第二十話
『シスル』の七名と、『フロックス』の二名、それに『サンフラワー』の三体合計十二名……つまりA分隊のマカリスター中尉と部下の兵曹六名、ブリックス大尉とスタンプ上級上等兵曹、それにスカディ、シオ、ベル……は、海岸沿いの二車線道路を北へ向けひた走った。いや、脚を負傷して走れないミルウッド二等兵曹は、グリーソンとハッチの二人の三等兵曹に担がれていたので、正確には十一名だが。
AN/PRC‐152で『ハイアシンス』と連絡を取っていたブリックス大尉が、一声罵ってから無線機をオフにした。
「どうかされましたか?」
並んで走っていたスカディが、訊く。
「走る距離が二キロメートル増えた。……『ヒルトン』で回収に決まった」
激しい呼吸を挟みながら、ブリックス大尉が教えてくれる。
「もうひとつ。後方から追っ手が来るそうだ。四輪駆動車一台とトラック一台。推定兵員二十名。もうすぐ、追いつかれるぞ」
「もう来たみたいですぅ~」
背後を警戒しつつ走っていたベルが、警告を発した。
シオは脚を止めると振り返った。二組のヘッドライトが、近づいてくる。
「中尉、負傷者を連れて後退しろ。他の者は迎撃準備だ」
後方を確認したブリックス大尉が、荒い息を吐きつつも静かな口調で命じた。
「ハッチ、代われ。バグショー、グリーソン、行くぞ」
マカリスター中尉が、即座に命じた。ハリウッドのB級映画なら、『大尉、わたしが残ります』とか言い出すところだが、SEALsはプロ中のプロである。上官の冷静な判断に異を唱えるようなまねはしない。
腕を負傷しているバグショー三等兵曹が借り物のMP7を大きな拳銃のように片手で構えて先導し、歩けないミルウッド二等兵曹を抱えたマカリスター中尉とグリーソン三等兵曹が、闇の中に小走りに遠ざかってゆく。
残りの者は、素早く道路の左右に分かれて射撃姿勢を取った。左……海側にはスタンプ上級上等兵曹とアルバレス一等兵曹、それにスカディ、シオ、ベルが身を隠した。右……陸側には他の全員……ブリックス大尉とリチャーズ二等兵曹、それにハッチ三等兵曹が伏せる。
スカディとシオは、一本のヤシの木の左右に分かれて伏せた。アルバレス一等兵曹が、MP7をスリングで背中に回すと、Mk18を手にそばの茂みの脇で伏射の姿勢となった。スタンプ上級上等兵曹が別のヤシの木の陰に入り、ベルはさらに後方で正座して、なにやら作業を始めている。おそらく、C4で即席の手榴弾でも作っているのだろう。
「充分引き付けるぞ。アルバレス、トラックを狙え。ロボットたちは先頭車だ」
スタンプが、簡潔に命じた。
二台の車両は、百メートルほどの距離まで近付いていた。先行するのはBJ2020……いわゆる北京ジープの新しい型。あとに続くのはモダンなキャブオーバータイプの四輪トラック。こちらはシャンシーSX2110だろう。
キファリア陸軍車両は警戒しているのか、時速二十キロメートル程度の低速で接近しつつあった。五十メートルほどの距離で、ブリックス大尉がMP7を撃ち始めた。一瞬遅れて、SEALs隊員たちが発砲する。スカディとシオも、MP7を撃った。短い連射を数回、BJ2020に浴びせる。
フロントガラスを砕かれたBJ2020が、右にハンドルを切って海側の路肩を乗り越えた。そのまま、藪を突っ切ってマングローブの樹にまともに衝突して停車する。
後続するトラックも、運転席をアルバレス一等兵曹とハッチ三等兵曹に狙撃されて急ハンドルを切っていた。左を向き、道路をふさぐようにして停車する。幌に覆われた荷台に、SEALs隊員とスカディ、シオが放った銃弾が突き刺さった。何名かのキファリア兵が荷台から飛び降り、81式自動歩槍で果敢に反撃を開始する。
