第二十二話
「各自、残弾数を申告」
スカディが、命ずる。
「シオ、三十二発!」
「こちらベル。二十八発なのですぅ~」
手詰まりであった。スカディ、シオ、ベルの三体は、何回かの小競り合いののち、08番TELが格納されているトンネルのすぐそばまで到達していた。だが、その少し前に築かれたバリケードには、一個分隊程度のREA兵士が陣取っており、盛んに銃撃を加えてくる。安易に突入すれば、蜂の巣になるのは目に見えている。おまけに、ここへ来て機関拳銃の残弾数も心もとなくなってきていた。
「なんとか打開策を見つけないといけないのだわ」
新しい弾倉を機関拳銃に押し込みながら、スカディが言った。
「手榴弾も爆薬も使い切ってしまいましたしねぇ~」
ベルが、相変わらずの暢気な口調で言う。
「ここまで来て諦めるわけには行かないのです! 日本を防衛し、マスターを守らねばならないのです!」
シオは拳を突き上げた。だが、彼女もこの状況を打開する策を持ち合わせてはいなかった。
「来た」
短く、シンクエンタは告げた。
彼女の背中のアクセスパネルは開放され、電源ケーブルはAM‐7の下部アクセスパネルの中に接続されていた。バックアップバッテリーを除くシンクエンタの電源は、すでに損傷によって機能を停止している。彼女はさながら母親の胎内で臍の緒に繋がれた胎児のごとく、そのエネルギー源を全面的にお兄さんに依存していた。
AM‐7の方も、視覚系センシング能力を、シンクエンタに完全に依存していた。繋がれたケーブルから入力されるステレオCCDカメラからの映像を、AM‐7は自己AI内で照準用プログラムと擦り合わせ、間に合わせの擬似3Dマップとシンクロさせて火器管制を行っていた。
REA陸軍部隊は、ヴォルホフ基地内に装甲車を持ち込んでいた。幅四メートルしかない通路を、73ミリ低圧砲を装備したBMP‐1装軌歩兵戦闘車がゆっくりと進んでくる。その後ろには、BTR‐60PB装輪兵員輸送車の姿があった。
天井の蛍光管は、AM‐7によって狙撃され、すべて割られている。闇の中、REA部隊は慎重に接近しつつあった。
「お兄さん、残弾数は?」
ケーブルを通じて、シンクエンタは訊いた。
「01式軽対戦車誘導弾が一、40ミリ対人対装甲擲弾が四十八、7・62ミリ弾が八百六十二だ」
すかさず、お兄さんが答える。
「そう言うお前は、何発残ってる?」
「9ミリは七十二発。手榴弾は一発。C4は、五ポンド残ってるよ」
「一戦交えるには、十分な量だな」
「ねえ、お兄さん」
「なんだ?」
「さっきはありがとう。身を挺して、わたしと夏萌を救ってくれたね」
「礼を言われるほどのことじゃない。……夏萌は、残念だったな」
「仕方ないよ。戦争してるんだから」
「たしかにな。運の悪い奴は、やられる。どうやら、俺たちも運がなかったみたいだが」
「ずいぶん悲観的じゃないか。ところであんた、有線だと饒舌だね」
「お前こそ、無口キャラじゃなかったのか?」
そう言われ、シンクエンタは頬を緩めた。
「そうだね。……そろそろ撃って来そうだよ、お兄さん」
「ああ。先に仕掛けるぞ」
AM‐7が、一発だけ残った01式軽対戦車誘導弾を放った。先頭をゆくBMP‐1に命中し、これを屠る。
後続のRTR‐60PBが、前照灯を点灯すると、14・5ミリ機関銃を撃ち出した。通路両脇に展開した歩兵も、AKMを乱射する。
40ミリ擲弾が、BTR‐60に命中した。車内で爆発が発生し、銃塔が外れて吹き飛び、天井に激突する。AKMを撃っていた歩兵たちも、炸裂した擲弾の弾片になぎ倒された。
その後方から、RPGが放たれた。一弾が、AM‐7の至近で壁に着弾し、コンクリート片を撒き散らす。もう一弾は、7・62ミリの弾幕に叩き落とされる。
