第二十話
メラニー・アンソンの葬儀を終えた一同は、ぞろぞろと教会を出た。地面が凍っており、墓地に穴を掘るのは困難だったので、埋葬は後日改めて教会で行ってもらう、ということでアダムも納得してくれる。
「F‐16やな」
雛菊が、空を見上げた。比較的低空に二機、それよりも高い高度で二機が、それぞれ二機編隊を組んで轟音を響かせつつ大きな円を描くように旋回している。レグルス24……KC‐10の巨体も、低い高度で悠然と飛び続けていた。
「亞唯、わたくしの代わりに臨時指揮所に報告を入れてくださらない?」
スカディが、指示した。
「了解だ、リーダー」
快諾した亞唯が、レグルス24経由で、アダム確保を含めた現状の無線報告を始める。
「あなた方はこちらへ」
スカディが、ヴァージルとマックスの二人を、教会裏手の墓地の方へと誘った。
「何が始まるんだ?」
雪に覆われた墓地を見渡しながら、やや警戒気味にマックスが訊ねる。
「こっそり逃がしてさし上げますわ」
二人の傭兵を昂然と見上げて、スカディが切り出した。
「いいのか?」
ヴァージルが、片眉を上げる。
「ええ。幸い、わたくしたちが与えられた任務はあくまで調査です。知っていることは洗いざらい喋ってもらいましたし、あなた方はわたくしに嘘はつかなかった。悪人では無いようですわ。ですから、このまま連邦刑務所で長期刑を務めさせるのは気の毒です。命がけでアダム阻止に協力してくれたお礼も込めて、見逃してさし上げますわ。もちろん、わたくしにそんな権限はないので、あくまでこっそりと、ですが」
「ばれたらあんたの立場上まずくないか?」
マックスが心配げに訊く。
「隙を衝いて逃げ出した、ということにしていただけます? 武器は置いていってください。武装したまま逃亡、では陸軍が本気で行方を捜すでしょうから。幸い、DHC‐6はまだ離陸していないようですわ。あとは自力でどうぞ」
微笑みつつ、スカディが言う。
「恩に着る」
ヴァージルが言って、小さくうなずいた。
「あんた、いい女だな。ロボットでなきゃ、惚れてるところだ」
マックスが腰を屈めて、スカディの手を取った。
六体のAI‐10はアダムを取り囲むようにして、西にある飛行場へと向かった。スカディが二人の傭兵を逃がすことを半ば予期していた……それくらい付き合いは長いのだ……シオたちはヴァージルとマックスが消えたことをスルーしたが、ジョーだけは非難の視線をスカディに向けた。もっとも、彼も表立って文句はつけなかったが。
「DHC‐6が離陸しましたぁ~」
湖の方のキドニー・レイクの反対側から、双発ターボプロップ機が飛び立ったことに気付いたベルが、立ち止まった。離陸滑走する時からすでに監視していたのだろう、F‐16戦闘機のペアが低空に舞い降りてきて、上昇するDHC‐6の後方から接近し威嚇するように追い抜いてゆく。
「レグルス24、こちらグロッグ。ただ今離陸したDHC‐6には逃げ遅れた住民が乗っていると推定されます」
スカディが、無線で虚偽の報告を行う。
「グロッグ、アダムは確保しているか?」
「アファーマティブ。現在、キドニー・レイク飛行場へ移動中です」
スカディが、肯定の返信を送る。
飛行場の滑走路は、中央部分のみきれいに雪が払われていた。AI‐10たちはそこにアダムとともに突っ立って、マイ・タイの到着を待ち受けた。
ほどなく、ぱたぱたというローター音が聞こえだした。それに被さるようにエンジン音が響き渡り、南東方向から低空を突き進んでくるCH‐47の姿が見えてくる。
