第二十話
漁船の船底に仕掛けられていた二十ポンド(約九キログラム)のTNTが起爆した。
生じた衝撃波が、水中退避していたAI‐10たちを襲った。シオは網でベルと繋がったまま、海水の『壁』に叩かれて強い衝撃を受けた。
衝撃波は、小さな漁船の船底に大きな穴を開けていた。船体も持ち上がり、中央部で『へ』の字型に折れ曲がっている。
その下で、爆発で生じたガス球が急速に膨れ上がりつつあった。それがあっという間に収縮へと転じ、海水がそこになだれ込んでくる。強い上向きの運動を行う海水は、水柱となって漁船を打ち砕きつつ海上へと吹き上げた。
「どうやら行ったようね」
漁網の錘を切り離し、浮きの力で浮き上がったスカディが、眼から上だけを水面に出して言う。
「行ったようであります!」
相変わらずベルと網で繋がれたまま、スカディ同様に眼から上だけを出したシオも、同意した。
二百メートルほど離れた地点には、雑多な漁船の残骸が浮かんでいた。その向こう、一キロメートルほど離れた処に見える哨戒艇が、船尾をこちらに見せて遠ざかってゆく。
ノポリ少佐はなかなかに慎重で、水柱が収まったのちに哨戒艇を接近させ、数分間海面を観察して生存者がいないことを確認していたが、なんとかごまかせたようだ。
「すごい衝撃波だったでぇ」
シオとベルのそばの海面に、ぽっこりと雛菊の頭が浮かんだ。その隣に、ちゃぽんと水音を立てて亞唯が無言のまま浮上する。
「コンスたんと船長はどこでありますか?」
シオは頭部をくるりと旋回させて周囲を探した。その声が聞こえたかのように、五十メートルほど離れた処に、二つの頭が浮かぶ。
五体と二人はしばらくその場で漂泊&立ち泳ぎを続けた。哨戒艇が十分に離れたところで、船長とコンスタンサがAI‐10たちの元へ泳いで近付いた。熟練の漁師である船長はもちろん、コンスタンサの方も泳ぎは得意のようだ。さすがは島国育ちである。
「やれやれ。ひどい目にあったな」
海藻がへばりついた浮きのごとくぷかぷかと浮かんでいるAI‐10たちの頭部を見渡しながら、船長が苦笑する。
「ではさっそく、メガンさんに電話して助けてもらいましょう!」
シオはスカディにそう進言した。CIAなら、すぐに船舶を手配してくれるはずだ。
「……それが、先ほどの衝撃波でイリジウム携帯を無くしてしまったようなの」
珍しく、スカディがしおらしい様子で告げる。
「……ということは、このまま漂泊するしかないのですかぁ~」
ベルが、言った。AI‐10内蔵の無線は近距離用だし、この状態で発信しても聞きつけてくれるのはノポリ少佐が乗った哨戒艇だけであろう。
「お前らはそれでいいかも知れないが、おれとお嬢さんは体力が持たないよ」
船長が、苦笑したまま文句をつける。
「この辺りは漁場じゃないから、漁船は来ない。通るのは、フェリーだけだ。次に通るのは……明日の午前九時過ぎだな」
「そんなに泳げませんよ!」
コンスタンサが、わめく。
「とりあえず、お二人が浮いていられるようにしないといけませんね」
スカディが、雑多な漂流物……漁船の残骸が浮いている方を見た。
比較的大きな木材……船長によれば、左舷後部の舷側部分らしい……を中核に、木材の切れ端やポリスチレン製の浮き、その他なんでも浮力のありそうな物を、漁網を使って縛り付ける。
ようやく出来上がった畳二畳分ほどの『筏』に、船長とコンスタンサがよじ登った。AI‐10たちは、漁網をまとったままその縁に掴まる。
「南向きの潮に流されてるな」
細かい漂流物の動きを見ながら、船長が言う。
「なんとか推進力を得なければなりませんわね」
スカディが、言った。だが、まともなパドルがあったとしても、人間二人が漕いで進める距離などたかが知れている。AI‐10ならば、電気が尽きるまで動けるが、短い脚でバタ足してもろくに前に進めないだろう。
「はい! あたいにアイデアがあるのであります!」
シオは挙手した。
まずシオは、船長に頼んで金属板が張り付けてある船材の破片を泳いで回収してもらった。そこから金属板を引っ剥がし、金属用チップソーで切断加工し、ほぼ同じ大きさの長方形三枚を作る。その一端に金属用ドリルで穴を開けたシオは、右腕の電動工具用シャフトに今回出番が無さそうなコンクリート用ドリルを装着し、金属板の穴の位置を合わせてはめ込んだ。『Y』字型になるように調整し、適当に角度をつけてから、ベルからもらった即固化性エポキシ樹脂で固める。
「できたのであります!」
シオは筏の後ろに回ると、右腕を海中に沈めて電動シャフトを低ギア比で回した。即席スクリューが回転し、筏がゆるゆると進み始める。
「お見事、シオ」
スカディが、褒めた。
「やるじゃないか。二ノットは出てるぞ」
