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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 09 東アフリカ独裁者打倒せよ!
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第十二話

 ネイサン・ムボロ大統領は、週に一回主要閣僚の一人を大統領官邸に招き、約一時間にわたって喫緊の課題について詳細なブリーフィングを求めることを慣例としている。元々これは平日だけであり、月曜が外務、火曜が内務、水曜が国防、木曜が財務、金曜が経済産業の各長官が呼ばれていたが、内務省から情報省が分離独立してからは、土曜日にも情報省長官によるブリーフィングが追加されるようになった。

「最後に、ファーガスン記者関連の情報です」

 情報省長官、マリナ・ジズカカは一番最後まで取っておいた薄いフォルダーを取り上げて開いた。報告内容はすべて頭の中に入っており、書類を見る必要はないのだが、マリナは重要人物への報告の際は常に詳しいメモを持参することにしていた。報告内容が詳細であることをアピールするための演出のひとつである。

「ロンドンは相変わらず真相究明を声高に主張しております。報道関連ですが、当のBBCを除くテレビ各局と高級紙の報道内容は沈静化の傾向にあります。庶民向け大衆紙は、数日おきに特集記事を組む程度。国民の関心は薄れつつありますが、多くはわが国への何らかの報復行動を政府に求めている、と思われます」

 ファーガスン問題は、マリナにとっても頭の痛い問題であった。単純化した真相は、外国の諜報組織とつながりがあると判断された女性を、しっかりとした身元の調査を経ずに内務省警察局の一部局が勝手に拉致して拷問したところ、あっさりと死亡してしまったのでその死体を遺棄した、というものである。……マリナにしてみれば嫌悪の感情しか覚えぬ醜悪な出来事だが、ここアマニアでは日常茶飯事と言ってもいい。だが、アマニア政府にとって不幸なことに、その女性テッサ・ファーガスン……拉致時には取材のために偽名を名乗り、パスポートなども所持していなかった……はイギリス市民であり、さらに天下のBBCの記者であり、しかもその上非常な美人であったのだ。加えて、その死体はどのような経緯かは判然としていないが、こともあろうにFPAの手に渡り、全世界に向け拷問の動かぬ証拠を添えられたうえでイギリス当局に引き渡されたのである。

 それ以来、アマニアとイギリス政府との関係は……元々良好とは言えなかったが……氷点下にまで冷え込んでいる。

「第二局および第三局の推定では、SISが新たに入国させた工作員は五ないし六名、と思われます。警察局と共同で、最近のヨーロッパからの入国者の身元の洗い出しを行っていますが、今の処絞り切れていません。今後、調査対象者を旧イギリス植民地とアメリカ大陸のパスポート所持者にも広げる予定です」

「内務省の報告では、イギリス当局の目的には破壊工作が含まれる可能性が高い、とあったが?」

 ムボロ大統領が、眉をひそめて訊く。

「その可能性はあると、情報省でも判断しています。イギリスは基本的に暴力的な国家であり、そしてその暴力は常に国外で発揮されてきました。自分たちの小さな島を守るために、海の向こうで暴力を揮うことが、心理的障壁なしに恒常化しているのです。ファーガスン記者の報復を口実に、我が国で破壊工作を行う可能性はあり得ます」

「たった一人の女性のためにか。……サブサハラのアフリカでは、毎日多くの子供が病気で死んでいるのにな。……アフリカ人の命は、なんと軽いものか」

 ムボロが、芝居がかって嘆息する。

「……本日の報告は以上です」

 マリナ・ジズカカはそう言って長い報告を締めくくった。長い脚を組み、時折メモを取っていたムボロ大統領が、にこりと微笑む。

「ありがとう、マリナ」

「では、失礼いたします」

 そう言って立ち上がりかけたマリナを、ムボロが手の動きで押し止めた。

「96年のマルゴーを開けてあるんだ。一杯付き合ってくれたまえ」

 『マルゴー』という名称で出回っているワインは相当数あるが、フランスワイン好きで知られるネイサン・ムボロがマルゴーと言えば、最高級ワインであるシャトー・マルゴーに決まっている。飲むときはイタリアワインを好むマリナだったが、情報省長官の俸給を以ってしてもそうそう手が出せないシャトー・マルゴーなら、断る理由はなかった。

