第二十一話
「バスですって?」
フロックス大尉の説明を聞いたスカディが、首を傾げる。
「こんな時間に走っているバスということは、間違いなく深夜バス! はっと! これはもしかして、キング・オブ・深夜バス、『はかた号』なのでは?」
「んなわけあるかー」
シオのボケに、雛菊が嬉しそうに突っ込む。
「いずれにしても、民間人が乗っているという前提で対処しよう」
フロックス大尉が、そう判断した。
キャンターは、路肩に寄って停車した。ちょうど、上陸地点……『マリオット』の真西から、若干北へ寄った地点である。前方に、小河川に掛かっているコンクリート橋が見えていた。無害な民間のバスなら、トラックを無視してそのまま通り過ぎてくれるはずだ。念のため、全員降車して周囲に隠れ、いつでも発砲できる態勢は整えておく。
五体揃ったAI‐10たちは、少し前進して布陣した。かなり発砲して残弾数が減ったスカディとシオは、四十発弾倉を二本ずつ亞唯と雛菊から分けてもらった。
レイランド・バスはすぐに現れた。ヘッドライトを煌々と点けたまま、堂々と走行している。
「やっぱり民間のバスでしょうかぁ~」
ベルが、言う。
「車内灯が点いていない。怪しいぞ」
亞唯が、目ざとく指摘する。
「乗客が寝ているのかも知れませんわね。あるいは、回送中なのか」
スカディが、推測した。
レイランド・バスがちょっと減速してコンクリート橋を渡った。渡り切ったところで加速するかと思われたが、停まっているキャンターに気付いたのか、速度を落とし始める。
と、いきなりレイランド・バスが急停車した。一同が見守る中、昇降扉が開き、中から数名の人影がばらばらと飛び降りてきた。
「ファイア!」
スカディが、SEALsのメンバーにも聞こえるように、英語で叫ぶ。
降りてきた人影は、全員が銃器を所持していた。
「SKSだ! こいつら、民兵か警察だぞ!」
MP7をセミオートで撃ちながら、亞唯がわめく。
SKS……別名シーモノフ・カービンはAK‐47などと同じ7.62×39mm弾薬を使用する半自動小銃である。彼らが装備しているのは、おそらく中国製の56式半自動歩槍だろう。……AK‐47のコピーである56式自動歩槍と紛らわしいが、別銃である。
SEALsも射撃を開始していた。キファリア側も、果敢に撃ち返す。バスの窓からも、多数の56式半自動歩槍が突き出され、銃弾をばら撒き始めた。
SEALsのメンバーは、こんな時でも冷静であった。真っ先に、バスの前照灯を狙って破壊したのだ。辺りが闇に沈んだところで、AN/PVS‐21の力を借りてキファリア兵を一人ずつ狙撃してゆく。
二分足らずで、銃撃戦は終わった。例によって逃げ出したキファリア兵の背中に、SEALs隊員が無慈悲に銃弾を撃ち込んで倒す。
「どうやら民兵ではなく警察のようね」
死体を検めたスカディが、そう言った。
「警察がSKS持ってるのか。物騒な国だな、キファリアは」
亞唯が、苦笑する。
今回の交戦では、SEALs側にまたもや負傷者が出ていた。スタンプ上級上等兵曹が太腿を撃ち抜かれ、ハッチ三等兵曹に手当てを受けている。
「くそっ。ガキの頃から、警察とはどうも相性がよくないぜ」
かなりの重傷に見えるが、スタンプがそんな減らず口を叩く。
「やられた。トラックのエンジンが掛かりません」
キャンターの運転台から、マカリスター中尉が身を乗り出してそう報告する。無理もないだろう。暗くて射撃目標をまともに捉えることができなかったキファリア警察官たちが、とりあえず発砲対象に選んだせいで、キャンターは銃痕だらけになっていたのだ。
「アルバレス!」
ブリックス大尉が、鋭く命じた。すぐにアルバレス一等兵曹が、グリーソン三等兵曹を連れてレイランド・バスに走る。
だが、こちらのエンジンも掛からなかった。
「進退窮まったな」
ブリックス大尉が、唸った。
「大尉。南から接近中のトラック三両、あと一キロまで迫りましたわ」
AN/PRC‐152をモニターしていたスカディが、注意を促す。
「それと、62式軽戦車三両が二台のトラックを伴って『ハイアット』を出たそうです」
「くそっ。迎撃する手段がないぞ」
マカリスター中尉が、南方を睨む。
「オスプレイに、ここまで迎えに来てもらうのはいかがでしょう?」
シオはそう提案した。
