第十三話
話は一日前……金曜日に遡る。
早朝から、AI‐10たち、スール・ソランジュとシルヴァン、それに子供たちは、教会を去る準備を進めた。子供たちが、昨晩のうちにまとめておいた私物……衣類、おもちゃ、学用品の類……を、布袋やおんぼろのカバンに詰め込んでゆく。AI‐10たちは、使い残しのガソリン、それぞれの武器、それに、教会に備蓄してあった食料を担いだ。ソランジュも、修道服を脱いで私服に着替える。ごく簡素な白いロングワンピースという、聖職者に相応しいものである。
簡単な朝食後、一行はエリザが率いるFPAの小部隊に護衛される形で、教会をあとにした。近在の住民がいつでも礼拝できるように、聖堂の扉は開け放たれたままで、中にはソランジュが書いた事情を説明した……都合によりかなり歪曲されたものだったが……書置きが残された。
一時間ほど歩んだところで、隊列は三十名ほどのFPA部隊と合流した。彼らが樹林のあいだに巧みに隠しておいた五台のトラックに分乗し……ちなみにすべてが日野、ふそう、いすゞなどの日本車であった……未舗装の道路を走る。
AI‐10たちは、二人のヨーロッパ人傭兵……ダークとラッセルと同じトラックに乗り込んだ。草原のあいだに拓かれた赤茶色の悪路を二十分程度走ると、小さな埃っぽい村に乗り入れる。
子供たちとシルヴァンが乗り込んだトラックから、エリザとソランジュが降りてきた。荷台から身を乗り出した子供たちとシルヴァンが、ソランジュに向けて手を振る。……ここでお別れのようだ。シオたちも、別れの手を振った。
子供たちを乗せたトラックが南へ向け走り去ると、エリザとソランジュがAI‐10たちが乗り込んでいるトラックの荷台によじ登ってきた。エリザは笑顔だが、ソランジュは不満顔だ。
「気にしないでちょうだい。強引にFPAに復帰させただけだから」
ソランジュの様子を気遣うAHOの子たちに、エリザがそう説明する。
「あなた方は知らないでしょうけど、この子は戦士としては極めて優秀だったのよ」
AHOの子たちのそばに腰を下ろしながら、エリザが続けた。
「今は優秀な者は一人でも多く欲しいですからね。例の作戦にも、参加してもらいたいし」
「例の作戦とは、あたいたちが協力するというあれでありますか?」
シオは尋ねた。
「そうよ」
「具体的に、どんな作戦なんだい?」
亞唯が、訊く。
「詳細は、あとで教えるわ」
エリザが、はぐらかすように言う。
ソランジュが不満顔のまま腰を下ろすと、トラックが走り始めた。シオの内蔵コンパスによれば、北に向かっているようだ。
「どこへ行くのですかぁ~」
ベルが、エリザに尋ねた。
「プラトー州北部にある拠点のひとつ。作戦は、オー・ジーワ州で行われるの。その準備のためね」
「子供たちは、どこへ連れてかれたんや?」
今度は雛菊が、訊いた。
「シュデスト州内の、ラヴィーヌヴィル。事実上、FPAの首都となっている都市よ。あそこなら安全だし、ちゃんとした学校もあるからね。食料も不足していないし、いい環境だわ」
エリザが、少しばかり自慢げに言う。
「子供たちと、連絡が取れないのが不安ですわ」
ぶすりと、ソランジュが口を挟んだ。
「電話とかメールとか、できないのでありますか?」
シオがそう訊くと、エリザが苦笑して首を振った。
「ムボロ政権は通信インフラの整備には熱心で、南部のシュデスト州やシュドウェスト州みたいな田舎でも、主要部なら携帯電話が通じるくらいだったの。でも、内戦が始まると、ムボロ自らの命令で、南部の通信網は徹底的に破壊されたのよ。FPAが利用できないようにね。固定電話も携帯電話網も修理は手付かずで、復旧の見通しは立っていないわ。FPA間の通信は無線で行われているけど、民間の通信はボランティアの郵便配達しかないのが現状よ」
「スマホ依存症なら自殺しかねない環境だな」
亞唯が、笑う。
田舎道を辿り続けた車列は、昼近くになって道を逸れ、草原をしばらく進んだあとで、とある岩陰に停車した。待ち受けていた数名の兵士が、灰緑色の大きなシートを広げ、四台のトラックを隠す。
そこからしばらく歩いたところにあった樹林が、FPAの基地のひとつであった。幾張りものテント、塹壕のような細長い穴、そばの丘に掘られた横穴などが、乱雑に組み合わされたいかにも急ごしらえ、といった感じの野営地である。少し離れた草原の中には、偽装ネットで隠された87式連装機関砲の砲座もあった。
