第二十二話
シオとベルは、橋の上から援護射撃を行った。シオはまだMP7を撃っていたが、ベルが使っているのは拾った56式半自動歩槍だ。キファリア歩兵と62式軽戦車が、二体に向け射撃を開始する。シオとベルが敵の注意を引き付けておいてくれたおかげで、スカディら三体は無事に橋のたもとまでたどり着くことができた。
「さらに援護するのであります!」
シオとベルは橋の北側に走ると、下流方向に向かった。川岸にあったミニバンサイズの大きな岩の陰に入り、そこに身を隠して射撃する。キファリア側の射撃が、二体に集中した。その隙に、スカディ、亞唯、雛菊が橋を渡ろうとする。
「みなさん、橋の中央部にはトラップを仕掛けてありますので、注意してくださいぃ~」
ベルが撃ちながら、無線で三体に警告する。
スカディらは無事に橋を渡り切った。そのまま走って、シオとベルが隠れている岩の陰に駆け込む。
「ご無事で何よりですぅ~」
ベルが、喜ぶ。
「ベル、急いで爆破を! 敵が動き出していますわ」
スカディが、急かした。
「もったいないのであります! ここは戦車が渡り出したところで爆破し、戦車が川に落ちるのを見て万歳三唱するのが、常識というものであります!」
シオはそう反論した。
「そんな映画的な演出は無用ですわ」
スカディが、きっぱりと却下する。
「戦車が動き出したぞ。歩兵も渡りそうだ」
56式半自動歩槍で狙撃を続けながら、亞唯が言った。62式軽戦車がゆっくりと前進を始め、一部の歩兵は味方の援護射撃を受けながら、橋に取りつこうとしている。
「では、いきますですぅ~」
ベルが、二の腕のポートに電気コードを繋ぐ。
「……早くしなさい、ベル」
56式半自動歩槍を撃ちながら、スカディが再度急かした。
「あれぇ~?」
ベルが、首を傾げる。
「どうしたんや?」
雛菊が、訊いた。
「通電しましたが、反応がないのですぅ~。おそらく、どこかで電気コードが切れているのですぅ~」
電気コードを外しながら、ベルが説明した。
「早くしろ、ベル。歩兵が渡って来てるぞ」
亞唯が、切迫した声で言う。亞唯とスカディの狙撃による妨害にもめげず、数名のキファリア歩兵が橋を渡りつつある。
「では、無線式を使いますですぅ~」
ベルが、コンパクトな送信機を手にした。スイッチカバーを開け、中の赤ボタンを押し込む。
何も起こらなかった。
「おやぁ~?」
ベルが、再び首を傾げる。
「こちらも故障でありますか?」
シオは尋ねた。
「キファリア側の銃弾で、受信機が壊されたのかもしれませんですぅ~」
「やばいやろ、それ」
雛菊が、焦り気味に突っ込む。
「ご安心くださいぃ~。わたくし、慎重派なので、時限信管も仕掛けておいたのですぅ~。あと一分四十秒ほどで、爆発するのですぅ~」
「では、それまで敵を足止めしましょう」
スカディが、56式半自動歩槍に新しいクリップを押し込む。
「いや、その前に分散退避した方が良さそうだぜ」
亞唯が、銃口の先で南を指す。
62式軽戦車の一両が、対岸の路肩に姿を見せていた。砲塔が旋回し、85ミリライフル砲の砲口がこちらを向く。
「退避!」
スカディが叫ぶ。AI‐10たちは、一斉に岩陰から走り出した。
次の瞬間、岩が小片に粉砕され吹き飛んだ。85ミリライフル砲の直撃を受けたのだ。
シオはベルと一緒に地面に伏せた。頭上を岩の破片が掠めるように飛んでゆく。
『みんな、無事かしら。道路の東側、橋から三十メートルほどの位置で集合しましょう』
スカディからの無線が入る。シオとベルは立ち上がると、指定された場所に向かった。すでにそこには、スカディの姿があった。十数秒後、亞唯と雛菊も姿を見せる。幸い、全員無事のようだ。
「ベル、爆発までの残り時間は?」
スカディが、確かめる。
