第八話
日没直前に、スカディ、シオ、ベル、それにROCHIは脱走兵グループが占拠するサヴージュ村にたどり着いた。
集落は、なだらかな斜面を持つ低い丘の中腹にあった。戸数は四十戸程度の、いかにも貧し気な村だ。丘の下には畑地が広がっており、そのうちの半分近くには明らかに手入れされた跡があった。……脱走兵たちが食料確保のために作物を育てているのだろう。
丘の頂上付近には、粗雑な造りだが高さ五メートルほどの監視塔……と言うよりは、見張り櫓、と呼称する方が適切か……が建てられていた。村に通じる一本道の両脇、集落の四隅、畑地のほぼ中央にある井戸の側など、数か所には穴と盛り土、それに倒木や廃材を組み合わせた銃座が設けられている。
三体と一匹(?)は、その様子を四百メートルほど離れた草原の中から詳細に観察した。
「この程度の警戒なら、夜間であれば内部に侵入することは難しくないわね」
観察を続けながら、スカディが言う。
「どこかに武器庫があるはずなのです! そこを突き止めて、手榴弾をぶち込んでやれば、大打撃を与えることが可能なのです!」
シオはそう意見した。
「いずれにしても、もっと近づいて偵察する必要があるわね。シオ、ベル。どちらかは残ってバックアップをしてちょうだい。もう一人はわたくしと一緒に接近して偵察を行います」
スカディがそう決定した。
「ベルちゃん、どうしますか?」
「わたくし、残らせていただきますぅ~。爆薬無しでは潜入しても面白くないのですぅ~。それに、エレクトロショック・ウェポンもありませんから、あまりお役に立てないと思うのですぅ~」
シオの問いに、ベルが辞退の意向を表明する。
「ならば、あたいがリーダーのお供をするのであります!」
「ROCHI、あなたはどうするのかしら?」
スカディが、シオの頭の上で蹲っているROCHIに訊いた。
ぴょんとシオから飛び降りたROCHIが、腕を一本ひょいと立て、別の一本で集落の方を指しつつ、歩んでゆくそぶりを見せる。
「単独で偵察したい、ということかしら?」
スカディの問いに、ROCHIが今度は腕を折り曲げて敬礼のようなポーズを取る。
「いいでしょう。自由行動を許可します」
スカディがそう言うと、ROCHIがさっそく生い茂る草のあいだにごそごそと這い込んでゆく。
「では、わたくしたちも準備しましょう」
スカディが、ポーチの中から黒いビニールテープを出した。動くと音を立てそうな装備に、それをぺたぺたと張り付けてゆく。シオも、同様にテープを張り付けた。上体を振ったりぴょんぴょんと飛び跳ねたりして、余計な音が生じないことを確認してから、テープをしまう。
完全に暗くなってから、スカディとシオは潜入を開始した。ベルが畑地脇の草むらに隠れ、全体を監視しつつ援護してくれる。
スカディとシオは、畑地を迂回するようにして集落を目指した。小道を渡り、倉庫らしい小屋のひとつの陰に隠れて、辺りの様子を窺う。
周囲には、脱走兵たちの気配が満ちていた。談笑する声、漂っている煙草の煙、動き回る物音など。だが、警戒している様子はあまり見られない。
『シオ、動かないで。二人接近してくるわ』
スカディから、赤外線通信が入った。聴覚が強化されているので、いち早く足音を聞きつけたのだろう。シオは了解した旨を伝えると、動きを止めた。
歩んで来たのは、士官と下士官だった。二人とも、UZIを携えている。下士官の方は、咥え煙草で紫煙をたなびかせながら歩んでいた。
『階級章からすると、少尉と一等軍曹ね。ヒヤロロ一等兵の話にあった、サナココ少尉とヘラスス一等軍曹かしら?』
スカディが、赤外線通信で言う。
『ナンバー4とその右腕ですね!』
シオはそう返した。
少尉と一等兵曹は、隠れているスカディとシオに気付かないまま小屋を通り過ぎると、トウモロコシ畑の中に脚を踏み入れた。しばらく歩んだ処で立ち止まり、周囲に気を配り始める。スカディとシオは、気付かれないように接近すると、トウモロコシのあいだに身を潜めた。
『警戒しているけど、銃に手を掛けてはいないわね。ただ単に、誰にも見られていないことを確認しているだけのようね』