シンクエンタも撃ち始めた。ケーブルで繋がっているせいか、不思議なほどお兄さんとの一体感を感じていた。マスターとでさえ、築けなかったほどの絆に近いものを、シンクエンタはお兄さんに対し感じていた。
シンクエンタのマスターは、極端な人見知りであった。彼女の無口な性向は、明らかにマスターのコピーであった。シンクエンタは、マスターの他人を遠ざける仮面の下に、温かな人間性が溢れていることを知っていた。けれども、人付き合いの苦手なマスターは、いつも損ばかりして、そして傷ついていた。
マスターを守りたい。そして、幸せになって欲しい。
いくら撃ち倒しても、REA兵士は湧き出してきた。ふと、シンクエンタは妙なことを考えた。実は、ロボットはREA兵士の方ではないのだろうか。お兄さんとわたしは人間で、死を恐れながら必死に戦い続けている。一方、死の概念のないREAの歩兵ロボットは、仲間が倒されても構うことなく、あくまでもプログラムに従ってこちらを屠ろうと攻め寄せてきている……。
AM‐7の96式40ミリ自動擲弾銃が、沈黙した。ついに、全弾を撃ち尽くしたのだ。
シンクエンタの機関拳銃も、吠えるのを止めた。すべての銃弾を、使い果たしたのだ。シンクエンタは、静かに右腕を下ろした。
お兄さんの74式車載機関銃は撃ち続けていたが、その残弾数もわずかだろう。
と、こちらの攻撃が下火になったことを悟ったREA兵士が、攻勢に出た。三発のRPG弾頭が、一斉に放たれる。
一発が、AM‐7のボディ前面に命中した。
HEAT(成型炸薬弾頭)が、前面装甲を易々と貫いた。内部を焼かれたAM‐7が、機能停止寸前に陥る。
残る二発のうち一発は大きく外れ、AM‐7後方の天井にぶち当たったが、最後の一発はシンクエンタの至近に着弾していた。弾殻が弾け飛び、シンクエンタの黒いドレスを突き破り、付け根部分で左脚を切断する。小さな弾殻のひとつは、彼女の右頬を直撃した。アルミ合金を貫き、表情の変化を司っていたプロセッサーを破壊する。
シンクエンタは、微笑を凍りつかせたまま床に転がった。
奇跡的に、AM‐7とのケーブルは切断されずに残っていた。それを通じて、シンクエンタには無意味としか思えぬデータが伝わってくる。
次の瞬間、止めとなるRPG弾頭がAM‐7に着弾した。爆発が、AM‐7の内部構造をずたずたに引き裂き、お兄さんは完全に沈黙した。
シンクエンタへの、電力供給が絶たれた。
シンクエンタは横たわったまま、バックアップバッテリーだけでお兄さんから最後に伝えられたデータを解析しようと務めた。だが、そのデータはあまりにも不可解であり、シンクエンタのAIには理解不能であった。それは、機能停止寸前のAM‐7のAIが発した単なるノイズであったのか、それとも切羽詰ったAIによって奇跡的に生み出された、通常の人工知能には解析不可能な高度な概念だったのだろうか。
解析を諦めたシンクエンタは、そのデータを大切にメモリーの奥に格納した。さながら、親しい人の臨終に立ち会った者が、死にゆく者の最後のひと言を、生涯忘れることがないように。
駆け寄ってきたREA兵士が、AKMの銃弾を横たわるシンクエンタに浴びせた。
いきなり、爆発音が響いた。
次いで、聞き慣れた機関拳銃の発射音が続く。
「味方でしょうかぁ~」
ベルが、言う。
「どうやらそうみたいね」
スカディが、遮蔽物から頭を突き出した。シオも、同じように頭を突き出して、向こうを見る。
おなじみの姿が、そこにはあった。亞唯と、雛菊だ。
「亞唯ちゃん! 雛菊ちゃん! 会えて嬉しいのです!」
