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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 08 インド洋武器密輸船捕捉せよ!
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第八話

「上海に行ってもらうぞ」

 紫煙が立ち込める執務室で、カオ少将が気さくな口調で告げた。

 執務机の前に立つアリシア・ウー中校は表情を変えなかった。急に出張を命じられることは、日常茶飯事である。サハラ砂漠やシベリア、アマゾンにまで派遣されたことがあるのだ。S12号線に乗れば北京首都国際空港まではいくらもかからないし、そこから二時間半程度のフライトでたどり着ける上海への出張など、アリシアにしてみればごく近所に出かけるのと大差なかった。

「地元民警が、上海で怪しげな男が活動していたのを発見した。どうやら、グー・ウェンイーが作戦を行っていたようだ」

 アリシアの眼が、若干見開かれた。

 グー・ウェンイー。直接顔を合わせたことはないが、アリシアの良く知る人物である。台湾国防部軍事情報局の所属で、階級はおそらく上尉。特定の任務を持たぬ特務員だが、主に中国国内で情報収集に携わることが多い。

 短くなった『中華』を瑪瑙の灰皿でもみ消したカオ少将が、写真を一枚デスクに滑らせた。隠し撮りらしく、下枠の方にぼやけた白い帯が映っている写真だったが、お目当ての人物は鮮明に捉えられていた。三十代前半くらいの、ありふれているが好感の持てる顔立ちの男性。間違いなく、グー・ウェンイーだ。そしてその顔は、今はまだカオ少将もアリシアも知らなかったが、サッカー賭博で莫大な借金をこしらえてしまったリー・チン海軍中尉が、リャンとして知っている人物と同じであった。

「これに関しては長い話になるので、かいつまんで説明しよう」

 カオ少将が、赤い『中華』の箱をもてあそびながら話し始めた。

「民警は国家安全部と共和国公安部にも当然照会した。そこですぐにグーだと判明し、公安部が地元民警と協力してグーを追ったが、取り逃がしてしまった。その後グーが上海で何を行っていたかを公安部が調べたところ、陸軍と海軍が協力して行っていたある秘密作戦に突き当たってしまった。そこで、こちらにお鉢が回ってきたわけだ」

 諜報機関である中華人民共和国国家安全部と、警察機関である中華人民共和国公安部は、中華人民共和国国務院……各省庁を監督する行政機関であり、他の国家の内閣に相当する常設組織……の下部機関である。しかし、アリシアの所属する軍情報部は、人民解放軍と同様に共産党中央軍事委員会に隷属している。

「詳しくは話せないが、解放軍はアフリカへ兵器を密かに輸出していたようだ。うちの作戦部も、一枚噛む形でね。グーは、それを探る形で動いていた可能性が高い、という判断だ」

「台湾の連中が、そんなことを?」

 アリシアは内心で首を傾げた。台湾の諜報能力は、かなり高い。だが、リソースが余っているわけではない。アフリカの面倒を見ている余裕は無いはずだ。

「実は、その輸出兵器の一部が、アマニア共和国の反政府組織、アマニア人民戦線に渡っているのだ」

 カオ少将が、『中華』から一本を抜き出した。

「なるほど。理解しました」

 独裁者ネイサン・ムボロ将軍によって支配されている東アフリカの内陸国、アマニア共和国。ここは、台湾を独立国家として承認し、中華人民共和国と国交を持たない『奇矯』な国家のひとつである。アマニア人民戦線がどんな連中なのかは詳しく知らないが、その存在がムボロ将軍に打撃を与えているのであれば、台湾としてはなんとしても兵器供給を阻止したいはずだ。

