第七話
最初に部隊から脱走を企てたのは、フレデリク・ウスメメ軍曹とその幼馴染であるクロード・ワランガ軍曹だった。
ウガリと缶詰だけの不十分な食事。無能な士官たち。杜撰な作戦計画と中身のない督戦命令。中国製重火器を用いたFPAの激しい攻勢。
このままでは無駄死にするだけだ、と判断したウスメメ軍曹とワランガ軍曹は、数名の部下を誘うと脱走した。特に当てはなかったが、持てるだけの武器と食料を盗み出し、プラトー州内に逃げ込んで潜伏する。
すぐに半ば山賊化することとなるこの小集団に対し、南部軍管区は積極的な対応を行わなかった。戦力的な余裕がないことはもちろんだが、討伐作戦を行えば当然ヘミ族同士の殺し合いになり、同一部族内での感情的なもつれが軍管区内に生じることを恐れたためだ。下手をすれば、脱走グループに同情的な部隊がそっくりそのまま寝返ることすらありえる。南部軍管区司令部は、脱走を防ぐために補給状況の改善、各種手当ての新設、そして脱走者の親族に対するペナルティなどの、いわゆる飴と鞭の対策を行うことでお茶を濁した。
一方、ウスメメ軍曹とワランガ軍曹の脱走グループは、単独で、あるいは数名が連れ立って脱走してきた兵士たちを順次加え、その勢力を拡大していた。リーダーとなったのは、指導力に抜きん出ていたウスメメ軍曹で、戦士としては優秀だが組織のトップとしては能力不足のワランガ軍曹……彼は自分でもそのことを自覚していた……はナンバー2として、親友でもあるウスメメ軍曹のサポート役にまわった。ウスメメ軍曹の率いる分隊で一斑を率いていたゴラウル伍長が、ナンバー3として両軍曹を支える。
その序列に、テクヤナ中尉が加わったことによって変動が生じた。FPAの待ち伏せ攻撃を受け、臨時に指揮していた歩兵一個小隊をほぼ壊滅させられたテクヤナ中尉は、責任を取らされて軍法会議に掛けられることを危惧し、単独で脱走を企て、ウスメメ軍曹らのグループに庇護を求めてきたのだ。ウスメメ軍曹は、軍歴の長いテクヤナ中尉を厚遇し、自分の『味方』につけることは、組織内での自分の権威を高めることにつながると判断し、テクヤナ中尉をナンバー3として迎え入れた。
その数日後、脱走グループに一挙に三十名以上の人員が加わる。サナココ少尉が、指揮する一個小隊を丸ごと引き連れて、脱走してきたのだ。大量の銃弾とMAG汎用機関銃二丁という手土産を持参してきたサナココ少尉を、ウスメメ軍曹とワランガ軍曹は諸手を挙げて歓迎し、テクヤナ中尉に次ぐナンバー4の地位を与えて厚遇した。
だが、このあたりから組織内での軋みが大きくなる。大きな組織はたいていそうだが、派閥が出現してきたのだ。
主流派は、もちろんウスメメ軍曹、ワランガ軍曹、ゴラウル伍長ら現行の指導層に忠誠を誓う人々で、最初期から組織に加わっている兵士たちが所属している。これに対抗する反主流派は、サナココ少尉を暫定的リーダーとして認めており、これにはサナココ少尉の元部下全員と、ウスメメ軍曹を嫌う一部の兵士が加担していた。サナココ少尉は、テクヤナ中尉をトップに据えて組織を再編すべき、という計画を密かに温めていたが、肝心のテクヤナ中尉はその気がないことをすでに言明していた。しかしながら、階級がもっとも高く、また人柄もよいテクヤナ中尉の人気は高く、彼を慕う兵士たちによって、第三の派閥である穏健派が自然に形成され、主流派と反主流派のあいだにある種の緩衝地帯として位置していた。
