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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 07 南海島国民主選挙妨害防止せよ!
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第二十五話

「お集まりいただき、恐縮です。どうぞ、掛けて下さい」

 マヌエル・ラニアガ大統領が言って、自らも腰を下ろす。

 メイアルーア民主社会党党首エルネスト・セパグと、現役議員からなるその側近。メイアルーア人民民主党党首ナジブ・アルシャッドとその側近。メイアルーア自由民主党党首アントニオ・ワルアとその側近。合計十七名が、用意されたソファと椅子に腰かける。

「大統領閣下。ずいぶんと警備が厳しいようですが?」

 ベテラン政治家の余裕か、真っ先に口を開いたのはアルシャッドだった。隅の方に控えている警察局のレンコン警視と、その部下数名を身振りで指し示す。

「テロ警戒のためです」

 ラニアガ大統領が、受け流すように答える。

「准将の同席の意味は?」

 今度は、ワルアが訊いた。

「同様にテロ対策です。……准将、君も突っ立っていないで座りたまえ」

 大統領に促され、イムラーン・サーダット陸軍司令官も末席の椅子に部下と共に座った。部下はいつもの副官ではなく、防衛軍学校で射撃教官を務めている曹長に、士官の制服を着せて連れてきている。……荒事になって、大統領の身に危険が迫った時の用心である。かく言うサーダットも、USP自動拳銃を腰の後ろに隠し持っていた。もちろん、実包を装填済みである。

「セニョール・ワルア。副党首はどうされたのかね?」

 ラニアガ大統領が、訊いた。他のふたつの野党は、党首と副党首いずれも顔を見せているが、メイアルーア自由民主党のドミンゴ・ソウタン副党首は欠席のようだ。

「病気です。ひどい風邪をひいたそうで。皆さんにうつすわけにもいきませんし」

 ワルアが、済まなそうな表情で言う。

 ……そう言えば、選対本部長もいないな。

 サーダット准将は気付いた。いつもワルアに影のように寄り添っていたコリン・スーの姿もない。

 一応調べるべきか。

 サーダット准将は、目線でレンコン警視に合図した。レンコン警視が部下の一人を呼び、耳打ちする。うなずいた男が、そっと会議室を出て行った。

「では、会議を始めます。議題はもちろん、ネーヴェ島問題です……」

 ラニアガ大統領が、重々しく告げる。午前十時四分。運命の会議が、始まった。



「さあ、みんな出掛けるわよ」

 CIAセーフハウスの食堂でぐだぐだと時を過ごしていたAI‐10たちに、メガンが威勢良く声を掛けた。

「どこへ行くのですかぁ~」

 ベルが、訊く。

「メイアルーア国際空港。警察局のお手伝いよ。ペルタラ長官の補佐官から連絡があったわ。大統領官邸にPLDMのアントニオ・ワルア党首は現れたけど、副党首のドミンゴ・ソウタンと選対本部長のコリン・スーが欠席したの」

「桃猿の党やな。これは怪しいで」

 雛菊が、期待を込めた視線をメガンに浴びせながら、座っていた椅子から降りる。

「警察局が所在を調べたけれど、今の処見つかっていないわ。この二人が陰謀の中核メンバーだった場合、国外逃亡のおそれがある。その阻止の手伝いよ。国家憲兵隊が信用できないから、警察局だけでは人手が足りていないからね」

「わ、わたしも行っていいですか?」

 AHOの子たちに付き合ってぐだぐだしていたコンスタンサが、メガンに頼み込む。

「もちろんいいわよ。あなたなら、PLDMの幹部の顔はおなじみでしょう。役に立ってくれるはずだわ」

 メガンが、笑顔で同行を承知する。



 ラニアガ大統領が主宰し、野党三党の党首、副党首、主要幹部を招いて大統領官邸で行われた会議は、低調に推移していた。

 自称ネーヴェ共和国大統領ジョアン・レンサマの懸命の努力にも関わらず、いまだ世界中のどの国も同国を国家承認していない。だが、アメリカ合衆国がこの件に並々ならぬ関心を寄せ、事態の推移を注視している現状では、メイアルーア側としても政治的に強硬手段は取れなかった。複数の合衆国海軍艦艇はいまだネーヴェ島沖合で遊弋しており、無言の圧力をメイアルーア側に掛け続けている。

