第十八話
トレミニ空軍基地における爆発物撤去作業は難航していた。
空軍基地なので、陸軍部隊のように爆破専門家や地雷処理チームなどいない。近隣の陸軍基地に工兵隊の出動要請を出したが、深夜ゆえにその到着は明け方近くになる。それまで、整備隊の武器弾薬担当班が撤去作業に当たったが、こちらも航空機搭載兵器や火工品のプロとは言え、時限爆弾を除去する訓練など受けていない。AI‐10たちがトラップ付きで仕掛けたRDXの前には、手も足も出なかった。
午前二時五十分、『威嚇用』に仕掛けられた爆弾のひとつが爆発した。……これから本番の爆破が始まりますよ、という警告の合図である。FPA側も、中立的立場である空軍の軍人兵士を殺傷する意図はないので、退避する時間的余裕を与えねばならない。花火大会開始を告げる音物の三寸玉、といったところか。
空軍兵士たちが作業を諦めて避難を開始する。午前三時きっかりに、各所で爆発が始まった。ミラージュ2000‐5八機すべてが主要部を破壊され、スクラップとなる。予備部品や高価なエンジンを収めた倉庫も爆破され、さらに武器弾薬倉庫も派手に吹き飛ぶ。
FPAの作戦目的は完璧に達成された。
爆発の混乱に紛れて、ソランジュはトレミニ基地の外へと逃れ出た。
驚いて飛び起きてきた一般市民を避けるように、足早に予備回収地点へと向かう。
「良かった。無事だったね」
暗がりからぬっと現れたエリザが、ソランジュをぎゅっと抱き締めた。
「ダークたちはどうなったんだい?」
「ミラージュで脱出したと……思う」
きつい抱擁に苦い顔をしながら、ソランジュは答えた。確信はないが、一機だけ残っていたミラージュ2000‐5が、あのタイミングで離陸する理由は、他に思いつかない。
「ロボットたちは?」
「わからない」
ソランジュは正直に答えた。白昼ならば、ミラージュのパイロンに『異物』が五つぶら下がっていたことに気付いたかもしれないが、暗かったので仕方のないところである。
「とにかく、この場を離れよう」
エリザが周囲を見回し、人目がないことを確認すると、ソランジュの手を引いて路地を小走りに進みだす。
捕えられたAI‐10たち五体は、空軍憲兵たちによって倉庫らしい一室に連れ込まれた。隅の方に座る様に命じられ、大人しく従う。
ガリルARを構えた数名によって見張られて待つうちに、結構偉そうな空軍士官が入ってきた。階級章は金色の星ひとつ。……少佐だろうか。
「何者だ、お前たちは?」
高圧的な態度で、少佐が訊いてくる。
『ここは、作戦通りにお馬鹿なロボットのふりを通しましょう』
スカディが、赤外線通信で指示を出す。
『AHOの子ロボの本領発揮ですね!』
シオはそう応じた。
「わたくしたちは、FPAに購入されたロボットです」
スカディが、いつもよりたどたどしい口調で答えた。
「民間用ロボットのくせに、なぜ破壊工作に参加した?」
少佐が、上体を乗り出すようにして訊いてくる。
「破壊工作? なんでしょうか、それは?」
スカディが、とぼけて首を傾げる。
「ロボットのくせに、嘘をつくつもりか? 先ほど連絡が入ったぞ。トレミニ基地で爆発が起こったとのことだ」
「トレミニ基地? わたくしのメモリーには無い地名ですわね」
スカディが、あくまで白を切り通そうとする。
「おっさん、あたしたちは命じられて荷物を運んだだけだよ。悪いことは何もしちゃいないんだ。解放してくれよ」
亞唯が、わざと少佐を軽々しくおっさん呼ばわりする。唖然とした表情になった少佐が、踵を返した。
「しっかり見張っていろ! 油断するなよ!」
見張りの空軍憲兵にそう言い置いて、靴音高く倉庫を出てゆく。
『とりあえず、第一ラウンドは乗り切りましたねぇ~』
ベルが、赤外線通信で感想を述べた。
AI‐10たちとは別の部屋……こちらは倉庫ではなく懲罰房であった……に押し込まれたダークとラッセルは、二人まとめて空軍中佐の尋問を受けていた。