船長が、喜ぶ。
「船長。一番近い陸地はネーヴェ島だよな」
亞唯が確かめた。船長が、うなずく。
「そうだ。だが、この潮の具合じゃたどり着くのは無理だな」
海水に指先を触れさせながら、船長が言う。
「よし、このまま潮に乗って南へ向かおう。六時間もあれば、島にたどり着けるはずだ」
「ラガルト島。小さな無人島ですわね」
メモリー内地図を参照したスカディが、言う。
「あそこなら、水も食い物も手に入る。漁労長が、船が戻ってこないことに気付けば、潮を読んでおれたちがラガルト島を目指したことを推測するはずだ。二日か三日頑張れば、迎えが来る」
「……ここで二日のロスは痛いぜ」
亞唯が、スカディに訴える。投票日は、四日後なのだ。それまでに何らかの進展がなければ、大統領選挙が行われて、おそらく与党候補のスウが負け、親中政権が誕生することになる。その前に、何らかの手を打つ必要がある。直接加担しているかどうかは不明だが、ノポリ少佐が陰謀勢力の一員であると判明したことは、早急にCIAに伝えなければならない。
「仕方ありませんわ。現状で優先すべきは、セニョリータ・トロエと船長の安全でしょう。漂流中の人間に必須なのは真水です。なるべく早く手に入れるには、その島に上陸するしかないのでしょう」
「せやな」
雛菊が、同意した。
「では、南へ向かうのであります!」
船外機状態となったシオは、腕を動かすと筏の舳先を南へと向けた。潮に乗るかたちとなったので、筏の速度がぐんとアップする。
夕闇は、すぐに訪れた。星々の輝きが強まり、海の色が大量の墨汁でも流したかのように黒く染まってゆく。
「あんたらに操船を任せても大丈夫かな」
さすがに疲労の色を見せた船長が、訊いた。コンスタンサの方は、すでに筏の上で寝息を立てている。
「お任せ下さい。海図はメモリーの中に入っていますし、GPS機能も持っています。暗視機能もありますわ。安心して、休んで下さい」
スカディが、請け合った。納得した船長が、狭い筏の上で長身を丸めるようにして横たわる。
「そろそろ電池が危ういのです!」
シオは内蔵ロータリーエンジンを始動させ、発電を開始した。ガソリンが尽きたところで、雛菊にケーブルを繋いでもらい、電気を分けてもらう。雛菊のガソリンも尽きたところで、スカディに供給役を交代した。スカディのガソリンが半分ほど減ったところで、ようやく亞唯がラガルト島を目視した。
スカディが、船長を起こす。
「このまま島に接近しても大丈夫だ。サンゴ質じゃないから、暗礁にぶつかったりすることはない。北側に長い浜があるから、そこに着けよう」
暗い海面を睨んで島影を見つけようとしながら、船長が説明する。
シオは舳先で見張っている亞唯のコントロールに従って、小刻みに進路を変えた。充分に浅い所へ乗り込むと、船長とコンスタンサが海に入って筏に掴まる。水深数十センチになった処で、AI‐10たちも海に入り、シオは電動シャフトを停止させた。そのまま全員で、筏を砂浜に引き上げる。
「いかにも無人島、という佇まいやな」
光量増幅機能を使って辺りを眺めまわしながら、雛菊が言う。
シオも周囲を見回した。白っぽい荒い砂が敷き詰められた浜が切れた辺りには、十数本のココヤシの樹がまばらに生えている。その奥は、痩せこけた背の高い樹がやや疎に生えている林になっている。熱帯の砂地に良くみられる、いわゆる熱帯ヒース林だ。
「確かに無人島なのです! 神回の予感なのであります!」
「そりゃ、アニメの話やろ」
シオのボケに、雛菊が突っ込む。
「人工的な赤外線源は見当たらないわね」
パッシブ赤外線モードで探索を終えたスカディが、残念そうに言う。
「まずは水分補給だ」
船長が、星明りを頼りに手近のココヤシの樹によじ登った。漁船から持ち出したナイフを使い、未熟なココヤシの実を四つ切り落とす。比較的柔らかい頂部をナイフで切り欠いた船長が、ひとつをコンスタンサに差し出した。自分の実も切り欠き、中のココナッツジュースを美味そうに飲む。
「船長。救助される一番の近道は?」
飲み終えるのを待って、スカディが訊いた。
「ここで待っていれば、漁労長か漁船仲間が探しに来てくれるがな。とりあえずココヤシがあればおれとお嬢さんは大丈夫だし」
「正確にはいつ頃救助してもらえるのかい?」
亞唯が、訊いた。船長が、頭を掻く。
「うーん。簡単な仕事だと思ったから、船員たちにちゃんと申し送っておかなかったからなぁ。船が帰ってこなかったことを連中が知るのが朝。この好天で遭難は考えにくいから、心配になってネーヴェ島に問い合わせるのが夕方。遭難を確信するのが、暗くなってからだろうな。となると、明後日の朝に仲間の漁船を借りるとして……早ければその日のうちに、悪くても三日後には誰か来てくれるよ」
