第二話
枯れ藁色の草原が、広がっていた。
ところどころに突っ立っている高木は、細い幹と、平らな樹冠が特徴的なサバンナアカシアだ。青い空には、綿の塊のような白い雲がぽかりぽかりと浮かんでいる。
AI‐10たち五体は、イネ科の草をかき分けるようにして歩んでいた。ROCHIも同行していたが、すでにバッテリー切れを起こしており、今はシオの頭の上に乗っかっている。
「典型的な『さばんなちほー』なのです! サバン〇シマシマオオ〇メクジとか、居そうなのであります!」
あたりを眺め渡しながら、シオはそう言った。
「居らへん居らへん」
雛菊が、即座に否定突っ込みを入れる。
「リーダー、とりあえずどうする?」
先頭を行く亞唯が脚を止めると、そうスカディに振った。
「そうね。まず最優先事項は、充電ですわね」
シオの頭の上でぐったりとしているROCHIを見やりつつ、スカディが答えた。五体ともまだ充分に動けるだけの電気はあるし、内蔵発電機用のガソリンも手付かずで残っているが、このまま徒歩での移動を続ければ、早晩動けなくなってしまうだろう。
「地図によれば、近くに村があるようですねぇ~」
ベルが、そう指摘した。アマニア共和国入りは、予備プランとして作戦計画の中にあったので、そこそこ詳しい地理データは事前に入手してメモリーの中に入っている。
「ちっさい村やな。人口百人、ってとこやな」
自分のメモリー内地図を調べつつ、雛菊が言った。
「電化はされていないようですけれど、発電機があることを期待しましょう」
スカディが、あまり自信なさげに言う。
「ガソリンか何かがあれば、御の字か。で、支払いはどうするつもりだい?」
亞唯が訊いた。
「問題は、そこですわね」
スカディが、難しい顔をする。
全員、お金はまったく持っていない。個人の携行装備以外に所持しているものといえば、AN/PRC‐152無線機がふたつ、使い残した手榴弾が数個、分捕った56式半自動歩槍が四丁と、その弾薬が八十発ほど。
無線機は救出されるための命綱だし、火器も内戦中の国ではありふれているからそれほどの価値はあるまい。
「いっそのこと、バイトでもして稼ぐか」
亞唯が、冗談口調で言った。
「働きたいところですが、この辺りにはコンビニもファミレスも有りそうにないのです!」
シオはそう言った。
「……農作業くらいしか働き口は無さそうね」
うんざり顔で、スカディが言う。
「いずれにしても、人が住んでいる処でなければ、電気もガソリンもバイト先も無いのですぅ~。村へ行ってみるのですぅ~」
ベルが、そう提案する。
「ベルの言うとおりだな。よし、その村を目指そう」
亞唯が言って、左前方を指差した。
遠方からでも、その村が無人であることは判った。
村の周囲には畑地が広がっていたが、土はからからに乾いており、目につく緑色は作物のそれではなく雑草ばかりだ。
戸数は三十程度。平地ではなく、緩やかな斜面に家々が立てられているのは、雨期対策なのであろう。焼成煉瓦の壁と、トタンあるいは草ぶきの屋根という、いかにも貧しそうな村だ。しんと静まり返っており、この手の村に付き物の、遊ぶ子供たちの声や家畜の鳴き声、おばちゃんたちの大きすぎるおしゃべりなどは、皆無だ。
AI‐10たちは、さながら映画のセットのような無人の村に入っていった。
「虐殺された、ってわけじゃなさそうだな。死体も銃痕も火を放った跡もないし」
薬莢でも探しているのか、地面をきょろきょろと見回しながら、亞唯が言う。
「お台所にお鍋もお皿もないのですぅ~。引っ越しされたのではないでしょうかぁ~」
一軒の家の中を覗いてきたベルが、そう報告する。
「何らかの事情があって、村を捨てたのでしょうね。……となると、発電機もガソリンもなさそうね」
残念そうに、スカディが言う。
「何か役に立つ物が残っているかも知れないのです! 家探しするのであります!」
シオはそう提案した。
「そうね。とりあえず、手分けして探しましょうか」
スカディが、そう判断を下す。
だが、二十分を費やして行われた捜索は無駄に終わった。スカディが、皆が集めてきて村の広場に積み上げたがらくたを見てため息をつく。古雑誌が三冊、穴の開いたプラスチックのバケツ、1アマニア・フラン硬貨、汚れたグラス、木製の腰掛がふたつ、色とりどりの空き瓶が十数本、どう見ても壊れているオートバイのエンジン、空の段ボール箱、液漏れしている乾電池、などなど。
「ろくな物がないのであります! 村人の消えた村ならば、書きかけの日記とか、怪しげな研究ノートとか見つかりそうなものですが!」
シオはそう言った。
「B級ホラー映画の見過ぎやで」
雛菊が、笑いながら突っ込む。
「とりあえず、これだけ貰っておきましょうか」
スカディが、1アマニア・フラン硬貨をポーチに収めた。日本円にすると二円五十銭くらいの価値だが、無いよりはましであろう。
