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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 08 インド洋武器密輸船捕捉せよ!
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第十四話

 船尾に積まれたコンテナの上に陣取った亞唯は、『眼』と『耳』を総動員して、後方を見張っていた。

『みんな、聞こえる?』

 FM無線機に、音声が入った。シャオミンの声だ。

『電話が掛かってきたわ。内容をそのまま伝えるわね。『フロランタン』から『カヌレ』へ。『パネトーネ』防衛目的に限り、『ザッハトルテ』に対しあらゆる手段を行使することを許可する。『マカロン』のETA(到着時刻)に変化なし。以上』

「よっしゃ。これで心置きなくこいつを使えるな」

 亞唯はコンテナの上に置いてある深緑色の金属ケースをちらりと見下ろした。中に納まっていたQW‐2ヴァンガード2対空ミサイルはすでに発射システムおよび照準器と組み合わされ、ランチャー先端下部のガスボトルも装着されている。少し離れたところには、予備として持ってきたもうひとケースも置いてあった。

「おっと」

 洋上に視線を戻した亞唯は、水平線上に『異物』を感知した。スチールモードで撮影してから、該当部分だけを取り出して画素を拡大し、子細に調べてみる。

「船みたいだな」

 ふたたび通常モードで『異物』に『カメラ』を固定した亞唯は、最大光学ズームを掛けたうえで、電子ズームも併用してみた。……間違いない、船だ。

『こちら亞唯。ほぼ真西に船影だ。おそらく、キファリア艦隊だろう』

 亞唯は無線で仲間に呼びかけた。

『距離は?』

 スカディが訊いてくる。

『水平線上にちらっと見えただけだから、十数キロ離れてると思う』

 亞唯はそう答えた。さすがに、正確な距離の測定までは無理だ。

『一時間以内に追いつかれるわね』

 スカディの苦々しい声が言う。こちらが二十ノット、向こうが三十ノットと仮定すれば、一時間で十海里……十八キロメートル半の距離を縮められてしまう。

『おっと。黒い点が増えた』

 亞唯の強化された視覚が、新たな目標を捉えた。先ほどの船影と思われる点よりも、わずかに高い位置だ。

『徐々に大きさを増してる。艦載ヘリだと思うね』

『了解。撃墜を許可します。シオを手伝いに送るわ』

『それには及ばないよ。単機だし、あたし一人で片付けられる』

 亞唯はそう答えつつ、腰を落とすとQW‐2を取り上げた。付属品を含め18.4kgの本体を、よっこらせと持ち上げて肩に載せる。

 黒い点はさらに大きさを増していた。高度は低い位置を保っている。ローターがかたかたと鳴る音も聞こえ始めていた。

 亞唯は発射準備を整えた。ランチャー先端と後端の保護キャップを外し、簡易な照準器を二か所引っ張り出してセットし、照準用レンズの保護カバーを外す。

 QW‐2の最大射程は公称六千メートル。五百メートル以内だと、誘導制御が効かないので命中させるのは不可能となる。最低射高はわずか十メートル。

 ヘリの形がはっきりと見えてきた。やはり、キファリア海軍のZ‐9Cらしい。ユーロコプターのAS565パンテールをライセンス生産し、対潜ヘリコプター仕様にした中国製艦載ヘリコプターである。

 Z‐9Cは、エンジン音がはっきりと聞こえる程度まで近付いていた。進路を『宝鶏』の右舷側に取り、距離を置いて追い越すつもりのようだ。亞唯はガスボトルのコックを捻り、赤外線センサーの冷却を開始した。このままいくと、最接近距離は三千メートルほどになると、亞唯は見積もった。……充分に射程距離内だ。

 ピストルグリップをしっかりと握った亞唯は、ランチャー先端をZ‐9Cに向けた。すぐにセンサーが目標を捉え、発射可能を示す『ぴー』という甲高い音が聞こえ出した。亞唯は、Z‐9Cを照準器に捉えながら最接近を待った。

