第五話
AI‐10は本来家事兼愛玩ロボットであり、人間相手に遊ぶ機能は元から備わっている。幼い子供相手に遊ぶ機能も、もちろん標準装備だ。
というわけで、スカディ、雛菊、ベル、それにシオの四体は、七人の子供たちとすぐに仲良くなった。
しばらくすると、年長の二人……ジルベールとアラベルがぽんぽんと手を叩いて、遊び時間終了を宣言した。他の五人が素直に遊びをやめ、おもちゃ類の片付けに掛かる。
すぐに、食事の支度が開始された。こどもたち全員が役割を分担し、テーブルの拭き上げ、腰掛の移動、布製のランチョンマットの配置などを手際よく行ってゆく。AI‐10たちも、着席を促されたので、二体ずつに分かれて長い腰掛に座った。……子供たちの座高に合わせて高めの腰掛なので、AI‐10でも肩から上が辛うじてテーブルの上に出る。
「あのぉ~。わたくしたちお食事は必要ないのですがぁ~」
ベルが、遠慮がちにアラベルに声を掛ける。
「それは判っていますが、せっかくのお客様ですし、ご一緒してくださいな。みんなも、喜びますし」
食卓に皿を並べる幼い子供たちを見やりながら、アラベルが言う。
「お心遣いはありがたくいただいておきましょう」
スカディが、神妙な顔でうなずく。
「さっきまでやっていたおままごと遊びの延長だと思えばいいのであります!」
シオはそう言った。
エタンがやってきて、AI‐10たちの前に小さな平皿を形式的に置いて行った。ジュールがプラスチックのカップを配り、水差しを手にしたコゼットとエリーズが、それに水をなみなみと注いでゆく。
やがて、ジルベールとアラベルが、大きな鍋と金属のボウルを運んできた。ジルベールがスープを各人の前に置かれたスープ皿に注ぎ、アラベルが木のへらを使って、平皿にウガリを盛りつけた。アフリカでは一般的な白いトウモロコシ粉で作られているので、色も白っぽい。水の加え加減で、粥状から団子状まで様々な硬さで食されるウガリだが、ここではおおよそ搗き立ての餅くらいの柔らかさでこねられているようだ。
「スープとウガリだけやな。貧相やな」
子供たちに遠慮して、雛菊が日本語でつぶやく。スープは具沢山だったが、野菜類だけで肉や魚や卵は入っていない。透明な色からしても、たぶん単なる塩スープだろう。
「ウガリだけはたっぷりあるようです! お腹一杯食べられるだけ恵まれているのです!」
シオはそう言った。一部のアフリカ諸国では、いまだに飢餓状態と紙一重の食生活を強いられている人々が存在するのだ。内戦中の国家で、孤児の身でありながらちゃんと暖かい食事が採れるだけでも、恵まれていると言える。
スール・ソランジュが、手を布巾で拭きながら現れる。シルヴァンも、腰掛けに座った。
スール・ソランジュの唱導で、食前の祈りが始まった。AI‐10たちは、静かにそれを見守った。祈りが終わると、子供たちが旺盛な食欲を見せて食べ始めた。ウガリの塊にそのままかぶりつく者、小さくちぎってスープの中に入れる者、手の上で平たく伸ばし、その中にスープの具を入れて包んで食べる者、ウガリを小さなレンゲの様に整形して、それでスープを掬ってウガリごと食べる者。
「いろんな食べ方があるんやな」
雛菊が、感心したように言う。
と、一番年少のマリエルが、食事を中断して腰掛けから降りた。まだウガリが残っているボウルを胸の前で抱えるように持った彼女は、小さな手にはいささか大きすぎる木のへらを握り、不器用な手つきながら慎重にウガリを掬い取って、AI‐10たちの前に置かれている平皿に、一塊ずつ載せ始める。
「これは……困りましたね」
スカディが、困惑の表情を浮かべる。ボウルをテーブルに戻したマリエルは、自分の席に戻ると、興味津々といった顔でAI‐10たちを見つめている。
「ここは、『秘儀、食べたふり』というのはどうでしょうか?」
シオはそう提案した。……おままごとで泥団子などを供された時に使われる常套手段である。
「それしかないでしょうねぇ~」