百名以上の兵士が、様々な活動に勤しんでいた。武器の手入れ、食事の支度、洗濯。新兵なのか、行進訓練を行っている一団もいた。
「まず飯を喰わせてもらうよ。あんたらは充電するといい」
ダークが、一人の兵士を呼んでくれた。その兵士の案内で、AHOの子たちはパイプテントのひとつに入った。そこにあったディーゼル発電機から、ありがたく充電させてもらう。お礼代わりに、AHOの子たちは教会から持ってきた使い残しのガソリンと食料を寄付した。
食事を終えたエリザが、ソランジュを連れてテントから出てくる。ダークとラッセルも合流し、充電を終えたAHOの子たちを手招く。一同は、基地から離れた草原の只中まで歩んだ。周りに誰も居ないことを確認してから、エリザが口を開く。
「じゃあ、例の作戦について説明するよ」
「……なんでわたしもいるのでしょうか」
ソランジュが、口を尖らす。
「あなたも参加するからよ。作戦目標は、オー・ジーワ州内にあるトレミニ空軍基地……」
「空軍基地を襲うのですか? 姉さん、気は確かですか?」
ソランジュが、エリザの説明を遮る。
「最新情勢には、疎いねぇ」
エリザが、笑う。
「ムボロは、空軍から一部の機材を引き抜いて、南部軍管区内に航空部隊を作ったんだ。トレミニ空軍基地に間借りする形でね。それを叩くだけだよ」
「航空部隊。ナクララ将軍や、空軍司令官……名前は忘れましたけど、彼が同意するとは思えませんけど」
ソランジュが、顔をしかめる。
「トナンジ准将ね。もちろん反対したわよ。だけど、兵器類はあくまで国有財産。大統領命令として、軍内での移管を命じられれば逆らえない」
「ヘミ族に、まともに航空機の運用ができるとは思えませんけど」
ソランジュが、喰い下がる。
「その通り。だからムボロ大統領が、特別予算を組んで外国人傭兵空軍部隊を編成させたのよ。今は訓練中だけど、いずれ実戦に投入されるはず。その前に、叩こうというわけ」
AI‐10たちに聞かせるように、エリザが言う。
「おおっ! 外国人傭兵空軍でありますか! 親友に裏切られた日本人パイロットとか、居そうなのであります!」
シオは早速喰いついた。
「司令官はここに傷があるんやな」
雛菊が、おでこをつつく。
「お金さえ出せばなんでも引っ張ってきてくれるおじいさんが居るのですぅ~」
ベルが、嬉しそうに続ける。
「40ミリ積んだA‐4があるらしいな」
亞唯が、言う。
「気にしないで、続けてくださいな」
怪訝そうな表情になったエリザらに向かい、スカディが宥めるように言う。
「本来は、基地内に侵入して作戦を実行するのは、わたしとこの二人だけの予定だったの」
気を取り直したエリザが、ダークとラッセルを指し示しながら言う。
「だけど、外国人傭兵空軍が編成されるという事前情報を得て、対抗するために発注しておいた中国製の対空兵器が、手に入らない情勢になってしまった。だから、破壊工作の確実化と拡大を狙って、あなたたちを誘ったわけ。ま、これはラッセルのアイデアなんだけどね」
「ほー、そうだったのですか」
シオは、結果的に沈めることになってしまった『宝鶏』に積まれていたQW‐2携帯式地対空ミサイルを思い出しつつ言った。
「そこのところが、いまひとつ判らないのですぅ~。なぜわたくしたちが必要なのですかぁ~? 他のFPAの兵士の皆さんでは、いけないのですかぁ~」
ベルが、首を傾げつつ訊く。
「トレミニ基地の警備が厳しいのよ。空軍憲兵も結構警戒しているし、傭兵空軍が借りているあたりは南部軍管区の連中ががっちり固めているの。強襲攻撃などしたら、あっさり撃退されるわ」
「そこで、俺がこっそりと偵察に行って考えたプランを使うことになった」
ダークが、説明を引き取った。
「基地の近くに、酒場があって、そこが傭兵連中の溜まり場になってるんだ。看板になるとそいつらが車に乗り込んで基地に帰るんだが、その時は人数が多いこともあって、ゲート警備の空軍憲兵の検問がひどく適当になる。だから、その時なら容易に潜り込めるんだ」
「なるほど。なんとなく、読めてきたぞ」
亞唯が、感心しつつ言った。
