第二話
「……次です。先日東アフリカのアマニア共和国で発見された女性の遺体は、DNA鑑定の結果先月から行方不明となっていたイギリスBBC放送のテッサ・ファーガスン記者のものと判明しました。ロンドンから、及川記者がお伝えします……」
メインキャスターの顔が消え、おなじみのウェストミンスター宮殿を背景にしたロンドンのスタジオにいる特派員の映像に切り替わる。
「あー、やっぱり死んでたかー。ま、あんな国だからなぁ」
テレビを眺めていた聡史が、呟くように言う。
「あんな国、ということは、良くない国、という意味なのですか?」
聡史の左側で正座してテレビを見ていたミリンが、訊いた。
「良くないどころか、とんでもない国なのですよ、奥さん!」
その隣で暇を持て余していたシオは、ワイドショーの人気司会者の物真似でミリンに説明を始めた。
「アマニアの大統領はイディ・アミンばりの独裁者、ネイサン・ムボロ元将軍。政敵は自らの手で四肢切断しちゃうと噂されるほどの凶悪さ。さらにその上ショタ趣味の噂まである変態さんなのです! 反政府武装勢力が暴れていて実質的には内戦状態にある国なのです!」
「……ファーガスン記者の遺体を発見し、イギリス当局に引き渡したアマニアの反政府勢力、アマニア人民戦線のスポークスマンは、遺体の激しい損壊状態から、ファーガスン記者に対しアマニア政府当局者により拷問が行われたとする主張を行いましたが、アマニア政府側はこれを公式に否定、現地時間の今朝には情報省長官が会見を行い、ファーガスン記者の失踪および殺害に関し一切関与していないとの声明を発表しています。イギリスのピアース外務大臣は、この件に関し先ほど訪問先のユージニアで会見を行い……」
テレビでは、ロンドン特派員がレポートを続けている。
「それは怖い国ですね、センパイ」
ミリンが言って、身をぶるっと震わせる。
「ま、大きな声じゃ言えないが、サブサハラのアフリカなんてそんな政治指導者がごろごろしてるからなぁ。そんな国々に、他所の大陸の国が国益やら外交上の駆け引きやら単なる善意から金や技術や武器をほいほいと与えちまう。……状況がそうそう改善するわけないよな」
聡史が皮肉な口調で言う。
「そうなのですか。でもセンパイ、この方はあんまり変態さんには見えませんわね」
ミリンが、テレビに視線を向ける。画像はロンドン特派員から、ネイサン・ムボロ大統領……画面下にテロップが出ているので、ミリンにも判った……に切り替わっていた。東アフリカ人特有の、光沢のない黒い肌をした細身で長身の壮年男性で、顔立ちはハンサムと言っていい。頭一つ分背が低い東洋人男性と、にこやかに握手を交わしている映像だ。
「誰でありますか、あのおっさんは?」
シオは首を傾げた。
「ちゃんとニュースを聞いとれ。台湾の外交部長だ」
聡史が、シオの頭のてっぺんを指先でぽんと叩くという突っ込みを入れながら教えてくれる。
「は? 台湾はあの変態大統領と仲がいいのでありますか? 趣味が悪いのです!」
顔をしかめつつ、シオはそう言った。
「アフリカでは貴重な台湾と正式な外交関係のある国だからな。台湾にしてみれば、内戦中だろうと独裁政権だろうと関係ない。大切な『お友達』なんだよ」
聡史が、説明した。
「なるほど! 中華人民共和国ではなく、中華民国を正式な『中国』と認めている国なのですね!」
シオは納得した。
「なぜアマニアは台湾のお友達なのですか? 中華人民共和国が嫌いなのでしょうか?」
ミリンが、訊く。
「台湾の援助目当てさ。GDPだけで見れば、台湾も結構な大国だ。南アフリカやエジプトやナイジェリアやイフリーキヤよりもGDPは上。つまり、アフリカには台湾を上回る経済国家は存在しないんだ。工業技術水準も高いから、技術供与も期待できるしな。もちろん台湾と仲良くすれば、北京政府の機嫌は損ねることになるが、それを上回るメリットがあるわけだ。もっともアマニアの場合、対立している隣国のキファリアとの関係も大きいだろうな。あそこは、ばりばりの親中国家だから」