「脱走兵という自由主義者のあいだで組織を維持するというのは、たいへんなのですね!」
ロジェ・ヒヤロロと名乗った一等兵の話を聞いたシオは、うんうんとうなずいた。
「面白い話ですわね。主要な指導的人物は、ウスメメ軍曹、ワランガ軍曹、テクヤナ中尉、サナココ少尉、それにゴラウル伍長なのですね?」
スカディが、確かめるように訊く。
「あと、サナココ少尉の小隊軍曹のヘラスス一等軍曹も、力を持ってるな。実質的に、ゴラウル伍長の下くらいの地位だ。あと、地位は低いが、ソナクワって奴がいる。みんな名前じゃなく、ムワリムって呼んでるが」
「ムワリム?」
スカディが、首を傾げる。人名のようにも聞こえるが、名前ではないということは、綽名か何かだろうか。
「スワヒリ語で、教師の意味だ。徴兵される前は、学校の先生だったんだ。ウスメメ軍曹の分隊に所属していて、学があるから、今はウスメメ軍曹の相談役みたいな立場にいる。二等兵だから、人望はないがな」
「人間関係よりも、戦力を把握したいのですぅ~。全部で何名いらっしゃるのですかぁ~? 火器はなにがあるのですかぁ~? 爆薬は、あるのですかぁ~?」
ベルが、期待をこめたまなざしをヒヤロロ一等兵に向ける。
脱走グループの人数は約百八十名。火砲やロケットランチャー、誘導ミサイルの類は無く、もっとも強力な火器はMAG汎用機関銃止まり。爆薬は、ない。
もっとも、この約百八十名という人数は、AI‐10たちによってだいぶ減らされていた。
最初に減ったのは、ゴラウル伍長に率いられた三十二名だった。食料調達を目的とした遠征中に、偶然出くわしたスール・ソランジュと子供たち……彼女らは、遠出しすぎて行方をくらましていたワンコのレオを探している最中であった……を拉致し、野営地に連れ帰ったところでAI‐10たちの襲撃を受け、あっさりと全滅する。
ゴラウル伍長遠征隊との連絡が途絶えたとの報せを受け、ウスメメ軍曹は即座に捜索隊を複数派遣した。そのうちのひとつが、『惨劇』の現場を発見し、ゴラウル伍長遠征隊が殲滅させられたことを報告する。
当初、ウスメメ軍曹は『犯人』をFPAだと判断していた。現場に、中国製の56式半自動歩槍が遺棄されていたからだ。だが、付近の村人を尋問したところ、スール・ソランジュ……このあたりでは誰もが知る有名人である……と子供たちが、見たこともない小型のロボット数体と一緒に歩んでいるところを遠くから見た、という者が現れる。
その報告を受けたウスメメ軍曹は、ソナクワ二等兵……ムワリムの助言もあり、ゴラウル伍長の部隊を殲滅させたのは56式半自動歩槍で武装した軍用ロボットだ、と推測した。現場に56式半自動歩槍が遺棄され、かつガリルとUZI数丁、それに多数の銃弾が無くなっていたのは、ロボットが弾薬を使い果たした武器を捨て、代わりに分捕った兵器を持ち去ったということだろう。
ロボットは何者だろうか?