市街地上空を突っ切って接近してきたCH‐47は、高度をさらに下げつつ、機首を上げて飛行場に接近する。そのまま滑走路上に進入したCH‐47が、その巨体を接地させた。すでに開いていた後部ランプから、防寒衣をまとった兵士たちが飛び出してくる。全員が、用心してサージカルマスクを着用していた。うち二人は、背中に消毒液が入った大きなタンクを背負っている。その一人がアダムに駆け寄り、そのボディに手にしたノズルを向けて霧状になった消毒液を撒布した。もう一人が、AI‐10たちに消毒液を吹き付ける。その必要はない、とAHOの子たちは承知していたが、大人しく消毒してもらった。
「遅くなってすまん」
部下を従えたザック・ウィンストン少佐が、AI‐10たちに笑顔で謝罪した。
「お前がアダムか。世話焼かせやがって」
ウィンストン少佐が、消毒液まみれで大人しく突っ立っているアダムを小突く。
「少佐。預かっていた二百ドル、渡しておいたよ」
ジョーが、告げた。
「ありがとう」
ウィンストン少佐が、笑みと悼みが混じったような、複雑な表情で礼を言う。
「ところで、捕まえた傭兵二人は、どうしたんだ?」
「逃げられましたわ。幸いなことに、武装はしていませんが」
スカディが、あっさりと答える。
「そいつはまずいな」
ウィンストン少佐が、指で部下の一人を呼び寄せた。無線報告を命じてから、AI‐10たちに向き直る。
「頼みがある。アダムをフォート・ウェインライトまで護送してほしい」
「構いませんが、少佐ご自身は?」
スカディが、訊く。
「いろいろと後始末がある。まあ、表向きは避難していた住民の帰還活動支援、ということになるが」
声を潜めて、ウィンストン少佐が言いつつ、腕で周囲を指し示した。
『なるほど。陸軍の不始末やから、証拠隠滅したいんやろな』
赤外線通信で、雛菊が言った。
『断る理由はないね。早いとこ、引き揚げようや』
亞唯が、そう言った。
『同感ね。それでいいかしら、ジョー?』
赤外線通信で同意したスカディが、ジョーに振る。
『構わないよ。アダムを無事連れ帰れば、ボクの任務も終了だからね』
「承知いたしました。アダムはお任せ下さい」
スカディが、請合った。
AI‐10一同は、ローターを回したままのCH‐47に乗り込んだ。アダムも、躾のいい大型犬のように、ゆったりとした動きで大人しくシオたちの誘導に従い、貨物スペースに収まる。
ロードマスターのハットン軍曹が、AI‐10たちがベンチシートに納まったことと、アダムが脚を固定していることを確認してから、機長に離陸OKの合図を送る。すぐに、機体が浮いた。充分に高度を取ってから、ハットン軍曹が後部ランプを閉める。
アダムが、頭部を動かして窓から外が見える位置に光学センサーを移動させた。さながら出国する人が名残惜しげに故国の大地を眺めているかのようだ。
シオも窓ににじり寄ると、外を眺めた。きれいに樹高が揃った黒々とした針葉樹林が、ゆっくりと遠ざかってゆくのが見える。二機のF‐16が、その上空を低速で……もちろん超音速ジェット戦闘機の『低速』なので、こちらの巡航速度よりもはるかに速い……飛行している。アダムの『護送』に付き合うつもりなのであろう。
「よし、ウィンストン少佐から連絡だ。アダムを確保。グロッグを警護に付けてCH‐47に載せ、フォート・ウェインライトへ向け飛行中とのことだ」
エフィンジャー准将が、安堵の笑顔を見せてマクレナン少佐と握手を交わす。その手が、ライトフット中佐へも差し伸べられた。ちょっとためらいの色を見せてから、ライトフットがそれを握り返し、ぎこちない笑みを浮かべる。
「中佐。すぐにウェインライトへ飛びたまえ。現地でアダムと合流するんだ。空軍に依頼してアイルソンに輸送機を準備させる。アダムを載せ、早急にアラスカを離れるんだ」