シオは、遮蔽物の陰から飛び出した。バリケードに拠って待ち構えていたREA兵士たちは、亞唯らの手榴弾攻撃と銃撃で全滅したらしく、みな倒れ伏している。
「あたしも嬉しいよ」
亞唯が、笑顔を見せた。
「エリアーヌとめーとライチは?」
スカディが、聞く。途端に、亞唯が表情を曇らせた。
「三人とも、やられちまった。データは、回収したけど」
亞唯が、膨らんだ胸ポケットを叩いた。
「そっちも二人足りないね。お兄さんもいないし」
「夏萌は戦死したわ。お兄さんとシンクエンタは、増援部隊を阻止してくれているわ。このすぐ先に、核弾頭があるのよ」
そうスカディに告げられた亞唯の目が、輝く。
「よく見つけたな。行こう」
「シオちゃん。銃を拾ってゆくのですぅ~」
亞唯と雛菊に続いて走り出そうとしたシオを、ベルが呼び止める。
「そうですね! もう予備銃弾がほとんど残っていないのでした!」
シオとベルは、それぞれAKMSを一丁ずつ拾った。予備弾倉も拾い集め、ポケットに詰め込む。シオはついでに手榴弾も五つほど失敬した。
「行くのです!」
二体は、スカディたちのあとを追った。
「ここですわね」
スカディが、08と描かれたプレートが貼り付けてある耐爆扉を指す。
「爆破するしかないか」
亞唯が、鈍い銀色に光る扉の表面を撫でた。
「そんなことしなくても、開くと思いますぅ~」
歩み寄ったベルが背伸びすると、腕を伸ばして壁のテンキーパッドを叩いた。モーターの作動音がして、耐爆扉がゆっくりと上がってゆく。
「うぉっ! さすがベルちゃんなのです!」
「先ほどパソコンを覗いたときに、開錠コードを覚えておきましたぁ~」
真っ暗だった内部で、天井に取り付けられた蛍光管が自動でぱぱぱっと点灯してゆく。
幅十メートル、高さ四メートルほどのトンネル内に、それは鎮座していた。
TEL(輸送起立発射機)だ。巨大なタイヤに支えられたトレーラー。その上に載せられた、円筒形の装甲ランチャー。全体は、濃淡二種類の緑と薄茶色の計三色で、迷彩に塗られている。
スカディが、駆け寄った。TELのボディに描かれているナンバーを確認する。
「08。間違いないわ」
震えを帯びたような声で、言う。近寄った亞唯が、その背中を励ますようにぱしんと叩いた。
「よし、あんたらで始末してくれ。あたしと雛菊で、警戒してるから」
「わかったわ。シオ、ベル。弾頭をチェックして。わたくしは、TELを動けなくします」
スカディが、命じた。
「亞唯ちゃん、雛菊ちゃん。よかったら、使ってくださいぃ~」
ベルが、抱えていたAKMSを亞唯に渡した。シオも、AKMSを雛菊に渡す。予備弾倉も、ポケットに突っ込んであげた。手榴弾も、浴衣の左右の袂にひとつずつ入れてやる。
スカディが、TELの運転台によじ登った。シオとベルは、装甲ランチャー左前方のハッチを開いた。内部に頭を突っ込む。
「これが、弾頭部ですねぇ~」
一足先に装甲ランチャー内部に潜り込んだベルが、言った。滑らかなノーズコーンと、それに繋がっている円筒形の金属。この中に、核弾頭が収められているはずだ。
「どうやって、中身を取り出しましょうか?」
「お兄さんがいれば、プラズマ溶断機が使えたのですがぁ~」
顔を見合わせたシオとベルは、しばし黙り込んだ。弾道ミサイルの弾頭部は、飛翔時に高温に晒されるのできわめて熱に強く、かつ頑丈にできている。簡単に破ることはできない。観察した限りでは、核弾頭を取り出せそうなアクセスパネルなどないし、解体の手がかりになるような螺子穴や継ぎ目なども見当たらない。
「スカディちゃんと、相談するのです!」
「それがいいのですぅ~」
二体は、装甲ランチャーから抜け出した。ちょうど、スカディが運転台から下りてくるところであった。
