第二十七話
「命中した! 爆撃開始!」
三缶目がモーターヨットを直撃したことを観測した亞唯は、高らかに叫んだ。
MV‐22Bが、ぐっと機首上げ姿勢を取る。スカディ、シオ、ベル、雛菊、ジョーの五体のAI‐10が、わざと不安定な積み方をした六十個の段ボール箱を、力任せに押した。キャビン後部に積み上げた段ボール箱が、崩れ落ちるようにしてランプから機外へと放り出されてゆく。
適度に切り込みを入れられていた段ボール箱は、空中に出るとその形状を保持しきれずに、分解を始めた。中に納まっていた二十四個の二十オンス缶が、落下しながらばら撒かれる。……さながら、クラスター爆弾の子弾のように。その数、実に千四百三十七缶。
二十オンス缶の雨は、ほぼ長半径三十メートル、短半径十五メートルの楕円を形作って海上に降り注いだ。全長五十フィート……十五メートルちょっと……のモーターヨットは、この楕円の中にすっぽりと入った。
ほぼ一平方メートルに一個の割合で、二十オンス缶がモーターヨットに降り注いだ。
スハルヤディが叫んだ『遮蔽物の下に入れ』という指示は、裏目に出た。甲板上でM‐16を構えていた部下八人のうち、五人が反射的にしゃがんだり、膝をつくなどして身を低くし、水平方向からの銃撃に備える体勢を取ってしまったのだ。別の一人は、なんと甲板上で伏射姿勢となった。もちろんこれらは、まずい対応である。……『被弾』する確率を、増大させただけなのだから。
二十オンス缶の重量は、約三百五十五グラム。『着弾』時の速度は、時速二百キロメートルを超えていた。この時の運動エネルギーは、実に六百ジュールに達していた。これは、通常の軍用拳銃の銃弾の発射直後のエネルギーを凌駕する。
スハルヤディの部下八人のうち、一人が頭蓋を砕かれて即死した。残る七人のうち三人が、それぞれ左肩、右腕、左足に直撃を受けて甲板に倒れる。
伏せてしまった一人には、不運なことに二缶が命中した。腰部と首筋を負傷して、そのまま絶命する。
スハルヤディも、操舵室に逃げ込もうとしている最中に、背中に直撃を受けた。背骨を砕かれ、甲板に叩きつけられる。
無傷で生き残った三人が硬直しているあいだに、MV‐22Bは急速に高度を下げていた。サイドドアから、メガン、ジョー、スカディが拳銃を撃ちまくり、一人が撃ち倒される。残る二人はあっさりと戦意を喪失し、M‐16を海に投げ捨てて両手を挙げた。
コリン・スーも二十オンス缶の雨から逃れることはできなかった。一缶が頭を掠り、いくばくかの皮膚と髪の毛がえぐり取られる。衝撃を受けて、コリンは甲板に転がった。
どくどくと流れる鮮血で顔半分を紅く染めたコリンは、気力を振り絞って半身を起こした。轟音を響かせながら低空でホバリングしているMV‐22Bと、両手を挙げて降伏しているスハルヤディの部下二人の姿が見えた。
首を回して甲板を見る。何名もの男が、倒れ伏したり重傷を負って呻いているのが見えた。スハルヤディも、操舵室に半身を突っ込んだ状態で倒れている。大量の鮮血が、その下半身を紅く染めていた。
その身体を跨ぎ超えて、操船していた乗員二人が操舵室から出てきた。両手を高々と挙げ、MV‐22Bに向け無抵抗をアピールする。
コリン・スーは一声呻くと、ポケットからM38リボルバーを掴み出した。
「やめろ、コリン。もう無駄だ。降伏しよう」
無傷だったドミンゴ・ソウタンがそう声を掛けてくる。
「いや、降伏はできん」
コリンは、甲板に下半身を横たえたまま、右腕を上げた。二インチの短い銃身を、突っ立っているドミンゴに向ける。ドミンゴが、蒼白となった。
「よせ、コリン。俺を殺しても……」
「悪いな、ドミンゴ。あんたは組織について知り過ぎている。生きて捕まってもらっては、困るんだよ」