二人とも、尋問に対しては素直に答えた。傭兵は、国際法上戦時捕虜の扱いを受ける権利を有しないが、今は二人ともFPAの正規戦闘員の資格を得ている。アマニア共和国政府は、FPAを公的には犯罪者集団と定義し、正規の交戦相手とは認めていないが、捕虜になった南部軍管区兵士などの安全の確保や、FPA支配地域の市民保護を目的として、FPAに対しある程度の政治的権利を付与すると同時に、FPA戦闘員に対し戦時捕虜に準じた扱いを行っている。ダークとラッセルは、反抗しないことによってこの保護を受けようと狙ったのである。
その甲斐あってか、中佐の尋問は実に紳士的であった。ひと段落ついたところで、ご褒美にコーヒーまで持ってきてもらえる。
二人が手錠をはめられた手で紙コップを掴み、ありがたくコーヒーを啜っていると、懲罰房の外が急に騒がしくなった。中佐が空軍憲兵に目配せし、憲兵が扉を開けて外の様子を窺う。
と、その憲兵を押しのけるようにして、陸軍の軍服を着た小柄な男性が懲罰房に入ってきた。階級章は大佐で、ヨーロッパ系の血が混じっているのか、一般のアマニア人よりも肌の色合いが薄めだ。
「あ、あなたは……」
座っていた空軍中佐が、慌てて立ち上がる。
「ナクララ将軍の副官を務めております、サカイワ大佐と申します」
ダークとラッセルを一瞥してから、陸軍大佐……サカイワが空軍中佐に対し丁寧に名乗った。
「参謀総長命令により、トレミニ基地に対する襲撃を行い空軍に拘束された外国人傭兵二名、および民生用二足歩行型小型ロボット五体の身柄を、陸軍に移管させていただきます」
一枚の文書を取り出したサカイワ大佐が、それを空軍中佐に示しながら、続けた。
「移管……まあ、参謀総長命令であれば、従いますが……」
不満に思う気持ちを口調に露わにしながら、空軍中佐が応じる。
ダークは驚いた。サカイワ大佐を目にするのは初めてだが、噂には聞いている名である。ナクララ将軍の忠誠無比な右腕として活躍している軍人だ。それが、わざわざ出向いてくるとは。
「軍曹」
サカイワ大佐が、扉の外へ呼びかけると、すぐにUZIを携えた陸軍軍曹と兵士四名がずかずかと入ってきた。ダークとラッセルを立たせた軍曹が、空軍憲兵に対し二人の手錠を外すように要請する。陸軍兵士の手で、新しい手錠をはめられたダークとラッセルは、手荒に懲罰房の外へと連れ出された。迷路のような通路をしばらく足早に歩かされ、屋外へと出る。
待っていたのは、M325〈ヌンヌン〉だった。荷台に上げられた二人に、先に乗っていた兵士四人がガリルの銃口を突き付けんばかりにして出迎える。
AI‐10たちも、陸軍兵士を伴って現れたサカイワ大佐によって、倉庫から連れ出されていた。外に連行され、待っていたサミル50トラックの荷台に載せられる。
「では大尉、あとは頼んだよ」
護送隊の指揮を執るらしい大尉に向かい、サカイワ大佐がにこやかに言う。
『アルフォンス・ナクララ将軍といえば、アマニア国防軍参謀総長として軍の実権を一人で握っている超大物のはず。その副官が、わざわざ現れるというのは、どういうことなのかしら?』
スカディが、赤外線通信で皆に訊く。
『政治的に利用しようと企んでるんじゃないか? どうやってかは、判らないけど』
亞唯が、推測を述べる。
『それにしても、リアクションが早いですねぇ~。首都近郊なので、すぐに来れたとしても、真夜中なのに早すぎるのですぅ~』
ベルが、指摘した。
『これは、何か裏がありそうなのです!』
シオはそう主張した。
『何かって、なんや?』
雛菊が訊く。
『そこまでは判らないのであります!』
いずれにしても、ワイヤーでぐるぐる巻きにされたうえに、何人もの兵士にガリルを突き付けられた状態では、AI‐10たちにできることはなにも無かった。
サカイワ大佐に見送られて、護送隊の車列が出発する。先頭に、護送隊指揮官の大尉が乗るM242ストーム。二台目に、ダークとラッセルが乗せられたM325〈ヌンヌン〉。三台目が、AI‐10たちが乗せられたサミル50。最後に、十名ほどの兵士が乗ったサミル20トラック。
