第十七話
「それではブリーフィングを開始する。主たる目的は、新たに加わった彼女らに作戦の詳細を説明するとともに、再度作戦内容を検討し、不備な点を洗い出すことにある。よって、疑問点、質問すべき事項があれば遠慮なく発言してもらいたい」
情報担当士官オメーラ少佐が、集った人々を眺め渡しながら言った。
さして広くもない〈ガンストン・ホール〉艦内の一室には、AI‐10たちも含め三十人以上の人々が押し込められていた。ドリスコル大佐とオメーラ少佐、ブリックス大尉以下SEALsの面々十六人。メガンとアル。六体のAHOの子たち。潜入/離脱に使用する複合艇を指揮する海軍兵曹二名。通信担当の海軍士官。それに、オメーラ少佐の助手二名。
中央にある大きなテーブルには、作戦目標であるヒンメルハーフェン海軍基地とその周辺の大きな地図が広げられていた。壁には、キファリア共和国全図と、東アフリカの地図が貼られている。
「では作戦目標付近の地勢から説明しよう……」
伸縮式の指し棒を手に、オメーラ少佐が解説を始める。
ヒンメルハーフェン湾は、南北に伸びているキファリア共和国東海岸にある、直角三角形状の湾である。湾口は約十二キロメートル。北から浅い角度で内陸に切れ込んだ海岸線は、十一キロメートルほどほぼ直線を描き、そこで約九十度の角度をもって東方に転じ、約四キロメートルの海岸線を経て湾口の南端となる岬に連なっている。
湾の最奥部、直角を為している部分には河口があり、川幅十数メートルの河川がほぼ西から流れ込んでいる。その河口南側から、海岸線に沿うように一キロ半ほど市街地が伸びている。これが、ヒンメルハーフェン市である。海岸には、商業港と漁港がある。
河口北側にあるのが、ヒンメルファーフェン海軍基地である。縦横約一キロメートルの正方形の敷地で、南端は川に面している。作戦目標である密輸兵器を収容した倉庫群は、南西隅に置かれている。
現地の敵戦力は、海軍基地に警備要員約二個小隊。増援として主に密輸兵器の警備に携わっている陸軍歩兵一個中隊。海軍艦艇は、ハイナン級哨戒艇が一隻、ホウシン級ミサイル艇一隻、シャンハイⅡ級小型哨戒艇四隻が残っている。もう一隻ホウシン級がいるが、これはいまだ座礁事故で受けた損傷が直っておらず、出港は不可能とみられる。それに加え、湾口の南にある岬に、陸軍に所属する独立対空砲中隊の基地があり、こちらには59式57ミリ対空砲(旧ソ連S‐60のコピー)、74式37ミリ連装対空機関砲、87式25ミリ連装対空機関砲が配備されている。
オメーラ少佐が、地図上の主要ポイントに付けられた暗号名と、参加各部隊の暗号名を示しながら、作戦の時系列を説明してゆく。
作戦前日の2100(現地時間)に最終準備終了。2130にボートチーム〈リマ〉『ペリウィンクル』に侵入部隊すべて『小隊名称フロックス/A分隊名称シスル/B分隊名称アイリス』と、AI‐10たちが乗り込んで〈ガンストン・ホール〉から出発。2300までに湾口に到達。湾内に障害がないことを確認してからゆっくりと侵入、2330までに上陸地点『マリオット』で上陸する。ここはヒンメルハーフェン海軍基地から約四キロメートルの位置であり、すぐ北側に目印となる小河川の河口がある。
『ペリウィンクル』はいったん湾外へ退避。『フロックス』は海岸沿いの道路『ペニンシュラ』に沿って南下する。夜間の交通量は僅少であり、両側には植物が繁茂しているので、あえて道路を使用する。陸側の平地は開けた農地が多く、大規模農場が点在しているので、却って発見されやすいとの判断である。さらに北側にある小道『マンダリン』は予備の撤退路となる。
