第二十一話
「敵はここで抵抗するつもりだったらしいけど、作戦を変更したようね」
コンクリートで固められたトンネル状の物資搬入路に築かれたバリケードを見ながら、スカディが言う。
バリケードの後ろでは、AM‐7とシンクエンタが警戒任務に就いていた。AM‐7の背部は表面装甲が銃弾で大きく損なわれていたが、機能にはそれほど支障がないようだ。
「ヴォルホフ基地に侵入したのはいいけれど……どこに核弾頭があるかが判らないと、やりにくいわね」
バリケードに向け歩みながら、スカディが困り顔をする。
「そのことでしたら、わたくしにアイデアがありますぅ~」
駆け寄ってきたベルが、そう告げる。
「おや、ベルちゃん。どこに行っていたのでありますか?」
「ちょっとあたりを調べていましたぁ~」
「アイデアを聞きましょう」
足を止めたスカディが、ベルに向き直る。
「事務室みたいなところに、コンピューター端末があったのですぅ~。これを調べれば、核弾頭のありかが判るのではないでしょうかぁ~」
ベルが、嬉しそうに説明する。スカディが、即座に賛成した。
「そうね。いい考えだわ。探ってみてちょうだい」
「承知しましたぁ~」
「ベルちゃん、あたいも手伝うのであります!」
ベルの案内で、シオは物資搬入路脇にあるスチール製扉を開け、学校の教室くらいの広さの部屋に入った。テーブルとたくさんの椅子があり、壁際にはくすんだ灰緑色に塗られた金属製のロッカーが並んでいる。扉脇には事務机が置いてあり、そこには古臭いパソコンが載っていた。電源は入っており、CRTディスプレイにはスクリーンセイバーだろう、線画の図形が乱舞している。
「ベルちゃん、REAのコンピューターを扱えるのでありますか?」
「おまかせくださいぃ~。REAもOSはマイクロソフトのコピーを使っているはずですぅ~。わたくしのマスターは、もとSEなので、わたくしこのようなことには慣れているのですぅ~」
椅子の上に立ったベルが、かたかたとキーボードを操作する。シオは、デスクの上によじ登って正座し、それを見守った。スクリーンセイバーが消え、画面がぱらぱらと切り替わってゆく。
「メニューが出ましたぁ~。あ、これがヴォルホフ基地地下の全体図ですねえぇ~。これは、記録しないとぉ~」
シオとベルは、ディスプレイを直接スチール撮影した。これで、道に迷わなくて済みそうだ。
「整備ログを見る限り、最近弾頭が装着されたTELは、一基しかありませんねぇ~。08番ですぅ~」
キリル文字で埋まったディスプレイを眺めながら、ベルが言う。
「たぶんそれなのです! ベルちゃん、お手柄なのです!」
「まだ確信は持てないのですぅ~。警備関係のファイルも漁ってみるのですぅ~」
ベルの指が、キーボードを叩く。
「しばらく前から08番だけ、特別に警備が強化されていますねぇ~。これは、ビンゴでしょうぅ~」
「行くのです!」
シオとベルは、急いでスカディのところに戻った。
「08番ね。場所は?」
「四十メートル直進、右折。百二十メートル直進、左折。三十メートル先の突き当たりですぅ~。その先のトンネルに、08番TELがいるはずですぅ~」
ベルが、簡潔に説明する。スカディが、うなずいた。
「行きましょう」
シオたちは、四体横に並ぶようにして幅四メートルほどの通路を小走りに進んだ。AM‐7が、AI‐10の頭越しに前方を警戒しながら、その後ろを進む。
「止まるのです!」
シオは鋭く叫んだ。
AM‐7を含む全員が、ぴたりと脚を止めた。
「どうしたのですかぁ~」
「これは罠なのです! 前方に、透明なワイヤーのようなものが張られているのです! 映画で見たことがあるのです!」
シオは、通路前方を指差した。電子ズームを用いても、CCDカメラでは見分けることができないが、超音波センサーにははっきりと反応が現れている。
「あれに引っ掛かると、たぶん爆発したりするのです! 少し離れて、お兄さんに爆破処理してもらうのがいいのです!」
「小賢しいロボットだ」
サンキ大尉は呻いた。
サンキが想定していたよりも、日本の戦闘ロボットは優秀であった。素早い動きと大火力の前に、あっさりと部下の半数を失ったサンキ大尉は、部隊に後退を命じていた。開けた場所では、自動式グレネードランチャーを備えた機動力のある戦闘ロボットを倒すのは困難だと見て取ったのだ。
機動力を発揮できない比較的狭い通路に手榴弾を使った簡易な罠を仕掛け、ロボットたちがそれに引っ掛かった隙に、戦闘ロボットにRPGの集中砲火を浴びせて破壊する。戦闘ロボットさえ倒してしまえば、小火器しか装備していない幼児のようなロボットは簡単に片付けられるはず。彼はそのような作戦を立てると、部下を隠れさせ、ロボットの接近を待ち受けた。
だが、日本のロボットたちは罠に気付いたようだった。トリップワイヤーの前で停止し、何事か日本語で会話している。
トグア少佐からの連絡によれば、他の場所からもロボットが基地内に侵入しているという。
……やるしかない。
サンキ大尉は決断した。第二陣が来襲しないという保障はないのだ。早期にこのロボットどもを駆逐し、態勢を立て直し、なんとしてもヴォルホフ基地を守り通さねばならない。エリート部隊の副指揮官として、否、誇り高き一軍人として。
