第十話
「一等軍曹、少尉殿が亡くなられました」
ヤゴリリ伍長が、ヘラスス一等軍曹に告げた。
……やはり無理だったか。
部下に抱えられたサナココ少尉は、口から泡交じりの血を垂らしていた。背中から入った銃弾が、肺を貫通していたのだ。外出血はそれほどでもなかったが、内臓に被弾した場合は大量の内出血があるのが普通だ。圧迫などで外出血を押さえただけでは、失血死を防ぐことはできない。
状況は混乱を極めていた。ウスメメ軍曹とサナココ少尉が撃たれた直後に、ハワクリとセワシシの両軍曹が駆けつけてきてくれたので、ヘラスス一等軍曹は倒れているウスメメ軍曹と裏口から逃げ出したムワリム、それに呆然としているテクヤナ中尉を無視し、気を失っているサナココ少尉を家から担ぎ出した。グループ内で唯一の衛生兵、ヤゴリリ伍長の元へと運ぶためである。
だが、すでにサヴージュ村は殺気立っていた。銃声を聞いた全員が、一斉に自分の得物を手に、飛び出してきていたのだ。彼らはついに内紛が撃ち合いに発展したのだと思い込み、信頼できる仲間同士で小グループを作り、敵を求めて村内をうろつき始めていた。
そんな小グループのうちのひとつ……サナココ少尉派が、ヘラスス一等軍曹らを見つけ、駆け寄ってくる。早口で状況を説明し、護衛の任に就くようにヘラススは命じたが、死にかけているサナココ少尉の姿を目にした四名の兵士は激高し、ヘラスス一等軍曹の命令を無視してウスメメ軍曹派への復讐のために駆け出していってしまう。彼らは偶然出くわした小グループ……実はこれはテクヤナ中尉を支持している穏健派だったのだが……に向け、ガリルを乱射する。穏健派グループは直ちに反撃し、ついでに近くにいたウスメメ軍曹派の小グループにも銃弾を浴びせる。これを切っ掛けに、連鎖反応的に各小グループが撃ち合いを始めた。
ヘラスス一等軍曹は、なんとかヤゴリリ伍長を探し出し、サナココ少尉の手当てを開始したが、銃撃戦は激しくなる一方で、セワシシ軍曹が流れ弾を喰らって絶命してしまう。やむなく、ヘラスス一等軍曹は、ハワクリ軍曹とヤゴリリ伍長にサナココ少尉を担がせて、村はずれまで逃げて来たのである。
……もう無理だな。
ヘラスス一等軍曹は、上官の骸を見下ろした。闇の中で続く銃撃戦は、とても終わりそうになかった。おそらく、銃弾が尽きるまで、あるいは兵士たちの命が尽きるまでは終わらないだろう。
「ここを捨てよう。このままここにいても、FPAのロボットに殺られるだけだ」
「もちろんお供します、小隊軍曹」
ハワクリ軍曹が、即座に言った。
「俺も、連れて行ってください」
ヤゴリリ伍長が、すがるような口調で言う。
藪の中に逃げ込んだムワリムは、呼吸を落ちつけようと深呼吸を繰り返した。
銃撃戦の只中を潜り抜けるのは、まさに命がけであった。見境なく撃ってくる相手の狙いを躱し、場合によっては撃ち殺して脱出路を開く。まさに必死の逃避行であった。
少し呼吸が落ち着いたムワリムは、きつく握り締めていたCz75の弾倉を抜いてみた。残弾数は、わずかに一発だった。薬室に一発が入っているから、十三発撃った勘定になる。……正確な数は覚えていないが、最初に撃ったサナココ少尉を別にしても、四人くらいは撃ち倒したような気がする。
弾倉を戻したムワリムは、拳銃を握り直すとよろよろと立ち上がった。もうここには居られない。行く当てはなかったが、とりあえず彼は村とは反対の方角へと歩き出した。
……また一人になってしまった。
テクヤナ中尉は、しばしのあいだ安全な居場所を提供していてくれたサヴージュ村を見やった。何軒もの家に火が回ったのか、村は火柱によって明るく照らし出されていた。
いっそのこと、FPAに投降でもするか。
ふとそんな考えが浮かんだが、テクヤナ中尉は苦笑してそれを打ち消した。FPAは投降者には寛大だと聞くが、それはあくまで一般の兵士に関してであろう。元脱走兵とはいえ、士官に対しては厳しいに違いない。
とりあえず、村から遠ざかるか。
テクヤナ中尉は、炎上する村に背を向けると、草原の中に脚を踏み入れた。
早朝のサヴージュ村は、静まり返っていた。
何軒かの建物は、土台部分だけを残して炭化し、AI‐10の貧弱な臭覚センサーでも感知できる焦げ臭い匂いを朝の微風の中に撒き散らしていた。地面には数多くの死体、空薬莢、遺棄された銃器などが散らばっている。死体やそこから流れ出した血液には、おびただしい数のハエがたかっていた。AI‐10たちが近付くと、そのハエが一斉に飛び立ち、黒い雲のような不定形な塊となって別な死体を求めて飛び去った。
「誰も居ないようね」
顔をしかめながら、スカディが言う。
「何人かは逃げたのでしょうが、これで脱走兵グループは壊滅したのであります!」
シオは晴れやかにそう宣言した。