ヒンメルハーフェン海軍基地『シェラトン』到着は0100を予定。ここで『シスル』は待機し、『アイリス』が『シェラトン』の南側に廻るのを待つ。目標の倉庫群『シャングリラ』は、北と東を基地内に、西を基地外郭に、南を河川『ラディソン』に接している。このうち、もっとも防備が固いのが西側である。そこで、『シスル』がいったん『シェラトン』に侵入してから『シャングリラ』の北から、『アイリス』が『ラディソン』を渡河して直接南からの侵入を狙う。
『アイリス』が渡河地点に到達するのが0130。『シスル』『アイリス』は同時に侵入を開始。状況が許せば両者は0230までに『シャングリラ』に爆薬を仕掛ける。爆破は時限装置を使用し、0500に起爆させる。撤退完了は0300を予定。最低でも、0330までには『シェラトン』から退く。
すべてが予定通り進めば、『シスル』『アイリス』は合流し、『ペニンシュラ』を使用して『マリオット』まで撤退。湾内に再侵入した『ペリウィンクル』に乗り、撤収する。すべてうまくいけば、爆破が行われる0500にはキファリア海岸から二十海里以上離れた場所にいることになる。
『マリオット』が何らかの理由で使えない場合、あるいは『ペリウィンクル』にトラブルが生じた場合は、予備のボートチーム〈マイク〉『クレマティス』に乗り込む。『クレマティス』の待機地点『ラッフルズ』は、ヒンメルハーフェン湾南端の対空砲基地『ハイアット』の南方三キロメートルとなる。
『ラッフルズ』も使用不可能な場合は、『マリオット』のほぼ真北三キロメートル半の処にある平地『ヒルトン』にMV‐22B二機を派遣し、回収することになる。この位置は『ハイアット』から直線距離で約九キロメートルであり、59式57ミリ対空砲の有効射程内だが、南側に低い丘『ソフィテル』があるので、北から侵入すれば攻撃されることはない。
以上の作戦を空からサポートするのが、ジブチ国際空港……ここには、自衛隊の海外拠点もあるが……にある合衆国軍基地、キャンプ・レモニエから飛来する無人偵察機、RQ‐4Bブロック40グローバルホークである。
全長は十三メートル半ほど。全幅はなんとその三倍近い三十五メートルを超える。ずんぐりとしたその胴体から伸びた長大な主翼が、二万キロメートル以上という航続性能と三十時間を超える滞空時間を生み出しているのだ。
偵察機器としてはSAR(合成開口レーダー/レーダーそのものを移動させつつ観測を行うことにより、仮想的に大きな開口部(レーダー径)を構成させる)と、EO/IR(電子光学/赤外線)センサーを搭載している。もちろん、衛星回線を通じてリアルタイムの光学画像やパッシブIR画像を送信することも可能だ。
RQ‐4はターボファンエンジンを背部に背負うように配置したり、V字尾翼を採用するなど、下方からのRCS(レーダー断面積)低減に気を遣った設計になっているものの、ステルス機ではない。しかしながら、キファリアの友好国であるタンザニア国境に近いこの地に配備されている対空レーダーは、西へ四十キロメートルほど離れた丘の上に設けられたレーダーサイトの低空捜索用のSバンド〈JY‐9〉と、独立砲兵中隊が運用する捜索/射撃統制兼用のEバンド〈ミャオ9〉だけであり、高空の捜索は『お留守』となっている。そこで、RQ‐4は本来の任務である広域偵察/監視モードの、六万フィート(約一万八千メートル)近くの高空を巡航速度で飛行し、作戦行動を行う予定であった。もちろんRQ‐4は、それより低い高度を飛行して活動することも可能であり、実際に福島第一原発を上空から撮影した時は千フィート以下の高度で作戦行動を行っている。今回の『タッドポール』作戦でも、何かトラブルが生じた場合は詳細な情報の取得のために、高度二万フィート程度で運用されることも想定していた。当地に配備されている最も脅威とされる対空火器59式57ミリ対空砲の最大射高が一万八千フィート程度であることからも、妥当な作戦高度と言える。