「この国には、党の方でも工作を仕掛けているようだ」

 カオ少将が、続けた。

「アマニア人民戦線は、決して親中派ではないが、政権を奪取すれば当然台湾と断交し、我が国との国交を回復させるだろう。あの国の資源は、魅力だからな」

「たしか、レアメタルの産地だと……」

 アリシアは、記憶を掘り起こしてそう言った。第五処が作成した、アフリカにおける希少鉱物資源に関するレポートで、読んだ覚えがある。

「そうだ。ニオブとタンタルが見つかっている。どちらも、我が国では産しない。ムボロ将軍は、これをコンゴ民主共和国経由でヨーロッパや台湾に輸出している。昔は、ケニア経由で貿易を行っていたが、ケニアが我が国と親密になったおかげで輸送ルートを変更するはめになった」

「コンゴ民主共和国も、我が国の友好国なのでは?」

「もちろんだ。だが、アマニアは先の第二次コンゴ戦争でコンゴ政府軍を支持したのだ。まあ、犬猿の仲であるウガンダが反政府側を支持したことと、コンゴ東部に独立国家ができれば西側の国境が脅かされかねないという打算のうえだろうが。そのせいで、コンゴ民主共和国政府はアマニアに頭が上がらないのだ。大西洋までは距離があるが、キサンガニまでトラック輸送すれば、あとはザイール川……おっと、今はコンゴ川だったな……で船を使えるからな。ま、とにかく」

 言葉を切ったカオ少将が、ダンヒルのライターで『中華』に火を点けた。深々と一服吸い込んでから、続ける。

「上海に行って、公安部の連中に手を貸してやってくれ。君なら、グーのやり口にも精通しているだろう。グーがターゲットにしたコンテナ船は、先日上海を出港した。奴がその前に工作を行った可能性を考慮し、上将にはすでに対策を具申しておいた。君はとにかく手がかりを集め、グーが具体的に何をしたのか突き止めてくれ」

「承知いたしました」



 シオとシャオミンを乗せたコンテナ船『宝鶏』は、ミャンマーの西岸を北上し続けていた。地理的には、広大なベンガル湾の奥に入ってゆく格好である。

「おっと! 変針したのであります!」

 シオは体内のジャイロでコンテナ船の進む方向に変化が生じたことを知った。ゆっくりと、東の方に船首を向けている。

「少し前に北緯十九度線を超えたわよね。とすると、チャウピュに寄港するらしいわね」

 眉根を寄せた心配顔で、シャオミンが言う。

「知らない港なのであります!」

 シオはそう言った。事前にロードされた資料には、ミャンマーに関するものは皆無だったから、当然である。

「ミャンマー本土に寄り添うように位置するラムリー島の北岸にある港よ。最近、中国人がやたらと入り込んでいる。近くにあるマデイ島には、中国の原油基地が建設されたわ。ここから、はるばる昆明クンミンまでパイプラインを敷設したし」

 シャオミンが、ざっと解説してくれる。

 幸いなことに、時刻は夕暮れ時であった。シオはシャオミンの許可を得ると、そっとコンテナから抜け出した。船員や保安要員の姿がないことを確認してから、海の様子を窺ってみる。

 コンテナ船は、船首を真東に向けていた。右手には、低層の建物が密集している辛気臭い小都市が見えた。これが、チャウピュの街なのだろう。左手には、緑色の島がいくつか見える。

 コンテナ船は、ゆっくりとした速度で南東方向に針路を変えつつ、小島が浮かぶ湾を進んでゆく。と、前方に一隻の船が現れた。どうやら、ミャンマー海軍のミサイル艇のようだ。シオは艦種を識別しようとしたが、メモリー内に該当の艦艇はなかった。全長は五十メートルに少し欠ける程度。上構の前にAK230 (30ミリ/リボルバーカノン連装の艦載機関砲)が一基、後部には中国製C802対艦ミサイルのボックスランチャーが二基見える。