「一発も撃たずに殲滅してしまったのですぅ~。スカディちゃんの演技力、素晴らしいのですぅ~」
ベルが、呆れ混じりに称賛する。
「とりあえず、悪用されないために銃器類だけは処分しましょう。ついでに、銃弾もいただきましょうか」
スカディが指示し、さっそく足元に落ちていたガリルARを拾う。
多数のガリル、UZI、Cz75、一丁だけ見つかったMAG、それに三丁の56式自動歩槍……たぶんFPAからの鹵獲品だろう……を、三体は村はずれの空き地に積み上げた。空弾倉や、使い道のない7.62mm×51と7.62mm×39の弾薬も、一緒に入れる。
三体は廃材や枯草を集めて小山を作り、その上に銃器類を置いた。ベルがホットナイフを使って枯草に点火すると、乾燥していた廃材類はすぐに燃え上がった。
「お、あそこに見えるのはブチハイエナではないですか!」
シオは指差した。犬に似た灰色がかった黄色い獣が何頭か、身を低くしてこちらを窺っている。
「あちらには、ジャッカルさんもいらっしゃいますねぇ~」
ベルが言う。ハイエナより小さく、若干キツネっぽいほっそりとした姿が、草原の中をうろついている。
「人里には近付かないはずなのに。血の臭いを嗅ぎつけたのかしらね」
背伸びするように動物たちを眺めながら、スカディが言った。
「このあたり、内戦で人口が激減していますから、生息域が広がっているのではないでしょうかぁ~」
ベルが、そう推測する。
「そうかもしれないわね。死体の処理は彼らに任せて、わたくしたちは帰るとしましょう」
スカディが、宣言した。
「凄いな。スカディの演技だけで壊滅させちまったのか」
状況報告を聞いた亞唯が、呆れたように言う。
「殺人ジョーク並みの威力やな」
雛菊が、笑う。
「これで当面の目的であるスール・ソランジュと子供たちの安全は確保できたのであります! これからどうしますか、リーダー?」
シオはそう尋ねた。AI‐10たちの本来の目的は、言うまでもなく日本へ、そしてマスターの元へと帰ることである。アマニアで戦うことではない。
「とりあえず、プラトー州から出るしかないわね。首都マルキアタウンのあるセントラーレ州に行くには、素直に北上してオー・ジーワ州を通過するか、いったん西方に向かってバー・ジーワ州を経由するか。ふたつにひとつね」
スカディが、説明した。ジーワとは、スワヒリ語で湖のことである。これにフランス語の『高』を示すオーが付くので、意訳すれば『高地湖水州』というところだろうか。その名の通り湖水が多く、乾季でも水に困らないので農業が盛んな地方だ。バーはフランス語で『低』を示すので、『低地湖水州』となる。オー・ジーワ同様、こちらも農業が盛んである。
「難しいところですねぇ~。オー・ジーワを通る方が近道ですが、交通は人口の多いバー・ジーワの方が発達していますねぇ~」
ベルが、言う。
「オー・ジーワはまだ南部軍管区が頑張ってる。バー・ジーワは競合区域で、FPAがかなり勢力を伸ばしてる。前者を選べば南部軍管区の連中に見つかって厄介なことになりかねない。後者を選べば戦闘に巻き込まれて厄介なことになりかねない。どっちもどっちだな」
亞唯が、諦めの口調で言った。
「いっそのこと、CIAの救出準備が整うまで、ここでお世話になったらどうや? バッテリー節約すれば、手持ちのガソリンだけでしばらく持たせられるやろ」
雛菊が、そう提案した。
「それもひとつの手ね。とりあえず安全は確保したし、スール・ソランジュに迷惑を掛けることもないし」
スカディが、うなずきつつ言う。
「たまには農業に勤しんでみるというのも、楽しそうですぅ~」
ベルが、乗り気で言う。
「スール・ソランジュに相談してみたらどうだ?」
亞唯が、提案する。
「最新の事情に通じていませんから、なんとも言えませんわね」
AI‐10たちから相談を持ち掛けられたスール・ソランジュが、残念そうに首を振った。
「ですが、バー・ジーワまで行けば、首都まで直通の鉄道が通っています。FPAは民間交通を妨害していませんから、まだ正常に運行しているはずですわ。それに乗るという方法が、一番早いのではないでしょうか。もっとも、一日一本しか走っていませんけど」
「はっと! 『世界の〇窓から』ごっこが出来そうなのです!」
鉄道と聞き、シオはさっそく喰いついた。
「鉄道ねえ。ロボットを乗せてくれるかな?」
亞唯が、首を捻る。
「料金さえ払えば、問題ないと思いますわ」
「いかほど掛かるのかしら?」
スカディが、訊く。幸い、手元には脱走兵たちのポケットから回収したアマニア・フランが四千ばかりある。
「サン・クリストフからマルキアタウンまで、三等車ならたしか二百フランくらいだったと思いますわ」
ソランジュが、言う。