「敵の敵は味方、というやつですね!」
シオは再度納得してうなずいた。
「急な呼び出しですまない。また諸君の力を借りたい事態となった」
長浜一佐が、謙虚な姿勢で切り出す。
例によって、板橋区内の岡本ビルである。集ったメンバーも、いつもの通りだ。五体のAI‐10、長浜一佐、畑中二尉と三鬼士長のコンビ、それに石野二曹。
「ご命令とあれば、どこへでも参りますけれど……またCIAの下請け仕事、などという任務でなければ」
スカディが、言う。長浜一佐が、わずかにたじろいだ。
「なんや。図星かいな」
雛菊が、笑った。
「みんな、解散だ。あたしたちはマスターと日本のために身体張ってるんであって、アメリカさんのために頑張るわけじゃない」
亞唯が言って、パイプ椅子から立ち上がるそぶりを見せる。
「まあ待て。確かに今回の任務は、CIAからの依頼だ。だが、日本の国益に繋がる話だ」
AI‐10たちの反応に苦笑しながら、長浜一佐が続ける。
「前置きは判ったのです! 本題に入って欲しいのであります!」
シオはそう要求した。……まどろっこしいのは、苦手である。
「よろしい。石野君?」
長浜一佐が、石野二曹に合図した。石野二曹が、テーブルの陰から一丁のカラシニコフ系突撃銃を引っ張り出した。弾倉が装着されていないそれを、長浜一佐に手渡す。
「さて、諸君。これは何かね?」
長浜一佐が、AI‐10たちに良く見えるように、突撃銃を捧げ持った。
「中国の56式自動歩槍の輸出型だろ。フロントサイトの形状がオリジナルと違う。通常の銃剣装着タイプじゃないから、たぶん輸出用だ」
亞唯が、即座に識別する。
「ほぼ正解だ。だが、通常の輸出用ノリンコ製品はセレクターレバーの表記が『L』と『D』となっている。これは点三つと一つの表記だ」
長浜一佐が言いながら、右側のダストカバー兼用になっているセレクターレバーのあたりを良く見せてくれる。
「ほんとですねぇ~。中国っぽくないですぅ~」
ベルが、なぜか嬉しがる。
「この銃は細部に至るまで中国の国有企業である中国北方工業公司、つまりノリンコの製品と酷似しているが、ロゴマークは入っていない。シリアルナンバーもあるが、おそらくオリジナルだ。ノリンコも、中国政府も、これが中国製だとは一切認めていない。……このような銃器が、いまアフリカを中心にかなり出回っている。CIAは、中国政府の一部が密輸を行っている、と判断している。これを阻止する手伝いが、今回の任務だ」
長浜一佐が、その出自の怪しい56式自動歩槍を石野二曹に返した。
「何でわざわざ密輸を行うのですか? 中国は、国際社会の批判をものともせずに、兵器輸出を公然と行っているはずですが?」
シオは首を傾げつつそう訊いた。
「テロリストに兵器が流れることを防ぐために、通常兵器の輸出に国際的な制限を掛ける風潮になってきているんだ。2013年には、武器貿易条約、ATTの署名が行われ、我が国も批准した。中国は、署名すらしていないがな。詳しくは、彼女たちに聞いてくれ」
長浜一佐が、廊下の方へ眼をやる。
「……彼女たち。ということは、またメガンとジョーが来ているのですね?」
スカディが、ため息交じりに言った。
「やあみんな! また会ったね!」
元気よく挨拶しながら入ってきたのは、予想通りジョーであった。そのあとから、赤毛のCIA上級職員、メガンが入ってくる。
「またジョーきゅんなのでありますか」
シオはうんざり顔で言った。
「もうレギュラー扱いやな。いっそのこと、AHOの子ロボ分隊に入った方がええんちゃうか?」
雛菊が、誘う。
「それは遠慮しとくよ!」
笑顔で、ジョーが返す。
「状況を説明するわね」
AI‐10たちの前に立ったメガンが、切り出した。
「現在中国は、海路を利用してほぼ四か月に一回のペースで、大量の武器弾薬を密かにアフリカに送り込んでいるわ。東アフリカの友好国、キファリアにね。それら兵器類は、キファリア政府および軍が管理し、アフリカ各所に送り出されているの。推定では、約三割がそこから陸路または海路でタンザニア、エチオピア、ナミビア、マリ、ザンビア、ジンバブエといった国々に送られていると思われるわ」