FPAが買い入れた中国製軍用ロボットの可能性が高い、とウスメメ軍曹は判断していた。中国製兵器の装備、国防軍の軍服を着用している部隊に対する攻撃、そしておそらく、一方的な奇襲のせいでもあるだろうが、三十名以上の兵士をあっさりと殲滅させた手際。……並みのロボットには不可能な芸当だ。
ゴラウル伍長はいささか短慮な人物ではあったが、下士官としての能力は傑出しており、部下には人気があった。リーダーであるウスメメ軍曹としては、この謎のロボットに対する復讐を行う必要があった。やらねば部下たちは失望するだろうし、そうなれば反主流派を勢い付かせることになる。
とはいえ、ウスメメ軍曹の手元に使える兵力は多くは残されていなかった。総兵力百八十名のうち、ゴラウル伍長を含む三十三名……全員が、ウスメメ軍曹に忠誠を誓っている主流派……は、すでに死体となっている。反主流派のトップ、サナココ少尉は、FPAを公然と敵に回すことを嫌い、ウスメメ軍曹が主張する『復讐』に参加しないことを表明していた。穏健派のトップであるテクヤナ中尉も、それに消極的ながら賛同しているので、サナココ少尉派の約五十名と、穏健派の約四十名は、使えない。
残るは主流派の約六十名だけだが、さすがに全員を復讐に派遣するわけには行かなかった。もちろん、サナココ少尉による『クーデター』を懸念してのことである。同様に、ウスメメ軍曹が本拠地を留守にするのも具合が悪かった。ゴラウル伍長とその部隊の全滅で、組織内のパワーバランスは、主流派の圧倒的有利から、主流派がやや有利、という状況まで押し込まれているのだ。リーダーが不在の時に組織内に何かトラブルが生じれば、致命的な事態に発展しかねない。
仕方なくウスメメ軍曹が取った手段が、信頼するナンバー2、ワランガ軍曹に約四十名を託して派遣する、というものであった。テクヤナ中尉がクーデターに加担する気がない以上、手元に二十名も残ればサナココ少尉派も無茶はしないだろう、という計算である。派遣兵力の不足は、最強兵器であるMAG汎用機関銃を二丁ともワランガ軍曹に任せることによって補う。
かくして、クロード・ワランガ軍曹はFPAのロボットたちと対決すべく、まずはスール・ソランジュがいるであろう教会にこっそりと忍び寄った……が、突如亞唯の誰何を受け、待ち伏せと判断して慌てて戦闘を開始したのだった。
「あなたたち、死体は何体確認しましたの?」
尋問を中断したスカディが、シオ、ベル、雛菊の方を向いて訊いた。
「十八体を確認しましたぁ~」
ベルが、答えた。
「そう。わたくしが倒したのが三体。となると、負傷者を含めて二十名程度が逃げおおせたことになりますわね」
「軍曹の軍服を着ていた男の死体があったのです! 彼が、ワランガ軍曹でしょうか?」
シオはそう発言した。
「背の高い、右腕に刺青のある奴か?」
ヒヤロロ一等兵が、訊いた。
「いいえ! 刺青の有無はわかりませんが、背の低い男だったのであります!」
シオの返事を聞いたヒヤロロが、悲しげに首を振った。
「なんてこった。じゃあ、ワランガ軍曹も死んじまったのか」
「では、本拠地について伺いましょうか。位置、防衛設備、警戒態勢その他、洗いざらいお吐きなさい」
スカディが、丁寧な口調で迫る。
脱走兵集団が本拠地としているのは、ここから南西に二十キロメートルほど離れたところに位置する放棄されたサヴージュという名の村であった。一応外縁の一部には銃座や監視哨が設けられてはいるものの、外部に対する警戒はゆるいらしい。
「でもまだ百三十名前後おるわけか。これは、しんどいなや」
ヒヤロロ一等兵に理解できないように、日本語に切り替えた雛菊が嘆息する。
「本拠地に奇襲攻撃を行ったとしても、殲滅は無理ね。むしろ、こちらに被害が出そうだわ」
スカディも、嘆息交じりに言う。
「爆薬が充分にあれば、なんとかなるのですがぁ~」
心底残念そうに、ベルが付け加える。
「まずは偵察すべきであります! 敵情を知ることは、戦術の基本なのであります!」
シオはそう主張した。