「残り十秒を切りましたぁ~。七、六、五……」
嬉しそうに、ベルがカウントダウンする。シオは橋の様子を確かめた。戦車はまだ対岸にいるようだが、数名の歩兵は渡り切ったようだ。黒々としたシルエットが、いくつか見える。
「……四、三、二、一、ゼロ……」
ベルのカウントダウンが終わっても、何事も起こらなかった。
「あらぁ~?」
ベルが、またもや首を傾げる。
「ど、どうするのでありますか?」
シオは焦って訊いた。
「こうなったら、爆発に巻き込まれるのを覚悟で、直接爆薬の予備点火スイッチを押すしかないですねぇ~」
ベルが、説明した。
「仕方ありませんわね。みなさん、援護してちょうだい。わたくしがスイッチを押しに行きます」
まなじりを決したスカディが、決断した。
「いや、リーダーが行くのはまずい。あたしが行くよ」
亞唯が、名乗り出る。
「これは爆薬を仕掛けたわたくしの責任なのですぅ~。ですからわたくしが行くのですぅ~」
ベルが、志願した。
「ならば、ここはあたいが!」
シオはノリで思わず挙手した。
「どうぞどうぞどうぞ」
スカディ、亞唯、ベルが手のひらを返したように辞退し、シオに任務を譲る。
「とりあえずここはお約束やな」
雛菊が、笑った。
「しかし、本気でどうする?」
亞唯が訊いた。62式軽戦車が、ごろごろと橋を渡り始めていた。歩兵も戦車を楯にしながら、あとに続いているようだ。
「キファリアのみなさんが、トラップに引っかかって下さればいいのですがぁ~」
ベルが、期待するように言う。
「おや? ROCHIがおらへん」
不意に気付いた雛菊が、あたりをきょろきょろと見回す。
「ROCHI殿!」
シオは呼ばわった。だが、反応はない。
「もしかして……」
スカディが、橋を見やる。
62式軽戦車は、もう少しで橋を渡り切るところまで来ていた。時折威嚇するかのように同軸機銃を乱射しながら、慎重に進んできている。
どおん。
いきなり、その後ろに白煙が舞った。
次の瞬間、戦車の後部ががくんと下がり、砲身が天を指した。橋桁が、ベルの計算通り真ん中で真っ二つに折れ、川の中へV字に落ち込んだのだ。62式軽戦車はそのまま斜めになった路面をずるずると滑り、後部を川の流れに突っ込んで止まった。
橋の両岸は大混乱に陥っていた。爆発に巻き込まれて死傷した大勢のキファリア兵。負傷者を救護しようと駆けつける者。状況が判らずうろたえている者。とりあえず逃げ出す者。パニックに陥って、81式自動歩槍を乱射している者。
「ROCHI殿……」
シオはがくりと膝をついた。ベルの仕掛けた爆薬の量が半端ではないことは、この目で見て知っている。至近で爆発に巻き込まれたのであれば、ROCHIも粉々に砕け散っているであろう。
「みなさん、ROCHIの犠牲を無駄にしてはいけませんわ。早く『ヒルトン』に向かいましょう」
スカディが、皆を促す。
AI‐10たちは、こっそりと隠れ場所をあとにした。キファリア側が混乱しているうちに、距離を稼がねばならない。
と、眼前の草むらがひょいと割れた。そこから、ROCHIがひょっこりと姿を見せる。
「ROCHI殿! 死んだはずでは?」
シオは驚いてそう問いかけた。
「どうやら、爆発の原因はキファリアのどなたかが、わたくしの仕掛けたトラップを作動させてしまったせいのようですねぇ~」
嬉し気に、ベルが言う。
「原因はともかく、橋が落とせたことは確かね。無事で良かったわ、ROCHI。では、急ぎましょう」
スカディが、足を速める。ROCHIをひょいと拾い上げたシオも、続いた。
「一部のキファリア部隊は川の北岸にいますが、追跡は行っていません。現在のところ、『サンフラワー』および『コスモス』は安全です」
上級兵曹が、説明した。
