第六話
ROCHIが案内してくれた潜伏場所は、船首付近に積み上げられたコンテナのあいだにあった。
大型のコンテナ船の場合、デッキ上にはコンテナを保持し、また荷役作業を円滑に行うための足場ともなるラッシングブリッジと呼ばれるキャットウォーク状の構造物があるのが普通だが、小型船である『宝鶏』にはない。三段に積み上げられたコンテナのあいだにある狭い空間は暗く、隠れるにはもってこいであった。船員が近付いてきたら、逆方向に逃げてしまえばいい。
すぐ近くには、リーファーコンテナ(冷凍や冷蔵用の保温コンテナ)が使用するリーファーコンセントがあった。これで、いつでも好きな時に充電することができる。ROCHIも、これを利用していたようだ。
シオは接続ケーブルを取り出すと、ROCHIに繋いだ。これまでに彼……彼女かもしれないが……が収集した、この船や船員、保安要員に関するデータをロードしてもらう。
「保安要員は五人でありますか。これは用心せねば」
もらったデータを咀嚼しつつ、シオは呟いた。
「では、明るくなる前にさっそくいくつかコンテナを開けてみるのです」
シオは右胴に括りつけてあったボルトカッターを、取り出しやすいように胸の前に移動させた。接着剤の入った雑具入れ以外の装備を外し、コンテナのあいだに押し込んで隠す。
通常、コンテナ船は船倉内とデッキ上の二か所にコンテナを積載する。積み込みの都合上、先に積み込んだコンテナが船倉内、後から積み込んだコンテナがデッキ上に置かれることとなる。入港先が一か所ならば、積み込みの順番はそれほど重要ではない。しかし、複数個所に寄港してコンテナを降ろす場合は、充分に考慮し計画を立てたうえで積み込みの順番を決めなければならない。コンテナはひとつでも多く運べるように、さながらマインクラフトのブロック並みにみっしりと積み込まれており、『下』の方に置かれているコンテナを『掘り出す』には、上にあるコンテナをすべて退かすしかないからだ。
この船が最初に寄港するのはキファリア共和国の主要貿易港、バンダリカーサである。そのあと、アフリカ大陸の南半分の海岸線をなぞって『J』字を描くように、ダルエスサラーム、ベイラ、マプート、ダーバン、ルアンダなどにも寄港する予定となっている。密輸兵器類は、すべてバンダリカーサで荷揚げするはずだから、探すべきコンテナはデッキ上にあるはず、とCIAは予測していた。
「とりあえず、この辺で探すのです!」
シオは適当にコンテナを選んだ。三段に積み重ねられたコンテナの、最上部の一個だ。高い位置にあるから、細工してもばれにくいだろう。
「見張りはよろしくなのです、ROCHI殿」
シオはROCHIにそう頼むと、ラッシングバーを手掛かり足掛かりにして、よじ登り始めた。適当なところでしっかりと足場を確保してから、ボルトシールをボルトカッターで切り始める。切断したボルトシールを雑具入れにしまい込んだシオは、コンテナのロックを外した。外開きの扉を、そっと開けてみる。
中には茶色い段ボール箱がぎっしりと詰まっていた。黒い『lenovo』のロゴが見える。……どうやらパソコンのようだ。
「外れなのであります」
扉を閉めたシオは雑具入れから切断したボルトシールを取り出すと、接着剤でくっつけて、開けたことがばれないように細工した。
「次、いってみるのです」
シオは横方向へ移動した。ラッシングバーが邪魔して扉を開けにくいものは避けて、二つ右にあるコンテナを選ぶ。
ボルトシールを切断し、コンテナのロックを外す。
今度も外れであった。先ほどよりもはるかに大きな段ボール箱が、詰め込まれている。青い帯に中抜きで、『Haier』の文字。270lとか書いてあるから、多分冷蔵庫だろう。
「今度も家電ですか! この船は、囮の方なのでしょうか?」
シオは首を捻りつつ、ロックを元通りに偽装すると、右下のコンテナに移動した。ボルトカッターを、ボルトシールにあてがう。
ぽろっ。
ろくに力を込めていないにも関わらず、ボルトシールが二つに分かれた。
「あらら、なのであります」
シオはボルトカッターを小脇に挟むと、切れてしまったボルトシールをしげしげと眺めた。明らかに切断された跡があり、その上に透明な何かが付着している。……誰かが切って、そのあと接着剤か何かでくっつけたように見える。
「……間違えてベルちゃんが潜入した船に降りてしまったのでしょうか?」
そうつぶやいたシオだったが、人工知能の方はその可能性が皆無であることをとっくに計算済みだった。となると、誰か別な者が意図的にボルトシールを切り、そして接着したとしか考えられない。そして、その目的はおそらくシオと同じ……コンテナの中身の確認だろう。
「とりあえず、中身を確かめるのであります!」