「あかんで、それ。『ハイアット』の59式に撃ちまくられて墜とされるで」
雛菊が、突っ込み口調で却下する。
「いっそのこと、RQ‐4にカミカゼ・アタックをやってもらうのは……」
「コスパ悪すぎだろ」
亞唯が、シオのアイデアを笑い飛ばす。
「あたしたちも、改造でかなり高価値になっているけど、それでもRQ‐4に比べれば安物兵器だ。RQ‐4一機買う金で、AHOの子ロボ中隊編成してもたっぷりお釣りがくるだろうよ」
「いったん西へ逃げますか?」
アルバレス一等兵曹が、提案するようにマカリスター中尉に言う。
「仕方ありませんわね。大尉、『ヒルトン』へ後退してください。ここは、わたくしたちで何とかしますわ」
ため息交じりに、スカディが言った。
「勝算はあるのか?」
ブリックス大尉が、訊いた。
「あの橋を落とします。川岸が切り立っていますから、戦車でも渡河するのは無理ですわ。車両がなければ、キファリア側も追いつけないでしょう。上流の橋に迂回するとしても、充分時間は稼げます」
スカディが、北方のコンクリート橋を見やった。
「できるのか?」
橋に視線をやったブリックス大尉が、鋭く振り返ってスカディを見つめた。
「ベル。あなたならできるわね?」
スカディが、ベルに視線を当てる。
「手持ちの爆薬だけでは足りないのですぅ~」
腰に下げた布袋を指し示しながら、ベルが訴える。
「爆薬ならたっぷりあるぞ。『シャングリラ』へたどり着けなかったからな」
爆破担当のバグショー三等兵曹が、ベルに背中を向けて、背負っているC4が収まった布ケースを見せつける。
「……本当に君らだけで大丈夫か? 何人か残した方が……」
「お心遣いはありがたいですが、負傷者を運ぶのに人手が必要でしょう。時間がありません。早く後退してください。橋を爆破したら、すぐにあとを追います」
ブリックス大尉の提案を、スカディがやんわりと断る。
「ベルとシオは橋の爆破を。C4はそこで受け取って。わたくしと亞唯と雛菊は、接近するトラックを迎撃します」
続けてスカディが、早口で命じた。
「使ってくれ」
何人かのSEALs隊員たちが、M67手榴弾を外して雛菊に渡す。亞唯は落ちている56式半自動歩槍を拾い上げ、警察官の死体から弾薬も集めた。MP7だけでは、すぐに銃弾不足に陥ってしまうだろう。
SEALs隊員たちが、後退を始めた。腕を負傷しているブリックス大尉が先導し、歩けないスタンプ上級上等兵曹と、ミルウッドとリチャーズの二人の二等兵曹を、マカリスター中尉、アルバレス一等兵曹、グリーソンとハッチの二人の三等兵曹が、担いだり肩を貸したりして運び、最後にこちらも腕を負傷しているバグショー三等兵曹が後方警戒を行いつつ進む。
シオとベルはそのあとに速足で続いた。
スカディ、亞唯、雛菊の三体は、路肩のヤシの木の陰に伏せた。
警戒したのか、三台のトラックは彼女らから百メートルほど離れた位置で停車していた。ヘッドライトのハイビームに照らされ、路上に放置されているキャンターとレイランド・バスが闇の中に浮かび上がっている。
一緒に来たROCHIが、雛菊をつんつんとつついて気を引いたうえで、ポーチから下がっているM67手榴弾を指し示す。
「なんや。手榴弾欲しいんか」
雛菊はひとつ外すと渡してやった。ROCHIがボディを前に傾けてお辞儀すると、M67を抱えて茂みの中に消える。
荷台から、キファリア兵がばらばらと降り始めた。路肩の藪や木々に隠れながら、ゆっくりと前進してくる。
亞唯が、56式半自動歩槍を単射で放ち、トラックのヘッドライトを次々と撃ち抜いた。伏せたり木の陰に入ったりしたキファリア兵が、81式自動歩槍で撃ち返してくる。
スカディと雛菊もMP7を単射で撃った。ベルの爆破準備ができるまで、時間を稼がねばならない。
橋の上に達したSEALs隊員たちが、C4の入った布ケースを路上に積み上げる。
「これだけあれば十分なのですぅ~」
ベルが、嬉しそうにケースを開け、中のC4二ポンド半ブロックを取り出し始める。
「俺の道具類も全部置いていってやるよ。ところであんた、橋の爆破方法を知ってるんだろうな?」
爆破担当のバグショー三等兵曹が、訊いた。
「もちろんですぅ~。このような短いコンクリートアーチ橋は、アーチの頂点部分が弱点なのですぅ~。つまり中央部を帯状に爆破すれば、自壊してくれるのですぅ~」