だが、ナイトビジョン装備のSEALsと光量増幅カメラ付きのAI‐10たちと、肉眼だけで照準を行っているキファリア兵とでは勝負にならなかった。正確な射撃で、キファリア側は瞬く間に制圧された。残った六名ほどが、一斉に走って逃げだす。すかさず、SEALs隊員たちが立ち上がってそれを追った。賢明にも銃を捨てて逃げた二人は見逃されたが、他の四人は背中を撃たれて路上に転がる。
「大尉、また追っ手が接近中だそうですわ」
AN/PRC‐152をモニターしていたスカディが、そう声を掛ける。
「到着は二分後。装甲車一、トラック一」
「ずらかるぞ。準備急げ」
すかさず、ブリックス大尉が指示を飛ばす。
SEALs隊員は、その命令が出る前にすでに行動を起こしていた。スタンプ上級上等兵曹はアルバレス一等兵曹を連れてBJ2020を調べに走り、リチャーズ二等兵曹はハッチ三等兵曹に援護されながらSX2110の運転席に乗り込もうとしている。
シオはスカディと一緒に倒れているキファリア兵を調べ、全員が絶命していることを確認した。ROCHIを連れてトラックの荷台を調べたベルが、死体しか残っていないことを報告する。
「だめです、大尉。エンジンが掛からない」
運転台で試行錯誤していたリチャーズが、飛び降りながらそう報告する。先ほどの銃撃戦で、エンジンに被弾したのだろう。
「ジープもお釈迦です」
アルバレスを連れて駆け戻ってきたスタンプが、首を振りつつ報告する。
「仕方ない。ここで迎撃する。そのあと、徒歩で離脱だ」
ブリックス大尉が、決断した。
「あたいの出番なのですね!」
シオは嬉々として背負っていたAT‐4を手にした。少し手前で迎撃しようと、南の方へ駆け出す。
「援護しますわ、シオ」
スカディが、ついてゆく。
シオは適当な藪の後ろに膝をついた。スカディが、そのそばで伏射の姿勢を取る。
シオはAT‐4の後端近くにあるセイフティ・ピンを抜いた。コッキングレバーを押し込み、肩に担ぐ。
ナイトビジョンを使っているらしく、接近する装甲車はヘッドライトを点灯していなかった。後続しているトラックも、同様だ。速度は秒速十メートルほどか。時速に直せば、三十五キロメートル前後だろう。
「92式装輪APCね」
スカディが、装甲車を識別した。六輪の中国製装甲車で、基本型は25ミリ機関砲を搭載したIFVだが、これは廉価版のAPCタイプらしい。
シオは目標の接近を待った。AT‐4は使い捨て兵器であり、持ってきたのはこの一本だけである。つまり、外すわけにはいかないのだ。92式装輪APCは、12.7×108mmの85式重機関銃を搭載している。これに撃ちまくられたら、いくらSEALsといえども手も足も出ないだろう。
と、走りながらいきなり92式装輪APCが発砲した。大口径機関銃弾が、道を塞いでいるトラックにばしばしと叩き込まれる。
「もう少し近付きやがれ、なのです!」
シオはつぶやいた。AT‐4の有効射程は約三百メートルあるが、百パーセント命中させるには百メートル以内まで待つべきだ。
速度を落とさないまま、92式装輪APCが発砲しながら走ってくる。頃合い良しと見たシオは、セイフティ・レバーを倒した。そしてそのまま、トリガー・ボタンを押す。
ずん。
バックブラストを残し、HEAT弾頭が飛び出した。弾頭は狙い通りに92式装輪APCの前面に着弾した。前輪がロックしてしまったのか、つんのめるようにして92式が急停止する。その後部に、後続していたトラック……SX2190が突っ込んだ。
どん。
いきなり、92式装輪APCが大爆発を起こした。兵員室に積み込んであった対戦車火器が誘爆したかなにかしたのだろう。ディーゼル燃料にも着火したらしく、激しい炎と黒煙が上がる。追突したSX2190も、これに巻き込まれていた。荷台から、慌ててキファリア兵たちが飛び降りる。アルバレス一等兵曹とハッチ三等兵曹が、これをMk18の単射で仕留めて行った。スカディも撃ち出し、AT‐4ランチャーを投げ捨てたシオもMP7を撃った。