シオはロックを外すと、扉をそっと開けた。
人間ならば、すぐに『当たり』だと気付いたろう。扉が開いたとたんに、中から濃厚なガンオイルの匂いが漂ってきたからだ、だが、AI‐10の嗅覚センサーはそこまで鋭くない。
中に詰まっていたのは、真新しい木箱だった。黒いブロック・レターで四桁の数字が書いてあるだけで、中身が何かは判らない。
「怪しいのです!」
シオは一番上のひとつをちょっと引っ張り出してみた。かなり重い。四十キログラムはあるだろう。単なる木箱ではなく、あちこちに金具がついている。上蓋は、蝶番で開くようになっているようだ。
雑具入れの中からマイナスドライバーを出したシオは、上蓋をこじ開けてみた。隙間から、中を覗く。
銃口と、照門が五つ見えた。……アサルトライフル十丁入りの木箱だろう。
「ビンゴなのであります!」
シオは何枚かスチール撮影すると、すべてを元通りに直した。さらに数か所のコンテナを調べる。二か所が当たりだった。ひとつには80式汎用機関銃……ロシアのPKM汎用機関銃のコピー……が入った細長い木箱がぎっしりと詰まっており、もうひとつには緑色の保護キャップが特徴的な82‐2式手榴弾が三十個入った木箱が大量にあった。
シオはすべてを元通りにすると、ROCHIとともに隠れ場所に戻った。
翌日の深夜、シンガポールのパヤ・レバー空軍基地からアメリカ空軍のMQ‐9リーパー無人偵察機が飛び立った。……実に一万五千キロメートル彼方の、ニューメキシコ州ホロマン空軍基地から衛星軌道経由で遠隔操縦されて。
高度四万フィートを時速三百キロメートルというゆっくりとした速度で、MQ‐9は夜のマラッカ海峡をのんびりと飛行し、約二百五十キロメートル間隔で北西方向に進んでいる三隻のコンテナ船……タイバイ、バオジー、ウーシンを追った。
「そろそろ時間なのです!」
シオはそろそろと隠れ場所から這い出した。支給されているSHF無線機……本体は、古い型式の携帯電話ほどの大きさだ……を取り出し、船首に向かう。
すでに、報告すべき事項はデジタルデータ化のうえ圧縮して入力済みだ。シオは、無線機のアンテナ部を真上に向けて待ち構えた。SHF(センチメートル波)は極めて指向性の高い電波であり、傍受されにくいが、障害物があると電波が妨害されてしまうという欠点がある。通信相手のドローンは、あらかじめ取り決められた正確な時間にコンテナ船の真上を通過する手筈になっている。指向性の高い電波を送る以上、角度や送信のタイミングを間違えると、受信してもらえないおそれがある。
「今なのです!」
シオは送信ボタンを押した。
MQ‐9は三隻のコンテナ船から送られた電波をすべて受信し、メモリー内に蓄えた。衛星通信を使えば、極めて安全に受信内容をホロマン空軍基地に送信できるが、空軍側はあえてそれをやらなかった。MQ‐9の今回の飛行は、『海賊対策』を隠れ蓑にして行われているのだ。何らかの組織がこの飛行を監視していた場合、通信量の変動を察知し、怪しむ可能性はゼロではない。……まあ、実際はゼロに等しいのだが、急いで分析や対応が必要な情報ではない以上、安全策を取る方が利口というものだろう。
「四隻目……ブラボーが本命だったのね」
CIA作戦本部がまとめたレポートを前に、メガンがぼそりと言った。ちなみに、このレポートを含む一連の暗号通信は、陸軍主導の特殊作戦訓練の一環に見えるように、陸軍のフォートブラッグ基地経由で送られてきた。
「スカディたちは全員上手くやったようですね。さすがだな」
レポートをめくりながら、アルが言った。
「シオの報告にあった、あらかじめ切られていたシールボルト、というのは気になるわね」
メガンが、赤毛頭をぽりぽりと掻いた。
「通常のコンテナなら、窃盗を疑いますけどね」
アルが、言う。
「どこかの誰かが、武器の横流しをした可能性はあるわね。でも、一番ありそうなのは、わたしたちと同じことを考え、ブラボーに忍び込んでいる奴がいる、というものだわ」
「同意したいところですが、どうやって? 我々だって、大掛かりな準備と特殊兵器と日本側の協力があって、初めて潜入に成功したのですよ? こんな芸当ができる連中が、他に居ますか?」
アルが反駁する。
「……準備に充分な日数を掛けることができれば、工作員か軍用ロボットの事前潜入は可能だったでしょう。わたしたちは時間が無くて、断念したけれど」
「確かにそうですが。じゃあ、いったい誰が……」
言いかけたアルが、メガンと顔を見合わせた。
中国の武器密輸阻止を望む国。中国国内において多数の工作員を活動させている国。そして、その能力においても高い評価を与えられている国。
ひとつしか考えられない。
「念のため、次の通信時に、シオに警告しておきましょう」
