第四話
「では渡航方法についてだー。明日の朝、羽田空港からチャーター機で直接サン・ジュアン国際空港へ乗り込むぞー。今回は外務省の奢りだー。機内サービスを遠慮なく堪能しておけー。石野二曹が同行するが、空港までだー。空港には、在メイアルーア日本大使館員が出迎えに来てくれる手はずになっているー。大使を含め大使館員は全員お前らの正体を知らんから、そのつもりでー。進藤名誉教授以下選挙監視団のメンバーは、すでにジャカルタ入りしているー。ASEAN本部表敬訪問兼、マレーシア勢との合流を行っているはずだー。まあ、日本から民間エアラインでメイアルーア入りする一番確実な方法が、ジャカルタ経由だしなー。選挙監視団のメイアルーア到着は、明後日になる予定だー。ちなみに、オーストラリア勢はシドニーからの週一の便に乗って、すでにメイアルーア入りしているぞー。お前らは、日本の監視団が到着するまで日本大使館で世話になれー。適当に出歩いて環境に慣れておくといいだろー。選挙監視団と合流したら、ぴったりと張り付いて警護するのだー。テロの兆候があれば、姉崎副団長に即座に報告し、最適な回避手段を進言しろー」
畑中二尉が、続けた。
「二尉殿、今回はどの程度の積極的護衛が許されるんだい? つまり、テロリストを発見した場合とか、先に手を出してもいいのかい?」
亞唯が、訊いた。
「そこが難しいところだなー。お前らの正体は、なるべくばらしたくないからなー。まあ、そのあたりはお前らの判断に任せるぞー。積極的行動で凶悪なテロ事件発生を防止できる、といった場合であれば、動けー。地元の官憲やマレーシアの護衛連中に任せても大丈夫なら、おとなしくしていろー。もちろん、通常のロボットとしての行動であれば……例えば、危険を察知して避難を促すとか、銃を持ったテロリストに体当たりする、といった行為であれば、制限はないぞー」
「地元の公安当局の規模と実力はどうなのでありますか?」
シオはそう質問した。そのあたりを押さえておかないと、護衛任務は務まらない。
「内務省警察局は総員三千八百名程度。小火器のみの田舎警察だなー。小さな島国だから、凶悪犯罪は多くは無いようだー。テロ対策は、同じく内務省に所属する国家憲兵隊が担当しているー。こちらは人員二千百名。重火器は持たないが、装甲車まで保有している準軍隊だー。普通、国家憲兵隊を名乗る組織は国防省などの軍隊を統括している省庁に属し、平時には警察業務を行い、有事には軍の一部を構成する、という形が多いが、メイアルーアでは内務省に所属しているー。これは国家憲兵隊が、防衛軍のクーデター封じのために作られた組織であることに起因しているー」
「与党と防衛軍は仲良しだったのではないですかぁ~」
ベルが、首を傾げた。
「利害が一致しているから手を組んでいるだけだー。政権維持のために軍部の支持が欲しい青鳩ことPANMと、充分な予算が欲しい防衛軍。大衆迎合の野党政権になれば、防衛予算が削られて福祉に回されるのが目に見えてるからなー。そんなわけで作られた国家憲兵隊だから、防衛軍とは仲が悪いぞー」
「旧ソ連の内務省軍みたいなもんやな」
雛菊が、そう評する。
「国家憲兵隊は、それなりに優秀だー。ついでに、防衛軍についても説明しとくぞー。総兵力は、七千ちょっと。主力である陸軍部隊の他に、水上警備隊と航空隊を有しており、海軍と空軍は持たないー。装備はささやかなもので、火砲は重迫どまり、保有している装軌車両は工兵中隊が持っているドーザーだけ。二十ミリ積んでるコンドル装輪装甲車が、おそらく最強兵器だろー。水上警備隊は哨戒艇のみ。航空隊は固定翼哨戒機とヘリコプターを保有しているが、主任務は海難救助だー。大統領選挙に関しては防衛軍も警備に駆り出される予定だー。ある程度当てにしていいぞー。国防よりも治安維持が得意な軍隊だからなー。よーし。ブリーフィングはこんなものでいいだろー。詳しい資料とポルトガル語、インドネシア語のROMはこの後三鬼ちゃんが渡すー。では、終了ー」
延々と続いた畑中二尉のブリーフィングが、ようやく終わった。
「そう言えば、シオとベルは西脇二佐の改造を受けたんだよな」
ブリーフィングが終了し、会議室の後片付けを終えたところで、亞唯がそう切り出した。
「そうなのです! ついにあたいも第二形態に進化したのであります!」
シオは自慢げに拳を宙に突き上げた。
