第五話
メガンとジョーに『引率』されて、アメリカ空軍横田基地に向かったAI‐10たちは、そこからC‐37A(ガルフストリームV)に乗せられ、ノンストップでバンコク市内にある国際空港兼用のドンムアン空軍基地まで飛んだ。そこでアメリカ空軍のC‐130J‐30に乗り換え、マレー半島を横目に見ながら淡い瑠璃色のタイランド湾を南下する。
目的地であるスラートターニーは、マレー半島東岸にある目立つバーンドーン湾の奥に位置している。タイ王国空軍基地は、市街地の西方二十キロメートルほどの処にあり、民間空港と兼用となっていた。
着陸したC‐130は、一本しかない滑走路の北西側にある軍用区画に駐機した。出迎えてくれたのは、二人の空軍憲兵を伴ったアルであった。
「くそ暑い地へようこそ」
笑顔でアルが言う。確かに暑かった。シオの外皮センサーが、たちまち三十度超を記録する。
アルが案内してくれた小さな倉庫の中に待ち受けていたのは、いかにも特殊作戦タイプの二人のアメリカ人男性だった。いずれも髪は坊主頭で、筋肉質。一切記章類が付いていない……階級章すらない……迷彩戦闘服を着用し、自動拳銃の収まったホルスターを下げている。
「第一特殊戦訓練グループ第2大隊のマリンズだ。こちらは、パテル曹長」
背が高く、教養ありそうな風貌の士官タイプの男が、傍らのいかにも下士官タイプの猪首の中年を紹介する。
「空軍の連中と協力して、諸君らのサポートを行うように命令されている。よろしく頼む。さっそくだが、こいつの使い方を説明しておこう」
マリンズが、折り畳みテーブルの上から銀色のアルミ製らしいアタッシュケースほどの物体を取り上げた。表面にシュラウド・リングに覆われた直径五十センチほどのプロペラが付いている。その裏側の一隅からは、先端が太くなった金属棒がにょっきりと突き出ていた。オリーブドラブのナイロンハーネスのようなものも、付属している。
「これは訓練用のダミーだが、重量などは本物と同一だ。正式名称はいまだないが、俺たちは『ゼロ・ハリバートン』と呼んでいる。誰か一人、来てくれ」
マリンズに手招かれ、亞唯が進み出た。パテル曹長が、『ゼロ・ハリバートン』を亞唯の背中に装着し始める。
「この箱の中に、バッテリー、制御装置、電動モーターなど一式が入っている」
パテル曹長がハーネスをしっかりと締めるのを待ってから、マリンズが説明を再開した。箱状の本体は、プロペラが後ろを向くようにして亞唯の背中に取り付けられている。そこから伸びた金属棒は、亞唯の左肩越しに前に突き出ていた。
「これが、エアデータセンサー兼シーカーヘッドだ。ここで得られたデータが、制御装置に伝わり、自動操縦に活用される。ラムエアパラシュートは、本体の上部に取り付ける。こちらも、自動開傘となっているから、安心してくれ。諸君らは、操作の必要がない。もちろん、開傘失敗に備えて、予備傘も携行してもらう。さて」
マリンズが、今度はテーブルから大きなハンドドライヤーのような物を取り上げた。
「これがレーザー発振器だ。近赤外線のYAG(イットリウム・アルミニウム・ガーネット)レーザーを使用する。本来ならば赤外線ビューワーを使って光束を確認し、目標への照射を行うんだが、諸君はその必要がないと聞いている」
ちらりとアルの方を見ながら、マリンズが言った。AI‐10ならば、パッシブIRモードを使って、赤外領域の波長のレーザー光線を視認するなど造作もないことである。
マリンズが、レーザー発振器から伸びている太いコードを亞唯が背負う箱に繋いだ。亞唯が、渡されたレーザー発振器を手にする。
「なんだか、B級SF映画に出てくる、やられ役ロボットのようですわね」
スカディが言って、ころころと笑った。
待機場所として与えられた小部屋に引っ込んだAI‐10たちは、渡された武器類を点検した。
与えられた拳銃は、ルガー……LではなくRの方……のP95だった。弾薬はおなじみの9mm×19で、装弾数は十五発。予備弾倉一個と、五十発が収まった箱ひとつが配られる。
亞唯には注文通りサブマシンガンが与えられた。MP5K……これもおなじみのMP5のコンパクト版……で、長い三十発箱弾倉が付いている。もちろん、予備弾もたっぷりと付いてきた。
ベルもC4を受け取って喜んでいた。2.5ポンドブロックが八本……約九キログラムだ。
「みんな、聞いてくれ。コンテナ船は推定通り一隻ずつ出港を開始したよ。最初はジンニュウシャン……ジュリエットだ」
待機部屋にやってきたジョーが、告げた。
「あら。まずわたくしですのね」