「どうする、リーダー?」
空き瓶を興味深げに調べているベル……酒瓶が無いか調べているのか、はたまた火炎瓶を作る妄想でもしているのか……を見やりながら、亞唯が訊く。
「次の村に向かうしかありませんわね」
スカディが、肩をすくめた。
気配……というよりも、物音に気付いたのはやはりスカディが最初であった。
「妙な物音がするわね。野生動物かしら」
「……本当だ。動物の気配がする」
足を止めた先頭の亞唯が、振り返って言った。
「おおっ。いよいよサバンナ〇マシマオ〇ナメクジと遭遇……」
「いつまで引っ張るねん、そのネタ」
シオのボケに、雛菊が呆れ気味に突っ込む。
「いったいどなたでしょうかぁ~?」
ベルが、真剣な表情でスカディに問うた。いくら頑丈なAI‐10といえども、体重が一トンを超えるサイやゾウに襲われたら、ひとたまりもあるまい。
「この手の音を聞いた経験があまりないので自信はありませんが、中型の四足獣だと思いますわ。大きくても、体長一メートル程度でしょう」
スカディが、そう説明する。
「はっと! それならきっとサー〇ルちゃんなのです!」
「サ〇バルならMission08で出たで。メタやけど」
シオの重ねてのボケに、雛菊が再度突っ込む。
生い茂る草が揺れ、がさごそという音が近づいてくる。一同は、緊張して動物の接近を待ち受けた。
草が割れ、動物がひょっこりと顔を出す。
「なんだ、ワンコかよ」
亞唯が、拍子抜けした調子で言う。
姿を見せたのは、ふさふさの赤茶色の長い毛を纏った大型犬だった。長い毛のついた大きなたれ耳を揺らしながら、賢そうな長い顔をこちらに向ける。
「アイリッシュ・セッターですわね」
スカディが、犬種を識別した。もともと狩猟犬として作られた品種だが、見た目の美しさと性格の良さから、愛玩犬としても人気のある犬である。
「首輪は無いですが、栄養状態も良さそうだし、あんまり汚れていませんねぇ~。野良さんではないようですぅ~」
ベルが、嬉しそうに言う。
草のあいだから出てきた犬が、鼻面を押し付けるようにして亞唯の臭いを嗅いだ。亞唯が慎重に手を伸ばし、犬の首筋を撫でたが、犬は嫌がらなかった。……人には慣れているようだ。
と、犬が長い尾を振りながら草のあいだに分け入った。しばらく歩んで草が切れている処に出た犬が、足を止めてこちらを振り返り、じっと見つめてくる。
「……ついてこい、と言っているみたいね」
スカディが、犬の仕草をそう解釈した。
「ワンコのあとについていけば、飼い主の処へ連れて行ってもらえるかも知れないのです!」
シオはそう主張した。
「もっともな意見ね」
スカディが、同調する。
「幸い、あいつが向かおうとしている方向は、次の村のある方角とだいたい同じだ。行ってみよう」
亞唯が言って、歩き出す。
AI‐10たちがついてきたことを確認した犬が、すたすたと歩みを進めて草の中に入っていった。しばらく進んだところで立ち止まり、後ろを振り返ってAI‐10たちが追いつくのを待つ。
その繰り返しでしばらく進んだところで、犬が急に脚を速めて消えてしまった。戸惑ったAI‐10たちだったが、すぐに人の気配を感じて足を止める。
「大勢だな。こっちへ近づいてくる」
耳をそばだてた亞唯が、言う。
「紛争地帯ですから、一応用心しましょう。武装勢力かもしれませんわ」
スカディが、皆に姿を隠すように指示する。
AI‐10たちは、各々身を低くし、草のあいだに隠れた。
やがて、奇妙な隊列が現れた。武装兵士が十二名に、子供たち……一番年長の子でも、せいぜい十歳くらいか……が七人。それに、修道服姿の若い女性が一人。いずれも、地元のアマニア人らしい黒い肌だ。
「……兵士は政府軍の連中らしいな」
亞唯が、小声で言った。十人が、イスラエル製の突撃銃、ガリルARで武装しており、二人が同じくイスラエル製のUZI短機関銃を持っている。着ているのは政府軍の制式である緑二色にカーキと茶の混じった迷彩服だ。ただし、かなり汚れている。
「……政府軍兵士が、修道女と子供たちを警護している、という雰囲気じゃないわね」
スカディが、言った。兵士が民間人を取り囲むように移動しているが、その様子は守っているというよりも、逃がさないように気を配っているように見える。子供たち……少年三人、少女四人は一様に顔を伏せ、まるで戦時捕虜のように口をつぐんで黙々と歩んでいるだけであった。修道女だけは、ベールをつけた頭部を起こし、毅然たる表情を浮かべて堂々と歩を進めている。
「政府軍のパトロールが、FPAの協力者を捕まえて連行中、といった処ではないでしょうか?」
シオはそう推測した。
「いずれにしても、迂闊に姿を見せるわけにはいかないわね。ここは、見送りましょう」