ベルがそう言うと、腰掛けから降りた。事情を察しているアラベルが渡してくれた皿を受け取ると、隠し持つようにしながら席に戻る。
AI‐10たちは、ウガリを手にすると食べたふりをした。手に隠したウガリは、ベルが回してくれた皿に入れて回収する。
しかし、その対応策は裏目に出た。AI‐10たちが完食したことに気をよくしたマリエルが、再びボウルを手にすると、嬉々として『お代わり』を載せ始めたからである……。
食事が終わると、AI‐10たちは戸外へ出て内蔵発電機を起動させ、発電を開始した。
「さてリーダー。これからどうするのでありますか?」
夕陽を眺めつつ、シオは訊いた。
「ガソリンを貰った以上、このままスール・ソランジュたちを見捨ててさようなら、というわけにはいきませんわね」
ため息交じりに、スカディが言った。
「一宿一飯の恩義ですねぇ~」
ベルが、冗談口調で口を挟む。
「せやなぁ。南部軍管区の連中と、FPAの連中は悪させえへんのやろ? せめて、脱走兵どもだけでも、排除しておいてあげたいわ」
雛菊が、そう言う。
「南部軍管区のみなさんとFPAのみなさんが、今まで手を出して来なかったのは、やはりここが教会だからでしょうかぁ~」
ベルが、不思議そうに訊く。
「たぶんそうでしょうね。この辺りはカトリック信仰が盛んなようですし。今日の脱走兵たちが、スール・ソランジュに手出ししなかったのも、聖職者だったからでしょうね」
スカディが、言う。
「みんなロリコンとショタコンだったので、ソランジュちゃんには興味が無かった、というオチではないでしょうか?」
シオはそうボケてみた。
「やな脱走兵やな」
雛菊が、笑う。
「とりあえず、明日は水曜日だわ。CIAと連絡が取れるかどうかやってみましょう。上手く行けば、手を借りられるかもしれません」
スカディが、言った。
「衛星画像とか欲しいですねぇ~。脱走兵さんたちの本拠とか、判るかもしれませんしぃ~」
期待を込めた顔で、ベルが言う。
「ならず者揃いの脱走兵の群れから教会と子供たち守るなんて、正義の味方みたいで楽しいのであります!」
シオはにこやかにそう言った。
「まるで映画のようですねぇ~。『七人の侍』みたいなのですぅ~。いささか人数が足りませんがぁ~」
ベルも、嬉しそうに続ける。
「いや、舞台装置はむしろ『荒野の七人』やろ。『荒野』に『サバンナ』と振り仮名ふるんやね」
雛菊が、笑いながら言う。
「あなたたちですと、むしろ『サボテン・ブラザース』にしか見えないのだけれども」
スカディが、真顔で突っ込んだ。
電気のない教会なので、子供たちの就寝時間は早かった。午後七時には、全員が聖堂のマットレスの上で寝息を立て始める。
祭壇の前で、就寝前の祈りを済ませたソランジュが、小さな灯油ランプ片手に外に出てきた。
「子供たちの世話がありますので、時課(一日数回決まった時間に行われる祈り)もさぼりがちですわ」
言い訳するように、ソランジュが言う。
「では、わたくしもこれで休ませていただきます。シルヴァンはまだ起きていますから、何かありましたら彼に申し付けてください」
そう言ったソランジュが、急に厳粛な表情になった。
「助けていただいたあなた方にこんなことを問うのは失礼かと思いますが、この国に来た目的は何なのでしょうか? わたくしには、司祭様から受け継いだ教区と子供たちを守る義務があります。あなた方の目的次第によっては、これ以上の協力をお断りしなければならなくなるかも知れません」
「当然の要請ね。正直に話すと、アマニアには逃げて来ただけよ。この国で、これ以上のもめ事を起こすつもりは無いわ。当面の目的は、無事出国することよ。安全確実な手立てはあるので、安心してちょうだい。そのためには、ある場所に行かなければならないの。あるいは、仲間が出国準備を整えてくれるまでどこかに隠れているか」
スカディが、諦め顔でざっくりと説明する。
「逃げて来た、ということは、追われているのですか?」