続いて、作戦参加各局のコールサインが読み上げられる。ドリスコル大佐の指揮所がハイアシンス、ブリックス大尉がフロックス1、副官のスタンプ上級上等兵曹がフロックス2。A分隊を率いるマカリスター中尉がシスル1、以下部下が階級/先任順に7まで。同じくB分隊が、カーヴィル中尉を筆頭にアイリス7まで。ボートチームがペリウィンクルとクレマティス。MV‐22B二機がバターカップ1と2。指揮所のメガンが、デイジー。
「あらら。盗られてまったわ」
雛菊が、苦笑する。
「指揮統制を簡略にするために、諸君らはデイジーの通信系統を通じて情報を得てくれ。もちろん、現地での口頭及び近距離無線での命令はフロックスが下す」
オメーラ少佐が、説明する。
「了解いたしましたわ。それで、わたくしたちの役割は?」
スカディが尋ねた。
「『マリオット』の警戒と、撤退路の警戒だ。二体が『マリオット』に残り、三体が『シスル』の侵入地点で警戒待機でいいだろう。それぞれの班のコールサインを決めてくれ」
「花の名前ですのね。ではここは無難に、『コスモス』と『サンフラワー』で。『マリオット』に残る方が『コスモス』 『シスル』に同行する方が『サンフラワー』にしますわ」
「了解した」
オメーラ少佐が、スカディの決めた名前をメモる。
「班分けはいつも通りでいいのか?」
亞唯が、スカディに訊く。
「かまわないでしょう。亞唯、雛菊と組んで『マリオット』の警戒を頼みます。わたくしはシオとベルを連れて、『シスル』の援護をしますわ」
「では、亞唯ちゃんと雛菊ちゃんが『コスモス』、リーダーとシオちゃんとわたくしが、『サンフラワー』ですねぇ」
ベルが、確認した。
オメーラ少佐が、ブリーフィングを続けた。ヒンメルハーフェン市の西方十七キロメートルの位置に陸軍駐屯地があり、一個連隊が配備されているが、即応能力はなくよほどのことがない限り脅威とはならないこと。最寄りの空軍基地は北西五十二キロメートルと結構近く、F‐7M戦闘機(J‐7ⅡAの輸出型)とA‐5C攻撃機(Q‐5の輸出専用型)が配備されているが、こちらも即応性が低く脅威ではないこと……。
「ひとつ朗報と言えるのが、彼らがムスリムということだ」
そう言ったオメーラ少佐が、AI‐10たちに微笑みかけた。
「ムスリムが相手だと、いいことあるのでありますか?」
シオは首を傾げた。他のAI‐10たちも、きょとんとした顔つきとなる。
「犬だよ、犬。普通、このような軍事基地には軍用犬が付き物だ。知っての通りムスリムは犬を不浄な動物と考えており、当然この基地にも犬はいない。犬は闇を苦としないので、特に夜間作戦には厄介な相手となるんだ」
オメーラ少佐が、説明する。
「犬の鼻をごまかすのは不可能だし、訓練された犬を排除するには消音銃で撃つしかない。犬対策を考慮しないで済むのはありがたいよ」
ブリックス大尉が、笑顔で口を挟んだ。
「大尉殿は愛犬家ですからね」
スタンプ上級上等兵曹が、ぼそっと付け加えた。
ようやくブリーフィングから解放されたAI‐10たちは、SEALsの面々に連れられて装備の受け取りに向かった。
「まずこれだ」
ミルウッドと名乗った通信担当の二等兵曹が、AN/PRC‐152無線機を二つ渡してくれた。トランシーバーサイズの小型機ながら、SATCOMを使った衛星通信も可能な高性能通信機である。
「各班ひとつですわね」
受け取ったスカディが、ひとつを亞唯に渡した。
「武器はこれだ」
兵器担当のアルバレス一等兵曹……見るからにスペイン系の顔立ちだ……が、MP7A1を出してくれた。PDW(個人防衛火器)に分類される、4.6×30mmという小口径弾を使用する一種のサブマシンガンである。コンパクトかつ軽量で、貫通力にも優れるという特殊作戦向きの兵器だ。一緒に出してくれた弾倉は長くかつ湾曲した四十発入りのものであった。