スカディが、そう判断する。武装して密入国を図った身なのである。官憲や軍隊には極力関わらないのが、賢明であろう。
と、姿を消していた犬がいきなり姿を見せた。隊列の前に躍り出て、先頭の兵士に向かって吠え立てる。
子供たちが、一斉に顔を上げた。何人かの表情に、笑みが混じる。
吠え続ける犬に近付いた兵士が、ガリルARの銃口を向ける。危険を察知した犬が、身をひるがえすと草のあいだに飛び込んだ。
「どうやら、あのワンコの飼い主は子供たちのようですね!」
シオはそう推測した。
「あのワンコは、子供たちを助けてくれ、とでも言いに来たのでしょうかぁ~」
ベルが、首を傾げつつ言う。
「リーダー。なんか嫌な予感がする。もう少し、この連中を見守りたいんだが」
亞唯が、そう提案した。
「そうね。関わり合いになりたくはないけれど、黙って見過ごすのも気が引けますわ。距離を置いて、追尾してみましょう」
追尾は十分ほどで終わった。終点は、低くなだらかな丘のふもとに設けられていた簡易な宿営地であった。
そこには、二十名ほどの兵士がたむろしていた。いずれも、政府軍の迷彩服姿だ。石で作った竈があり、そこからは薄灰色の煙が立ち上っている。
子供たちを含む隊列が到着すると、さっそく待っていた兵士たちがそれを取り囲んだ。『護送』してきた兵士たち数名が、竈に群がってお茶らしいものを飲み始める。他の何人かは、煙草を取り出すと旨そうに一服し始めた。
「……こいつら、正規兵じゃないのか」
見つからないように、八十メートルほど離れた草のあいだから覗いていた亞唯が呆れたように言った。
「どういうことでありますか?」
シオは訊いた。
「あの一番偉そうにしている奴の階級章は山形二本線、おそらく伍長だ。そいつが、山形三本線と四本線の軍曹……おそらく軍曹と一等軍曹に横柄に命令している。しかも、咥え煙草のままで。正規の軍隊じゃ、あり得ないよ」
亞唯が、説明した。
「脱走兵かしら?」
スカディが、言った。
「おそらく」
亞唯が、肯定する。
やがて、連れてこられた民間人が三つに分けられた。修道女と幼い少年と少女の三人。少年二人。そして、少女三人。
何人かの兵士が、下品な笑みを浮かべながら少女三人の腕を掴み、草むらの中に引き摺りこもうとする。別な数名は、少年二人に同じことをしようとしていた。一人の兵士が、修道女の腹にガリルARの銃口をぴたりと突き付け、その動きを封じている。もう一人の兵士は、まだ六歳くらいに見える少女の頭に、無遠慮にUZIの銃口を向けていた。
「……これは、まずい雲行きですねぇ~」
ベルが、彼女にしては精一杯の緊迫した声で言う。
「このままでは、薄い本みたいな展開になってしまうのです!」
シオは慌てて言った。
「どうみても『児ポ法』に抵触するで」
雛菊が、続ける。
「しかも、腐女子が喜びそうなおまけもついてるし」
亞唯が、顔をしかめる。
「これは、介入するしかありませんわね」
スカディが、身を起こした。
彼女たちに付与されている警備プログラムには、当然民間人保護が規定されている。作戦行動中ならば、作戦遂行が最優先されるが、上官から明確な命令を与えられていない現状では、自らの安全を妨げない範囲内での民間人の保護を行うのは、妥当な選択であった。
「わたくしは少し右方向へ回り込んでから降伏勧告をします。亞唯、みんなに射撃目標を割り当てて。射撃統制は任せます」
「了解だ、リーダー」
すでに『戦闘モード』に入った亞唯が、スカディの指示にうなずきつつ応諾する。
素早く右へ回り込んだスカディは、走って宿営地に近付いた。気付いた見張りの兵士が、突然現れた小柄なロボットに驚いて目を剥く。
「おやめなさい!」
立ち止まったスカディは、音声出力最大で呼びかけた。使ったのは、アマニアの公用語であるフランス語でだった。……東アフリカ関連の作戦ということで、フランス語とポルトガル語のROMは入れてある。
宿営地の人々の動きが止まった。お茶を楽しんでいた兵士も、修道女に突撃銃を向けていた兵士も、暴れる少女を脱がせようと骨折っていた兵士も、ハーフパンツを膝まで降ろされて泣きべそをかいていた少年も、あっけに取られてスカディを見つめている。
「これ以上の狼藉は、わたくしが許しません」
スカディは、毅然とした態度で言い切った。
「なんだ、お前は」
UZIを手にした咥え煙草の伍長が、ゆらりと立ち上がった。先ほど、一等軍曹と軍曹に指図していた男だ。
「通りすがりのロボットですわ。乱暴狼藉はおやめなさい」
スカディの言葉に、伍長が微笑んだ。咥えていた煙草をぷっと吐き出すと、流れるような動作でUZIのボルトを引きつつ銃口をスカディに向ける。
スカディは右側に飛びつつ伏せた。同時に、内蔵FM無線機で通信を送る。
『亞唯、射撃開始!』
第二話をお届けします。