総兵力四十名ほどの小規模な部隊だったが、拘束されている状況では、二人の傭兵とAI‐10たちに脱出のチャンスは皆無だった。
空軍基地を出た護送隊は、ほとんど車が走っていない深夜の幹線道路を走った。
『南へ向かっているようね』
内臓GPSをチェックしたスカディが、皆に告げる。
走っているうちに、夜が明け始めた。午前六時半ごろ、オー・ジーワ州内のとある陸軍駐屯地で、朝食休憩となる。二人の傭兵にも、トウモロコシ粥とバナナという簡素な朝食がふるまわれる。
再び走り出した車列が、オー・ジーワ州中部に差し掛かった頃……。
先頭をゆくM242ストームが、急減速する。
M325も減速し、疲れからうとうとしていたダークははっと眼を覚ました。
「なんだ、ありゃ」
M325を運転していた兵士が、ブレーキを掛けて停車しながら、呆れたように言う。
ダークは上体を起こし、伸ばすようにして前方を見た。
路上に、一両の装甲車両が停まっていた。六輪で、砲塔付き。……アマニア陸軍の、ラーテル20歩兵戦闘車だ。
エンジン音が響き、ダークは音源を探して振り返った。二台連なる護送隊のサミルトラックの後ろに、別のラーテル20が出現していた。……二台の歩兵戦闘車に、前後を挟まれてしまった格好である。
「おい、何のつもりだ!」
M242から降り立った大尉が、怒って腕を振り回しながら問う。
前を塞いでいるラーテル20の砲塔ハッチがぱかんと開き、アマニア陸軍の野戦服姿の男が姿を現した。左腕には、目立つ白い腕章を巻いている。その顔を見て、ダークは苦笑した。変装のつもりか、あまりにも有名な蝙蝠をモチーフとしたアメコミヒーローの仮面をつけていたからだ。
「なんだぁ、お前は?」
大尉もダークと同様に奇異に思ったらしい。呆れたように、誰何する。
「大尉。捕虜を解放したまえ。抵抗は無意味だ」
『蝙蝠男』が、柔らかな口調で言う。
「……自分が何をしているのか、判っているのか?」
少しばかりたじろぎながら、大尉が叫ぶ。
「充分に承知している。砲手! 先頭車を狙え!」
声高く、『蝙蝠男』が命ずる。ラーテル20のメインウェポンであるGI‐2二十ミリ機関砲がくっと下がり、砲口をM242に向ける。
大尉が慌てて下がった。乗っていた兵士たちも、急いで降車する。
どんどんどん。
20×139ミリ弾が数発発射され、M242があっというまにずたずたに引き裂かれる。大尉と兵士たちが、飛び散る破片を避けようと慌てて路上に伏せる。
「捕虜を解放しろ!」
大尉が、即座に怒鳴った。
ダークとラッセルの手錠が外される。サミル50からは、ワイヤーを外してもらったAI‐10たちが降り立った。『蝙蝠男』に命じられ、陸軍兵士たちが武器を置いて、西側の草原へと追いやられる。
「やあ諸君。こっちへ来てくれたまえ」
意味があるとは思えない黒いマントをひらめかせつつラーテルから降りながら、『蝙蝠男』が言う。その部下らしい数名も、ラーテルの車体後部の出入り口から降車し、ガリルARを構えて『蝙蝠男』を守る配置に着く。全員が同じようなアマニア陸軍の野戦服姿で、『蝙蝠男』と同様白い腕章を付けていた。彼らも顔を隠していたが、単に布を巻き付けているだけで、D〇コミックスにケンカを売ったりはしていない。
『こいつ、さっきの大佐じゃないか?』
ラーテルに歩み寄りながら、亞唯が赤外線通信で言う。
『蝙蝠男』のマスクから見えている顔の色は、一般のアマニア人よりは薄目で、ヨーロッパ人との混血を物語っている。体格もやや小柄で、亞唯のメモリー内にあるサカイワ大佐の映像と近似している。
『声も一致しますわね。間違いなく、ナクララ将軍の副官、サカイワ大佐ですわね』
スカディが、同意する。
『訳が判らないのですぅ~』
ベルが、混乱する。
「諸君。我々は諸君と同じく独裁者ムボロ打倒を目指す秘密組織、『エール・ブランシュ』の者だ」
腕の白い腕章を強調しながら、『蝙蝠男』が名乗った。
