第二十話
「油断するな! どこから来るかわからんぞ!」
アナトリー・サンキ大尉は、部下に檄を飛ばした。
ヴォルホフ基地物資搬入口は、一個小隊二十九名の兵士で守られていた。大型トレーラー二台が並んで入れる巨大な入口には、装甲シャッターが下ろされている。人間用の通用口には、対爆扉。兵士の半数が、搬入口外の両脇にあるコンクリートトーチカと機銃座に陣取り、残る半数は装甲シャッターの内側通路にバリケードを築いて待ち構えていた。
……ロボットなど、しょせん機械。機械に負けるわけにはいかない。
サンキ家は、代々歩兵の家系であった。祖父は、極東配備であったにも関わらず、志願して大祖国戦争に参加し、狙撃兵として何人ものナチを撃ち殺した。父親は曹長止まりだったが、アフガニスタンで実戦経験を積んだ。
戦場でモノをいうのは、経験と技能、それに精神力である。ロボットなど、しょせん決まりきったことしかできぬカラクリでしかない。
人間が負けるわけにはいかない。いや、負けるはずがない。鍛え上げられた兵士こそ、戦場では唯一無二の存在なのだ。
「意外と警備が緩いのであります」
物資搬入口を外から眺めながら、シオは言った。コンクリート製のトーチカがふたつと、土嚢を積み上げ、旧式ながらも強力なDShKM38/46重機関銃を据え付けた機銃座がふたつあるが、装甲車両の姿は一両も見えない。パッシブIRモードで見ると、トーチカと機銃座の中に敵が隠れているのがはっきりとわかった。
五体のAI‐10を載せたAM‐7は、大きなエゾマツの後ろにその姿を隠していた。相変わらず空にはいくつもの照明弾が上がっていたが、うまく影になるところに潜り込んでいたので、敵には発見されていないようだ。
「主力はたぶん中ね。急がないと、周辺警備の兵が陣容を立て直してしまうわ」
いまだセンサーマストの後ろに陣取っているスカディが、言う。
「そろそろ時間だよ」
夏萌が、注意をうながした。
「では、始めましょう」
スカディが、お兄さんのボディをぽんぽんと叩く。
AM‐7が、五体のAI‐10をしがみ付かせたまま、猛然とダッシュを始める。多関節多脚タイプなので、疾走中でもボディの上下動はさほど大きくはない。96式自動擲弾銃が唸り、二ヶ所の機銃座を真っ先に潰した。74式車載機関銃も、赤い曳光弾をコンクリートトーチカに浴びせる。
気付いた敵が、撃ち返してくる。
AM‐7が素早い動きで、右側のトーチカの側面に回った。飛び降りたシオとベルは、走ってトーチカの銃眼から死角になる低い位置に潜り込んだ。ベルトの破片手榴弾を取ると、安全クリップと安全ピンを外し、安全レバーを解放する。きっかり二秒待ってから、二体はそれを銃眼の中に押し込んだ。
どかん。
トーチカが、沈黙する。
その頃にはもう、AM‐7は左側トーチカの側面に回りこんでいた。夏萌とシンクエンタが飛び降りて、トーチカの死角に入り込む。
沈黙したトーチカの陰から身を乗り出したシオとベルは、機関拳銃で援護射撃を行った。
夏萌とシンクエンタが、手榴弾を銃眼に押し込む。爆発音と共に、銃眼から黒い煙が吹き出した。成功だ。
「シオ、ベル。装甲シャッターの一部を爆破するから手伝って。お兄さんが入れるくらいの開口部を作ります。夏萌、シンクエンタ。あなたたちは援護をお願い」
スカディから、通信が入る。
「了解なのです」
装甲シャッターに駆け寄ったシオとベルは、ベルトに下げたケースから羊羹を思わせる直方体状のC4二ポンド半ブロックを取り出した。AM‐7から降りたスカディも、自分のC4を出す。AM‐7のグレネードは貫通力と対人擲弾としての効果を重視した弾薬なので、装甲シャッターに大きな穴を開けるには不向きなのだ。
「ベルちゃん、スカディちゃん。仕掛けるのはお任せするのです!」
シオは自分のC4をベルに預け、機銃座から土嚢を運んできた。お兄さんと一緒に何往復もして、とりあえず装甲シャッター脇にどかどかと積み上げる。