得意げに、ベルが答える。
「判ってるじゃないか。じゃ、頼んだぞ」
にやりと笑ったバグショーが、北に向け撤退してゆく仲間たちのあとを小走りに追う。
「ではシオちゃん、路上に爆薬を仕掛ける穴を開けてくださいぃ~」
「合点承知なのです! ですが、さすがのあたいでも、かなり時間が掛かってしまうと思うのであります!」
シャフトにコンクリート用ドリルを装着したシオはそう言った。
「大丈夫ですぅ~。細くてもいいから、深い穴を三つ開けてくださいぃ~。爆薬を仕掛けて穴を広げますですぅ~」
「おおっ! さすがベルちゃん、頭いいのであります! 二段構えで爆破するのですね!」
シオはさっそく作業に掛かった。ベルが持参の道具入れから出したマーカーで印をつけたところにハンマードリルモードにしたドリルを突き立て、穿孔を開始する。
やかましい音を立ててシオが開けた深さ二十センチほどの穴に、ベルが柔らかくしたC4をぐいぐいと詰め込む。三つすべてに詰め終えたベルは、それにデト・コードを繋ぎ、さらにひとつに信管を埋め込むと、コードを伸ばして腕のポートに接続した。
「では、行きますですぅ~」
ベルが、通電する。
どん。
起きたのは小さな爆発だったが、結果は上々だった。コンクリートの路面に、直径十数センチのクレーターが形成され、さらに周辺のコンクリートがひび割れたうえに盛り上がっている。
シオはさっそくコンクリートの破片をどけ始めた。ベルが、穴の中にC4を次々と埋め込んでゆく。
SX2110トラックを楯代わりにして据え付けられた80式通用機槍……ロシア製PKMのコピー……が、射撃を開始した。
射手がナイトビジョンを使っているのか、その射弾はかなり正確であった。スカディ、亞唯、雛菊の周囲で土くれが舞い、ヤシの幹に穴がばしばしと開けられる。
亞唯が精密射撃を行い、なんとか射手を倒すことに成功したが、すぐに別な兵士が取って代わり、射撃を続行した。機銃弾に射すくめられ、こちらの攻撃が不活発となったことを見て取ったキファリア兵が、盛んに援護射撃を行いながら前進してくる。
「あかんで、これ。手榴弾の投擲距離まで近付かれたら、不利や」
得物を56式半自動歩槍に持ち替えた雛菊が、わめく。
その言葉が聞こえていたかのように、キファリア兵が手榴弾を投擲した。スカディらが隠れている場所からたっぷり十メートルは離れたところで、炸裂する。被害は皆無だったが、このままではいずれまともに届く位置まで近接されてしまうだろう。
どん。
いきなり、SX2110トラックのそばで爆発が起こった。80式通用機槍が、射手と弾薬手ごと手榴弾に吹き飛ばされる。
「やったで。ROCHIのお手柄や」
雛菊が、笑う。
亞唯が、猛然と撃ち始めた。スカディも、MP7で残り少なくなった4.6×30mm弾をばら撒く。
キファリア兵の脚が再び止まった。
ベルが、一ポンドも余さずに、すべてのC4を橋に仕掛け終える。
「念には念を入れて、トラップも仕掛けておきますぅ~」
電気信管に時限式信管、さらに無線式電気信管を設置したベルが、トリップワイヤーと圧力スイッチを使った信管をセットした。仕掛けた爆薬に、カムフラージュを施している時間はない。除去作業を妨害するには、罠の設置は必須である。
「できましたぁ~。シオちゃん、スカディちゃんたちを呼んでくださいぃ~」
道具類の片付けを始めながら、ベルが言った。
「戦車だ」
56式半自動歩槍に十発クリップを押し込みながら、亞唯が言う。
62式軽戦車は、人民解放陸軍機甲部隊のかつての主力であった59式MBTをベースにスケールダウンして設計されたものなので、外見はよく似ている。乗員も同じ四名だが、主砲は100ミリから85ミリに変更され、軽量化のために装甲もかなり薄く造られている。
戦車三両の増援を受け、キファリア歩兵が活気づいた。62式も、砲塔の7.62ミリ同軸機銃を撃ってこれを援護する。
『リーダー! ベルちゃんの準備が整ったのであります! 退却してください!』
ちょうどいいタイミングで、シオからの無線が入った。
「下がりましょう」
スカディが、M67手榴弾を取り出した。雛菊が、駆け寄ってきたROCHIを背中にしがみつかせる。
スカディが、手榴弾を投擲した。爆発と同時に、三体一斉に北を目指して走り出す。
第二十一話をお届けします。




