第六話
シオとベルは、丈の高い草をかき分けて前進した。
「こんなことになるのなら、ROCHI殿の充電をしてあげるべきでした!」
シオは反省の弁を口にした。子供たちが怖がるかもしれない、という理由で、ROCHIはバッテリー切れの状態で、倉庫にしまい込まれたままになっているのだ。
『シオ吉、ベルたそ。一部の兵士が左右に回り込もうとしてるで。気ぃ付けてや』
雛菊から、通信が入る。
『MAGが射撃を始めそうだ。できれば、そいつを潰してくれ』
亞唯からも、要請が入った。
と、シオの『耳』に聞き慣れたMAG汎用機関銃の鋭い連射音が聞こえ出した。……五十メートルほど先だろうか。
『ベルちゃん、先にMAGを潰しましょう!』
シオは無線でそう提案した。
『手榴弾投擲ならお任せくださいぃ~』
早くもポーチからM26型の破砕手榴弾を取り出し、投げる気満々でベルが応じる。
二体は現在位置を他の三体に無線で知らせると……同士討ち防止のためである……MAGの発射音を頼りに前進した。たまたま出くわした兵士をシオが電撃で昏倒させ、さらに進む。幸い、あたりは銃声がけたたましく鳴り響いているので、多少物音を立てても接近を悟られることはない。
『機関銃チームを目視できましたぁ~。投擲しますぅ~』
手榴弾の安全ピンを抜きつつ、ベルが送信する。
シオはガリルを肩付けしつつ前進した。膝立ちで射撃している兵士を見つけ、狙いをつける。
ベルが投擲した手榴弾は、草の切れ目にMAGを据えて射撃していた機関銃チームの二人をあっさりと吹き飛ばした。シオが単射で放った銃弾も、兵士の耳の上を直撃し、頭部を貫通する。
側面からの襲撃に気付いた部隊の統制が、一部で乱れ始めた。
……あいつが指揮官か。
亞唯の強化された『眼』が、腕を振って仲間に射撃目標を指示している男を見い出した。
UZIを手にした奴で、服装からすると下士官らしい。やや小柄だが度胸の据わった男で、亞唯と雛菊の反撃を無視し、半ば身をさらして指揮を行っている。
亞唯は慎重に狙いをつけた。シオとベルのおかげで、敵の射撃は幾分弱まっている。
ぱん。
軽い発射音とともに飛び出した5.56×45mmは、亞唯の狙い通り指揮官らしい男の胸板を撃ち抜いた。仰け反って倒れた男に、数名の兵士が駆け寄ってくる。
『あかん。スカぴょん、亞唯っち。東の方にまわった何人かを見失ったで』
離れた場所で応戦していた雛菊から、通信が入る。
『雛菊、そいつらを追ってくれ。ここはあたしが何とかするから』
指揮官を助け起こそうとしている兵士たちを順次狙撃しながら、亞唯はそう指示した。
『了解や。頼むで、亞唯っち』
雛菊が、応じる。
スカディは、迷った。
子供たちを教会から避難させるべきか、否か。
守るべき民間人は、子供七人とスール・ソランジュ。サクリスタンのシルヴァン。それに、ワンコのレオ。合計九人と一匹だ。全員聖堂に集まって、マットレスの上で低い姿勢……スカディが指示したものだ……を取っている。小さなランプが、床の上でぼんやりとした黄色い光を放ち、微笑みを絶やさぬスール・ソランジュに寄り添うように集まっている子供たちを照らし出していた。さながら、バロック様式の宗教画のようにも見える光景である。……肌の色を考慮に入れなければ、だが。
守りに徹するのならば、このまま建物の中にいてもらう方がいいだろう。敵が一方向からだけ来ているとは限らないし、何しろ夜間である。おまけに、幼い子供もいる。下手に教会の外に出れば、散り散りばらばらになって、収拾がつかなくなる恐れがある。
スカディは教会出入り口脇の陰の中に身を隠すと、雛菊から連絡のあった北の方角を注視した。北西方向から迫る敵から、東向きに分派した一部が向かってくるのだから、北ないしは北東方面から接近してくるはずだ。
……いた。
スカディは、動いている赤外線源を発見した。メモリー内の戦場マップ内で、随時アップデートされている味方の推定位置を再確認し、敵であることに確信を得てから、UZIを持ち上げる。