そのあいだにベルとスカディが、シャッター下端にC4を二本、二メートルほどの間隔を置いて押し込むようにセットして、導爆薬線を結わえ付けた。それを覆い隠すように、シオとお兄さんが運んできた土嚢を積み上げてゆく。背丈ほど高く積んだところで、ベルとスカディが、二つ重ねた土嚢を踏み台代わりにして、もう二本のC4を同様に二メートル間隔で土嚢の上に置き、装甲シャッターにぴたりと押し付けた。下部のC4から延びている導爆薬線を結わえ付ける。
「お兄さん、こちらへ。ベル、あなたは土嚢運びを頼むわ」
「了解なのですぅ~」
スカディの指示で、ベルもシオとともに土嚢運びを始める。AM‐7は、そのマニピュレーターで土嚢を掴むと、上部のC4を覆い隠すように土嚢を積み出した。爆薬の破壊力は、開放された方へとより強く指向される。そこでこうやって充填物を設置することにより、C4の爆発力が少しでも多く装甲シャッターの破壊に費やされるようにしたのだ。爆発物設置の、基本的なテクニックである。
「シオ、ベル。土嚢はもういいわ、待機して」
二メートルほどの高さに積みあがったところで、AM‐7の上から土嚢の山に飛び移ったスカディが、残る二本のC4を据えつけた。電気信管を接続し、そのコードを見守っているベルに投げ渡す。
スカディがAM‐7の上に戻ると、お兄さんが土嚢積みを再開した。ベルが、左の二の腕にあるポートに信管に繋がる電気コードを接続する。
お兄さんが、最後の土嚢を放り投げる。
「退避」
スカディが命ずる。
シオとベルは、遮蔽物であるトーチカの陰まで戻ろうと、走り出した。スカディを乗せたAM‐7も、反対方向に走り出す。だが、彼女らが隠れる前にあたりにヘリコプターのローター音が響き渡った。
Mi‐24攻撃ヘリコプター一機が、西から低空で接近してくる。
「急ぐのです、ベルちゃん! 地下に入ってしまえば、ヘリコプターは怖くないです!」
シオとベルは、トーチカの陰に飛び込んだ。ベルがコードに通電し、どおん、という音と共に、土嚢の山が吹き飛ばされる。土煙が収まると、装甲シャッターの一部に穴が生じているのが見えた。三メートル×二メートル半ほどの大きさだ。AM‐7でも、なんとか通過できるサイズである。
接近したMi‐24Dが、チン・ターレットのYakB/12・7ミリ四銃身ガトリングガンを撃ち始めた。オレンジ色の曳光弾が撒き散らされ、シオとベルが隠れているトーチカを徹甲弾が叩く。ばしんばしんという音と共にコンクリートの破片が飛び散り、雪煙のような白い粉煙が生じる。
AM‐7が、反撃を始めた。74式車載機関銃を上向きにして、ヘリを狙撃する。しかしながら、Mi‐24Dは重装甲であり、機体のほとんどが12・7ミリ機銃弾の直撃に耐えることができる。赤い曳光弾が直撃したものの、7・62×51では、まるで効果がなかった。
「みんな、地下に入って!」
スカディが、お兄さんから滑り降りた。装甲シャッターの破口に手榴弾を一発投げ込んでから、中に入る。
夏萌とシンクエンタが走り出した。AM‐7は、牽制のために機関銃を撃ち続けている。
百五十メートルほどまで接近し、ホバリングの態勢に入ったMi‐24のガトリングガンが、夏萌とシンクエンタを追う。着弾によって巻き起こる白い粉煙と四散するコンクリート片が、走る二体を包んだ。
「夏萌ちゃん!」
数弾が、夏萌のボディを貫いた。夏萌の身体が弾き飛ばされ、路面に叩きつけられる。
足を止めたシンクエンタが、夏萌に駆け寄るとその脚をつかんだ。引きずりながら、装甲シャッターの中へ逃げ込もうとする。
シオとベルはトーチカの陰から身を乗り出すと、機関拳銃をMi‐24Dに向け乱射した。だが、重装甲のMi‐24Dは意に介さない。なおもガトリングガンの銃口を夏萌とシンクエンタに向け続ける。
AM‐7が、動いた。素早く夏萌とシンクエンタに駆け寄り、Mi‐24に背を向けるようにして、二体をマニピュレーターに抱えあげる。
AM‐7の背部に、12・7ミリ徹甲弾が突き刺さる。自らのボディで夏萌とシンクエンタを守りながら、AM‐7が脚を縮めて装甲シャッターの中に逃げ込んだ。
