメーカーが本大会を賭けの対象にしているんだ。不正が発覚したら、アサカ電子の面目が丸潰れとなる。だから、そこは真面目にかつ全力でプレイしてくれ」
「ブックメーカーが株式上場している国ですものね、英国は」
スカディが、苦笑する。
「要するに、スポーツマンシップに則ればいいわけだな」
亞唯が、そう言った。長浜一佐が、うなずく。
「そういうことだ。では、あとは任せよう」
長浜一佐が、畑中二尉を手招く。
「よーしおまいら、謹聴しろー。今回の遠征チーム、あたしが監督を務めるぞー。三鬼ちゃんは、アシスタントコーチだー。石野二曹はサッカーよく知らんので、トレーナー名義で帯同するー」
畑中二尉が、尊大に言い放つ。
「二尉殿、サッカー経験者なのかい?」
亞唯が、訊いた。
「学生時代にちょっと、なー。ちなみに、三鬼ちゃんはなんと茶道部出身だぞー。運動神経と高身長の無駄遣いもいいところだと思うがなー」
笑いながら、畑中二尉が答える。
「で、今回の大会のレギュレーションその他について解説するぞー。ルールに関しては、現行のサッカーのルールが準用されるー。だから、二足歩行ロボット以外は出場禁止だー。当たり前の話だが、多脚タイプは有利過ぎるからなー」
「十脚タイプが胴体の下でドリブルしたら、ボール奪え無さそうですものね」
スカディが、軽く突っ込む。
「大きさ制限もあるぞー。体高十フィート以下、自重一千ポンド以下。でかいほど有利になるからなー。おまいらなら、余裕でクリアできるなー」
「体高三メートル、重量四百キログラムのロボット相手に、わたくしたちが敵うとは思えませんがぁ~」
ベルが、言う。
「あたしもそう思うが、ハンデは無いぞー。いずれはボクシングや柔道みたいに階級別になるのかも知れないが、今回は初の試みだからなー。というか、二回目の大会が行われるかどうかも不透明だー。では続けるぞー。脚は二本限定だが、腕の本数は自由ー。だが、キーパーが使えるのは二本だけだー。余剰の腕は一時的に取り外す、または不稼働状態で体側に固定というルールだー。長さも、三フィート以内、という制限が付いているー。それ以上長い場合は、改造が義務付けられているぞー」
「せやなあ。腕が三メートルある奴がキーパーやったら、無敵やで」
雛菊が、笑う。
「一チームはもちろん十一体。交代は、基本不可。稼働不能状態に陥った場合のみ可だー。これは、不正防止のためだなー。プレイ中の充電、燃料補給はピッチ外へ出れば自由。もちろん、時計は止まらんぞー。ロボットの性能に関しては、市販品と同一か同等しか認められないー。サッカー用の特殊改造などは禁止だー」
「当然ですわね」
スカディが、うなずく。
「フィールドの大きさは、人間用と同一だー。ゴールその他の大きさも同じー。ボールはサイズと重量は人間用と同じだが、外皮が強化された物が使われるそうだー。おまいらが本気で蹴ったら、あっさり壊れそうだからなー。ピッチに関しては、天然芝や人工芝ではなく、安いゴムマットとか敷いてプレイするそうだー。そうでもしないと、一試合だけで芝がぼろぼろになりそうだからなー。試合時間は四十五分ハーフの九十分。大会進行の都合上延長戦は無し、同点の場合はPKで勝敗を決めるー。審判は、人間が務めるー。ちゃんと反則も取るからなー。イエローカードもレッドカードも出るぞー。言っとくが、反則は絶対にするなー。アサカ電子のイメージダウンになるからなー」
「ルールを守れないロボットに、商品価値などないのですぅ~」
ベルが、うなずく。
「まだまだ細かいルールがあるぞー。選手……ロボットのセンサー類は本体と一体型になっているものしか認められないー。プレイ中は完全に自立状態であることが求められ、外部からの操作や情報付与は禁止ー。ただし、コーチからの音声または身振りによる情報提供は問題ないー。選手相互のコミュニケーションだが、データリンクは禁止ー。無線もだめだー。許されているのは、人間の可聴範囲内の音声、身振り、低輝度の発光信号だけだー。頭部を含むボディにある長さ一フィート以上の突起物は、腕の一種と看做され、これにボールが接触した場合はハンドとなるー。ま、詳しくはこのパンフレットを読んどけー」
畑中二尉が、三鬼士長から渡された薄い小冊子を掲げる。
「ではみなさん、お待ちかねのユニフォーム配布です」
三鬼士長が紙袋を取り出し、中からAI‐10用サイズのサッカーユニフォームを取り出した。……あからさまに日本代表のユニフォームを意識した、青い半袖とハーフパンツの組み合わせだ。
「はいっ! モデルを志願するのであります!」
シオはいち早く挙手した。他のAI‐10たちの呆れ顔を無視し、三鬼士長からユニフォーム一組を受け取る。
小走りに隣接する事務室に駆け込んだシオは、手早く服を脱ぐとユニフォームに着替えた。
「どうでしょうか?」
戻ってきてポーズを取るシオに、仲間たちから生暖かい視線が注がれる。
「……自分が着ることを前提として感想を述べるならば……悪くはないのではないでしょうか」
スカディが、慎重な物言いをする。
「かっこいい……とは言えないが、似合ってない、とも言い難いな」
亞唯が、難しい表情で言う。
「馬子にも衣裳、とはいかんなぁ」
そう言うのは、雛菊。
「わたくしたち、体形があれですので、こんなものではないでしょうかぁ~」
ベルが、諦めの口調で言う。
「ロボット版『な〇しこジャパン』を目指すのであります!」