「俺とラッセルが、新しく配属された傭兵という触れ込みで、その酒場に入る。こいつは、実は飛行機の操縦ができるんだ。だから、傭兵空軍パイロットのふりをしてもばれないだろう。相手は酔っ払いだしな。俺は、整備員のふりをする。あとは呑み過ぎないように気を付けて、傭兵連中と仲良くなっちまえばいい。同じ車に乗って基地に向かえば、ゲートの警備もいちいちIDを調べたりせずに通してくれるだろう」
「それは上手く行きそうですね。ですが、その作戦のどこにわたしが必要とされますの?」
ソランジュが、問う。
「運転手役よ。酒場に乗り付ける車の運転。基地に入る時は、適当に酔っぱらっている傭兵を乗せてあげなさい。簡単に検問を突破できるから」
エリザが、説明する。
「女性兵士の運転手……。怪しまれないでしょうか?」
スカディが、疑問を呈する。
「大丈夫。傭兵連中が使ってる運転手兼従卒は、たいてい愛人も兼ねてるのよ。若くて美人な方が、却って怪しまれないわ。本来は、わたしがやるつもりだったんだけどね」
エリザが、片目をつぶってみせる。
「わたしは娼婦役で参加するわ。酒場で女性を引っ掛けて、そのまま基地に連れ込むのも日常茶飯事なの。さすがにこの役は、ソランジュには無理だし」
たしかに、美人だが聖職者らしい清楚な雰囲気を湛えているソランジュは、たとえ厚化粧したとしても娼婦には見えないだろう。
「南部軍管区の警備はどうやってごまかすんだい?」
亞唯が、訊く。
「いったん傭兵連中に紛れて基地内に入ってしまえば、怪しまれることはないはずだ。南部軍管区の連中が警戒しているのは、破壊工作よりも強襲攻撃だからな。傭兵の宿舎まで車で乗り付け、そっと行方をくらませばいい」
ダークが、説明した。
「では、あたいたちはどうすればいいのでありますか?」
シオは訊いた。
「人を潜り込ませるのはこの手で何とかなるけれど、装備はそうはいかない。車に隠せば多少は持ち込めるけど、それでは不足だし、無理に大荷物を持ち込もうとすれば、検問で怪しまれたり他の傭兵に不審がられたりしかねない。幸い、この基地にディーゼル燃料を卸している業者の中に、FPAの同調者がいるの。彼に手伝ってもらって、細工したドラム缶を基地内に届けてもらう手筈を整えたわ」
「つまり中に入れ、ってことですわね」
スカディが、ため息交じりに言う。
「ディーゼル燃料? 普通、そういうのはタンクローリーとか使うんじゃないのか?」
亞唯が、訊いた。
「その手の車両は、南部軍管区の兵站を支援するために、民間からも多数が徴発されてるの。だから、古いドラム缶が引っ張り出されて活用されているのよ。あなたたちロボットなら、密閉されても窒息死しないでしょ?」
「まあ、確かにそうやな」
雛菊が、少し不満そうに納得する。
「サイズ的にも、ぴったりなのであります!」
シオはそう言った。標準的な二百リットル入りドラム缶の高さは、89センチほど。ちょっと腰をかがめたり膝を曲げたりすれば、AI‐10がすっぽりと入る。
「予定では、ドラム缶一本に爆薬類、もう一本に武器その他を入れておく予定だった。だが、あんたたちが入る五本と、追加の爆薬類一本の合計六本を追加して、全部で八本にする」
ダークが、指で数を示しながら説明する。
「では、もう少し詳しく作戦を説明しましょう」
ラッセルが、数枚の紙類を取り出した。トレミニ空軍基地周辺の地図、基地そのものの見取り図、南部軍管区が借りている場所の詳細な見取り図などだ。これらを、AHOの子たちが取り込み易いように、垂直に捧げ持ってくれる。
「主目標は、空軍から南部軍管区に移管され、傭兵空軍が慣熟訓練中のミラージュ2000‐5九機。単座型のEが六機、複座型のDが三機だ。これを、爆薬により破壊し、使用不能にする」
格納庫の位置を見取り図で示しながら、ダークが説明した。
「九機。えらい半端な数やな」
雛菊が、突っ込む。
「元々、十四機が導入されたのよ。一個飛行隊十二機と、予備機二機。単座型十機と、複座型四機ね。墜落事故で二機、整備中の事故で二機、火災で一機が失われ、残ったのが九機ね。……アマニア空軍が運用するには、高級な機体過ぎたのよ」
エリザが、肩をすくめつつ言う。