「わたくしたちも行かねばなりませんが、難しいですねぇ~」
機関拳銃に新たな弾倉を挿入しながら、ベルが言う。
獲物を取り逃がしたMi‐24Dは、次のターゲットをシオとベルに定めたようだった。ガトリングガンが唸り、オレンジ色の曳光弾が二体が身を寄せているトーチカに撃ち込まれる。大口径機銃弾が、コンクリートを容赦なく削り取り、中の鉄骨をむき出しにしてゆく。照明弾が上がっているから、シオとベルは闇に紛れることもできない。
「お、ベルちゃん! シオは閃いたのです!」
シオは、ベルトから亞唯にもらったM18発煙手榴弾を外した。
「シオちゃん、それはいい思いつきなのですぅ~」
ベルも、笑顔で発煙手榴弾を取り出す。
二体は安全ピンを抜くと、M18をころころと転がした。シオが転がしたものからは黄色、ベルが転がしたものからは紫の毒々しい煙が吹き出す。二色の煙は、ヘリのローターが巻き起こす風に煽られて、わずかに混じり合いながら装甲シャッターが下りている物資搬入口の方へと急速に流れてゆく。
重々しいローター音を響かせつつ、Mi‐24Dがガトリングガンを乱射しながら接近してきた。ローターのダウンウォッシュで煙を吹き払おうというのだろう。
突風に等しい空気の流れで、黄色と紫のスモークが吹き散らされる。だがその時にはもう、シオとベルの二体は、当面安全な装甲シャッター内へと逃れていた。
「夏萌ちゃん、シンクちゃん! 大丈夫なのですか!」
装甲シャッター内に転がり込んだシオは、急いで仲間の安否を確認した。
「シンクエンタは無傷。でも、夏萌はだめみたい」
膝をついたスカディが、困り顔で首を振った。彼女の前には、夏萌が横たわっている。
「夏萌ちゃん!」
走り寄ったシオは、夏萌の傍らに正座した。
ひどい状態であった。三発の大口径銃弾が、胴体部を貫いている。左腕は、半ば取れかかっていた。
「だめだわ。バックアップバッテリーも機能していない。わたくしのバッテリーから通電してみたけれど、まったく反応がないわ」
スカディが、夏萌に繋いでいたケーブルをそっと引き抜いた。
「夏萌ちゃんは、戦死してしまったのですね」
悲しげな表情で、シオはスカディを見た。
「擬人化すれば、そういうことになるわね」
スカディが、丁寧な手つきで夏萌の側頭部のアクセスパネルを開けた。最新のダイアリー・データが入っているRAMチップを抜き取る。
「これは、持っていってあげましょう。バックアップデータにこれを加えれば、少なくとも彼女のパーソナリティは再生できるわ。そうすれば、マスターの元へと帰してあげられる」
スカディが、RAMチップを慎重にベストの胸ポケットに収め、立ち上がった。
シオは指先を夏萌の頬にそっと触れた。むろん、反応はない。夏萌は驚きの表情を凍りつかせたまま、眼は虚空を凝視している。
「なにしてるの、シオ。お立ちなさい。行きますわよ」
「でも、夏萌ちゃんが戦死してしまったのです」
「任務を忘れたの? マスターを守るために、日本を防衛するのでしょう? わたくしたちが頑張らねば、夏萌のマスターを守ることもできないのよ。夏萌の分まで、わたくしたちがやらねば」
「それは、そうなのですが……」
「あなたが夏萌の立場だったら? みんながあなたの周りに座り込んで嘆いている方がいい? それとも、日本を防衛するために、戦い続けてくれる方がいい? どちらの方が、あなたのマスターのためになると思うの?」
ややきつい口調で、スカディが諭す。
「そ、そうだったのであります! あたいはマスターを守るために、戦い続けなければならなかったのです!」
シオは勢いよく立ち上がった。ロボットとして、マスターを守らねばならないのだ。なんとしても。
日本を防衛する。そして、マスターを守る。それが、マスターとのお約束だから。
「夏萌ちゃん、シオはシオのマスターとみんなのマスターを守るために行くのです! さらばです!」
シオは、倒れている夏萌に向けぴしりと敬礼を決めた。
第二十話をお届けします。