「どれも中国の友好国ですねぇ~」
ベルが、言う。
「そう。非公式の軍事援助ね。そして約半数は、アフリカ各地の親西側国家の反政府組織に売却されていると推定されるの。これが、二番目に厄介な点ね」
「もちろん、親日国の反政府勢力にも売却されているはずだよ!」
ジョーが、補足した。
「売却ですかぁ~。中国の外貨獲得手段でしょうかぁ~?」
ベルが、訊く。
「いいえ。かなり安価に売っているようだから、むしろ反政府勢力支援のためでしょうね。親西側国家に対する牽制が主目的でしょう。もちろん、中国の息の掛かった反政府勢力が運良く政権を奪取してくれれば儲けもの、という思惑もあるでしょう」
「親中国国家に三割。反政府組織に五割。残り二割はどこだい?」
亞唯が訊いた。メガンが、表情を引き締める。
「これが、もっとも厄介な部分よ。残る二割は、国際テロリストに流れているらしいの。すでに、中東や南欧で行われたテロに、この中国製と推定される銃器が使用されたという報告が入っているわ。他のヨーロッパ諸国や、アジア各国で使われ出すのも時間の問題でしょうね」
「そう言えば、前回の任務でコリン・スーの部下が使っていたCQ M311も推定ノリンコ製の刻印なしバージョンでしたわね。キファリアから来たのかしら?」
スカディが、言う。メガンが、首を振った。
「それはたぶん、別ルートで入手したものでしょうね。このまま事態を放置すれば、親米アフリカ諸国の安定が損なわれてしまうし、国際テロリストに無制限に小火器が供給されることになる。憂慮した合衆国は、この密輸を阻止することに決め、中国側に水面下で働きかけを行った。だけど、中国側は合衆国の集めた密輸の証拠が薄弱であったことから、密輸行為を認めなかった。まあ、当然でしょうね。現状で合衆国が中国のこの行為を国際社会に暴露しても、泥仕合になった上に対中関係をむやみに悪化させるだけだわ。そこで、大統領はCIAに命じて、密輸の動かぬ証拠をつかむように命じたわけ。得られた証拠を突き付けて、密輸を断念させようというのよ」
「なるほど!」
シオは前のめりになって腰を半ば浮かせた。……話がどんどん『面白そう』になってきた。
「作戦としては、中国側に邪魔されないインド洋で合衆国海軍艦艇が待機。そこで中国船に対し臨検を行い、密輸の動かぬ証拠をつかむ、というものよ」
「臨検の法的根拠は?」
スカディが、すかさず訊いた。公海上での臨検行為は、国際法上むやみやたらにできるものではない。
「ちょっと苦しいけれど、武装商船イコール海賊の嫌疑、ということで。とりあえず、積み荷から怪しい武器がぞろぞろ出てくれば、どうあっても言い訳できないし。合衆国としては、できればこの件を穏便に済ませたいのよ。動かぬ証拠を突き付けられて、中国が密輸をやめればそれでよし。外交問題に発展させるつもりはないの」
「よく判ったよ。でも、その作戦だとあたしたちの出番はなさそうだけどね」
亞唯が、言う。
「ところがあるのよ。密輸に使用されるのはコンテナ専用船。通常は一隻が兵器類を満載して出港するのだけど、今回中国側は合衆国の妨害を警戒して、カムフラージュのために、通常の貨物コンテナも混載。さらにその上、ほぼ同時期に五隻の船を出港させる予定なの。兵器を積み込んでいるのは、そのうちの一隻のはず。つまり、四隻は無害な積み荷だけを積んだ囮なのよ」
「間違った船を臨検すれば、合衆国海軍が大恥をかいた上に、中国側の猛抗議を受けて、二度とインド洋で中国商船の臨検が行えなくなってしまうよ! どのコンテナ船が本命か、絶対に間違うわけにはいかないんだ! そこで、君たちの出番というわけさ」
ジョーが、力説する。
「コンテナ船は五隻。あなた方も、ちょうど五体。一体ずつ航行中のコンテナ船に潜入して、密輸兵器を積み込んでいるかどうか確認してほしいの」