「『シスル』はどうだ?」
ドリスコル大佐が、訊いた。
「現在『ヒルトン』で『バターカップ』に収容中。周辺に敵影はありません」
『バターカップ』……MV‐22B二機との連絡を担当している三等兵曹が、答えた。
すでに、『アイリス』の全員を収容した『クレマティス』は海岸を離れ、キファリア領海外へ向け移動中だった。『ペリウィンクル』もさらに沖合に出て、相変わらずシャンハイⅡを翻弄している。
『シスル』で唯一の重傷者リチャーズ二等兵曹も、MV‐22Bに乗り込んでいる衛生兵の手当てを受けていた。他の負傷者も、容体は落ち着いているようだ。
「あとは、あのロボットたちを収容するだけですね」
さすがにコーヒーは飽きたのか、缶入りコークを飲みながら、オメーラ少佐が安堵の表情で言った。
「叙勲の申請をしたいレベルの活躍ぶりだからな。SEALsを助けるとは、大した連中だ。君の推薦を受け入れて正解だったよ」
ドリスコル大佐が、メガンに向け笑みを見せる。
「大佐。ムウェウェ空軍基地で動きがありました。F‐7M二機が格納庫から引き出されています。すでにアイドリング中。離陸準備と思われます」
切迫した口調で、女性准尉が告げた。
「まずいな。『サンフラワー』と『コスモス』の位置は?」
ドリスコル大佐が、確かめる。
「『ヒルトン』まで千六百メートルです」
「『シスル』の収容状況は?」
「『バターカップ』1および2に収容済み。離陸に支障はありません」
立て続けに返答が返ってくる。
「大佐。ムウェウェ基地滑走路にF‐7Mが移動しました。滑走路端に向かっています」
女性准尉の報告に、ドリスコル大佐とオメーラ少佐が顔を見合わせた。戦闘機が滑走路端に向かえば、その目的はひとつしかない。すなわち、離陸である。
「ビール空軍基地から、RQ‐4を東に向かわせるという連絡が入りました」
上級兵曹が、告げる。
超高性能機RQ‐4も、所詮は非武装偵察機に過ぎない。高空ならマッハ2を叩き出すF‐7MにAAM搭載で襲い掛かられたら、よい的である。
「大佐。『バターカップ』も離陸させましょう」
メガンが、そう進言した。
「しかし、ロボットたちが……」
オメーラ少佐が、言いかける。
「F‐7に見つかったら、『バターカップ』は逃げ切れませんわ。一刻も早く、こちらのSAMの庇護下に入れるべきです。AI‐10なら、大丈夫です。彼女らの実力は、見た通りですわ。自力で、なんとかしてくれるはずです」
「具体的に、どうする?」
ドリスコル大佐が、訊いた。
「国境を越えさせます」
「タンザニアか?」
「いいえ。タンザニア国境は近いですが、あの国は親中過ぎます。中国とキファリアが彼女らの存在に気付けば、喜んで狩り出しを手伝うでしょう。少し距離がありますが、西のアマニアに入らせましょう」
「実質的に内戦中だぞ?」
「なおさら好都合です」
メガンが、にやりと笑った。
「隠れようと思えばいくらでも隠れられますし、官憲による組織的捜索も不可能でしょう。CIAが必ず救出しますわ」
「よかろう。合衆国海軍も、出来得る限りの協力をするように、上官に具申しておこう。それくらいの功績は上げてくれたからな」
そう確約したドリスコル大佐が、『バターカップ』の離陸を命じた。
「ということは、わたくしたちは置いてきぼりというわけですわね」
AN/PRC‐152でメガンと交信しながら、スカディは言った。
『ごめんなさいね。『バターカップ』を失うわけにはいかないのよ』
メガンが謝る。
「『オスプレイ・ダウン』なんてことになったら、シャレにならんものな」
聞き耳を立てていた亞唯が、苦笑した。
「では、どう行動するのが最善でしょうか?」
スカディが、訊く。