推定距離四十メートルで、スカディは一連射を放った。命中を確認し、次の目標を探す。
畑脇の茂みから、応射が放たれた。銃弾が、教会の壁に喰い込む。スカディは少し位置を変えると、伏射で応じた。これも命中したらしく、敵の射撃が途絶える。
……いる。
スカディの優れた聴覚が、敵の気配を捉えた。すぐ近くに、誰かいる。
ぴん、という手榴弾の安全レバーが外れる音が聞こえた。スカディは、起き上がりつつ音のした方を見た。
聖堂の脇の窓から、誰かが手榴弾を投げ込んでいた。一回バウンドしたそれが、固まっている七人の子供たちから二メートルと離れていない処に落ちる。
……間に合わない。
スカディのAIが、彼女がどう頑張っても、起爆までに手榴弾の位置までたどり着けないことを瞬時に計算した。
スカディは打開策を探った。だが、出てきたアイデアは『物を投げて手榴弾に当て、弾き飛ばす』という荒唐無稽なものしかなかった。今手にしているUZIを投げたとしても、当たる確率は大きくはないし、当たったとしてもそれによって手榴弾があらぬ方へ弾き飛ばされる可能性は少ないだろう。下手をすれば、子供たちの真ん中に手榴弾が飛び込んでしまうことすらあり得る。
と、いきなり黒いほっそりとした手が伸び、下から掬い上げるようにして手榴弾を掴んだ。
スール・ソランジュだった。そしてそのまま、下手投げの要領で、手榴弾をひょいと放り投げる。狙い通り、手榴弾は投げ込まれた窓から外に飛び出した。
どん。
手榴弾が起爆する。多くの破片が壁を叩いたが、焼成煉瓦の壁は持ち堪えた。いくつかの破片は窓から飛び込んだが、身を低くしていた子供たちはもちろん、スール・ソランジュにも当たらなかった。
立ち上がったスカディは、教会の側面にまわった。手榴弾を投げ返されて驚いている兵士を見つけ、一連射を叩き込む。絶命した兵士が、驚きを顔に張り付かせたまま倒れた。
シオが投擲した手榴弾が、さらに二人の兵士を倒した。
襲撃者たちは大混乱に陥っていた。シオとベルの乱入により不意を衝かれ、さらに亞唯の狙撃によって指揮官が死亡。闇の中で、同士討ちすら発生している。
数名が、気後れしたのか後退を開始した。それを知った他の兵士たちも、続々と逃げ出し始める。
『リーダー! 敵が逃げ出したのであります!』
シオは早速報告した。
『追う必要はないわ。どうせ殲滅させるのは無理だし、戦力を分散させる余裕もないし。シオ、ベル。その場に留まって警戒を。亞唯、雛菊と合流して、残留している敵が居ないか捜索して。わたくしは教会の守備を継続します』
スカディが、てきぱきと命ずる。
シオとベルは戦場を歩き回って負傷者の確認をした。歩ける者は後退したし、重傷者も仲間が担いだり引き摺ったりしていったので、残っている負傷者は瀕死の重傷ばかりであり、AI‐10の持つ応急処置技能では手の施しようのない状態だった。二体はそれら数名に止めを刺し、楽にしてやった。
「この方は、気絶しているだけですねぇ~」
ベルが、乱入寸前にシオが電撃を喰らわせて昏倒させた兵士を、つんつんと突きながら言う。
「ならば、捕虜にするのです! ベルちゃん、紐を貸してください!」
「あいぃ~」
シオはベルから渡されたパラ・コードで兵士の手足を手早く縛り上げた。
教会の半径五百メートル以内に怪しい赤外線源なし、との報告がもたらされて始めて、スカディは警戒レベルを一段下げた。
「亞唯、戻ってきて教会の警備をお願い。雛菊はシオとベルと合流して後片付けを頼むわ」
無線でそう指示を出したスカディは、ずっと連射に入れたままだったUZIのセレクタースイッチをセーフに戻した。
スール・ソランジュと子供たちは、先ほどからマットレスの上で動かずにいた。レオも、シルヴァンの足元に伏せの姿勢で大人しくしている。
「当面の危機は去ったようです。やはり、脱走兵たちだったようですね」