スカディが、意外そうな表情で言う。
「さすがに最初の船は外れだろ」
亞唯が、そう推測する。
「スカぴょんだけに、スカなんやな」
雛菊が、笑いながら言った。
翌日から、訓練が始まった。まず最初にやらされたのが、レーザー照射の練習だった。格納庫の一棟を借りて、十数メートル先の床に置かれた移動するコインに光束を当て続けるという児戯同様のものである。コインにはパラコードが結びつけてあり、その先を持ったジョーが引っ張るにつれて、床の上をコインがずるずると動いてゆくという仕組みだ。ちなみに、訓練に使われたコインは、ジョーが日本から持参した五円硬貨だった。穴が開いているからパラコードを結び付け易いし、手近で入手できるタイのコインには亡くなった名君、ラーマ9世の肖像が意匠として使われているのだ。誘導用レーザーとは言え、的当てに使っているのをタイ人に見つかったら、その場でしばき倒されかねない。
それが終わると飛び降りの訓練となった。航空機整備用の作業台の上に登ってから、床に飛び降りるという、これまた児戯っぽいものである。AI‐10たちは、すぐに衝撃を吸収しながら着地するテクニックを習得した。
C‐130Jは、整備に支障が出ない範囲で、連日のように飛行を繰り返していた。むろん、カムフラージュのためである。飛行した日時がコンテナ船団の最接近時とぴたりと重なっていれば、どんな間抜けであってもこの小部隊がコンテナ船団臨検作戦に関わっていたと推測できるはずだ。
CIAは、合衆国空軍及び海軍と協力して、上海を出港したコンテナ船五隻の監視を継続していた。RQ‐4グローバルホーク、MQ‐9リーパーなどの無人機と、謎めいたNOSS(海軍海洋監視システム)衛星を使い、常時位置を把握する。台湾海峡を抜けたコンテナ船は、広々とした南シナ海に入った。パラセル諸島の東を抜け、ベトナムに近付く。
一隻目のジュリエットが、北緯四度のラインを超えたところで、スカディと亞唯を乗せたC‐130Jが、夕闇迫るスラートターニー基地の滑走路から離陸した。二隻目のシエラは、約八時間遅れ……距離にして三百キロメートルほど後に続いているので、今晩のうちに両船に潜入するのである。残るシオ、ベル、雛菊は、二体の仲間とサポート役のアルとジョーを乗せたC‐130が、夕陽を浴びて真東へ……これもカムフラージュのひとつである……飛び去ってゆくのを見送った。
そのC‐130Jが戻ってきたのは、真夜中過ぎであった。降りてきたアルが、出迎えに出てきた皆に向かって、サムズアップをする。
「ジュリエット、シエラともにROCHIからの成功シグナルを受信したよ。無事潜入だ」
「良かったのであります! 明日はあたいたちの番なのですね!」
シオは喜んだ。コンテナ船は、ウィスキー、ブラボー、タンゴの順番で続いているのだ。
「明日というよりも、今夜ですねぇ」
ベルが控えめに突っ込む。深夜零時を過ぎて、すでに日付は変わっているのだ。
やがて夜が明け、太陽が昇った。シオ、ベル、雛菊の三体は、待機部屋でおとなしく時間を潰した。人間ならば、作戦前の待ち時間が長いとナーバスになったり興奮して休息不足になったりしがちだが、ロボットならそのような心配はない。
太陽がだいぶ西に傾いたところで、三体はようやく支度にかかった。といっても、充電はすでに済ませてあるし、わずかな装備の点検くらいしかやることがない。
迎えに来たジョーと共に、シオ、ベル、雛菊はC‐130Jに乗り込んだ。すでに乗り込んでいたアルが、ベンチシートに案内してくれる。マリンズとパテル曹長も、先に来てシートに座っていた。三体分の『ゼロ・ハリバートン』は、緩衝材にくるまれてネットで固定してある。
C‐130Jが離陸すると、シオは窓にかじりついた。タイランド湾は、薄れゆく陽を浴びて鉛色に鈍く光っている。何隻かの小さな漁船が、薄墨色の航跡を残して港へと戻ってゆく。
一時間ちょっとで、C‐130Jは作戦海域に到着した。高度一万フィートで、三隻目のウィスキー……ウーシンを探す。
「発見したよ! 準備はいいかい?」
インターコムでコックピットと連絡を取っていたジョーが、訊く。
「いつでもいいのですぅ~」