「おおっ! 『白い翼』ということは、ガッ〇ャマンなのですね!」
シオはさっそくボケた。
「〇Cだけじゃなく、タ〇ノコにもケンカ売っとんのか」
雛菊が、小声で突っ込んだ。
「あなたの場合、エール・ブランシュというよりも、エール・ノワールだと思いますけれど」
スカディが、控えめに突っ込みを入れる。『蝙蝠男』が、わずかにたじろいだ。
「む。そうかもしれんな。だが、我が組織の名称は『エール・ブランシュ』なのだ」
「失礼ながら、聞いたことのない組織だな」
ダークが、疑り深い表情で言う。
「秘密組織だからな。今回の件は、志を同じくする者同士の好意だと思ってくれたまえ」
鷹揚に、『蝙蝠男』が言う。
「ありがとうございます。感謝いたしますわ」
スカディが丁寧に言って、頭を下げる。『蝙蝠男』が、微笑んだ。
「礼には及ばない……と言いたいところだが、近いうちに手を貸してもらうことになるかもしれん。その時は、よろしく頼むよ。すぐそばに、車を隠してある。自由に使ってくれたまえ」
『蝙蝠男』が言って、鍵をダークに放った。ダークが、拳を伸ばすようにして空中でキャッチする。
「おおっ! バッ〇モービルを使わせてくれるとは、太っ腹なのです!」
シオはひとりはしゃいだ。
「では、失礼する」
ばさっと黒いマントをひらめかせ、『蝙蝠男』が踵を返し、ラーテルをよじ登り始めた。顔を隠した部下たちも、ラーテルに乗り込む。
AI‐10たちと二人の傭兵は、さっそく陸軍兵士たちが遺棄した武器を拾い集めて武装した。走り去る二両のラーテルを見送ると、使っていいと言われた車を探す。
車はもちろん『バッ〇モービル』ではなく、白いトヨタ・ハイエースだった。全員が乗り込むと、ラッセルがハンドルを握り、路上へと出す。
「ここは、どこなんだ?」
ダークが、AI‐10たちに訊いた。
「行政上は、ル・クレ村の西部になりますわね」
内臓GPSとメモリー内マップをチェックしたスカディが、答える。
「そこなら知ってる。近くに連絡員がいるはずだ。電話を使えそうなところまで、ナビゲートしてくれ」
「うちがやるわ」
助手席に座っている雛菊が、案内役を引き受けた。
走っているあいだに、スカディがトレミニ基地の弾薬倉庫でイソプロピル化合物のキャニスターを見つけた経緯を、二人の傭兵に説明した。
「サリンだと? 間違いなのか?」
ダークが、驚愕の表情で訊き返す。
「間違いありませんわ。メチルホスホン酸ジフルオリドはありませんでしたが、バイナリー兵器の片割れであったことは、確実ですわ」
スカディが、請け合う。
「これで読めたね。ムボロが高い金を払ってまで傭兵空軍を作ったのは、サリン使用のためだったんだ。奴の考えそうなことだよ」
ハンドルを握るラッセルが、嘲るように言う。
「先ほどのサカイワ大佐さんの奇行も、サリンと関係あるのでしょうかぁ~?」
ベルが、首を傾げる。
「『エール・ブランシュ』なんで組織があるなどという話は、まったく聞いたことがない。少なくとも、ラーテル歩兵戦闘車を運用できるような組織なら、噂くらいは立っているはずだ。おそらく、とっさにでっち上げた嘘話だろう。ラーテルも兵士たちも、近くの陸軍部隊から借り出して来ただけだろう」
ダークが、推測する。
「わざわざFPA支配地域に近いオー・ジーワ州に連れてきたのも、不自然だよな」
亞唯が、そう指摘した。
「大佐の目的はなんでしょうか? FPAと協力して、ナクララ将軍に取って代わろうとかいう魂胆とか?」
シオは首を傾げつつ言った。
「いや、聞いた話では、サカイワ大佐はナクララ将軍に忠実だそうだ」
ダークが、首を振る。
「とすると、わたくしたちの救出はナクララ将軍の意向なのでしょうかぁ~」
ベルが、言う。
「わけがわからないよ、であります!」
シオは混乱しつつ言った。
「とりあえず、難しいことは安全地帯へ脱出してから考えようよ」
運転席から、ラッセルが提案する。全員が、同意した。
第十八話をお届けします。