銃撃は一分ほどで終わった。生き残った数名のキファリア兵が、武器を捨てて逃げてゆく。
「トラックは使い物にならないわね。戻りましょう」
炎上するSX2190を見やりながら、スカディが言った。
スカディとシオは、走ってSEALsたちの元へと戻った。こちらでは、負傷者が出ていた。脇腹から出血したリチャーズ二等兵曹が、スタンプ上級上等兵曹の手当てを受けている。軽量タイプのボディアーマーを装着していたが、さすがに五十口径は防げなかったのだろう。ブリックス大尉も、アルバレス一等兵曹によって右腕に包帯を巻かれているところだった。どうやら、銃弾が掠っただけのようだ。
「どうだ?」
痛むのか、顔をしかめながらブリックス大尉がスタンプ上級上等兵曹に尋ねる。
「内臓は逸れてます。脇腹を抉っただけで、死にはしませんが、まずいですね、これは」
リチャーズにバトル・ドレッシングを当てて止血を続けながら、スタンプが答えた。
「ハッチ。モルヒネだ」
スタンプに指示され、ハッチ三等兵曹が救急キットからモルヒネの使い捨て注射器を出した。パッケージを破り、針をリチャーズ二等兵曹の腕に突き立てる。
「終わったら移動するぞ。スタンプとハッチ、リチャーズを運べ。アルバレス、先導しろ」
左手でMP7を持ったブリックス大尉が指示する。
「大尉。いいお報せがありますわ」
AN/PRC‐152をモニターしていたスカディが、言った。
「なにかね?」
「『コスモス』がトラックを手に入れて、南下中ですわ。すでに、マカリスター中尉らを収容したそうです」
「ありがたい!」
ブリックス大尉が、フェイスペイントを施した顔をほころばせる。
一同は、とりあえず北への移動を再開した。スタンプ上級上等兵曹とハッチ三等兵曹が、負傷とモルヒネの投与でぐったりとしたリチャーズ二等兵曹を運び、アルバレス一等兵曹が先導する。AI‐10三体は殿を買って出て、ブリックス大尉の後ろに続いた。
二分ほど歩むと、車両が近付いてくる気配があった。重々しいディーゼルエンジンの音がする。
『スカぴょん、シオ吉、べるたそ。いま接近中や。撃たんといて』
FM無線機に、雛菊の声が入る。
ほどなく、無灯火のまま海岸沿いの道路を南下してきたトラックが現れた。ゆるゆると停車し、運転台からマカリスター中尉が身を乗り出す。
「マック・リモ・サーヴィスです。お待たせしました!」
トラックは、ふそうのキャンターだった。日本の中古車のようで、平型荷台の側面あおり板には、『菊浜建設』の字が残っている。
「早いとこ乗ってくれよ!」
助手席に座っている亞唯が、急かした。
一同はどやどやと乗り込んだ。脚を負傷しているミルウッド二等兵曹と、腕を負傷しているバグショー三等兵曹、付き添っていたグリーソン三等兵曹、それに雛菊が開けてくれたスペースに、リチャーズ二等兵曹を横たえ、それを取り囲むようにブリックス大尉、スタンプ上級上等兵曹、アルバレス一等兵曹、ハッチ三等兵曹が腰を下ろす。スカディ、シオ、ベルは一番後ろに座った。ROCHIも、シオの背中にしがみつくようにして乗り込んでいる。
マカリスター中尉が、キャンターをUターンさせた。北へ……『ヒルトン』へ向け、快調に走り出す。
「『バターカップ』が作戦空域に到着しました。現在キファリア領空外で待機中」
女性准尉が、告げた。MV‐22Bの巡航速度は、RHIBの最高速度の十倍以上ある。作戦空域までは、離陸から十分ほどで到達していた。
「大佐。『シェラトン』から新たに車両群が北上を開始しました。三両。識別中」