シオはひとり盛り上がって拳を宙にぶち上げた。
「いや、さすがになで〇こは名乗れんやろ。ここは、『ひなぎくジャパン』やで」
雛菊が、にやにやしながら言う。
「『こす〇すジャパン』だとコンビニですわね。マイナーですけれども」
スカディが、言う。
「『ひま〇りジャパン』だと保険屋になっちまうな」
笑いながら、亞唯が言う。
「『あじ〇いジャパン』とか『あさ〇おジャパン』なら大丈夫そうですねぇ~」
ベルが、言う。
「あー、それに関してだが、チーム名はもう決めてあるぞー」
にやにやしながら、畑中二尉が口を挟んでくる。
「いやな予感しかしませんが……どのような名称なのですか?」
用心深げに、スカディが訊く。
「開催地がイギリスだから、英語だー。『フィッシュミンツ』という名前だー。どうだー。アイドルグループみたいで可愛いだろー」
「『フィッシュミンツ』? 魚のミント?」
亞唯が、首を傾げる。
「確かに、弱小プロダクションの売れないアイドルグループみたいな名前やな」
雛菊が、そう感想を述べる。
「どうせ二尉殿のことだから、よからぬことを企んでいるのです! こんな可愛らしい名前を付けてくれるなんて、怪しいのです!」
シオは抗議口調で言った。畑中二尉が、笑う。
「いい勘してるなー、シオ。フィッシュミントは、英語で『ドクダミ』の異称なのだー。生臭いハーブだからなー」
「ど、どくだみジャパン……」
スカディが、絶句する。
「……まあ、あたしらには合ってるか」
亞唯が、諦め顔で言った。
「ところで監督、もう組み合わせとか決まってるのかい?」
亞唯が、畑中二尉に訊いた。
「いや、まだだー。十六チームがトーナメント形式で対戦し、都合十五試合が行われることになるなー。日程としては二日間が予定されており、一日目で一回戦八試合が行われ、二日目に二回戦四試合、準決勝、決勝の合計七試合が行われるー。三位決定戦はなしー」
「では、四回勝てば優勝ですねぇ~」
ベルが、笑う。
「無理やろ、それ」
雛菊が、すかさず突っ込んだ。
「ですが、まぐれ、たまたま、番狂わせ、奇跡と続けば、可能性は微粒子レベルで存在しているかと!」
シオはそうぶち上げた。
「あー、ちなみにブックメーカーによればおまいらの優勝オッズは、八倍となっているー」
畑中二尉が、そう教えてくれる。
「悪くないですわね。出場チーム数が少ないとはいえ、本物の日本代表より、かなり評価が高いですわ」
スカディが、驚いたように言う。
「まあ、選手やチームに関するデータが少ない現状では、これはアサカ電子に対する信頼度、といってもいいだろうなー。ちなみに、トゥエルブ・パペッターズの各チームに関してはオッズは似たようなものだー。ただし、レッドフィールドの『レッドフィールズ』とSHEのサンルカス・ジュニオールは優勝候補としてオッズが低いなー。ま、とりあえずおまいらは明日から強化合宿だー。アサカ電子がグラウンドを貸してくれるから、そこでびしびししごいてやるぞー。他の六体も待ってるはずだー。負けて当然とはいえ、アサカ電子のためにあんまり恥ずかしい負け方はできんからなー」
「先ほどからお話がサッカーに偏っている気がしますけど、本来の警備任務に関するご指示はありませんの?」
スカディが、視線を長浜一佐に当てて問うた。
「……実を言うとあまりないな。WHSが何か仕掛けてくるかどうかも確実ではないし、敵の出方が判らないのでは有効な手の打ちようも無いしな。まあ、アサカ電子およびチノハマ重工関係者の安全確保を最優先に、イギリス当局と協力して事に当たってくれ、としか言いようがない。諸君らの臨機応変さに期待している。まあ今回は、畑中二尉が陣頭指揮を執るから、不測の事態にも対処できると思うが」
「イギリス以外の国はどう出るかな? MRT以外のトゥエンティ・パペッターズが勢揃いするなら、CIAやヨーロッパ各国の諜報機関、それにFSB(ロシア連邦保安庁)なんて連中も乗り出してくるんじゃないのかい?」
亞唯が、問う。
「今の処情報は入っていないが、まず確実に来るだろうな。そのあたり調整が必要ならば、現地で臨機に対応してもらうしかない。畑中君、頼むよ」
「お任せ下さいー。おっと、忘れるところだったー。おまいら、現地に行ったら、特殊な装置を装着されるから、そのつもりでいろー」
「特殊な装置? なんだい、そりゃ?」
畑中二尉の言葉に、亞唯が首を捻る。
「簡単に言えば、『動力源遮断装置』だー。警備当局が任意に電波指令によって、該当ロボットの機能を停止させることが出来る装置だなー。テロ行為防止用に、イギリス当局が開発したものだー。内務省の通達で、本大会に関わる全てのロボットに対し、装着が義務付けられたのだー。選手ロボはもちろん、各種のサポートロボット、民間籍の警備ロボット、さらにはロンドン警視庁保有の警察ロボットにも装着されるー。有効範囲は会場とその周辺に限定されるぞー」
「テロ対策には有効でしょうが、その指令装置がテロリストの手に渡ったら、大変なことになりそうなのですぅ~」
ベルが、指摘する。
「その可能性はゼロではないが、人間がバックアップするから大丈夫だろー。他に質問はあるかー? なければ各自三鬼ちゃんからユニフォーム受け取ってくれー。明日朝迎えに来るからなー。あ、サッカー関連のDVDを何枚か用意しておいたから、詳しく無い奴はそれを見て予習しておけー。では、解散」
第二話をお届けします。