「これならわたくしたちにも扱いやすそうですわね」
空の弾倉をグリップに押し込みながら、スカディが言った。……長い弾倉なので、グリップの下部から、グリップと同じくらいの長さがはみ出している。
「あんた方もこいつを持つのかい?」
同じようにMP7をいじりながら、亞唯が訊いた。
「半数がMk18(M16系の特殊部隊用カービンの一種)、あとがこれだ」
アルバレス一等兵曹が、自分のMP7を出して来た。AI‐10たちに配られたものと基本的に同一だが、銃口部に長さ二十センチもあるサプレッサーが付いている。
「うちらは撃ったらあかん、ってことやな」
雛菊が、苦笑した。
「わたくし、銃よりもC4をいただきたいのですがぁ~」
例によって、ベルが爆薬を欲しがる。
「あたいももっと強力な火器が欲しいのであります! 装甲車とか出てきたら、どうするのでありますか?」
シオもごねた。
「……わがままなロボットだなぁ。バグショー、グリーソン。ちょっと来てくれ」
口でそう言いつつも、アルバレス一等兵曹が機嫌良さそうに二人の三等兵曹を呼ぶ。ちなみに、ブリックス大尉が今回連れてきた部下のうち、一番階級が低いのが三等兵曹である。英語でペティ・オフィーサー・サード・クラス……直訳すれば三等下士官か……は、日本語訳の字面からすると陸軍の三等軍曹と同格に思えるが、給与等級はE‐4であり、陸軍では伍長と同じである。
普通、特殊部隊に入隊するにはある程度の期間の軍務経験や、一定以上の階級にあることが条件とされることが普通だが、SEALsにはそれがない。新兵でも、入隊を志願することは自由なのだ。もちろんいくら才能に恵まれているとしても、軍務経験なしの素人が世界最高峰の特殊部隊であるSEALsに入隊できるはずもなく、実際の隊員のほとんどが下士官と士官で占められているのが実情である。
バグショー三等兵曹が、ベルにC4の二ポンド半ブロックを四本渡した。
「もっといただけますかぁ~」
ベルが、嬉し気に追加を要求する。
「おいおい。俺たちだって一人二十ポンドしか携行しないんだぞ」
アルバレス一等兵曹が、呆れたように言う。
「これを持たせてやろう」
グリーソン三等兵曹……チーム唯一のアフリカ系だ……がシオに持ってきてくれたのは、M136対戦車ロケット発射器であった。スウェーデンのAT‐4の、合衆国軍バージョンである。口径84ミリの使い捨てランチャーで、全長一メートルほどの円筒だ。
「大満足なのであります!」
シオは嬉々として受け取った。
「あとは手榴弾だな」
アルバレス一等兵曹が、M67破砕手榴弾を二個ずつ配ってくれる。結局C4を二十ポンドせしめたベルが辞退し、シオも熟考の末辞退した。その分、スカディが四個持つことになる。
「装備としてはこんなものか。近距離無線機は内蔵しているし、ナイトサイトも必要ない。他に欲しいものがあれば、言ってくれ」
それなりに装備を整えたAI‐10たちを満足げに眺めながら、アルバレス一等兵曹が訊く。
「あと欲しいのは、『運』やね。うちら、この手の作戦に何回か参加しとるんやけど、計画通り素直にいったためしがないんや」
雛菊が、恨めし気に言った。
「本当にそうね。一回、神社でお祓いでもしてもらいましょうか」
真顔で、スカディが言う。
「除霊の方がいいかもしれんぞ」
亞唯が、こっそりと背後を振り返りつつ言う。
「改名するというのはどうでしょうかぁ~。運気が上がるかもしれませんですぅ~」
ベルが、提案する。
「はっと! 板橋を出る前に、『ラ・ゲリゾン』でパワーストーンのひとつも購入しておくべきでした!」
唐突に思いついたシオはそう言った。
「おまえら、本当にロボットか?」
アルバレス一等兵曹が、呆れた。
第十七話をお届けします。