スカディが、言う。
『はっと! 実は、小隊長と小隊軍曹はホモだちだった、ということでは?』
『その可能性は小さい、と思うけど』
ため息を吐きつつ、スカディが返してくる。
見守るうちに、三人目の人物がトウモロコシ畑に現れた。中尉の階級章を付けた中年の士官だ。こちらは、腰に拳銃のホルスターを付けただけの軽装備である。
『テクヤナ中尉らしいわね』
スカディが、言う。中尉の接近に気付いた一等兵曹が、点けたばかりの煙草を素早く足元に落とし、踏み消した。
「お呼びだてして申し訳ありません、中尉」
少尉が、詫びた。
「何の用かね。密会は無用な疑惑を招くぞ」
中尉が、穏やかな口調で苦言を呈する。
「中尉、状況はご存知でしょう。すでに、ウスメメの配下は四十名程度に減っています。しかも、そのうち数名は負傷している。一方、わたしの部下とその同調者は五十名を超えました。中尉を慕っている者を加えれば、流血なしですべてを掌握できます……」
少尉が、熱心に説き始める。
スカディの読み通り、中尉は脱走兵グループのナンバー3……ナンバー2であったワランガ軍曹が死んだ今となっては実質的にナンバー2……のテクヤナ中尉であった。相対するのは、ナンバー4のサナココ少尉とその右腕、ヘラスス一等軍曹である。
サナココ少尉によるテクヤナ中尉に対する説得は、要約すれば『テクヤナ中尉が協力してくれれば、ウスメメ軍曹を追放して権力を奪取できる。そうしたらテクヤナ中尉を新しいリーダーにして組織を立て直せる。ぜひとも協力していただきたい』というものであった。
だが、テクヤナ中尉は首を縦に振らなかった。
「悪いな、エミール。わたしは、ウスメメ軍曹に恩義を感じているんだよ」
テクヤナ中尉が、サナココ少尉から視線を逸らし、星空を見上げながら言った。
「指揮下の小隊をFPAによって壊滅させられ、このまま軍に留まれば良くて軍刑務所行き、悪ければ銃殺という立場に追い込まれ、この身ひとつで逃げ出してきたわたしを、ウスメメ軍曹は暖かく迎え入れてくれたのだ。彼がいなかったら、わたしはサバンナでくたばっていたか、あるいはアカシアの樹で首をくくっていたかもしれないのだ。確かに、彼は指導者の器ではないかもしれない。だが、わたしには彼を裏切ることはできないんだ。わかってくれ」
テクヤナ中尉が、サナココ少尉から視線を逸らしたまま歩み出した。トウモロコシ畑に分け入り、集落の方へと戻ってゆく。
「……当てが外れましたな」
ヘラスス一等軍曹が呆れたように言って、さっそく煙草を咥えた。
「で、どうします? 俺たちだけでやりますか?」
「いや。自重しよう。それよりも、ウスメメ派の切り崩し工作に力を入れよう。ワランガ軍曹の部下だった連中を、こちらに取り込むんだ……」
見守るスカディとシオに気付かぬまま、サナココ少尉とヘラスス一等軍曹が密談を始める。
「くそっ。どうすりゃいいんだ」
フレデリク・ウスメメ軍曹は、文字通り頭を抱えていた。
指揮所兼自宅として接収している家屋の一室である。側には、信頼するソナクワ二等兵……元教師のムワリム……がいるだけだ。
昨日まで、すべてが順調であった。サナココ少尉の反抗的な動きは完全に封じ込められていたし、食料の備蓄も充分にあった。付近にはFPAの姿も、南部軍管区部隊の姿も無い。ウスメメ軍曹の『小王国』は平穏であった。
それがいきなり急変した。まず、忠実な部下であるゴラメメ伍長と彼が率いていた部隊が、推定ではあるが謎の小型ロボットたちとの戦闘で全滅した。続いて、報復のために派遣した親友ワランガ軍曹率いる部隊が、これも推定ではあるが謎の小型ロボットたちと交戦し、大損害を受け、ワランガ軍曹も戦死した。
これを受けて、サナココ少尉が怪しい動きを盛んに行っていることは、ウスメメ軍曹も承知していた。だが、サナココ少尉を捕えるなどの強硬手段を安易に取れば、少尉支持派が過激に反応し、内部分裂抗争が本格化しかねない。
「なあ、ムワリム。俺はどうすればいい?」
ウスメメ軍曹は、相談役に水を向けた。