「了解しました、サー」
「サー。わたくしも中佐に同行してよろしいでしょうか」
石野二曹は、急いで口を挟んだ。
「もちろんいいとも。君のAI‐10たちには大活躍してもらったからな。迎えに行ってやりたまえ。直接日本へ帰れるように、輸送機も手配しておこう」
機嫌良さそうに、エフィンジャー准将が快諾する。
「よろしくお願いします」
石野二曹は一礼すると、足早に臨時指揮所を出て行ったライトフット中佐の後を追った。
「少佐。君はクロフォード基地へ飛んでくれ。例のサンプルを確保すると共に、後始末を一任したい」
急に笑顔を消したエフィンジャー准将が、小声で命じつつマクレナン少佐を部屋の隅へと誘った。
「サンプルはいかがいたしましょう?」
声を潜めたマクレナン少佐が、訊く。
「それはわたしの管轄外だ。ユーサムリッドが適切に扱ってくれるだろう」
「……処分をお望みですか?」
マクレナン少佐が、真顔で訊く。
「適切な処置を期待する。それだけしか言えんな」
エフィンジャー准将が、言葉を濁した。合衆国陸軍は生物兵器の新規開発を凍結している。だが、軍内部では敵対国家による極秘開発に対抗し、抑止力を維持するためには、生物兵器の改良開発を再開すべきだという意見が根強く残っている。……偶発的に手にすることになった極めて強力な形質転換ペルー出血熱ウイルス。あっさり処分してしまうのは、合衆国の国益に反する……かもしれない。
AI‐10たちとアダムを載せたCH‐47は順調に飛行を続けた。途中コバック飛行場という名の小さな飛行場に着陸し、給油を行ったが、そこに付随している同名の集落はキドニー・レイクよりも規模が小さかった。
フォート・ウェインライトの滑走路には、出迎えの人々の姿があった。白いパーカー姿の石野二曹と、ジュリー・ライトフット中佐。それに、一個分隊程度の武装兵だ。近くには、ここまで乗ってきたと思われるUH‐60汎用ヘリコプターが駐機してある。
CH‐47が接地し、パイロットがクラッチを切ったところで、ハットン軍曹が降機OKの合図を出す。スカディに促され、アダムが固定を解いてランプを降り始めた。ライトフット中佐が駆け寄ってきて、滑走路に降り立ったアダムのマニピュレーターを掴む。
「お久しぶりです、中佐」
アダムが、嬉しそうな声音で挨拶する。
「馬鹿者が。世話掛けさせやがって」
放蕩息子を迎え入れた親のような調子で、ライトフットが言う。
「よく無事にアダムを連れ帰ってくれたな。ありがとう」
アダムのマニピュレーターを握ったまま、ライトフット中佐がAI‐10たちに礼を言った。
「紆余曲折ありましたが、任務を果たせて良かったですわ」
スカディが、控えめに応じる。
「このUH‐60を貸す。軍曹と一緒にアイルソンまで移動したまえ。空軍が、日本へ戻る輸送機を準備してくれるから、それまで待機していてくれ」
「ありがとうございますなのです、中佐殿! ところで、アダムはどうなるのでしょうか?」
シオは礼を述べつつ尋ねた。最後に大騒動を引き起こしたが、彼に悪気があったわけではないのだ。解体処分、などという事になったら、同じロボットとしては『寝覚めが悪い』ことになる。
「改造することになるな。更なるバージョンアップが必要だ。とりあえずここで簡便な機能チェックを行い、データバックアップもしておく。そのころには、アイルソンに輸送機が準備されているだろう。陸路移動して、開発拠点に持ち帰る。という段取りだな」
難しい顔になったライトフット中佐が、ざっと説明する。
「色々と迷惑を掛けたな。葬儀に参列してくれた礼を言おう」