サンキ大尉は静かに腕を振った。待機していたRPG手たちが前進を始める。
「RPG!」
シンクエンタが、叫ぶ。
幅四メートル、高さ二メートル半ほどの通路を、前方から五発のRPG弾頭が飛翔接近しつつあった。
逃げ場はなかった。どこにも。
AM‐7が、猛然と撃ち始めた。AI‐10たちも、機関拳銃を撃ち始めた。弾頭に命中させられれば、針路を狂わせることができるかも知れない。
AM‐7が天井を狙って放った40ミリ対人対装甲擲弾が、雨のようにコンクリート片を降らせる。一発のRPG弾頭が、比較的大きな破片と接触し、圧電信管が作動して炸裂した。飛び散った破片が、もう一発のRPG弾頭に命中し、その弾道を狂わせる。
三発のRPG弾頭は、機銃弾とコンクリート片の雨を潜り抜けてシオたちに迫った。一発は、膝撃ちしているシオとベルの頭上を通過し、AM‐7の右側をかすめ、背後の通路壁面に当たって炸裂した。もう一発は、AM‐7のメインセンサーマストに命中し、それを打ち砕く。
残る一発は、お兄さんの下部左側を直撃した。左側の脚三本がもぎ取られ、すぐそばにいたシンクエンタをも吹き飛ばす。
「くそっ」
小型ロボットの放った短機関銃弾が、サンキ大尉の部下を次々と倒してゆく。
サンキ大尉は、壁面に寄り添うようにしてAKMSを乱射した。通路には粉塵と煙が立ち込めているので、視程は極めて悪い。
数メートル前進し、コンクリート片に隠れるようにして伏せたシオとベルは、狙撃を続けた。
あたりは煙と埃で満たされ、天井に設置されている蛍光管の多くが割れたせいで薄暗かったが、パッシブIRモードを使っている二体には敵の姿がはっきりと捉えられていた。機関拳銃にはいささか遠い距離だが、二体は敵兵を確実に仕留めていった。
……あんなガキみたいなロボットに、負けるわけにはいかない。
サンキ大尉は、撃ち尽くしたAKMSを投げ捨てると、F1破砕手榴弾を手にした。身を低くし、走り出す。
すでに銃声は止んでいた。部下はみな撃ち倒されてしまったのだろう。
一体だけでも、倒す。絶対に。
「誰か来るのですぅ~」
弾倉交換しながら、ベルが言った。
シオは煙の中を透かし見た。人間らしい赤外線源が近付いてくる。
サンキ大尉は、F1の安全ピンを外した。セイフティ・ハンドルを飛ばし、数を数え始める。
シオは右腕を上げた。セレクターは、連射に合わせてある。舞っている埃のせいで調子の悪い超音波センサーでなんとか距離を測り、狙いを定め、一連射する。
三発の銃弾が、サンキ大尉を貫いた。
サンキは取り落としかけた手榴弾を、意志の力だけで手に留め置いた。さらに走り続けようとするが、足がもつれた。コンクリート片が散乱する床に、どさりと倒れ込む。
……人間が、機械ごときに、負けるとは。
どん、という爆発音が響く。
上体を起こしたシオは、パッシブIRモードで前方を確認した。動いている赤外線源は、ひとつもなかった。
「敵は全滅したようであります。シンクちゃんが心配なのです。戻りましょう」
「シンクエンタより、お兄さんの方が重傷ね」
スカディが、困り顔をする。
AM‐7の損傷は深刻であった。左側の脚は三本とも全損し、歩行は不可能になっている。センサーは、メインも予備も機能停止状態。
シンクエンタは、飛び散った弾片でボディに深い穴が開いていた。
「大丈夫ですか、シンクちゃん」
シオは座り込んでいるシンクエンタの脇に膝をついた。
「機能はそれほど損なわれていない。だが、バッテリーを損傷した。このまま活動を続ければ、三十分と持たない」
困り顔で、シンクエンタが言う。
「ここ、守備する。お前たち、前進」
片側の脚が損なわれたせいで左側に傾いてしまったAM‐7が言って、無事な方の足を動かしてぎこちない方向転換を始めた。機能停止した脚がコンクリートの床に擦れて、ぎいぎいと耳障りな音を立てる。
「センサーなしでは、難しいと思いますがぁ~」
ベルが、言う。
「いい考えがある」
シンクエンタが、言った。
「わたしもここに残る。お兄さんに接続すれば、電力の供給を得られる。お兄さんも、わたしのセンサーを利用できる。一石二鳥だ」
「でも……」
スカディが言いかける。
お兄さんもシンクエンタも、事実上動けないのだ。弾薬が尽きてしまえば、戦死必至である。
「わたしのマスターは、女性でな」
大儀そうに立ち上がりながら、シンクエンタが言った。
「結婚願望のあるアラサーだ。彼女を未婚のまま死なせるわけにはいかない。スカディ、シオ、ベル。核弾頭を始末して、わたしのマスターを守ってくれ」
シンクエンタが、コンクリート粉で白く染まった長い黒髪をかき上げ、側頭部のアクセスパネルを開けた。指を突っ込み、ダイアリー・データのRAMチップを外す。
「頼む」
一言だけ添えて、スカディの手に委ねる。
「わかったわ、シンクエンタ」
スカディが、シオとベルを見た。
「行きましょう。日本を防衛し、みんなのマスターを守るために」
「シンクちゃん、お兄さん。さようならなのです」
シオは後ろ髪を引かれる思いで手を振った。シンクエンタが、いつもとは異なるノリで、激しく手を振り返してくれる。
第二十一話をお届けします。