「喜んで、お付き合いさせていただきますわ」



 大統領専用機としてのエアバスA319CJの採用。空軍へのミラージュ2000‐5の導入。そして、最近決まった国営アマニア航空による、エアバスA320neoの購入。

 これら一連の、国家経済状況や諸事情を無視した過剰とも言えるフランス製航空機の買い入れの見返りに、ネイサン・ムボロは数十ケースにおよぶ当たり年のシャトー・マルゴーを只で手に入れた、と噂されている。

 ……この一本も、その中のひとつなのだろうか。

 女性秘書が、カラフェから注いでくれた赤紫の液体を眺めながら、マリナはそんなことを思った。

 ムボロが、ワイングラスを傾ける。その姿は、映画俳優のように優雅で、美しかった。神に愛されている、としか形容しようのない整った顔立ちと、年齢を感じさせない若々しさを保ったままの、恵まれた体格。

 マリナ・ジズカカのムボロに対する感情は複雑であった。内心では、この男を嫌っていると言ってもよい。敵であればいかなる汚い手段を使ってでも排除するという残忍な性格。口にするのもおぞましい性癖。マリア様に寵愛されているという妄想。政治家としては、二流以下の手腕。

 だが、この男にはカリスマがあった。国民の支持を勝ち得て、外国の指導者を魅了し、ジャーナリストたちを丸め込めるだけの、圧倒的カリスマが。

 ……この男以外に、アマニアを纏めておける人物はいない。

 マリナは常々そう思っていた。他の誰が大統領に就任しても、この国はめちゃめちゃになるだろう。いったんチシャ族とニラ族の抗争が始まれば、誰にも止めることはできない。民族浄化エスニック・クレンジングが開始されれば、膨大な数の死者が生じることであろう。

 アマニア共和国が、貧しい発展途上国ながら、それなりに機能しているのは、ムボロにカリスマがあるおかげと言える。そのようなわけで、マリナはムボロの数々の欠点には目をつぶり、現政権を支えるために情報省長官として、毎日十六時間働いているのである。

 ……ご褒美と考えれば、賄賂として贈られたワインを一杯楽しむくらい、神は許してくれるだろう。

 マリナはそう自分に言い聞かせ、シャトー・マルゴーを楽しんだ。



 首都マルキアタウンの官庁街は、美しい。

 立ち並ぶ近代的なビルディングの数々。街路樹として植えられているジャカランダの樹は、十月になれば一斉に薄紫の美しい花を咲かせる。広い車道を走る車は、ヨーロッパや日本から輸入された高級車が多く、高い位置にある太陽の光を浴びてみな輝いている。

 ゴミひとつ落ちていない歩道を行き交う人々は、ほとんどがスーツ姿だ。書類カバンやタブレットPCを手に急ぎ足で歩む者。数名で談笑しながら、ゆっくりと歩を進める男女。彼らの肌の色が、一様に黒いことを除けば、ヨーロッパや北米の先進国の大都市の風景と遜色はない。

 むろんこれは、見せかけの繁栄である。アフリカ最貧国グループの首都でも、官庁街はみな美しいのだ。……さながら、見栄っ張りの女性が生活費を切り詰めて買ったブランド物の服を、外出時に纏うようなものか。

 大統領官邸を出たマリナは、秘書官と護衛三名……オデットと、その部下二人……を従えて歩道を歩み、仕事場である情報省に向かった。

 アマニア情報省は、七局からなる。第一局が対内諜報を担当し、以下第七局までが対外諜報、情報分析、管理、技術および通信、宣伝およびメディア対策、対FPAをそれぞれ担当している。