 そんな会議に参加しつつ、サーダット准将はこっそりと腕時計を見た。午前十時三十三分。爆破実行は午前十時四十五分に設定されている。正時を避けたのは、休憩のタイミングと重ならないようにとの配慮である。そろそろ、出席者のあいだで動きがあってもいいはずだが……。

 時計の針が、時を刻んでゆく。サーダット准将は、野党関係者の表情と動きを注視した。時刻は、午前十時四十分を回った。だが、誰も席を外そうとしないし、異常に緊張した顔をした者も、手を震わせている者もいない。

 長針が、四十四分を指した。秒針が、最後の一周に入る。

 サーダット准将は、いささか拍子抜けしたまま秒針が進んでゆくのを見守った。この時点で動きがないということは、この会議に出席した野党関係者は、誰も爆弾テロに関する情報を得ていないということになる。

 忠実に時を刻む時計が、午前十時四十五分を指し示した。秒針がさらに一周し、十時四十六分となる。

 ……失敗か。

 サーダット准将は、隣に座る曹長と顔を見合わせた。ラニアガ大統領に、会議の中断を進言しようと腰を浮かせかけたところで、異変に気付く。

 PLDM党首アントニオ・ワルアの様子に変化が生じていた。いままで平静な表情で座っていたはずだが、急に緊張の色を見せて、時計を気にし出している。会議室の重厚な両開き扉にも、たびたび視線を走らせている。

 ラニアガ大統領が、サーダットを見つめていた。……作戦失敗と判断し、会議の中断に同意するように求めているのだ。サーダット准将は、小さく首を振って中断に反対する意向を示した。もう少し、アントニオ・ワルア党首の動向を観察すべき、と判断したのだ。どうみても、怪しい動きである。

 会議が続く。時刻が十時五十五分を過ぎると、ワルア党首の様子が、明白におかしくなった。冷や汗が、こめかみから垂れている。

「大丈夫か、アントニオ?」

 気付いたPPDMのナジブ・アルシャッド党首が声を掛けた。

「ち、ちょっと気分が優れないのです。大統領閣下、会議を中座してもよろしいでしょうか?」

 緊張がありありと窺える声で、ワルア党首が許可を求めた。

「いけません党首。そのままどうぞ。今、医者を呼びますから」

 大統領が口を開く前に、サーダット准将は素早く言った。控えていた書記官の一人に、官邸付きの医師を呼んでくるように依頼する。

「いや、准将。それには及ばない。すこし控室で休めば……」

 そう言いながら、ワルア党首が立ち上がった。サーダット准将は、時計に視線を走らせて時刻を確認した。十時五十八分。

「警視!」

 サーダット准将は、レンコン警視を見やった。サーダットの意図を悟ったレンコン警視が、二人の部下を伴ってワルア党首に足早に近付く。部下二人が、立ち上がったワルア党首の腕を取った。