上級兵曹が、ビール空軍基地からの情報を報告する。
「やつら、ようやく目が覚めたようですな」
余裕ができたのか、オメーラ少佐が微笑む。
「識別終了。四輪トラック二。六輪トラック一。時速三十キロメートルです」
上級兵曹の報告に、ドリスコル大佐が安堵の表情を見せた。
「ならば追いつけないな。しかし、あの日本のロボットたちは機転が利くな。トラックを手に入れることを、自ら進言したのだろう?」
ドリスコル大佐が、メガンに笑顔を向ける。
「特殊作戦には経験を積んでいますから」
メガンは、素っ気なく答えた。AI‐10たちの華々しい……いや、むしろ無駄に派手な、というべきか……戦歴を、部外者に詳しく話すわけにはいかない。
「『シェラトン』で動きがあります。戦車の出動準備が行われている模様です」
「今更遅い」
オメーラ少佐が、上級兵曹の報告を半ば笑い飛ばす。
「詳細識別終了。62式軽戦車三両がエンジンを始動させています」
「まあ、脅威にはなるまい」
ドリスコル大佐が、言う。62式軽戦車は旧式で、85ミリライフル砲を備えているものの、FCSは単純な光学照準器のみで、夜間戦闘能力は無いに等しい。
「『アイリス』の現状は?」
オメーラ少佐が、B分隊の様子を担当の准尉に確かめた。
「『ラッフルズ』まであと三百メートルです。『クレマティス』はすでに『ラッフルズ』に待機中。周辺に敵影はありません」
「結構。『ペリウィンクル』はどうだ?」
続けて、オメーラ少佐が訊く。
「現在位置、『ハイアット』の北東約十一キロメートル。約三キロメートルの距離を置いて、シャンハイⅡが追尾中です」
「まあ、夜間だから問題はないだろう」
ドリスコル大佐が言った。シャンハイⅡが搭載する61式37ミリ機関砲は、射程こそ四千メートルあるが、人力操作、目視照準、人力クリップ式装弾という第二次世界大戦レベルの旧弊な兵器である。闇夜の中を逃げ回る高速ボートへの射撃は、砲弾の無駄遣いにしかならないだろう。
「大佐。海岸道路を北方から走行してくる車両を発見しました。識別中」
上級兵曹が、少しばかり緊張した声で告げた。
「バスの一種と思われます。全長約十メートル」
「バスだと? 何者だ?」
オメーラ少佐が、首を傾げる。
「時速四十五キロメートル。このまま南下を続ければ、『マリオット』の付近で北上する『シスル』と接触します」
上級兵曹が、続ける。
「こんな時間に。軍か公安組織の車両だろう。『フロックス』に警告してやれ」
ドリスコル大佐が、そう推測しつつ命ずる。
「車種が判明しました。レイランド・ナショナル。古いイギリス製の民間車両です」
ビール空軍基地の分析を、上級兵曹が告げた。
「車種が判っても、正体が判らなければどうしようもない」
オメーラ少佐が、苛立つ。
メガンは、アルに合図してCIAのデータベースに繋がる回線を開かせた。民間に関する情報は、空軍よりもCIAの方が詳しい場合が多い。
照会結果はすぐに出た。
「七十年代に、ミティシタ・エクスプレス社が新車を五十台購入しています。その後、イギリスから中古車が若干追加購入された模様。現在でも、かなりの数が運航しているとのことです」
アルが、ディスプレイに表示された情報を読み上げる。
「とすると、民間車両ということもあり得るわけか」
ドリスコル大佐が、腕組みをした。もちろん、軍か公安組織が手に入れて使用している可能性も排除できないが、いくらなんでも民間の車両……下手をすれば乗客を満載しているかもしれない……に先制攻撃を掛けて蜂の巣にするわけにはいかない。
「『フロックス』に連絡。この情報を伝え、慎重に対処するように指示しろ」
ドリスコル大佐が、告げた。
第二十話をお届けします。