コリンは引き金を引いた。
胸を狙ったつもりだったが、右目が流血で塞がれていた為に照準が狂い、三十八口径の銃弾はドミンゴの左肩に命中した。ドミンゴが悲鳴を上げ、左肩を押さえて甲板に膝をつく。
コリンは再び撃った。今度は胸に命中し、ドミンゴが仰向けに倒れた。
M38を構えたまま、コリンは息を整えた。ドミンゴは、まだ生きていた。胸が上下し、呼吸しているのが判る。
慎重に狙いを定め、コリンは三発目を放った。銃弾は脇腹に命中し、ようやくドミンゴが動きを止めた。
残る銃弾は二発。自らの命を絶つにはこれで充分だった。
「諸君、ご苦労だった。予定とはだいぶ異なる結末となったが、よく頑張ってくれた」
長浜一佐が、帰国した五体のAI‐10たちを労った。
メイアルーア情勢は、AHOの子たちが帰国する前に急速に正常化した。党首逮捕、副党首が『失踪』したメイアルーア自由民主党は空中分解した。残る野党二党の完全協力を取り付けたラニアガ大統領は、自称ネーヴェ共和国に対し強気の交渉を行い、合衆国国務省の仲介もあってジョアン・レンサマは独立を断念、代わりにネーヴェ自治地区が誕生することになる。事態収拾を受けて延期されていた大統領選挙は再開される運びとなったが、メイアルーア民主社会党もメイアルーア人民民主党も、党首ではなく無名に近い若手が立候補することになったので、支持率は上がっておらず、与党メイアルーア国民同盟のバシーリオ・スウ現経済産業大臣の当選は確実と見られている。
日本を含む選挙監視団は、ASEAN事務局の要請により活動期間を延長し、いまだメイアルーアに滞在しているが、いまのところトラブルの兆候はない。
「では、畑中二尉。あとを頼む」
長浜一佐が椅子に掛け、代わりに畑中二尉と三鬼士長が前に進み出る。
「……お二人とも、ずいぶんと日焼けしていらっしゃいますね」
スカディが、皮肉を込めた視線を二人の女性に投げかける。
「赤道にほど近い都市にしばらく滞在していれば、日に焼けるのは当然だろー」
畑中二尉が、いささか棒読み口調で言い訳した。
「さっき着替えしてるとこ見たでー。なんで背中までこんがり焼けてるんやろなー」
雛菊が、容赦なく突っ込む。
「まあ、そのあたりは深く突っ込んでやるな」
長浜一佐が苦笑する。
「で、陰謀の全貌は判明したのかい?」
亞唯が、真面目に軌道修正した。
「いまのところ、CIAでも全貌は掴んでいないぞー。計画立案資金調達その他はすべてコリン・スーが行った模様だが、こいつの正体がいまだ不明だー。国務省がそれとなく中国側に照会したが、中国公民に該当者なしとの返事が来たそうだー」
「やはり、黒幕は中国だったのでありますか?」
シオはそう訊いた。
「CIAの判断は、『違う』というものだー。確かに、まったく関係ないということではないだろうなー。発覚の発端が、人民解放軍だったわけだしー。一応、CIAは残った唯一の手掛かりとなった、香港におけるコリン・スーの個人口座を洗ったが、資金の流れはヴァイセンベルクまでしか辿れなかったー」
「ヨーロッパのタックスヘイブンですねぇ~。中国とは、あまり関係ない気もしますがぁ~」
ベルが、言う。
「そうだー。中国政府も各機関も、ヴァイセンベルク公国の金融機関はほとんど利用していないー。あそこの顧客は中東系やドイツ系、最近はロシアの連中のお気に入りだからなー。依然として、中国当局が関わっていた形跡は認められないし、どうにもよくわからんなー」
畑中二尉が、珍しく困惑の表情で言う。
「とは言え、これがコリン・スー個人の計画だとは考えられませんですわね。スポンサーがいたはずなのですけれども」
スカディが、難しい顔で言う。