「は、放せ!」

 ワルア党首がもがく。

「セニョール・ワルア。なぜ会議室から出ていきたいのかね?」

 ようやく事の次第を理解したラニアガ大統領が、猫なで声で尋ねた。

「き、気分が優れないのです!」

 ワルア党首が、壁の時計に目をやりながら答えた。長針が、五十九分を指し示している。秒針が、それを追い抜いて行った。

「座りたまえ」

 ラニアガ大統領が、鋭い声で命じた。

 いきなり、ワルア党首が切れた。大声で喚き散らしながら、刑事二人の手から逃れようとする。

「爆弾だ! 十一時にここは爆破される! 外へ出ないと、みんな死ぬぞ!」

「……君はそのことを知っていながら、自分一人だけ助かろうとしたのかね?」

 ラニアガ大統領が、詰問口調で言った。

「そうだ! いや、その前にコリンが呼び出しの電話をくれるはずだった! 急いで逃げるんだ! 早く!」

 唖然としていた野党三党の幹部が、相次いで席を立った。

「動くな、諸君!」

 ラニアガ大統領が、一喝する。

 時計の秒針が、容赦なく残り時間を貪ってゆく。

「くそっ! コリンめ、俺まで殺すつもりだったのか!」

 ワルア党首が泣き喚く。

 時計が、午前十一時を指し示した。

 野党三党の幹部が、唖然とした表情のままラニアガ大統領を注視する。

「諸君。座りたまえ。事情を説明しよう」

 微笑みを浮かべて、ラニアガ大統領が告げた。



 アントニオ・ワルア党首がすべてを吐いた。

 香港に渡って実業家として活動していたメイアルーア出身のアントニオ・ワルア。彼にコリン・スーが接近してきたのは、十年ほど前になる。

 中国本土に多くのコネを持ち、なおかつ多額の資金を低利で貸してくれたコリン・スーのおかげで、アントニオ・ワルアの事業は飛躍的に拡大する。感謝するワルアに、コリン・スーが持ち掛けたのは、近い将来メイアルーアに戻って政治家になるように、との勧めだった。故郷に錦を飾ることも悪くないと考えていたワルアは、これを承諾する。そんな中で紹介されたのが、ワルアと同じくメイアルーア出身者で香港在住のドミンゴ・ソウタンだった。彼は一足先にメイアルーアへと戻り、ワルアの露払いとして政界に入り、ワルアが与えた巨額の資金を利用して無所属議員として当選し、新党結成のための下準備を開始する。

 そして四年前、アントニオ・ワルアは香港での事業を部下に託すと、メイアルーアに戻って新党メイアルーア自由民主党を立ち上げ、自ら党首に就任した。副党首には、ドミンゴ・ソウタンが任命される。同党は、与党メイアルーア国民同盟に批判的ではあるが、左傾しているメイアルーア民主社会党は嫌っており、なおかつイスラム色の強いメイアルーア人民民主党も支持できないという立ち位置の保守層を取り込むことに成功し、最初の選挙で大勝利して、野党第三党としての議席数を得る。

 そして迎えた大統領選挙で、ワルアらは……主導したのは、コリン・スーであったが……与党候補バジーリオ・スウに勝つ奇策を仕掛ける。すなわち、野党三党による違法な協定により候補を一本化し、本来ならば三分されるであろう野党票を結集して勝利する、というプランである。メイアルーア人民民主党には、念願のマレー系自治州成立を確約して協力を取り付け、メイアルーア民主社会党には大統領の椅子を与えて協力させる。その見返りに、副大統領にアントニオ・ワルアを指名してもらう予定であった。

「ワルア党首。まだ何か隠していらっしゃいますね」

 レンコン警視が、ぐいとアントニオ・ワルアに詰め寄った。熟練の捜査官の勘が、肝心なことはまだ話していないと告げていたのだ。

「……こ、コリンは、セパグ党首の暗殺を考えていた」

 アントニオ・ワルアが、絞り出すように言う。当のエルネスト・セパグが慌てて立ち上がる。

「なんだと! まさか……」

「なるほど。考えたね。三党の密約で、セパグ党首が大統領に当選。ワルア党首が副大統領となる。その後、セパグ党首……大統領が暗殺される。憲法の規定により、ワルア副大統領が自動的に大統領就任だ。ワルア大統領案では、メイアルーア民主社会党の協力は得られない。そこで大統領の椅子を餌に君を味方につけ、用が済んだら排除するとの段取りか」

 ラニアガ大統領が、軽蔑の視線をセパグ党首に向ける。セパグが、鼻白んだ。

「では、陰謀の黒幕はドミンゴ・ソウタン副党首と選対本部長のコリン・スーなのですね」

 サーダット准将は確かめた。ワルアが、うなずく。

「むしろ、コリンがボスだ。俺もドミンゴも、奴に操られていたようなものだ」

「だろうな。わたしたちと一緒に、君までテロの犠牲者にしようとしたのだから」

 ラニアガ大統領が、諦め顔でつぶやくように言う。

「あなたはコリン・スーから爆破予定時刻は午前十一時だと聞かされていた。そして約十分前にスーから緊急呼び出しの電話が掛かってくる手筈になっていた。それによってあなたは会議を中座し、官邸の外に出て『偶然』テロの被害を免れることになっていた。これで正しいのですね?」

 レンコン警視が、手帳のメモを見ながら確認する。

「そ、そうだ」

 鼻水を垂らしたみっともない姿のまま、ワルア党首が認める。

「PSDMとPPDMの幹部、それにわたしが一掃されれば、政界に大きな風穴が空く。大統領選挙で、統一野党が結成されるのは自然だろう。そしてもちろん、党首に相応しいのは唯一生き残ったPLDMのアントニオ・ワルア党首というシナリオか。与党はテロの責任を問われるから、スウ大臣は苦戦する」

 ラニアガ大統領が、まとめる。

「しかし、コリン・スーは君に虚偽の情報を与え、君まで殺そうとした。最初から、君は看板として利用されただけで、本当は副党首のドミンゴ・ソウタンに大統領の椅子を与えようと企んでいたんじゃないかね? 君も、とんでもない男と手を組んだものだ」