 かなりの大所帯であるが、予算不足から庁舎はいまだに内務省内に間借りしている状態である。情報省に戻ったマリナは、さっそく狭い執務室にこもると、仕事を再開した。各局から上がってくる報告、申請、その他の書類に目を通し、適切に処理せねばならない。その業務内容から、書類のほとんどは高度な機密レベルが指定されたものであり、他所の省庁のように決済や承認を秘書官や補佐官に丸投げするわけにはいかないのである。

「よろしいですか、長官」

 オデットが、開け放したままのドアを軽くノックしてから、顔を突き出して訊いてくる。

「なに?」

「お客様です。ナクララ将軍がいらっしゃってますが」

 アマニア国防軍参謀総長アルフォンス・ナクララ将軍とは、旧知の仲である。ネイサン・ムボロとは正反対の性格……謹厳実直で政治的野心には無縁……なこともあり、マリナはこの壮年男性を大いに気に入っていた。ナクララ将軍の方も、マリナのことは高く買っているらしく、そのおかげで情報省と軍情報部の関係も実に良好である。

「お通しして」

 マリナはすぐに命じた。機密書類の類を机上から片付け終わると同時に、戸口にナクララ将軍が姿を見せた。剃り上げた頭と、鋭い眼光。筋肉質の長身。見た目は悪役プロレスラーのようだが、極めて優秀な軍人として、多くの部下の信頼を得て国防軍を支配している男性である。

「やあ、マリナ」

 ナクララ将軍が気さくに言って、空いていたスツールに腰を下ろす。

「何か飲む?」

 マリナは内線電話に手を伸ばしながら訊いた。まだ、シャトー・マルゴーの余韻は残っている。ここは、地元産の安いロブスタ種ではなく、輸入物の高い豆で一杯飲みたいところだ。

「いや、飲み物は結構だ」

「マンデリンを挽かせるけど?」

「気を遣わんでくれ」

 ナクララ将軍が、笑って断る。

「何かあったの、アルフォンス?」

 マリナはメモ用紙を引き寄せると、鉛筆を握った。将軍がわざわざ訪ねてくるということは、電話では話せない用件に違いない。

「いやいや、仕事の話じゃないよ」

 ナクララ将軍が、笑みを湛えたまま首を振る。

「ちょっと内務省に用事があったのでね、そのついでだ。……実は、急に休暇を取ることになってね。四日ほど、留守にする。その挨拶だ」

「休暇。どこかへお出かけかしら」

 ちょっと羨ましい思いに駆られながら、マリナは訊いた。情報庁長官に就任して以来、二十四時間を超える休みを取ったことは一度もないのだ。

「ヨーロッパへ行ってくる」

「ブリュッセル? パリ?」

 マリナはそう訊いた。アマニア人がヨーロッパへ行くとすれば、このどちらかが普通である。実際問題として、直行便はブリュッセル国際空港かパリ‐オルリー空港行きしか運航していない。

「いや、ロンドンだ」

「そうでした。あなたはサンドハースト出身でしたわね」

 歴史的経緯と、言語の関係から、アマニア国防軍のエリート軍人の多くは、ベルギー王立士官学校かフランスのサン・シール陸軍士官学校出身だが、ナクララ将軍はイギリスのサンドハースト王立陸軍士官学校卒という変わった経歴の持ち主である。それゆえ、今でもイギリスには知己が多く、同期生の中にはイギリス陸軍内でかなり出世した者もいるらしい。