わずかに声に懸念を滲ませて、ソランジュが訊く。
「その点に関しては大丈夫。アマニアに逃げて来たのも、国境を越えれば安全だから、という理由よ。追っ手がここを見つけて襲ってくる、なんてことはあり得ないわ」
スカディが、請け合う。
「とにかく、教会や子供たちに迷惑が掛からないようにしますわ。あなたが望むのならば、今からガソリンだけ持って立ち去ってもいいのだけれど」
「それは困ります。子供たちが悲しみますわ」
ソランジュが、微笑んだ。
「あなた方が悪い人たちではない、というのは判っています。その必要があるのならば、いつまでもここに滞在されて構いませんわ。神の家は、すべての善き人々に……そして、たぶん善きロボットにも開かれていますから。では、今日はこれで失礼します」
ソランジュが、AI‐10たちに一礼して、聖堂へと戻ってゆく。
「いいひとですねぇ~」
後ろ姿を見送りながら、ベルがささやくように言った。
「これで、なおさら見捨てるわけにはいかなくなりましたね!」
シオはスカディに向けそう言った。
「そんな感じね。まあ、こちらとしても明日のCIAとの交信まで、動きようがないのだけれども」
「そろそろ、亞唯っちと交代してやらんと」
雛菊が、教会内へと引っ込んだ。完全武装して出てくると、周辺パトロールしている亞唯を探しに行く。
「では、わたくしたちも休みましょうか」
スカディが、シオとベルを促した。ガソリンが手に入ったとはいえ、電気を無駄遣いするのは愚かだ。
聖堂の中に入った三体は、並んで座った。背中を壁に預け、安定した姿勢となったところで、省電力モードに入る。
雛菊が異常に気付いたのは、午前二時過ぎのことであった。
顕著な赤外線源三つが草原の中を接近してくることを発見した雛菊は、その動きをじっくりと観察した。プラトー州は高原地帯であり、昼間は摂氏三十度を軽く超えるものの、夜間は涼しく凌ぎやすいので、パッシブIRモードを使えば赤外放射源が移動する姿を捉えることは容易である。最初は何かの野生動物かとも思ったが、赤外放射の様子が明らかに四足獣とは違う。動き方は、なんとなく獲物に慎重に近付く肉食獣に見えたが、付近には獲物らしい赤外線源は見当たらない。
「怪しいやっちゃな」
独り言をつぶやいた雛菊は、そっと移動を開始した。未確認赤外線源と、教会との間に割り込むような位置を目指す。
やがて、教会から三百メートルほどの位置で、赤外線源が停止した。赤外放射の特徴が人間のそれであることをようやく確認した雛菊は、内蔵FM無線機を使ってスカディに呼びかけた。
「スカぴょん、起きてや。怪しい人間三名、教会の北西三百メートルまで接近や」
『脅威度は?』
すぐに、反応がある。
「不明や。遠くてよう見えん。でも、近くの村人が突如思い立って夜間礼拝に来た、という感じとはちゃうで。手に何か長い物持っとる。武器かも知れんで」
『了解。とりあえず、敵性と判断して対処の準備をいたしましょう』
省電力モードから復帰したシオは、亞唯とベルとともに倉庫を目指した。寝ている人々を起こさないように注意しながら、武装を整える。
「行くぞ」
スカディの分の装備も持った亞唯が、命ずる。
『あかん。うじゃうじゃ現れたで。北西四百五十メートルの位置に、赤外線源多数や』
戻る途中で、雛菊から報告が入る。シオたちは脚を速めると、聖堂の入り口で待つスカディと合流した。スカディが、亞唯から渡された装備……UZI短機関銃と、予備弾倉四本、手榴弾二個、それにCZ75自動拳銃を手早く身に着ける。
『先行の三名の得物が判ったで。あのシルエットはガリルやな。中国製兵器じゃないで』
再び、雛菊から報告が入る。
「となると、FPAの線は消えたな」
自分のガリルを手に、亞唯が言った。
「脱走兵か、南部軍管区の部隊か。後者なら、戦いたくはないわね。単なる夜間パトロールかもしれませんし」
スカディが、悩まし気な表情となる。