 憐れむように、ラニアガ大統領がワルア党首を見る。

「閣下。さっそくドミンゴ・ソウタンとコリン・スーを手配します。よろしいですか」

 レンコン警視が、許可を求める。

「もちろんだ。頼んだよ」

 部下一人を伴い、レンコン警視が足早に会議室を出て行った。

「さて、諸君」

 嬉しそうに、ラニアガ大統領が居並ぶ野党幹部を見渡した。

「どうやら、君たちの邪な企ては露見したようだ。これが公表されれば、諸君らの政党の支持率は地面にめり込むだろう。ま、本音を言えばわたしもネーヴェ問題が解決できずに苦しい立場にはあるのだ。そこで、だ。セパグ党首とアルシャッド党首。三人だけで、じっくりと話し合いたいのだがどうだね? ちょっと早いが、別室で昼飯でも食べながらどうかな?」

 二人の野党党首に断る理由はなかった。



「なるほど。メイアルーア自由民主党の首脳部が陰謀の主犯だったのですね。そして彼らが、中国と繋がっている可能性があると」

 警察局からの連絡内容を話してくれたメガンに向け、スカディが言う。

「コリン・スーという奴が怪しいのです! 中国系の男だから、中国のスパイに違いないのです!」

 シオは喚くように主張した。

「そう考えたいのだけれど、いまのところ中国にまったく動きがない、との情報が入っているわ。総参謀部第二部、解放軍総政治部、国家安全部、共産党中央統一戦線工作部、そして共産党も外交部も静かなものよ。正直、よくわからないわね」

 メガンが肩をすくめる。

 一同は滑走路とエプロンが見渡せる空港ビルの展望ルームに待機していた。すでに時刻は午後三時を回っているが、いまだドミンゴ・ソウタン副党首とコリン・スーの行方はつかめていない。警察局の追及が開始されたことを悟って身を隠したと考えるのが妥当だろう。

「メイアルーアが島国で良かったな。航空機か船でないと、国外逃亡できないし」

 亞唯が言いつつ、滑走路の方を眺める。そこには、メイアルーア航空のボーイング737が駐機していた。昼過ぎにインドネシアのマナドに向けて出発する予定の便だったが、大統領命令で離陸を差し止められているのである。

 軍用区域の方には、何機かのメイアルーア防衛軍航空部隊の小型機やヘリコプターに混じって、合衆国海兵隊のMV‐22Bが一機駐機していた。親善プログラムの学校訪問のために〈ボノム・リシャール〉から飛来した機だが、警察局による空からの捜索の妨げにならないように、こちらも離陸を差し止められているのだ。

「一応、CIAの方でもNRO(国家偵察局)にメイアルーア周辺のリアルタイム衛星画像解析を依頼したけどね。この辺りを衛星が通過するのは、一日に数回程度のはずだから、タイミングの関係で役に立つ情報が得られるかは微妙だけど」

 と、メガンのスマホが着信音を響かせた。すぐに耳に当てたメガンの眼が、大きく見開かれる。

「良いお知らせですかぁ~? それとも悪いお知らせですかぁ~?」

 通話が終わるのを待ってから、ベルが問う。

「どちらとも言えるわね。一時間ほど前、北の海岸からこっそりとヘリコプターが離陸したことを警察局が掴んだの。空港のレーダーに捉えられていないから、意図的に低空でレーダー回避を行ったのでしょうね。これにドミンゴとコリンが乗っていることに、百ドル賭けてもいいわ」

「行き先はどこかな?」

 ジョーが、難しい顔をする。

「北西に飛んで行ったという証言があるから、おそらくはフィリピンのミンダナオ島でしょうね」

「一時間前。とすると、二百キロメートルくらいのアドバンテージは稼がれていますわね。ここからミンダナオ島まで、約五百キロメートル。防衛軍最速のN22サーチマスターの巡航速度が時速三百キロちょっとですから、追いつくのは難しいですわね」

 スカディが、素早く計算する。

「警察局もそう考えて、合衆国海軍に支援を要請したわ。ネーヴェ島付近にいる〈ボノム・リシャール〉がAV8Bのペアを離陸させるそうよ。あれなら、三十分以内に追いつけるわ」

 そう答えたメガンが、スマホに新たな番号を打ち込んだ。


 第二十五話をお届けします。

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