「それより早く脱出する方法はないのですかぁ~?」
ベルが、訊く。
「だとすると、筏を作るしかないな。潮は悪いが、風は東風だから、帆掛け船を作れば北西方向へ船を進めることは難しくない。半日もあれば、メイアルーア島の南側へ出られるだろう。あそこはいい漁場だから、昼間であれば必ず漁船が出ている。そいつらに、見つけてもらえるはずだ。ただし、筏を作るには時間が掛かるぞ。出来上がった頃には、沖合に漁船が来てくれた、なんてことになりかねない」
「大工仕事ならお任せなのであります! あたいの木工用チップソーが大活躍するのであります! ただし、電池の状況が心もとないのでありますが!」
シオは挙手して意気込みを述べた。
「では、筏を作りましょう。一日でも節約できれば大きいわ。船長、作り方を指南していただけますわね?」
スカディが、船長を見る。
「それは構わないが、この暗さじゃおれは役に立たんぞ。明日の朝から始めよう。ひと眠りさせてくれ」
「……そうですわね。みなさん、お二人の寝場所を確保して差し上げて」
スカディが、少しばかり残念そうな口調で指示を出す。
熱帯の孤島の夜明けは、美しい。
日の出が近付いてくると、空が徐々に青みと透明感を増してゆく。青黒い水平線間際の空が、淡いオレンジ色に染まり、やがてそこに濃いオレンジ色の太陽がまばゆい光を伴いながら顔を見せる。低い雲が、紫がかった群青色と薄い朱に塗り分けられ、輝いている。
だが、そんな美しい光景を眺めている余裕はAI‐10たちにはなかった。半径数十キロメートル以内に、コンセントはひとつもないのだ。太陽光は、貴重な発電源なのである。AI‐10たちは、競うように浜辺に自分の薄膜太陽電池シートを広げた。
ココヤシの実で朝食を終えた船長が、さっそく筏作りの指導を開始する。
「作るのは横帆を備えた筏だ。とにかく簡便に作るぞ」
船長が、木の枝で砂地に図を書きながら説明する。
「帆の素材は?」
亞唯が訊いた。
「布ならあるのです! みんな脱ぐのであります! 無人島編と言えば読者サービス回なのです! コンスタンサちゃんも脱いでください!」
「ぬ、脱ぎませんよ!」
シオの主張に、コンスタンサが胸元を腕で覆い隠しながら抵抗する。船長が、笑った。
「服地じゃすぐに破けるよ。ココヤシの葉を編むんだ。おれたちのご先祖様は、そうやって航海していたんだからな」
「ココヤシって便利だな。実は飲食物になるし、葉は帆になる。幹で船も作れる」
亞唯が、感心したように言う。
「確かにヤシの幹で船を作れるが、今回は使わんぞ。ヤシの幹は固くて丈夫だが、水に浮かないんだ。だから、筏には向かないんだよ。ハリウッド映画の影響か、無人島で筏を作ると、なぜかヤシの木が使われるがな」
船長が、笑いながら説明した。
「そうだったのでありますか!」
シオは素直に感心した。
船長とスカディが、相談の上作業班をふたつに分けた。亞唯とシオとベルが船体班として船長の引いた図面通りに木を切り出し、筏本体を作る。船長、コンスタンサ、スカディ、雛菊が帆班として、ヤシの葉を編む。スカディと雛菊は作業を続けながら他のAI‐10の太陽電池シートを使って充電を行う。状況によっては、もっとも電力を必要とするシオに対し、各体が『予備バッテリー』役を務める。
「では、作業開始」
スカディが、短く命じた。
シオは木工用チップソーで、砂地に生えているマキ科の樹を切り倒した。まだガソリンを使っていない亞唯がケーブルを繋ぎ、予備電池役となってくれる。
十分な本数を切り倒すと、シオは枝を払い始めた。船体に使う部分は、長さ四メートルを基準に切り揃える。横桁にする三メートルほどのやや細めの部分と、帆柱にするまっすぐな四メートルほどの円材と、帆桁用の棒材も確保する。
すべてが揃ったところで、三体は材料を砂地に運び込んだ。まず四メートルに切り揃えた幹を並べ、ロープ代わりに漁網を適当に切って作ったもので結び合わせてゆく。次いで、横桁用の幹を五本、約一メートル置きに並べ、これも縛り上げる。中央部にシオがドリルで穴を開け、帆柱を押し込んで立てる。ぐらつかないように、ベルが隙間に木屑を詰め込み、エポキシ樹脂で固めた。
「できたのであります!」
シオは完成を宣言した。四メートル掛ける三メートルほどのデッキ部分を持つ、立派な筏である。製作時間は、ほぼ三時間半。だがこれで、亞唯とベルもガソリンを使い果たし、電池も残り一セル以外はほぼ使い尽くすこととなった。
第二十話をお届けします。ついに総文字数百万字超えてしまいました。長い話にお付き合いいただきまことにありがとうございます。