「ではさっそくお披露目するのですぅ~」
シオの盛り上がりを放置する格好で、ベルが腕を水平に突き出す。
「わたくし、右手に複数のカメラを増設してもらいましたぁ~。これで、穴の中に手だけを突っ込んで作業する、などという芸当が簡単にできますですぅ~。暗視機能もありますが、念のためLEDライトも付けてもらいましたぁ~」
ベルが、指先をぴかぴかと光らせながら言う。
「さらに小型のドリルドライバーも内蔵いたしましたぁ~。これで細かい作業も捗りますですぅ~。アタッチメントを取り換えればあらゆる種類のナットやボルト、ネジに対応できますぅ~。電工ナイフと検電器も付いていますですぅ~」
「なかなかええな」
羨ましそうに、雛菊が言う。
「左手には、ホットナイフ兼用の半田ごてを装備しましたぁ~。さらに、ビデオスコープも装備いたしましたぁ~。工業用内視鏡の移植ではありますがぁ~」
ベルの言葉と共に、左手首から黒いケーブルのような物がするすると伸びてきた。それがまるで触手のようにくねり、先端がスカディのスカートの中にするりと入る。
「今日のスカディちゃんのパンツはピンクなのですぅ~」
嬉しそうに、ベルが報告する。
「このデモンストレーションはどうかと思うけど、確かに便利そうね」
半ば顔をしかめながらも、スカディが感慨深げに言う。
「ですが、わたくしこれらの機能を搭載したおかげで、左腕のエレクトロショック・ウェポンを外してしまいましたぁ~。申し訳ないのですぅ~」
ビデオスコープを収納しながら、ベルが済まなそうに言う。
「ドリルドライバーとホットナイフなら、結構剣呑な武器になるんじゃないのか?」
亞唯が、言った。
「拷問に使えるで」
雛菊が、にやにやしながら言う。
「では、あたいの番ですね! あたいは、右腕に万能工具をつけてもらいました!」
右腕を上げたシオは、手のひらを立てた。手首の部分に穴が生じ、そこから銀色に光るシャフトがにゅっと出てくる。
「各種アタッチメントを交換すれば、ハンマードリル、電子丸鋸、ジグソー、サンダーなど多種多様に使えるのです!」
「……なんだか通販で売っていそうね」
スカディが、苦笑いする。
「おまけにデジカメがついてくるんやな」
雛菊が、乗っかってボケた。
「問題は、電気を喰い過ぎることなのです! できれば、電源のあるところで使いたいものです!」
シオは『腕工具』の電子スイッチを入れた。ひゅいーんという音と共に、シャフトが高速回転を始める。
「今付けているのは、ドリルかい?」
尖っているシャフトの先端を見つめながら、亞唯が訊く。
「硬質金属用ドリルなのです! これが一番汎用性が高いと思うので、標準装備しているのであります! あたいのドリルで天を衝くのであります!」
シオは腕を上げて、ドリルの先端を天井に向けた。
「わたくしとシオちゃんが組めば、爆弾の製造はもちろん解体なども速やかにできるようになると思うのですぅ~」
ベルが、嬉しそうに言った。
「ドリルはええな。ロマンやで」
雛菊が、笑う。
「まあこの機能が、任務の上で色々と役に立ってくれることを祈りましょう」
スカディが、呆れと感心がないまぜになった複雑な表情で言った。
翌日、三鬼士長の運転するミニバンで羽田空港に向かった石野二曹とAI‐10たちは、チャーター機であるアプリコット航空のファルコン900で日本を後にした。ノンストップで南下し、約四時間半後にメイアルーア国際空港に降り立つ。
「じゃあ、気を付けてね。スカディ、頼んだわよ」
内蔵式タラップの上で、石野二曹が名残惜しそうに手を振る。
「しかし、立派な空港やな」
離陸のためタキシングしてゆくファルコン900を見送りながら、雛菊が言った。
ガラスを多用したモダンなターミナルビルは、強い日差しを受けて青く光り輝いている。管制塔も大きく、中堅国家の首都空港と言っても通りそうなたたずまいだ。
「アメリカの地方空港みたいだな」
亞唯が、言った。確かに、近代的かつ機能的ではあるが温かみに欠ける雰囲気は、規格品じみたアメリカの地方都市の空港を彷彿とさせる。
「設計施工がアメリカの企業なのでしょう。この規模の国家では、どちらも国内の企業では賄いきれないはずですわ。アメリカに発注したに相違ありませんわ」
スカディが、言う。