『アマニア共和国へ逃げてちょうだい。手段は任せるわ。このまま西進すれば、反政府勢力と政府側との競合地域に入れるはずよ。国境の警備は無きに等しいから、入国は簡単よ。もし余裕があれば、マルキアタウンの合衆国大使館を目指して。無理なら、適当な場所で潜伏。日曜日と水曜日の正午に、この周波数で短時間発信して。CIAが必ず迎えに行くから』
「やれやれ、なのであります! 当分日本には帰れそうにないのであります!」
シオは愚痴った。
ムウェウェ空軍基地を離陸したキファリア空軍F‐7M二機は、低空を亜音速で飛びながらレーダーを作動させた。与えられたターゲットは、ヒンメルハーフェン市の対空砲基地の捜索レーダー〈ミャオ9〉が短時間だけ捉えた低速目標である。
F‐7MはいずれもPL‐7B空対空ミサイルを二発搭載していた。固定武装は、30ミリ機関砲二門。
指揮を執る一番機の少佐は、レーダーをレンジ・ワイル・スキャンモードに入れて捜索を開始した。キファリアのF‐7Mにはイタリア製のグリフォ7レーダーが搭載されている。
目標はすぐに見つかった。二機だ。少佐はレーダーのモードを何回か切り替えて、目標の諸元を取得していった。
速度……280ノット。高度……150フィート。針路……090。距離……16nm。
少佐は距離を詰めた。キファリアも領海は12nmを主張しており、目標はすでに領空外にあったが、基地管制からは撃墜許可が出ていた。ヒンメルハーフェン海軍基地が特殊部隊によって襲撃されたことは空軍も知っており、領空侵犯を行った国籍不明機がそれに関係している……おそらくは特殊部隊の輸送に使われたであろうことは、まず間違いないと踏んでいたのだ。
PL‐7の射程は、7.5nm。後方からの射撃になるので、それよりも近付いて発射しなければならない。少佐は僚機に左側の目標を割り当てた。レーダーをシングル・ターゲット・トラックに切り替え、自分の目標を電磁的に追尾する。
と、いきなり少佐機のRWR(レーダー警報受信機)が作動した。脅威方向は前方。しかし、目標からの照射ではない。
少佐は視線を落としてRWR表示器を確認した。発信源は自機よりも低い位置で、種別は早期警戒レーダー。
……なんだと。
表示器が示しているレーダー出力を見て、少佐は驚愕した。受信したレーダー波の強さは、オレンジ色のライトの数で示されているのだが、これがすべて点灯しているのだ。
F‐7の進路にあるのは、インド洋である。付近に、島はない。つまり、このレーダー波は艦艇からのものだ。
表示器中央の赤いライトが点灯した。同時に、少佐のレシーバーに警告音が鳴り響く。……レーダーロック警報である。長射程SAM誘導レーダーを識別したとのライトも点灯する。
少佐は目標の追尾を断念した。敵の正体を悟ったのだ。おそらくレーダーを照射して来たのは、アメリカのイージス艦であろう。……旧式のF‐7などでのこのこ近づいたら、確実に殺される。
「バンディット二機、西へ変針しました」
データリンクで送られてきたレーダー情報をモニターしていた二等兵曹が、嬉し気に報告した。
キファリア空軍機にレーダー波を照射したのは、タイコンデロガ級イージス巡洋艦〈アンツィオ〉であった。イージスシステムの中核をなすAN/SPY‐1レーダーの最大出力は、なんと4メガワットに達する。
「とりあえず、撃ち落とさないで済みましたな」
オメーラ少佐が、安堵の息を吐いた。
五分後、ブリックス大尉らを乗せたMV‐22Bが〈メサ・ヴェルデ〉に着艦した。重傷のリチャーズ二等兵曹が、真っ先に船内へと運ばれる。サンアントニオ級LDPには手術室も備わっている。そこでは、すでに二人の軍医が手術の用意を整えて手ぐすね引いて待ち構えていた。
第二十二話をお届けします。