「なら、充分足りるわね」
スカディが、安堵の表情を見せた。
「あたいたちなら、子供料金で行けそうですが!」
シオはそう言った。ソランジュが、微笑む。
「子供料金はありませんわ。座席ひとつ占有すれば、子供でも大人でも料金は一緒です」
「問題は、どうすれば怪しまれないか、だな」
亞唯が、首を捻る。先進国ならともかく、アマニアでは民生用と云えども五体のロボットがぞろぞろと駅に現れて、紙幣を差し出してチケットを購入しようとすれば、奇異に思われるであろう。下手をすれば、地元の警察に通報されかねない。
「付き添いがいればいいのであります! 暇そうなにーちゃんを買収して、仕事としてロボットを運んでいるふりをしてもらえば問題ないのです! マルキアタウンまで片道なら千フランも渡せば喜んでやってくれるでしょう!」
シオはそう進言した。
「それがいいのですぅ~」
ベルが、賛同する。
「バー・ジーワ州のサン・クリストフ市までは、どうやって行けば早いかしら?」
スカディが、ソランジュに訊く。
「プラトー州内の交通は混乱していますが、カレル市まで行けば州境を超えて乗り合いバスが走っているはずですわ。料金は百フランしなかったと思います」
「カレル市。ここからだと、約八十キロメートル。歩いていけない距離ではないわね」
メモリー内地図を素早く参照し、スカディが言った。
AI‐10たちは、諸事情を考慮したうえで、明日午前中に教会を出て、北西にあるカレル市……内戦前の人口は公称五万人だったが、現在は半減しているらしい……に向かうことを決めた。スール・ソランジュが、そのことを子供たちに説明する。全員が残念がったが、泣き出したりする者はいなかった。……親兄弟との死別すら乗り越えてきた子ばかりなのだ。その程度の別離で取り乱したりはしない。
午後も遅くなり、多少日差しが和らいだ頃から、AI‐10たちは子供たちと一緒に、畑の手入れを行った。シオの担当は雑草抜きであった。アフリカの強烈な日差しと高温、それに乾燥を防ぐために頻繁に行われる水やりのせいで、雑草類の伸び方は半端ではない。地面にしゃがみ込んだシオは、指先で伸び掛けた雑草をつまんでは放る、という動作を繰り返した。その隣では、コゼットとエリーズの七歳コンビが、シオよりも三割くらい早い速度で、せっせと雑草抜きを行っている。
そんな作業を三十分ほど続けていると、畑にサクリスタンのシルヴァンが駆け込んできた。
「大変だ! 武装した連中が近付いている! みんな、教会へ戻るんだ!」
血相を変えて、シルヴァンが怒鳴る。
子供たちの動きは素早かった。即座に農作業を中断し、シルヴァンの元に駆け寄る。
スカディの動きも素早かった。シルヴァンに、武装した連中がいる方角を確認すると、集まってきたAI‐10たちに指示を飛ばす。
「雛菊、シオ。子供たちを守って教会へ。ベル、一足先に戻って武器の準備を。亞唯、一緒に来てちょうだい」
「心得た」
亞唯が、ポーチに入れてあったCz75を抜いた。武装していたのは、念のためにCz75を持っていたスカディと亞唯だけである。
ベルが、教会へ向けて走り出す。シオと雛菊は、シルヴァンのあとを追い始めた子供たちを左右から守るような位置について、走り始めた。
「まずいわね。百名は居そうだわ」
藪に身を隠しつつ、スカディは言った。
「得物が中国系だ。FPAだな」
亞唯が、そう識別した。ほとんどの兵士が、AKスタイルの突撃銃……56式自動歩槍だろう……を手にしている。PKに似た機関銃も見えるが、これは80式通用機槍だろう。RPG‐7のようなロケットランチャーを担いでいる兵もちらほら見えるが、こちらは69式40ミリ対戦車ロケットランチャー……RPG‐7の改良コピーに違いない。
「あんまり警戒している様子じゃないな」
亞唯が、続けて言う。本隊は教会へと通じる小道を一列縦隊で歩んでいるだけで、それほど緊張感は見られない。一応、前衛らしい十名前後の集団は、56式自動歩槍を手に周囲に気を配りながら進んでいるが、こちらも身を隠そうという気はなさそうだ。
「ただ単に通り過ぎたいだけで、教会に用はないのかしら」
スカディはそう言った。教会は複数の道が交差する地点の側に建っているので、この部隊が他の村に行くために近所を通る、ということは充分あり得る。
「一応、迎撃態勢を取って待ち受けましょう」
スカディはそう決めた。
「かなう相手じゃないぜ」
亞唯が、顔をしかめる。人数も多いが、遠くからロケットランチャーを撃ち込まれたのでは、対処できない。
「逃げること前提での、時間稼ぎの迎撃ですわ。亞唯、継続監視をお願い。わたくしは、教会の守りを固めますわ」
「心得た」
うなずく亞唯を残し、スカディは教会へ急いだ。
第十話をお届けします。