 コンテナ船は、減速しつつ右手前方に見える島に向かっていった。コンクリートの桟橋に、三隻の小型コンテナ船が接岸しているのが判る。

「うぉっ! あれはジュリエットとシエラとウィスキーなのです! スカディちゃんも亞唯ちゃんもベルちゃんもいるのです!」

 シオは嬉しくなった。

 埠頭はまばゆいばかりの照明で明るく照らし出されていた。数十名の人影が、その中で動き回っている。シオはズームモードにして調べてみた。……どうやら、兵士のようだ。肩にはライフルのようなものが認められるし、動き方も埠頭作業員のそれではない。

 シオは埠頭の南側に視線を転じた。こちらは、原油基地のようだ。トラス構造の橋と送油パイプを組み合わせたような、オイルタンカー用の海上タンカーバースがあり、赤い屋根の建物群の向こうには、白く巨大な円柱状の石油タンクの群れが並んでいる。

「こちらS1。S2、聞こえるかしら?」

 いきなり、シオの無線機に声が飛び込んできた。英語で、覚えのない符丁を使っているが、この声は紛れもなくスカディのものだ。となると、S1はスカディ、S2はシオのことなのだろう。

「こちらS2。聞こえるのであります」

 シオは出力を極力絞ると、応答した。

「ブラボーについて報告を」

「当たりだったのです! あたいが本命を引いたのです!」

「了解したわ。ジュリエット、シエラ、ウィスキーはいずれも外れだったわ。S2はそこを動かない方がいいわね。S1、A、Bがそちらへ向かって合流します」

 安堵の気配がこもった声で、スカディが言う。

「危険ではないのですか?」

 シオはそう訊いた。シオの乗る『宝鶏』は岸壁に静々と近付いている最中であり、シオの眼には埠頭を警備する兵士たちの姿がはっきりと見えていた。緑色の戦闘服を着こみ、肩にG3自動小銃を掛けている。中国人には見えないので、おそらくミャンマーの陸軍部隊だろう。

「大丈夫。埠頭の警戒は厳しいけど、船には近付いて来ないから。以上、通信終わり」



 スカディ、亞唯、ベルの三体が『宝鶏』に乗り込んできたのは、四十分後だった。

 コンテナのあいだに三体を連れ込んだシオは、手早く報告を行った。

「よくやったわ、シオ。しかし、空対空ミサイルまであったのは、意外だわね」

 スカディがシオを褒めつつ、眉根を寄せる。

「なぜチャウピュに寄ったのでしょうか?」

 シオは尋ねた。今の処、貨物の積み下ろしも人の乗降も行われていないようだ。

「最初に到着したのは、当然わたくしでしたわ」

 スカディが、話し始める。

「ミャンマー陸軍部隊が居るのを見て、てっきり船内の徹底捜索が行われると覚悟して、とりあえず船を降りましたわ。密輸船でなかった以上、残っていても仕方ありませんからね。でも、捜索は行われなかった。どうやら、中国側は密輸の件がミャンマー側に知られるのを危惧し、船には近寄らないように要請しているようね。そのうち、シエラが入港したので、亞唯と合流したわけ」

「わたくしも、スカディちゃんに無線で呼ばれたので、ウィスキーを降りたのですぅ~」

 ベルが、話を引き取って言う。

「中国側は、何を企んでいるのでしょうか?」

 シオは首を傾げつつ訊いた。

「ミャンマーの連中は、何かを待っている感じなんだ」

 亞唯が、推測を述べる。

「たぶん、中国人が来るんじゃないかな。保安要員の増員か、船内捜索要員だろう」

「それにしては、来るのが遅いような気もしますが!」

 シオはそう言った。ミャンマーと中国は、国境を接した隣国同士である。軍用輸送機を飛ばせば、数時間で来られるはずだ。

「機密保持のことを考えると、田舎の駐屯部隊においそれと任せるわけにもいかないでしょう。それで、時間が掛かっているのではないかしら」

 スカディが、そう推理する。

「なるほど! で、これからどうするのでありますか、リーダー?」

 シオは尋ねた。

「ブラボーが本命だと判明した以上、他の船には用はないわ。タンゴが来たら、雛菊にも降りてもらって合流しましょう。本命の密輸船を特定する、という任務自体はすでに果たしたのだから、今後発見される危険性を考慮すれば船を降りてチャウピュに全員で留まるのも手だけれど、ここから日本に帰る手段が思いつかないのが難点ね」