「全損させる必要はない。少量の爆薬を仕掛けて、エンジンと機首レーダー、アビオニクスを破壊すれば、事足りるだろう。あんた方は、弾薬庫と予備部品倉庫を爆破してくれ。これだけの人数が居れば、短時間ですべての目標に爆薬を仕掛けられるだろう」
指を使い、見取り図の中で弾薬庫と予備部品倉庫の位置を指し示しながら、ダークが説明する。
「パイロット宿舎とかは狙わないのでありますか?」
シオはそう訊いた。
「それは……傭兵の仁義に反する」
ダークが、難しい顔で答える。
「雇い主同士が敵対している場合、傭兵は当然命令に従って戦わねばならないが、その場合でも互いの寝首を掻くような真似は慎むのが普通だ。あくまで、金で雇われているだけだからな。憎しみ合っているわけじゃない」
「おおよそ概要は掴めたよ。で、肝心な脱出の手段は?」
亞唯が、ずばりと訊く。
「第一案は、正面ゲートからトラックで逃げるというプランだ。入るのは難しいが、出る方は検問も適当だから、あんた方が荷台に隠れていても問題なく出れるはずだ。爆破はもちろん、そのあとで時限信管によって行われる。第二案は、基地の北側のフェンスを破るというものだ。外にFPAのシンパが車を用意して待っている手はずになっているから、それで逃げる。こいつの欠点は、フェンスを破ったのがすぐにばれてしまう、というものだ。第三案は、爆破の混乱に紛れて逃げる、というもの。言うまでもなく、これはかなりの危険を伴う。第四案は、こいつの操縦で逃げる、というやつだ」
ダークが、ラッセルの肩をぽんと叩く。
「トレミニ基地には、空軍のIAI‐201アラバがいるんです。そいつなら、飛ばせますから」
にこやかに、ラッセルが言う。イスラエル製の古いターボプロップ双発輸送機で、小型ながら二十名以上が乗ることのできるSTOL性にも優れた多用途輸送機である。
「凄いな。ジェットとかも、飛ばせるのかい?」
亞唯が、感心の面持ちで訊く。
「亜音速練習機なら、飛ばしたことはあるけどね」
はにかむように、ラッセルが答えた。
「傭兵などやるより、パイロットの方が稼げるのではないですか?」
シオはそう訊いた。
「たぶんね。だけど、僕がここで戦っているのは、FPAの大義に賛同したからで、お金のためじゃないんだよ」
シオに向け、指を一本立てたラッセルが、諭すように言う。
「かっこいいのですぅ~。一生に一度は言ってみたいセリフなのですぅ~」
ベルが、喜んで上体を左右にぴょこぴょこと揺らす。
一同は、細部の打ち合わせに入った。例によってベルが、使用する爆薬の種類と量、信管のタイプと仕様といったところを、詳しく知りたがる。
「他に質問は?」
あらかた終わったところで、エリザが訊いた。
「作戦に関しては、ありませんわ。ですが、作戦終了後、わたくしたちはどうなりますの?」
スカディが、言う。
「とりあえず、ここに戻ってきてもらうわ。マルキアタウン行きに関しては、すでにここの政治部門責任者に手配を依頼してあるの。おそらく、シンパの車でセントラーレ州入りして、最後は夜間に徒歩で市内に入る、という形になると思う。市内のどこに行きたいの?」
説明しつつ、エリザが訊く。
「市内に安全に入ることができれば、あとは自分たちでなんとかしますわ」
スカディが、答えた。
「目的地は、モット広場あたりじゃないのか?」
ダークが、にやにやしながら言った。AI‐10たちは、黙して答えなかった。ダークが言わんとすることは、充分に理解できた。アマニアタウン中心部にあるモット広場に面して、アメリカ合衆国大使館があるのだ。
「お互い、詮索はやめておきましょう、ムッシュ・セルキュ」
少しばかり冷たい口調で、スカディが言った。
「あなたもミスター・イーガンも、わたくしたちが帰国したあとで、どこかの組織のデータベースの中のファイルに、不穏当なタグを付けられたりするのは好まないでしょう。わたくしたちは傭兵ではありませんが、仁義は守るつもりですわ」
「賢いロボットだねぇ。ダーク、彼女ら相手に下手な駆け引きは無用だよ」
ラッセルが、笑った。
「そのようだな。ま、よろしく頼むよ」
苦笑したダークが、しゃがんでAI‐10たちと目の高さを同じにした。スカディに向け、真面目な表情で手を差し出す。スカディが、それをしっかりと握り返した。
「こちらこそよろしく」
第十三話をお届けします。