 ばしゅ、という音と共に、長さ1.6mほどのミサイル本体がランチャーから飛び出した。同時にランチャー後端からバックブラストが噴き出す。濃い灰色の排煙を盛大にまき散らしながら、ミサイルが飛翔を開始した。側面の姿勢制御用ロケットに点火し、いったん高度数十メートルまで舞い上がったミサイルが、ぐんと低空に舞い降りつつZ‐9C目掛けて突っ込んでゆく。

 こちらを注視していたのだろう、Z‐9Cが慌てて回避行動に入った。海面上二十メートルほどだった高度をさらに下げ、フレアディスペンサーを作動させる。

 だが、QW‐2は続々と空中に撒き散らされるフレアに騙されなかった。弾頭部の赤外線センサーは二波長タイプであり、単純な燃焼系フレアは囮と見破ることが可能だし、さらにそれを無視するプログラムが搭載されているのだ。

 発射から五秒ほどで、ミサイルは約三千メートルの距離を飛翔し、Z‐9Cの至近で炸裂した。多数の弾片を浴び、半ば引きちぎられたZ‐9Cが、青い海面に叩きつけられる。横倒しになったローターが、派手な水しぶきを上げながら折れ飛んだ。



「救命ボートの準備は終わったで」

 ベルを伴って戻ってきた雛菊が、そう報告する。

「ご苦労様。こちらも大体終わりましたわ」

 スカディが、雛菊とベルを労う。

 追尾してきているキファリア艦隊は、すでに七キロメートルほど後方に迫っていた。五隻ともはっきりと姿が見えていたし、そのうち二隻……おそらくホウシン級ミサイル艇……は速度が速いのか、少し前に出ている。

「スカディちゃん、提案があるのですぅ~。キファリア海軍のみなさんは、この船の足止めを狙ってくるはずですぅ~。小口径砲で精密射撃が可能な距離まで迫ったら、まずブリッジを狙ってくるのではないでしょうかぁ~」

 ベルが、小さく挙手しつつ言う。

「はっと! きっと敵はそうしてくるのであります! 対策を考えねばならないのです!」

 シオはスカディに迫った。

「そうね。とりあえず、ブリッジの近くに迫撃砲弾でも積み上げておきましょうか」

 四体は60ミリ迫撃砲弾が詰まったコンテナを開けると、木箱を船橋の張り出しや至近のコンテナの上に積み上げた。コンテナ船の船橋は、少しでもコンテナを積む面積を確保するためと、積み上げたコンテナに前方視界を邪魔されないようにするために、さながら狭く細長い敷地にむりやり建てられた雑居ビルのように、薄くて高いという城壁じみたものである。AI‐10たちは、木箱の中身が迫撃砲弾だとはっきりとわかるように、何発かを取り出して箱の上にこれ見よがしに置いた。

「もう少し時間がありそうね。あとは何を準備しましょうか」

 船橋の階段を降りながら、スカディが訊く。

「63式107ミリロケット砲がいいのです! あれが一番射程が長そうなのであります!」

 シオはそう意見した。

「当たらんやろ」

 雛菊が、笑う。

「威嚇にはなりそうね。いいわ。その案採用しましょう」

 スカディが、うなずいた。

 四体は63式が収められたコンテナを開けた。木枠を壊し、本体を外へと引きずり出す。

 63式107ミリロケット砲は、人力運搬も可能な小型多連装ロケット砲である。簡便な二輪タイヤの車台の上に、横四本、縦三本の合計十二本の円筒形107ミリロケット発射筒が束ねられている。発射時には前後に二本ずつあるパイプ状の支持脚を使って安定させる。旧式兵器ではあるが、この種の兵器としては軽量……本体は三百八十五キログラム……なのが取り柄で、空挺部隊や山岳部隊の火力支援用としていまだに現役である。さらに、諸外国の非正規部隊にもこの軽量さと簡便さ、さらに短時間にかなりの火力を投射できるというゲリラ戦術に適した性能が評価され、多用されている。射程は八千メートル。もちろん、この手の兵器の常として、命中精度は悪い。

 四体は、63式本体をごろごろと引っ張って船橋の脇まで運んだ。再びコンテナに戻り、ロケット弾が入った箱を運ぶ。一発十九キログラム近くあるので、結構大変な作業である。