「あ、ひとつだけ中国との関りが出たぞー。お前らが缶コーラで爆撃した艇に乗っていた傭兵が使っていたM16アサルトライフルだが、最近出回っている『たぶん中国製』の奴だったー」
「なんや、それ」
雛菊が首を傾げる。
「最近、東アフリカあたりを中心にして無刻印のAKM、M16、PKMなんかが大量に出回っているー。表向きは生産国不明だが、各部品は中国北方工業公司、つまりノリンコ製品とそっくりなのだー。あの傭兵どもが使っていたのも、CQ M311もどきだったー」
「はっと! ついにノリンコ製品にもパチモンが出回る事態になったのでありますか!」
シオはボケた。
「んなわけあるかー。まあ、このノリンコもどきはあちこちで見られるようになったからなー。中国が関わっている証拠にはならんがなー」
「メイアルーアはこれからどうなるのでしょうか?」
スカディが、訊いた。
「雨降って地固まる、というところだなー。合衆国はメイアルーアの戦略的価値を再認識して、同盟強化を行うようだー。新たな経済支援策も考慮しているらしいー。メイアルーア民主社会党も人民自由党もしばらく立ち直れないだろうから、親米与党政権は当面は安泰だろー。このまま推移すれば、ASEAN加盟も問題なく果たせるだろー。まずは、丸く収まったなー」
「アントニオ・ワルア元党首やマラミス大佐はどうなったのでしょうかぁ~」
ベルが訊いた。
「ワルアは政界引退、表向きは自由の身だが実質的には警察局による軟禁状態だー。ラニアガ大統領は今回の一件を隠蔽する意向だし、野党に対する弾圧だと勘ぐられるのを避けたのだろうなー」
「弱みは見せたくないのか。この陰謀も、表沙汰になれば大統領としての資質が問われる事態になるからなぁ」
腕組みをした亞唯が言う。
「マラミス大佐は内務省に移って働いているぞー。まあ、執行猶予中だなー。野放しにするには危険人物過ぎるし、単純にムショ暮らしをさせるにはもったいない男だー。首に縄付けて飼い慣らしつつ、目の届くところで利用する、という処だろー。その他の小物は、適当な罪状で服役中だー」
「あと心配なのはコンスたんやな」
雛菊が、言った。
AI‐10たちに付き合ってさんざん危ない目にあったコンスタンサだったが、今回の一件はメイアルーア政府がすべて隠蔽するという方針を決めたために、その経験を記事にするわけにはいかなくなったのだ。
「まあ、公表できる処だけでも結構面白い記事が掛けたようだから、満足してもらうしかないなー」
畑中二尉が、三鬼士長に合図した。三鬼士長がノートパソコンを操作し、AI‐10たちにディスプレイが見えるようにくるりと回す。
「ハリアン・メイアルーアのウェッブ版だー。早速、女性記者漂流記の連載が始まってるぞー」
ラテン文字がぎっしりと詰まっている記事には、笑顔のコンスタンサと船長の写真が添えられていた。ネーヴェ島取材の帰途に漁船が『事故』で沈み、残骸から作った簡易な筏でラガルト島まで行き、そこで本格的な筏を製作して出帆。『偶然』合衆国海軍潜水艦によって救助される、というストーリー自体は、公表できない細部さえごまかしてしまえば、それなりに面白い読み物になるはずである。メイアルーア政府としても、アメリカ海軍に自国民が海難救助されたというのは親米アピールに繋がる。そのようなわけで、内務省による検閲済みの記事が、めでたくハリアン・メイアルーアに載ることになったのだ。AI‐10の活躍についても、同行した数や特殊機能に関してはごまかしつつも、きっちりと書き込まれることになっている。
「意欲も素質もある方でしたからね。いずれ、有名な記者になるのではないかしら」
晴れやかな表情で、スカディが言った。
「ただいまー」
ぱしゃり。
帰宅した途端、いきなりカメラのフラッシュを浴びせられて、磯村聡史は固まった。