歩み寄ったスカディは、ことさらに明るい声音でそう告げた。
「子供たちを寝かせたいですが、このままでは素直に寝てくれそうにありませんね。暖かい飲み物でも作りましょうか」
ソランジュが、立ち上がった。スカディは、振り返って亞唯が戻ってきたことを確認すると、キッチンへ向かうソランジュについて行った。
「スール・ソランジュ。先ほどはお見事でした。手榴弾があそこで炸裂していたら、子供たちは全員亡くなっていましたわ」
声が聖堂に届かない位置に来てから、スカディはそう話しかけた。
「運が良かったですわ」
キッチンへの戸口をくぐりながら、ソランジュが答える。
「失礼ながら、素人の動きではありませんでしたわね」
スカディは、正直に告げた。手榴弾が目の前に転がってきた際に、とっさに正しい対応が取れるのは訓練された人間だけである。素人ならば立ちすくむだけだし、手榴弾の恐ろしさを知っている者なら、恐怖心から鈍い動きしかできないはずだ。先ほどのソランジュの落ち着いた滑らかな手際は、明らかにプロのそれである。
「あまりお話したくはありませんが、以前に兵士としての訓練を受けたことがあるのです」
使い込んであちこちにへこみが出来ているケトルに水を入れながら、ソランジュが言う。
「そうでしたか」
ソランジュの悲し気な口調に、スカディはそれ以上の追及を諦めた。アマニアは内戦中の国である。若い女性が強制的に軍事教練を受けさせられるなど、よくある話なのであろう。争いを好まぬ聖職者としては、そのような前歴は恥ずべき事なのに違いない。
シオとベルは、合流した雛菊と一緒に遺棄された兵器、弾薬類をかき集めた。残念なことに、MAG汎用機関銃は手榴弾によって機関部が損なわれており、使い物にならぬスクラップと化していた。ただし、7.62×51mm弾薬は無事だったので、とりあえずそちらは弾薬箱ごと確保した。もう一丁は、脱走兵たちが持ち帰ったようだ。
シオと雛菊は、戦利品を抱えて教会へ戻った。ベルがそのあとから、気絶より回復した兵士……階級章は山形一本線なので、一等兵のようだ……にガリルの銃口を突き付けて歩む。
「ご苦労様」
教会の前で、スカディが出迎えてくれた。
「亞唯っちは?」
戦利品を地面に降ろしながら、雛菊が訊く。
「周辺警戒を頼んだわ。ついでに、発電しながらROCHIの充電も。こうなったら、戦力は少しでも多い方がいいですから」
「スカディちゃん、捕虜を捕まえたのですぅ~。この方から、色々情報をうかがいましょうぅ~」
ガリルの銃口で背中をつんつんと突いて、ベルが兵士に前に出るように促す。
「一等兵ね。お名前は?」
スカディが、訊く。
「な、何も喋らんぞ! なんだ、お前らは?」
あまり教養があるとは思えないフランス語で、兵士が喚くように言う。
「子供たちが起きてしまうといけませんわ。尋問は少し離れたところで行いましょう。みんな、先に鹵獲兵器を倉庫に仕舞ってきてちょうだい。彼の面倒はわたくしが見ています」
スカディが、これ見よがしにUZIのセレクターを連射に切り替えながら命じた。
「さて、尋問を再開しましょうか」
四体が再び揃ったところで、スカディが宣言する。
場所は教会の北側、畑のさらに向こう側にある荒地だった。岩がごろごろしており、ところどころに草が茂っているだけの、平らなことだけが取り柄のような一郭だ。
「あなたは南部軍管区に所属していた兵士で、今は脱走兵の身。それでよろしいですか?」
スカディが、優し気な口調で訊く。
「喋らんぞ! 仲間を裏切るつもりは無い!」
兵士が、頑なに返答を拒否する。
「あなたは戦時捕虜じゃないのよ? こちらとしては、もう少し強硬な手段を取ってもいいのだけれど」
スカディが、今度は声に凄みを効かせて言う。
「断る!」
兵士が、きっぱりと言う。スカディが、はあとため息をついた。
「これは、拷問の必要があるかも」
「おおっ! ここはあたいの出番ですね!」