「もっともな意見ですわね。明日、偵察に向かいましょう。遺憾ながら、戦力を二分せざるを得ないわね。雛菊、亞唯と一緒に教会の防衛を頼めるかしら? もちろん、状況によってはここを放棄し、スール・ソランジュと子供たちを守って逃げてもいいわ」
スカディが、雛菊を見て言う。
「ええで。でも、三人だけだとちと心配やな。見つかって戦闘になった場合、やばいんちゃうか?」
雛菊が、そう心配する。
「なら、ROCHI殿に一緒にいってもらいましょう! 偵察と観測は十八番のはずなのです!」
シオはそう提案した。
「そうね。彼ならきっと役に立ってくれるでしょう」
スカディが、同意する。
AI‐10たちは夜明けまで警戒態勢を維持したが、敵は現れなかった。午前中も、念のため油断なく警戒を続ける。
「亞唯、一緒に来てちょうだい」
昼近くになると、スカディがAN/PRC-152無線機を取り上げた。水曜日なので、CIAとの交信をしなければならない。
二体は教会から少し離れ、見晴らしのいい開けた場所へ移動した。亞唯がガリルARを手に周囲を警戒する中、スカディは交信準備を整えた。体内クロノメーターが正午となるきっかり一分前から、送信を開始する。
「こちらサンフラワー。デイジー、どうぞ」
応答は、すぐにあった。
「こちらデイジー。サンフラワー、現況を報告されたい」
かなり変調されてはいるが、スカディは交信相手がメガンであることを識別した。
「全員健在で、安全な状況です。位置は、拡大作戦座標7281SW。目標地点への移動を継続中」
スカディは、ヒンメルハーフェン海軍基地襲撃作戦の際に与えられた、キファリア共和国内をグリッド表示した座標を流用して位置を連絡した。地図上で、左右方向のグリッドに二桁の数字が、同じく下上方向(軍用地図のグリッドの場合、下から順に若い番号が割り振られている)に二桁の数字を与え、その組み合わせとなる四桁の数字で一万個のグリッドを任意に指定できるシステムである。数字から場所を推定されないように、基準点……座標0000はケニア共和国の沖合いに置かれており、そこから南および西へグリッドの数字が繰り上がってゆく格好だ。同じく場所特定を防ぐために、グリッドの範囲はキファリア以外の周辺諸国にも広がっているので、アマニア国内でも座標として使うことができる。ちなみに、数字の後のアルファベットの意味はサウスウェストで、グリッドをさらに九分割した場合の位置を示している。中央の場合は、Cが与えられる。
「7281SW了解。作戦の現況を伝える。状況に大きな変化なし。デイジーは作戦継続中なるも障害多し。サンフラワーは目標地点への移動に努力されたい」
変調でひずんだメガンの声が、告げる。
「サンフラワー了解。他になければ、交信を終了します」
「デイジー了解。以上」
「サンフラワー了解。以上。交信終了」
スカディは、AN/PRC-152の電源をオフにした。
「どうやら、救出準備は不調のようね」
「で、どうするんだ、リーダー?」
視線を周囲に走らせ、警戒を続けながら亞唯が訊く。
「まずは脱走兵集団対策を優先しましょう。スール・ソランジュと子供たちの安全を確保してあげてから、マルキアタウンへ近づく方策を探る、というところね」
「賛成だね」
亞唯が、うなずく。
「教会に戻ったら、早速偵察に出発しましょう。良路をゆくわけにはいかないから、かなり時間が掛かるはずだわ」
「ちょうどいいじゃないか。どうせ、夜間でなければ接近できないだろうし。ところで、一等兵殿の処遇はどうするんだ?」
亞唯が、訊く。
「そこも頭が痛いわね」
スカディが、顔をしかめる。悪い奴ではないのだろうが、下手に解放すると、意趣返しで教会を襲ったりするかもしれない。
「FPAに引き渡すってのは、どうだ?」
亞唯が、提案した。
「FPAの部隊が見つかれば、それが最良の方法でしょうね」
スカディは同意した。FPAはこの教会に手出しはしていないのだから、一応信用できるだろう。狼藉物の脱走兵として引き渡せば、引き取ってくれるだろう。……そのあと、どのような処断が下されるかは知らないが。
第七話をお届けします。