『こちら亞唯。そろそろホウシン級の機関砲の射程に入るよ。戦闘準備を整えた方がいい』

 二回目の弾薬運搬が終わった頃、切迫した声で亞唯から通信が入った。

『了解したわ。すぐに行きますわ』

 応答したスカディが、残る三体を見る。

「では、参りましょうか。マカロンが到着するまであと一時間二十分。なんとか守り切りましょう」



 速度に勝るミサイル艇二隻……〈スワロー〉と〈シュライク〉を先行させ、コンテナ船のブリッジを機関砲射撃して停船させる……。

 Z‐9Cを撃墜されて驚愕しているユイニャ少将に対し、シュ中佐が耳打ちするようにして薦めた作戦が、これであった。

 037‐1G型ミサイル艇(ホウシン級)は、同航している037型哨戒艇(ハイナン級)をベースとして……より正確に言えば、037型哨戒艇をベースに作られた037‐1型ミサイル艇を、さらにベースにして作られた艦艇だが、主機のディーゼルエンジンはより高出力の物に変更されているので、最高速力は三十二ノットに達する。この高速を生かして艦隊の前に出た〈スワロー〉と〈シュライク〉は、急速に『宝鶏』との距離を詰めた。

 ホウシン級には、艇首と上構後部に一基ずつ、76A式37ミリ連装機関砲が搭載されている。これは、射撃統制用にイタリアのダルド・システムを採用し、ライセンス生産を行ったイタリア製レーダーの管制を受けるというもので、砲口径こそオリジナルのシステム……本来のダルド・システムはボフォースL70/40ミリ機関砲を使用する……には及ばないものの、ほぼ同等の性能を持っており、対空、対水上目標はもとより、対ミサイル能力も持っているという優れものである。有効射程は三千八百メートル。完全自動化されており、中国製兵器らしからぬ、あか抜けた滑らかな形状のグラスファイバー製の砲塔は無人である。

 二隻のミサイル艇は、〈スワロー〉がやや北寄り、〈シュライク〉がやや南寄りに艇首を向け、前進を続けた。『宝鶏』を左右から挟み込もうという意図である。射距離三千メートルで射撃開始。ブリッジを無力化し、操船を不可能にしようという目論見であった。

 船体の一部精密射撃を行うために、射撃モードはレーダー射撃ではなく、副方位盤を使用したオプションの電子光学統制モードに切り替えられていた。〈スワロー〉の指揮を執る大尉は、ブリッジの窓から双眼鏡で目標のコンテナ船を注視した。船橋後部に積まれたコンテナの上に、木箱のような物が多数置かれていることに気付き、目を凝らす。側面に描かれている文字は、遠すぎて読めなかったが、開いた箱の上に置いてある緑色の卵型の小さな物体は、どうやら砲弾の一種のようだ。

「〈シーガル〉へ連絡だ」

 双眼鏡を下ろした大尉は、部下に怒鳴るように命じた。



「ブリッジへの射撃は読まれていましたね。こうなったら、限定的に船体射撃を行うしかありません」

 シュ中佐は、励ますように言った。

「船尾に撃ち込んで、駆動系か舵を損傷させるか。一軸船だろうから、運が良ければ数発で止められるだろう……」

 ユイニャ少将の語尾が、頼りなげに消える。運が悪ければ、何十発も撃ち込まなければ止められないし、下手をすれば浸水で船が沈みかねない。もちろん、コンテナ船が沈めば一億二千万ドル分の兵器も、インド洋の藻屑と化す。