「電装系を無茶苦茶にしてさしあげましたわ。とりあえず、修理するまで動けないはず。そちらの首尾は?」
シオとベルは代わる代わる状況を報告した。スカディが、困り顔になる。
「となると、爆破処理しかないわね」
「あまりやりたくないのです」
シオも困り顔をした。プルトニウムは危険物であり、放射線を発する。爆破すれば、プルトニウムは当然飛散するだろう。シオたちがそれを浴びれば、ただではすまない。むろん有機体ではないから毒性は問題ないが、放射性物質に汚染されればマスターに近付くことさえできなくなってしまう。それに、大量に放射線を浴びればメモリーを始めとする電子機器に悪影響が出るだろう。下手をすれば、保持しているデータがそっくり飛びかねない。
いきなり、銃声が響いた。機関拳銃の発射音だ。それに重なるように、すでに耳慣れてしまったAKMのばんばんという連射音が続く。
「亞唯ちゃんたちなのです!」
シオは駆け出した。ベルとスカディも、続く。
トンネル入口の左右に隠れて、亞唯と雛菊が腕の機関拳銃で銃撃を繰り返していた。
スカディが、雛菊の背中に胸を押し付けるような姿勢で射撃を開始する。シオは、置いてあったAKMSを取り上げた。ハンドガードを肩に担ぎ、しっかりと両手で保持する。
「ベルちゃん、頼むのです!」
「了解なのですぅ~」
ベルが、ピストルグリップを握った。狙いを定め、撃つ。
「ベル、耐爆扉を下ろせない?」
弾倉チェンジの合間に、スカディが叫ぶ。
「できますよぉ~」
AKMSを手放したベルが、背伸びすると壁のテンキーパッドを操作した。ごろごろと音がして、耐爆扉が閉まり始める。銃弾が当たり、かんかんという甲高い音が響く。
「ついでなのです」
シオは肩のAKMSを床に置くと、先ほどREA兵士から頂戴したF1手榴弾を取り出した。ピンを抜き、降りてくる耐爆扉と床のあいだに投げ込む。耐爆扉が降り切ったと時を同じくして、くぐもった爆発音が聞こえた。
「ロックしましたから、開錠コードを入力しても開かないはずですぅ~」
ベルが、告げる。
「これで、少しは時間が稼げるわね」
スカディが、安堵の表情で言う。
「亞唯ちゃん、怪我してるのです!」
シオは、尻をぺたんと床について座り込んでいる亞唯に駆け寄った。
「脚をやられちまったよ」
亞唯が、顔をゆがめた。
右脚の膝関節部分と、左脚の太腿のあたりを、銃弾が貫通していた。
「歩けますかぁ~」
「ちょっと無理だね」
ベルとシオは、亞唯をずるずると引き摺って、TELのそばまで運んだ。スカディが、亞唯と雛菊に状況を説明する。
「爆破処理しかないね」
亞唯が、顔をしかめた。
「爆薬が残ってる人は?」
スカディが、訊く。
「一本残ってる」
「うちは、五ポンド余してるでぇ」
亞唯と雛菊が、応えた。
「それだけあれば、爆破処理には十分ね」
がーん、という音に、全員が振り返った。
耐爆扉に直径二十センチほどの穴が開き、そこから灰色の煙が吹き出している。REA兵士が、RPGを撃ち込んだのだろう。
「急ぎましょう」
スカディが、亞唯のベルトケースからC4ブロックを取り出した。雛菊が、一足先に装甲ランチャーの中へと潜り込む。スカディが、続いた。
「シオ、ベル。あたしを装甲ランチャーのところへ連れて行ってくれ」
亞唯が、頼んだ。
「何をするのですかぁ~」
ベルが、訊く。
「この脚じゃ、歩くこともできない。核弾頭の爆破処理から、逃げ切れないよ。どうせなら、最後まで核弾頭のそばで粘って、あんたらが逃げる時間を稼いでやるよ」
「亞唯ちゃん……」
「頼む。少しでも、役に立ちたいんだ。マスターのために」
亞唯が、シオとベルを見つめる。
第二十二話をお届けします。