駐機場もその規模にふさわしい広さだったが、駐機していたのはボーイング737が一機だけだった。南国ムードいっぱいのピンクとオレンジを多用した塗色が、却って侘しさを強調している。
「税金の無駄遣いなのですぅ~」
ベルが、言う。
例によってこの空港も軍事兼用であり、ターミナルと反対側にはメイアルーア防衛軍航空隊が管理する区画があった。こちらにはオーストラリア製のN22サーチマスター……双発ターボプロップ機GAFノーマッドの軍用洋上哨戒機タイプ……が二機と、セスナ185スカイワゴン、ベル212ヘリコプターなどが駐機している。
AI‐10たちは出迎えに出てきた空港職員に連れられて、その立派なターミナルビルに入った。すぐに、待っていた日本人に引き渡される。
「どうもみなさん。在メイアルーア日本大使館、三等書記官の熊野と申します。お迎えにあがりました」
四十代半ばほどに見える中背の男性が、恭しい態度で出迎えてくれる。……ロボットとはいえ、本省から正式に派遣されてきた一団であり、地域調整官を副団長とする選挙監視団の一部を構成するメンバーなのだ。現地大使館員としては、粗略に扱うわけにはいかない。
「リーダーを務めるスカディと申します。よろしくお願いいたします」
スカディが、丁寧に頭を下げてから、他のメンバーを紹介する。ターミナルビルにいたメイアルーア人たちが、そのいかにも日本的な様子を面白そうに眺めていた。
『この歳で出世コースから外れた任地で三等書記官。典型的な、ノンキャリやね』
雛菊が、赤外線通信で言う。
『外務省のキャリア組っていうと、どんな連中なんだい?』
亞唯が、訊いた。
『国家公務員総合職試験に合格して入省した連中が、いわゆるキャリア組やね。国家公務員外務省専門職採用試験や、国家公務員一般職試験あがりの連中が、ノンキャリや。このおっさんはたぶん専門職採用試験組やろ』
『お役人はたいへんなのです!』
額に汗をにじませながら、AI‐10一体一体と握手してくれる熊野三等書記官を見ながら、シオはそう感想を述べた。
「ではどうぞこちらへ。選挙監視団が到着するまでは、大使館に滞在していただきます」
腕時計に目を落として時間を確認した熊野三等書記官が、先に立ってターミナルビルの出口に向かう。ちなみに、メイアルーアのタイムゾーンはインドネシア東部やパラオと同じく、日本標準時と同一である。
AI‐10たちは、空港の警備が強化されているらしいことにすぐに気付いた。紺色の制服の警備員の他に、カーキ色の半袖制服姿の警察官や、やたらと装飾の多い白い制服姿の国家憲兵隊員もかなりの数が見えている。警備員は警棒所持だけだったが、警察官は全員拳銃のホルスターを吊っているし、国家憲兵隊員はイタリア製ベレッタM12Sサブマシンガンを肩から下げていた。
『ほう。これは面白いね』
唐突に、亞唯が赤外線通信で言った。
『何が面白いのでありますか?』
シオはそう訊いた。別段面白そうな物は視界に入っていないし、そのような音声も聞こえてはいない。
『国家憲兵隊の連中を見なよ。全員が、アザリ族だ』
亞唯が、そう指摘する。
『確かにそうやな』
雛菊が、追認した。確かに、白い制服を着てサブマシンガンを携えた国家憲兵隊員は、全員が褐色の肌をしたメラネシア系のアザリ族だった。
『空港の警備員や職員、警察官にはしっかりとマレー系が混じっているのに、国家憲兵隊だけアザリ族オンリー。まあ、サンプル数が少ないから偶然の可能性もあるけど、この国でも一部には人種差別が残ってるようだね』
亞唯が、そう続けた。
ターミナルビルの外に待っていたのは、ニッサン・グランドリヴィナだった。日本国内では売られていない七人乗りのミニバンである。運転席に座っているのは、浅黒い肌のちょっと太めのマレー系の中年男性だった。現地採用の運転手だろう。
AI‐10たちがどやどやと乗り込むと、ミニバンはすぐに発車した。タクシー乗り場で客待ちをしているタクシーは、すべてベージュ一色の塗装だったが、これはポルトガル植民地時代からの伝統らしい。
メイアルーアの車道は日本と同じ左側通行であった。世界的にはマイナーと言える左側通行だが、この近所……インドネシア、マレーシア、ブルネイ、オーストラリアといった国々は、みな左側通行の国家である。
当然のことながら、自動車のハンドルも右側についている。そのようなわけで、路上を走る車の多くが日本の中古車であった。
第四話をお届けします。