「とりあえず、〈スワロー〉と〈シュライク〉に対し、目標の船尾の海中に向け射撃を行わせろ」

 気を取り直したように、ユイニャ少将が命令を発した。

「それから、重ねて伝えろ。俺が命ずるまで、絶対に船体に当ててはならん」



「だいぶ近づいて来ましたねぇ~」

 伏せた状態でHJ‐8Lの照準器を覗き込みながら、ベルが言った。

 ホウシン級ミサイル艇が左右に分かれたことに応じて、AI‐10たちも二手に分かれていた。右舷側にスカディと雛菊、左舷側にシオとベルである。

「どこまで引き付けるつもりなのでしょうか、リーダーは?」

 シオは苛つきを含んだ声で言った。すでに、ミサイル艇は推定で三千メートルほどの距離まで近付いている。完全に、HJ‐8Lの有効射程内である。

「近ければ近いほど当たりやすいですからねぇ~」

 ベルが、嬉しそうに応じる。

 と、ミサイル艇の艇首にある機関砲塔がぴかりと光った。船尾付近に小さな水柱が立つ。砲弾はマッハ3近くの速度で飛来したので、発砲音はずいぶんと遅れて聞こえた。

『試し撃ちしてきたわね。本格的に撃たれる前に片づけてしまいましょう。では、始めてちょうだい』

 スカディから、射撃許可が出る。

「ではベルちゃん、お願いするのであります!」

「あ~いぃ~」

 コントロールハンドルを握っていたベルの指が、発射ボタンを押す。

 かん、という金属音の直後に円筒形ランチャーが後方にすっ飛び、ばしゅー、という轟音と共にミサイル本体が前方へと撃ち出された。明るい光を後端から発しながら、小さなミサイルが飛翔する。シオが同時に撃たなかったのは、誘導システムの都合である。二つの同質の赤外線源が照準器の前方を飛翔していた場合、どちらが『自分』が発射したか見分けることができるほど、HJ‐8の誘導システムは賢くないのである。

 左舷側では、同じようにスカディがHJ‐8を発射していた。



 ユイニャ少将もシュ中佐も生粋の海軍軍人であり、陸戦兵器には疎かったことが仇となった。両人とも、『宝鶏』に対戦車ミサイルが積まれていたことは知っていたが、それは純粋に陸戦兵器であり、戦車を破壊するものだ、という認識でしかなかったのだ。

 〈スワロー〉も〈シュライク〉も、ミサイルがこちらに向かって飛翔してくるのはすぐに察知した。通常、発射器から誘導されるタイプのミサイルに対する最も効果的な対抗手段は、発射地点に対する制圧射撃である。射手/誘導手が死傷すれば、誘導は途切れるし、誘導装置が損傷しても同じ効果が得られる。また、有効な射撃効果が得られなくても、至近に着弾した、あるいは狙われていることを知った誘導手が動揺するだけで、照準を狂わせたり操作を誤らせたりする効果は充分に期待できる。

 だが、このケースではその方法を使うわけにはいかなかった。船体への直接射撃は、ユイニャ少将によって厳禁されていたのだ。

 〈スワロー〉のブリッジでは、艇長の大尉が進路変更を指示するとともに、搭載火器で接近するミサイルを撃ち落とすように命令を出した。HJ‐8の飛翔速度は、わずか秒速二百メートル。対応する時間は、充分にある。

 船体内の操作コンソールに着いている37ミリ機関砲の砲手が、命令を受けて射撃モードを対ミサイル自動に切り替えた。レーダーが、飛翔するHJ‐8を捉える。砲塔がわずかに旋回し、砲身がほぼ水平を向く。だが、砲手は発射寸前で射撃を取りやめた。このまま射撃すれば、砲弾が『宝鶏』に降り注ぐことに気付いたのだ。

 〈スワロー〉の船橋のすぐ前には、58式14.5ミリ連装機関銃の銃架が二基装備されていた。こちらに就いていた機銃員が、艇長命令を聞いて慌てて銃口を接近するミサイルに向ける。こちらの有効射程は水平射撃で約千メートル。これならば、流れ弾をあまり気にせずに撃ちまくることができる。だが残念なことに、こちらの射撃統制システムは肉眼と古臭い環型照準具という時代遅れのものであり、低速とはいえ小型の対戦車ミサイルを撃墜できる可能性は限りなく低かった。鋭い連射音と共に、大量の銃弾が吐き出されたが、全長九十センチに満たないミサイル……太めの練馬大根サイズか……を捉えた弾はひとつもなかった。

 ベルが発射したHJ‐8は、〈スワロー〉の船橋基部に命中した。対戦車用タンデム弾頭のサブ弾頭が薄い鋼板を突き破り、内部でメイン弾頭が炸裂する。艇長を含むブリッジ要員は、これで全員命を落とした。


 第十四話をお届けします。

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