「マスター帰宅! いつもよりたっぷり一時間は遅いのです! これは、事件なのであります!」
玄関先に立ったシオが、ちびた鉛筆でメモ帳になにやら書き込みながら言う。
「何やってんだ、お前」
半ば呆れながら、聡史は靴を脱いだ。
「お帰りなさいませ、マスター」
ミリンが出迎え、聡史のカバンを受け取る。
「またアサカ電子で妙なことに感化されて来たんだろうが……今度は何だ?」
さっそく卓袱台の上に開いたノートパソコンのキーボードを叩き始めたシオを見やりながら、聡史はミリンに問い掛けた。
「センパイは、新聞記者になるそうです」
真顔で、ミリンが答える。シオがキーボードを叩く手を止め、聡史を見上げた。
「あたいは女性記者を目指すのであります! まずは家庭内新聞の発行から始めるのであります!」
「家庭内新聞って、お前は昭和の小学生か」
突っ込みつつ、聡史は卓袱台の前に腰を下ろした。
「どうでもいいが、なんだそれは」
聡史は、シオが胸の前にぶら下げているトイカメラを指差した。
「そんな物使わんでも、お前の眼の方がいいレンズ使ってるし、画素数も桁違いだろうに」
「こーゆーものは形から入るのが大事なのであります! しかし困ったのであります! いきなりネタ不足なのです!」
ノートパソコンを見つめながら、シオが唸る。
「……そりゃそうだ。少しは頭を使わんか」
苦笑しつつ、聡史は言った。
「ではマスター。そこの壁にイニシャルでも落書きしていただけないでしょうか?」
「いきなり捏造か。……まあ何書いてもいいから、公表はこの家の中だけにしてくれよ」
聡史は念押しした。
「もちろんであります! 発行部数は三部だけと決めてあるのです! 決して押し紙などしないのであります!」
「プリンターのインクがもったいないですからね」
ミリンが、ぼそっと皮肉めいたことを言う。
「ミリンちゃん。なにか紙面を埋めるいいアイデアはないものでしょうか?」
今度はシオが、ミリンに助けを求めた。
「そうですねぇ。……映画批評などいかがでしょうか」
「おおっ! それはナイスアイデアなのであります! 『妖精ブローチ劇場版 誕生の謎だモン!』を見て批評を書くのであります!」
シオが興奮して立ち上がった。
「……またあれ見るのか。何回目だ」
聡史は呆れ顔で言った。テレビ放映を録画したものだが、シオはすでに何度も視聴しているはずである。
「名作は何度見てもいいものなのであります! ミリンちゃん、マスターのお世話はお任せするのであります!」
ノートパソコンを閉じたシオが、いそいそとテレビの前に移動した。座布団の上に座り、レコーダーをいじり始める。
「ま、勝手にやらせておくか。……しかし、毎回何か変なものを『貰って』くるなぁ。アサカ電子で何やってるんだか……」
聡史は『本物』の新聞……夕刊を開いた。世間は相変わらず騒がしいようだった。火災、交通事故、強盗、他殺体の発見、国境紛争……。
聡史の後ろでは、座布団から立ち上がったシオが『妖精ストレッチ』を踊り始めていた。ミリンが、ノートパソコンを片付け、レンジで温めたおかずを卓袱台の上に並べ始める。
「……家庭内新聞のネタがないってことは、実はいいことなんだよな」
夕刊を眺めながら、聡史はしみじみと言った。特異な出来事だから、新聞記事になるのである。平穏無事に過ごしていれば、記事になりようがない。
いつもの平和な磯村家の夜が、始まった。
第二十七話をお届けします。これにてMission07完結です。まことに勝手ながら『資料収集』を名目に次回は一回だけお休みさせていただきます。したがいまして次回の投稿は一月十四日となります。Mission08は舞台がおおよそインド洋、ネタは武器密輸と小火器の拡散であります。