アダムが、居並ぶAI‐10たちに向かって言った。ボディを前に傾け、お辞儀をする。
「さあ、行くぞ、アダム」
ライトフット中佐が、アダムのマニピュレーターを引っ張る。アダムが、のっそりと歩み出した。武装兵士が、その後に続く。
「では、わたしたちも帰りましょうか。みんな、ご苦労さま」
歩み寄った石野二曹が、ジョーを除くAI‐10の頭を、軽く撫でまわす。
「みんな、ありがとうね! ボクはここでお別れだよ!」
ジョーが元気よく言って、シオたち全員と握手を交わした。石野二曹には、日本風に深々とお辞儀してから、敬礼を決める。
一同は石野二曹を先頭に、UH‐60に乗り込んだ。手を振るジョーに見送られて、離陸する。
目的地であるアイルソン空軍基地は、ヘリコプターならば文字通りひとっ飛びである。ろくに高度も上げないまま、UH‐60は空軍基地内のヘリパッドに着陸した。出迎えの空軍下士官に連れられ、滑走路が見渡せる待機所のような一室に案内される。
AI‐10たちはさっそくコンセントを見つけて充電を開始した。石野二曹には、女性兵士からコーヒーが振舞われる。
「お、迎えの機が来たで」
三十分ほど待ったところで、雛菊が滑走路を指差した。双発の中型機が、着陸して滑走を開始する。
「C‐40クリッパーですねぇ~。ボーイング737の、アメリカ空軍機仕様ですぅ~」
ベルがそう識別する。
「737では航続距離が足りないのでは?」
シオは首を傾げた。アラスカ‐東京間は五千五百キロメートル以上あったはずだ。アリューシャン列島や北海道を経由するつもりなのだろうか。
「合衆国空軍が採用しているC‐40BないしCは、BBJ仕様だから、航続距離は長いはずだ。問題ない」
亞唯が、そう解説する。
だが、そのC‐40はAI‐10たちを迎えに来たのではなかった。エンジンを切らぬままエプロンに駐機したC‐40に向け、一台のトラックが走り寄って停車する。幌の掛かった荷台から下りてきたのは、六脚のロボットだった。機種が判らないように、ボディにビニールシートが巻き付けてあるが、シオたちの目には正体はばればれであった。……どう見ても、アダムである。
ライトフット中佐らしい士官に先導され、アダムが狭いタラップをよちよちと登って機内に消える。陸軍兵士の一団が、続いた。
見守るうちに、C‐40がエプロンを出て行った。誘導路を進み、滑走路端に達する。ファンジェットエンジンの騒音が高まり、C‐40が離陸滑走を開始した。
「なんや、うちらよりもアダむんが優先かいな」
窓に鼻を押し付けた雛菊が、不満げにそう言う。
「仕方ないでしょう。陸軍としては、これからが本番なのですわ」
スカディが、そう指摘する。
「ダメージコントロールだな。議会やマスコミに隠蔽工作がどこまで通用するか……。JOCARの行く末。課題は山ほど残ってる」
亞唯が、嘆息気味に言う。
「ま、あたいたちには関係のないことなのです!」
シオは明るくそう言った。マスターのもとに無事帰れる、というだけで、嬉しくてたまらないのである。
結局、AI‐10たちと石野二曹はそれから三時間も待たされることになった。そこでようやく、ハワイ経由で沖縄まで飛ぶことになっていたC‐17Aが、フライトプランを変更して飛んできてくれる。
機内に乗り込んだときには、すでに夜と言える時間帯であった。だが、高緯度のためにあたりは昼間のように明るい。このまま西向きに太陽と追いかけっこをする形で飛行するので、日本到着は夕食時になるだろう。
「行きも帰りもC‐17とは、ついてないわね」
空軍の乗員からもらったサンドイッチをぱくつきながら、石野二曹が愚痴った。
第二十話をお届けします。