「テクヤナ中尉が中立的立場を保っていてくれる限り、サナココ少尉も無茶はしないでしょう。しかし、こちらもワランガ軍曹とゴラメメ伍長が亡くなったことで、組織にゆるみが生じています。サナココ少尉にかき回されないように、組織の引き締めを図るべきです」
細身で眼鏡を掛けた、どう見ても兵士には見えないムワリムが生真面目な口調で助言した。
「くそっ。クロードがいてくれれば……」
ウスメメ軍曹が愚痴る。幼いころから相棒として頼みにしてきたクロード・ワランガ軍曹を失ってから十数時間。その打撃の大きさは、ウスメメにとっては右腕どころか、さながら両腕をもがれたようなものであった。
「サナココの増長は仕方あるまい。まずは、テクヤナ中尉の引き留め策だ……」
ウスメメ軍曹が、ムワリムにさらに助言を求める。その様子を、天井のむき出しの梁の上にちょこんと載っているROCHIが、電子の目でじっと見つめていた。
一時間後、スカディとシオは、集落の東の外れでROCHIと落ち合った。
ROCHIが、自分のデータポートをひょいひょいと腕で指し示し、データ送信したいという意向を示す。スカディが、自分のケーブルをそこに差し込んだ。
「さすがにやるわね、ROCHI。指導者のウスメメ軍曹の居所を突き止めたそうよ。側近との会話内容も盗聴したようね。……なるほど、ウスメメ軍曹も、サナココ少尉の扱いには苦慮しているようね」
データを受け取りながら、スカディが解析内容を説明してくれる。
「リーダー! この内紛状態は利用できませんか?」
シオは思い付きを口にした。
「たしかに、この集団はウスメメ軍曹派、サナココ少尉派、それにテクヤナ中尉の穏健派に分裂しているようだけど……具体的にどうするの?」
スカディが、訝し気に問う。
「悪い噂をばら撒くのであります! 各派の関係を悪化させるように仕向ければ、士気はがた落ち、結束力も低下、ひいては戦闘力も激減! 亞唯ちゃんと雛菊ちゃんも合わせれば、五体だけでも殲滅できる状況が生まれそうなのです!」
「そう上手くいくかしら?」
スカディが、首を傾げる。
「リーダーの物真似機能を活用するのであります! 音声データが充分に取れたのならば、可能なはずなのです! 重要人物に成りすまして、あることないこと吹き込めばいいのです!」
シオは、力説した。
「……面白そうね。でも、かなり工夫を凝らさないと難しい工作ね、それは」
「あたいはその手の映画や海外ドラマをいっぱい見ているから、そういうのは得意なのです! 任せて欲しいのであります!」
シオはどんと無い胸を叩いた。
「軍曹」
窓……といっても、荒天時用の木の蓋が付いているだけの壁の開口部だが……の外から急に呼びかけられ、ウスメメ軍曹は思わず背中を強張らせた。
「誰だ!」
驚きを悟られないように、わざと固い声を発しながら、ウスメメ軍曹は念のために腰のホルスターに手を伸ばしながら誰何した。
「ヘラススです。おっと、そのままで。あなたに会っていたことが少尉にばれたらまずいですからね」
外の声が、言う。
ヘラスス一等軍曹か……。
ウスメメ軍曹は、ホルスターに掛けていた手をそのままに、内心で首を傾げた。確かに、聞き覚えのある声だ。サナココ少尉の率いている小隊の、小隊軍曹であり、その右腕たるヘラスス一等軍曹のものに、間違いない。だが、このような形で会いに来たことは解せない。
「何の用だ?」
警戒を解かないまま、ウスメメ軍曹はそう問いかけた。
「一言、ご忠告したくてね。少尉が、テクヤナ中尉の説得に成功しましたよ。明日にでも、軍曹の追い落としに掛かるつもりです」
「本当か!」
ウスメメ軍曹は、うめき声交じりに訊き返した。
「さしものテクヤナ中尉も、二回失態が続いたんで軍曹を見限ったようですな。支持者をサナココ少尉に預け、軍曹追放に参加させるそうです。そのあと、名目上の指揮官に納まる。実際に指揮を執るのは、サナココ少尉。そういう段取りです」
「なぜ、それを俺に報せるんだ?」
ウスメメ軍曹はそう訊いた。ヘラスス一等軍曹の立場からすれば、直属の上官のサナココ少尉が権力を掌握することは、歓迎すべきことだろう。なぜ、わざわざ俺に忠告しに現れたのか? これは、巧妙な罠の一環ではないのか?