シオはさっそくドリルシャフトに木材用ドリルを取り付けた。それを高速回転させながら、兵士の喉元に突き付ける。
「てめえら、本当にロボットかよ!」
仰け反りながら、兵士が喚く。
「あんまり効いてないで。ここはまさかの時のスペイン宗教裁判でどうや?」
雛菊が、笑いながら言う。
「ロシアンルーレットというのは、いかがでしょうかぁ~」
ベルが、提案した。
「ロシアンルーレット? リボルバーがないわよ」
スカディが、不思議そうにベルを見る。
「わたくしが考案しました、手榴弾ロシアンルーレットですぅ~」
嬉しそうに、ベルが答えた。
「まず、被尋問者を拘束しますですぅ~」
ベルが、兵士を座らせると、近くにあった岩にパラ・コードで縛り付けた。
「続いて、長いパラ・コードを何本か用意しますぅ~。ロシアンルーレットなので、リボルバーの標準的装弾数と同じ六本が推奨ですねぇ~。長さが同一になるようにしてくださいぃ~」
パラ・コードを切りながら、ベルが説明を続けた。
「この六本のパラ・コードを、手榴弾の安全ピンにゆるく結び付けますぅ~。ただし、一本だけは解けないようにしっかりと結びますですぅ~」
「だんだん読めてきたのであります!」
わくわくしながら、シオは言った。
「この手榴弾を、この方の喉に取りつけますぅ~」
ベルが、黒いビニールテープでM26型手榴弾を兵士の顎下に固定した。……悪趣味なチョーカーのような塩梅だ。
「なぜその位置なの?」
スカディが、訊く。
「安全ピンが見えてしまうと興ざめですからぁ~。なおかつ、パラ・コードが見えて、引っ張る感覚が感じ取れて、しかも起爆すれば確実に死ぬ位置ですからぁ~。頭の天辺でも良いのですが、見た目がいささかお間抜けですのでぇ~」
「なるほど」
スカディが、うなずく。
「引っ張るところがこの方に見えないと面白くないので、ランプを灯しますぅ~」
ベルが、教会からシオに持ってきてもらったランプに点火した。黄色い光が、地面を這う六本のパラ・コードを照らし出す。
「あとは、これを持って離れた安全な位置まで移動するだけですぅ~」
「おい、やめろ!」
兵士が強張った表情で叫んだ。ベルは日本語で説明を行っていたし、暗かったので詳細は見えていないはずだが、おおよその状況は理解しているのだろう。
パラ・コードを手にしたベルが、改めてフランス語で『手榴弾ロシアンルーレット』のルール説明を行った。縛られている兵士が、暴れ出す。
「やめろ! 正気か、お前ら!」
「やめてほしければ、喋りなさい」
殊更に冷たい口調で、スカディが告げた。
四体は二十メートルほど離れると、転がる石を楯に身を低くした。
「ベル。一本目を引かせてもらってよろしいかしら?」
スカディが、訊く。
「喜んでお譲りいたしますぅ~」
ベルが、パラ・コードの束をスカディに委ねた。
「これにしましょう」
一本を選び出したスカディが、無造作にそれを強く引いた。
手榴弾は起爆しなかった。
「外れね。まあ、六分の一の確率なら、仕方ないわね」
さばさばとした表情で、スカディが言う。
「次はあたいが!」
シオは一本を選ぶと、しっかりと握った。
「一等兵殿! 今度の確率は五分の一、パーセンテージでいけば二十パーセントであります! 喋った方が利口ではないでしょうか?」
シオは一応そう呼びかけてみたが、返って来たのは意味不明の喚きだけだった。……たぶん、部族語か何かの罵詈雑言だろう。
「仕方ありませんね!」
シオはパラ・コードを強く引いた。一瞬わずかな手ごたえがあったが、外れだったようで、爆発は起こらなかった。
「次はうちやな」
雛菊が、残り四本のうちから一本を選び出す。
「確率は四分の一。ですが、六分の一のひとつ、と考えると、そろそろ当たりが出てもいい頃合いですわね」
兵士に聞こえるように、わざとらしく大きな声でスカディが言う。
「わかった! 何でも言うからやめろ! やめてくれ!」
ようやく、兵士が屈服した。
第六話をお届けします。