「何かあったら、サカイワ大佐に連絡してくれ。万時任せてあるから」

 ナクララ将軍が、副官の名を出す。

「彼なら安心ね」

 マリナは微笑んだ。アマニア人男性としては珍しいくらいの小柄な男性だが、極めて有能な軍人であることは、マリナもよく知っている。

「ところで……これは非公式な質問なんだが」

 ナクララ将軍が、わずかに前に身を乗り出す。

「『ドラゴニ』という秘匿名が付けられた計画について、何か知っているかね?」

「ドラゴニ?」

 マリナは訝った。スワヒリ語でドラゴンを意味する言葉だが、何らかの計画名としては聞いた覚えがない。

「知らないわね。何に関連した話なの?」

「知らないのならば、それでいい。今の話は忘れてくれ」

 真面目な表情で、ナクララ将軍が言う。不審に思ったマリナだが、とりあえずうなずいた。……たぶん、FPAがその名称で何か企んでいるとの曖昧な情報を、軍情報部が信頼度の低い情報提供者から手にいれたのだろう。正規のルートで情報省に照会すれば、ガセネタだった場合迷惑を掛けることになりかねない。それを嫌い、このような形で雑談に交えて尋ねたに違いない。



 先ほどマリナ・ジズカカと飲んだシャトー・マルゴーは、ムボロ大統領にとっては祝杯であった。

 『ドラゴニ』計画の延期。

 残忍で知られるネイサン・ムボロだったが、慈悲の心が無いわけではない。いくらマリア様に寵愛されている身でも、子供たちまで殺す計画を実行するのは気が引けた。『ドラゴニ』を行わずにFPAに勝利できれば、それに越したことはないのだ。もちろん、保険は掛けておくつもりだが。

「ワインを片づけてくれ。それから、エクメト中佐を呼んでくれ」

 ムボロは、秘書に命じた。

 エクメト中佐はすぐにやってきた。ダークスーツに身を包んだ、平凡な顔立ちの男だが、大統領警護隊の中でも切れ者で知られている。野戦指揮官としても優秀で、本来ならば南部軍管区に派遣して腕を揮ってもらうべきなのだが、ムボロはあえて手元に置いて重要な案件を任せていた。

「『ドラゴニ』は無期延期する」

 ムボロは、前置き抜きで告げた。

「台湾側から情報提供があった。ヒンメルハーフェン海軍基地を襲撃したのは、やはりアメリカのようだな。被害は相当なもので、FPAへの兵器供給は長期間にわたって滞るだろう。中国側も貨物船を一隻失ったらしい。政治的思惑から、密輸再開のめども立っていないようだ。これにより、FPAの攻勢は勢いを失うはずだ。ハイリスクな『ドラゴニ』を慌てて行う必要性は薄れた」

「かしこまりました。トレミニの傭兵部隊はいかがいたしましょう?」

 エクメト中佐が、訊く。

「訓練はそのまま続けさせろ。通常攻撃に使えるだろう。高い金を積んだのだからな。給料分の働きはしてもらわないと」

 ムボロ大統領は、そう命じた。

 『ドラゴニ』計画は、本作戦である『プルミエ』と、予備作戦である『スコンド』の準備が並行して行われていた。トレミニ空軍基地に新設された航空部隊は、本来この『プルミエ』のために集められた外国人傭兵からなる部隊である。『ドラゴニ』は無期延期となったが、彼らを遊ばせておくのは勿体ない話である。所詮は、金さえもらえればいくらでも人殺しをやってのける下種な連中なのだ。ムボロ大統領は、連中を徹底的に使い倒すつもりであった。……それだけの金は、払っているのだから。

「『スコンド』の進捗状況はどうなっている?」

「市内の東西南北に合計四か所、安全な隠匿場所を確保しました。そのまま作戦に使用できます」

「よろしい。そちらは保険だからな。準備計画は予定通り進めてよい」

 ムボロは身振りで命令伝達が終わったことを告げながら言った。

「かしこまりました」

 エクメト中佐が、一礼して辞去する。

「タッカー大統領、ありがとう」

 一人きりになると、ムボロはそうつぶやいた。FPAに対する中国製兵器の流入が止まったことで、情勢は大きく変化した。すでに、南部軍管区全域から、FPAの攻勢が止まったとの報告が入っている。このまま攻勢に出れば、FPAの息の根を止めることができる……かもしれない。


 第十二話をお届けします。

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