「FPAのロボットが跳梁している以上、内紛などしている場合じゃない」
きっぱりと、ヘラスス一等軍曹が言った。
「少尉にもそう進言したんだが、聞き入れてもらえなくてね。軍曹の支持者もまだ多いし、追い落としを図れば戦闘は免れない。俺たちに死人を出す余裕は、無いはずです。軍曹、守りを固めてください。少尉が、追い落としを断念するくらいにね。そのあとで、FPAのロボットに対抗するために、共闘を呼び掛けてください」
「趣旨は理解した。善処しよう」
ウスメメ軍曹は、慎重な物言いで応じた。
「ご理解いただけて嬉しいです。では、俺は消えます」
窓外の気配が、遠ざかる。
ウスメメ軍曹はしばし黙考した。奴が提案したのは、守りを固めることだけだ。積極策は、示唆すらしていない。これがサナココ少尉の陰謀だという可能性は、低いだろう。
……とりあえず、ムワリムの意見を訊かねば。
「ソナクワ二等兵! 急いで来てくれ!」
扉を開けたウスメメ軍曹は、外に向けて怒鳴った。
「少尉殿」
聞き覚えのない小声で呼びかけられ、サナココ少尉は思わず吊っていたUZIのグリップを握った。
「誰だ!」
鋭く問い掛けながら、銃口を声の聞こえた方に向ける。……近くの茂みのようだ。
「おっと。物騒なものを向けるのはおやめください。ソナクワ二等兵です」
……ムワリムか。
UZIの銃口をなおも茂みに向けながら、サナココ少尉は一歩踏み出した。
「ウスメメの飼い犬が何の用だ?」
「声が大きいですよ、少尉殿。それに、これ以上近付かないでください。会っていることが軍曹にばれたら、まずいですからね」
そう言われ、サナココ少尉は脚を止めた。ただし念のため、銃口は茂みに向けたままにしておく。
「もう一度問う。何の用だ?」
「一言ご忠告をしたいと思いましてね。ウスメメ軍曹と、テクヤナ中尉が手を組みましたよ」
……こいつ、俺を騙そうとしているな。
サナココ少尉はすぐにそう見抜いた。稚拙な嘘だ。テクヤナ中尉とは、つい先ほど会って、依然中立的立場を貫くという意思を確認している。
おそらく、ウスメメ軍曹の浅知恵だろう。俺とテクヤナ中尉の関係を悪化させようという稚拙な策に違いない。
「本当か、それは」
サナココ少尉は驚いた声音を作って訊き返した。ここは、騙された振りをしてもう少しムワリムに喋らせて、ウスメメ軍曹の魂胆を知るべきだ、と判断したのだ。
「本当ですよ。実は、しばらく前からテクヤナ中尉とウスメメ軍曹は通じ合っているのですよ。先ほども、テクヤナ中尉が現れましてね……」
ムワリムの声が、トウモロコシ畑の中で交わされたテクヤナ中尉とサナココ少尉の会話を、再現して見せる。
サナココ少尉の血の気が、さっと引いた。
……ヘラスス一等軍曹が裏切るはずがない。となると、テクヤナ中尉が喋ったとしか考えられない。
ムワリムが語っているのは、真実なのか。
「ど、どうしてこの話を俺にする?」
サナココ少尉は慌て気味に訊いた。……自分でも気づいていないが、UZIの銃口はすでに地面に向けられている。
「ウスメメ軍曹とテクヤナ中尉が、少尉殿の追い落としに合意したのですよ」
ムワリムが、残念そうに続けた。
「言うまでもなく、少尉殿はまだ多数の忠実な部下を持っておいでだ。ここで無理に追い落としを図ろうとすれば、間違いなく戦闘になるでしょう。FPAのロボットが跳梁している現状では、内紛している余裕はありませんよ。わたしは反対したんですがね。軍曹には逆らえません。少尉殿、明日の朝あたりに、軍曹は行動を起こしそうです。守りを固めてください。軍曹が諦めるようにね。わたしが望むのは、それだけです。では、失礼します」
茂みの中から、気配が消えた。
サナココ少尉は、しばらく呆然と突っ立っていた。
……あのテクヤナ中尉が、ウスメメ軍曹と通じていたとは。
気を取り直したサナココ少尉は、ヘラスス一等軍曹の名を呼びながら駆け出し始めた。
第八話をお届けします。