「とりあえず、配置と作戦を決めましょう。亞唯、あなたは雛菊と合流して。シオとベルは、西側の畑を迂回し、接近してくるであろう敵の側面に出て。わたくしは、ここで教会の皆さんの直衛となります。よろしくて?」
「心得た」
亞唯が、足早に闇に消える。
「あたいたちも行きますよ、ベルちゃん!」
「あいぃ~」
シオも、ベルを伴うとスイカ畑を突っ切り始めた。
人の気配に気づき、スカディは後ろを振り返った。
てっきり子供たちの誰かが起き出してきたのかと思ったが、そこにいたのはスール・ソランジュであった。白い夜着に身を包んでおり、ベールは被っていないので、短く刈った縮れた黒髪がむき出しになっている。
「子供たちを避難させた方がよろしいですか?」
スカディが武装していることを見て、状況を悟ったのだろう。ソランジュがそう訊いてきた。
「まだ結構です。接近してくる連中の正体が不明ですから。南部軍管区の部隊なら、わたくしたちはすぐに隠れますわ」
スカディはそう答えた。ソランジュが、悲し気に首を振る。
「南部軍管区の部隊が夜中に近付くことなどあり得ませんわ。まず間違いなく、昼間の脱走兵の仲間がやってきたのでしょう」
「みなさんは、わたくしたちが全力でお守りします」
スカディは、安心させるように言った。
「人数やばいな」
雛菊と合流した亞唯は、呻くように言った。
怪しい連中は、ゆるく散開しつつ、ゆっくりと接近を続けていた。
すでに光量増幅機能を使えばはっきりと姿が捉えられるほどの距離まで近付いてきており、大部分がガリルAR突撃銃で武装していることが見て取れた。MAG汎用機関銃を持ったチームも、二組いる。幸いなことに、それ以上剣呑な兵器は見当たらなかった。
「スカぴょん、連中全部で三十人はおるで」
雛菊が、無線でそう報告する。
『まずいわね』
懸念を含ませた声音で、スカディが答えてくる。AI‐10たちは全員が充分に予備弾薬を持った状態で、しかも得意とする夜戦なので、数的劣勢でも『負ける』ことはないだろう。だが、今回はスール・ソランジュや子供たちを守らねばならないのだ。銃撃を潜り抜けて教会に接近した一人の兵士が、聖堂の窓からガリルの銃口を突っ込んで乱射、あるいは手榴弾一発を投げ込んだだけで、すべてが終わりかねない。
「なんか、雰囲気は脱走兵っぽくないで」
小声で、雛菊が言う。兵士たちはしっかりと統制が取れているように思えるし、薄汚れた感じがしない。
『亞唯、適当なところで誰何してちょうだい。南部軍管区の正規兵なら、そのまま西へ逃げて、シオとベルと合流』
「了解した、リーダー」
スカディから入った通信に、亞唯はそう応じた。
「援護頼んだぞ」
亞唯は雛菊の方を向いてそう言ってから、立ち上がった。立木の幹に身を隠しながら、頭部だけを突き出す。音声出力をアップさせた亞唯は、一息吸い込んでから……もちろん、意味のない行為ではあるが……呼びかけた。
「何か用かい?」
接近中の兵士たちの動きが、ぴたりと止まる。
次の瞬間、すべての兵士が一斉に行動を開始した。亞唯は急いで立木の陰に引っ込んだ。
多数の銃声が鳴り響き、亞唯と雛菊が隠れている箇所に銃弾が集中した。
「連中、まともじゃないで!」
雛菊が、喚きながら応射する。
「リーダー、見ての通りだ!」
亞唯は無線で怒鳴った。たった一人の女性からの誰何だけで一斉射撃を始めるなど、まともな軍隊ではあり得ない。
『シオ、ベル。攻撃開始。わたくしは子供たちを守りますわ。全員、最優先目的は教会の皆さんの保護であることを忘れないように』
スカディが、早口で送信してくる。
「くそっ」
亞唯は毒づきながら、立木の幹を遮蔽物にして、立射でガリルを撃った。敵は暗視装置の類は持っておらず、射撃精度はひどいものだったが、なにしろ人数が多い。夜気を切り裂いて多数の銃弾が飛来しており、被弾しないためには悠長に狙いをつけるわけにもいかず、亞唯の射撃精度も褒められたものではなかった。
第五話をお届けします。