「他のコンテナ船にも潜り込んでいる可能性がありますよ」
アルが、指摘した。
「そうね。全員にしましょう。……本部の指示も仰ぎたいところね。もし本当に工作員が潜入しているのならば、本部の方で手を回してもらう必要がありそうだし。とりあえず、ここの後始末はマリンズ中尉に任せて、わたしたちは移動しましょうか。大使館で報告もしたいし」
臨検には、CIA代表として二人も立ち会う予定である。観光客に偽装して、タイの国内線でバンコクのスワンナプーム国際空港まで移動。そこからタイ国際航空でオマーン国のマスカット国際空港へ。さらにオマーン・エアの国内便で南西部の海岸にあるサラーラへ飛ぶ。同市から北に七十キロメートル行けば、アメリカ空軍も利用しているオマーン王国空軍スムライト基地がある。そこから海軍のヘリコプターに拾ってもらい、ソマリア北部沖合にいる臨検戦隊に向かう手筈になっている。
「マーム。緊急電が入りました」
パテル曹長が、あわただしく部屋に入ってきた。訝し気な表情を浮かべるメガンに一枚の紙を手渡し、一歩後ろへ下がって直立不動の姿勢を取る。
内容を読んだメガンの顔に、困惑の色が広がった。
「どうしたんです?」
アルが、紙を覗き込む。
「ジュリエットとシエラが、変針していないのを確認したわ」
メガンが、答えた。
AI‐10たちが潜入する前までは、リアルタイムでコンテナ船の位置把握を行っていたアメリカ側だったが、これ以降は通信時に正確な位置が判れば問題ないので、AIS(自動船舶識別装置)の電波に頼って位置の確認を行っていた。国際条約により、一定トン数以上の外洋船舶には搭載が義務付けられているAISだが、海賊対策などの正当な理由があれば停波することは認められている。ジュリエットとシエラは、おそらくマラッカ海峡とその近く……アジアにおける海賊頻出地帯である……では、停波していたのだろう。それが再び電波を発したところ、予想外の場所にいることが判明したのだ。
「本来ならば、バンダ・アチェの沖を通過したところで西に変針し、スリランカの南を通る航路に入るべきところを、アンダマン海を北北西に向かってるわ」
「北北西。インドにでも寄るつもりかな」
アルが、首を捻る。
「NESA(CIA情報本部の近東・南アジア分析部)の連中は、ミャンマーだと分析しているわ。ヤンゴン40% チャウピュ30% シットウェ15% その他15%ね。単なる寄り道なのか、こちらを幻惑させる手なのか、あるいは作戦を勘付いて逃げ込もうとしているのか……」
メガンが、考え込む。
「いずれにしても、手は出せませんね」
悔し気に、アルが言う。
「とりあえず様子見しかないわね。バンコク行きは中止。もうしばらく、ここに居ましょう」
シャオミンは、そのロボットの存在に早くから気付いていた。
姿は見ていないが、作動音からして多脚タイプの小型ロボットだということは推測できた。おそらく、警備用に乗せられた軍用ロボットだろう。
かすかなかしゃかしゃという音を聞きつけたシャオミンは、回れ右をしてコンテナのあいだを戻り始めた。厄介な相手だが、見つからなければどうということはない。隠れるところはいくらでもあるし、一体だけなので逃げるのはた易かった。
すっかり闇に慣れた目で足元を確認しながら、シャオミンは素早くコンテナの角を曲がり込もうとして……慌てて足を止めた。
小柄なロボットが、突っ立っていた。まるで線画のようないい加減な顔の造作が、驚きの表情を形作っている。
……しまった。
シャオミンは、背中に隠した自動拳銃……コルト・マスタングを抜きかけたが、すんでのところで思い止まった。最終手段としての護身用として持ってきた武器なので、当然サプレッサーが付いていないから、撃てば保安要員が駆けつけてくる。そうなれば、任務は失敗だ。見た目からして、このロボットは警備用ではないだろう。ギャレーかどこかで働く家事ロボットに違いない。ここは、上手くごまかして切り抜けるべきだ。いざとなったら、海に放り込んでしまえばいい。
「こ、こんばんは」
引きつった笑顔であることを自覚しつつ、シャオミンは北京語で挨拶した。
ロボットは返答しなかった。驚きの表情のまま、なぜか右腕だけ前に突き出した状態で固まっている。
シャオミンは、ロボットの体重を見積もった。身長は一メートルほどしかないが、かなり太めの体形である。最低でも四十キログラム以上はあるだろう。単純に突き飛ばしただけでは、海に落とすのは難しいはずだ。上手く騙して、船縁に誘導できれば……。
と、いきなりロボットが喋った。十代前半の少女のような、甲高い声であった。
「判ったのです! お姉さんは、密航者さんなのですね!」
第六話をお届けします。