AI‐10たち一体ずつの顔を順繰りに見ながら、メガンが説明する。
「CIAの能力を以ってしても、事前にどの船が本命か判らなかったのですかぁ~?」
ベルが、訊いた。
「ええ。努力はしたんだけどね。中国側のガードも固くて。すべての船に工作員を潜り込ませるために、コンテナに細工して中に人員を隠す、なんてプランもあったけど、それも時間がなくて断念したわ。コンテナ船が出港する港は上海なんだけど、そこの警備もかなりのものよ。そこで、警備が緩くなる航行中に潜入する方法に切り替えたわけ」
「……あたしたちじゃなく、特殊部隊に任せればいいじゃないか。SEALsとか、デルタとか。優秀な連中が山ほどいるだろうに」
亞唯が、指摘する。
「消費物資の関係で、人間を送り込むのは難しいという判断よ。送り込むのは、南シナ海を予定しているわ。そこから、臨検の予定地点であるインド洋西部まで、最低でも八日掛かる。その間の水と食料は、持ち込むしかない。船内で調達すれば、すぐに発覚してしまうからね。かなりの重量と容積となるわ。さらに、インド洋の気温などを考慮すると、特殊部隊員でもかなりきつい任務になる。ロボットなら、消費電力を押さえつつ待機できるし、場合によっては盗電も可能でしょう。あなたたちなら大きさもコンパクトだから、隠れるのにも都合がいいし」
「別に、わたくしたちでなくとも、アメリカには優秀な軍用ロボットがいるのではないでしょうかぁ~」
ベルが、言った。
「そうなのです! ジョーきゅんのお仲間など、こんな任務に最適ではないですか!」
シオはジョーを指差して言った。外見は他のAI‐10と同じジョーだが、その『中身』は高度な光学迷彩機能を備えた偵察ロボット、HR‐2000なのである。
「残念だけど、HR‐2000は数が少ないんだ! 高価だしね! 詳しくは言えないけど、ボクの仲間は今全員任務で出払っているんだよ!」
自慢げに、ジョーが言う。
「今回の任務、結構複雑なのよ」
メガンが、説明を始めた。
「おそらく船員たちは、自分たちが運んでいるコンテナの中身が兵器なのか、無害な貨物なのか知らされていないはずよ。だから、単純な偵察監視だけじゃ、証拠はつかめない。船長室の金庫をこじ開けられれば、別でしょうけどね。一番確実なのは、コンテナの封印を解いて、中を検めること。これは、平凡な能力しか持っていない偵察ロボットの手には余るわ。もちろん、高機能軍用ロボットなら可能だけど、彼らはいずれも大型で、秘匿性に乏しい。民生用のヒューマノイドロボットに軍用プログラムを与えて送り込む手もあるけど、大抵は人間サイズであなたたちよりも大きくて重いし、なにより経験不足だわ。すでに困難な任務をいくつも成功させてきたあなたたちなら、船内にこっそりと潜んで調査を行うくらいやってのけるでしょう。ということで、この任務を依頼したわけ」
「それだけの能力はあるものと自負していますが、いささか不安ですわね」
スカディが、顔をしかめた。ロボットが『感じる』『不安』は、つまるところ『計算によれば失敗の可能性が無視できないレベル』という意味である。
「やむを得ずチームを分割して行動したこともありましたが、わたくしたち、ほとんどの任務を全員一体となって行ってきたのですわ。力を合わせたからこそ、数々の任務を成功させられたと考えられます。作戦が各員の単独行動という今回の任務、かなり難しいと思いますわ」
「せやなぁ。みんなでバックアップし合って、助け助けられしてなんとかやってきたもんなぁ」
雛菊が、感慨深げに言う。
「あたいも不安なのです! いざという時にスカディちゃんの冷静な判断や、亞唯ちゃんの援護射撃や、ベルちゃんの爆破技術や、雛菊ちゃんの鋭い突っ込みが得られないと考えると、二の足を踏まざるを得ないのであります!」
シオは大真面目に言い放った。
「ほんまやで。いざという時にシオ吉のボケがあってこその、AHOの子ロボ分隊やで」
雛菊が、笑った。
第二話をお届けします。