ベルが答えた。すでに、マリンズとパテル曹長の手によって、『ゼロ・ハリバートン』は装着済みだ。訓練用とは違い、闇に溶け込みやすい艶消しのチャコール・グレイで塗装されている。頭の後ろあたり……人間が装着する場合は背中の上部になるのだが、AI‐10の場合背丈が足りないからその位置になる……には、畳んで収納されたラムエアパラシュートが付けられていた。腰には西脇二佐謹製の浮き輪ベルトと自動拳銃のホルスター、肌身離さず持っている工具入れ、その他任務に必要な物品を納めた防水ケースが下がっている。胸の前には、C4二十ポンドを納めた防水袋。その下には、予備傘のコンテナがある。右胴には、ボルトカッターが括りつけてあった。足には、段ボール製のオーバーシューズのようなものを履いている。……着地の衝撃を和らげると共に、音をなるべく立てないようにする工夫である。
ジョーの指示で、ベルが後部ランプ前まで歩いた。控えていた空軍下士官が、後部ランプを開けるボタンを押す。マリンズとパテル曹長が、ベルの身体を支える。
「では、行ってくるのですぅ~」
ベルが笑顔で振り返り、別れの挨拶をした。人間ならば、ヘルメットとゴーグルが必須だが、ロボットなので頭部はむき出しのままだ。ただし、ベルの場合伊達眼鏡が落ちないように、きつめのスウェットバンドを巻いていた。
「ゴー!」
ジョーが合図を出し、マリンズとパテル曹長が手を放す。ベルが、とてとてとランプを駆け下り、漆黒の闇の中に身を投じた。空軍下士官が、ランプ閉鎖のボタンを押す。
シオの出番は、四十分ほどあとのことであった。ベルと同じように装備を付け……もちろんC4は無しだが……開いた後部ランプの前に立つ。
ジョーの合図とともに、シオは走った。ランプの端から、ぴょんと夜空に飛び出す。
南シナ海は墨汁並みに黒かったが、パッシブ赤外モードにすると、灰色の海面がはっきりと視認できた。その中に、白く輝いている点が見えた。……目標のコンテナ船、ブラボーだ。
このあたりの海水温は、三十度を超えている。高度が下がるにつれ、大気の温度もぐんぐんと上昇してゆく。
高度五千フィートで、誘導傘が解放された。主傘が引っ張られ、空気をはらんでゆく。シオの身体は開傘のショックでがくんと揺さぶられた。制御装置が起動し、正常に開傘したことを告げる。
シオはレーザー発振器のスイッチを入れた。適当に狙いをつけて、レーザーを放つ。パルス幅が短いので一本に繋がって見えるパルスビームが、夜空を切り裂いて伸びた。コンテナ船に当たっていることを確認してから……今はまだ狙いが不正確でも問題ない……誘導開始のスイッチを入れる。
各種データを分析するタイムラグがあってから、制御装置が本格的に自動操縦を開始した。コントロールラインが自動的に引かれ、降下の向きが若干変わる。
降下速度は、毎秒五メートル程度だ。着地……いや、着船までにはあと五分ほど掛かる。
眼下のコンテナ船が、徐々に大きさを増してゆく。視認されるのを避けるために、パラシュートはやや後方から、コンテナ船を追いかけるような形で接近していた。背中の電動プロペラが静かに回り出し、シオの位置を少し前に押し出す。
いつの間にか、積み込んであるコンテナの数を数えられそうなほど、シオは目標に接近していた。視覚を通常光学に切り替えると、後方を照らしている白い船尾灯がはっきりと認められた。船橋からは明りが漏れているが、航海灯以外は消灯しているようだ。パッシブIRに戻すと、船橋の後ろに積み上げてあるコンテナのひとつに、顕著な赤外線源が認められた。ROCHIの合図だ。シオは、レーザービームをそこに合わせた。
電動プロペラが回転を続け、シオはコンテナ船を追いかけるようにして降下を続けた。灰色に見えるコンテナの上に、赤外放射でやや明るく見えるROCHIの楕円形の姿がはっきりと視認できる。その脇に、CDケースサイズの赤外放射体が白く輝いている。シオはそこにレーザーを当て続けた。
着地予定コンテナが、ぐんぐんと大きくなってゆく。シオは着地に備えた。
ばふっ。
段ボール製オーバーシューズが潰れ、衝撃を吸収する。シオは素早くハーネスを外すと、ラムエアパラシュートを折り畳んだ。中に『ゼロ・ハリバートン』やレーザー発振器、オーバーシューズ、シート状の赤外線放射体などをくるみ込み、ひと纏めにする。コンテナの上を伝って左舷方向に歩んだシオは、不要となった装備を海に向かって放り投げた。
ROCHIが、腕をくいくいと振って手招きする。
「結構可愛いのであります!」
シオは内心でそう思った。見た目はゴキブリだが、動きには愛嬌があり、カニのようなある種の愛らしさが感じられる。
シオは身に着けた装備品が脱落していないことを確認すると、ROCHIについてラッシングバー(デッキ上のコンテナの固定に使用される金属棒)を伝い、下へと降り始めた。
第五話をお届けします。