「なら、全員でこの船に隠れるというのはどうでしょうか?」

 シオはそう提案した。怪訝そうな三体に、シャオミンとその偽装コンテナのことを説明してやる。

「……胡散臭い女だな」

 聞き終えた亞唯が、そう感想を述べる。

「とりあえず、悪いアイデアではないわね」

 スカディが、言う。

「そのお姉さんが、わたくしたちを受け入れてくれるといいのですがぁ~」

 ベルが言って、ボディを横にぴょこぴょこと揺らした。

「大丈夫なのです! シャオミン姉さんとはすでにマブダチなのです! とりあえず、会いに行くのです!」

 シオは自信ありげに言い切った。



 シャオミンは迷惑顔ながら、AI‐10の増員を受け入れてくれた。

 雛菊も含めた五体のAI‐10が入ると、偽装コンテナの内部は一杯となった。

「ご協力、感謝いたしますわ」

 リーダーとしてスカディが、改めて礼を述べる。

「失礼な言い方かもしれませんが、女性の身でこんな危ない任務を引き受けられるとは、凄いのですぅ~」

 ベルが、感心したように言う。

「あなた方ほどじゃないけど、身体が小さいからね。それと、少食だから消費物資も少なくて済む。それに……」

 言葉を切ったシャオミンが、凄みのある笑みを浮かべた。

「保安要員に発見された場合、女なら即座に射殺されることはまずないからね。色々と、利用価値があるし。その点、男よりも有利だわ」


 シャオミンが睡眠を取ると宣言したので、AI‐10たちは彼女が横になれるスペースを作った。一体が見張りとしてコンテナの外に出て、残る四体もコンテナ内の物資……大半は、シャオミン用の食料と水だ……の包みを頭に載せたりして、省スペースに貢献する。

 夜明け前に、進展があった。見張りについていたベルが戻ってきて、埠頭が騒がしくなったと報告する。

 シャオミンを含む全員が、偽装コンテナを出た。コンテナの陰に身を隠しつつ、埠頭を窺う。

 迷彩戦闘服に身を包んだ百五十名ほどの新手の兵士が、整列していた。ほぼ全員が、ブルパップ方式の突撃銃、95式自動歩槍と、そのSAW(分隊支援自動火器)タイプであり、75発ドラム弾倉を備えた95式汎用機槍を装備している。

「中国陸軍の特殊部隊っぽいな。練度が高そうだし、戦闘服のサイズも合ってる」

 亞唯が言う。徴兵制の軍隊にありがちな、だぶだぶだったり寸足らずの戦闘服を着ている者はひとりもいない。

 艶消し黒のヘルメット姿の兵士たちが、五つに分かれた。それぞれ三十五名ほどが、駆け足で五隻のコンテナ船に向かってゆく。

「ほぼ一隻に一個小隊やな。中国流に言えば、一個排やな」

 雛菊が言って、身を縮めた。

「どうやら、徹底捜索ではないようね」

 ほっとした表情で、スカディが言う。徹底捜索ならば、他の四隻に警戒要員だけを入れて、残りの主力全員を投入して一隻ずつ探させるはずだ。兵力を五分する必要はない。

「とにかく、隠れるのですぅ~」

 ベルが言って、真っ先に偽装コンテナに戻った。残りの者が、続く。



 それぞれ一個小隊の完全武装保安要員を追加したコンテナ船は、ジュリエットから順番に桟橋を離れ、航海を再開した。今回は二時間の間隔で、夕方までに最後尾のタンゴまですべてが一日で海に出る。南西微南に方位を取ったコンテナ船たちは、セイロン島の南を目指し、ベンガル湾を進んだ。


 第八話をお届けします。

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