第十四話
「ねえ、ベルちゃん。人はなぜ死んでしまうのでしょうか?」
「それは、生物だからではないでしょうかぁ~」
シオの質問に、ベルが紋切り型の答えを返す。
二体は、格納庫の隅で膝を抱えて座っていた。いつもの服は洗濯してもらっている最中なので、警備小隊の隊員が持ってきてくれた航空自衛隊の濃紺のジャンパーを着込んでいる。もちろんオーバーサイズなので、ロングコートを着ているかのようだ。
「では、生物とはなんなのでしょうか?」
「生命をもつものが、生物であるというのが、もっとも簡単な定義のようですねぇ~」
「その生命を失った状態が、死なのですね?」
「そうですねぇ~。生物はよくできてはいますが、とても不完全な存在なのですぅ~。進化するためには、世代交代せねばならないのですぅ~。わたくしたちロボットのように、単純に旧式化した部品を交換したり、記憶装置を増設したりはできませんからぁ~。進化のためには、寿命であれ他の理由であれ、古い世代が死ぬ必要があるのですぅ~。ある種のリサイクルなのですぅ~」
「なに難しい話しとるんや?」
雛菊が、とことこと近づいて来た。彼女は服を汚さなかったので、いつもの派手な薔薇柄の浴衣姿のままだ。
「人はなぜ死ぬのか、というテーマで語り合っていたのであります!」
「人が死ぬのは、当然のことや。うちのマスターかて、いつかは死んでしまうやろ」
ベルの隣に腰を下ろしながら、雛菊が言う。
「ロボットは死なないのです。壊れたとしても、データさえ回収できれば、再生できるのです。人間は、不便なのです」
シオは、考えながら言った。
「そらしゃあないわ。ロボットは道具やからな。便利にできとる」
「たしかに、わたくしたちは人間に似ているところも多いですが、基本的には道具の一種ですからねぇ~」
ベルが同意する。
「人間はできの悪い生き物や。だから、道具をぎょうさん作ってきた。目が悪いから望遠鏡や暗視装置を作り、耳が悪いからマイクロフォンやラジオを作り、脚が弱いから馬車や自動車を作り、腕が弱いから起重機や工作機械を作った。ロボットかて、そのひとつに過ぎん。ま、そのうちもっと技術が進めば、内面も人間みたいなロボットができるかもしれんけど」
「内面も人間みたいなロボットでありますか?」
シオは首を傾げた。
「せや。人間の持っておる知識や経験と同じ量のデータを持たせ、人間の脳と同等の働きを持つAIを搭載したロボットなら、人間みたいな振る舞いができるやろ。決して、人間と同じにはなれんやろけどな」
「どうして、人間と同じにはなれないのですかぁ~」
ベルが、訊く。
「歴史の違いやね。人間が後天的に与えられる情報は、全てにおいて先人の知識や経験に基づいた歴史というものに裏打ちされているんや。それを単にデジタルデータ化して取り込んだとしても、意味あらへん。例えば、人間がアインシュタインの伝記を読んだとするやろ? するとその人間は、アインシュタインの人生をいわば疑似体験することになるわけや。ロボットが伝記を読んでも、単に偉人に対する知識が増えるだけやろ? この差は大きいで」
「はあ~。雛菊ちゃんは、哲学的なのです!」
シオは興奮気味に言った。
「まあ、マスターの受け売りやけどな。いずれ、ロボットの中に自分たちの歴史を研究するやつが現れるやろ。そうなれば、状況も変わるかもしれんけどな」
「偉人ロボットの伝記を、新造ロボットがデータとして取り込むのですねぇ~。面白いのですぅ~」
ベルが、長い袖を振り回しながら笑う。
「将来、ロボットが自らの手でロボットの歴史を書き残すようになれば、人間との差は少しは縮まるんやないかな。何百年先になるか、わからんけど」
「雛菊ちゃんは歴史家でもあったのですね!」
「ところで、ひとつお訊きしたいのですがぁ~」
ベルが、話題を変えた。
「雛菊ちゃんは、どうして関西弁なのですかぁ~」
「うちの関西弁は、紛い物やで」
雛菊が、笑った。
「マスターは群馬の生まれやし。単なる大阪フリークや。似非関西弁で喋るから、伝染ってしまっただけやで。真似したら、あかんよ。関西の人に、ど突かれてしまうで」
「閣下が自らお出にならずとも……」
「甘いぞ、少佐。敵は日本のロボットだ。万全の迎撃態勢を整えなければならぬ」
マウア少将が、マクシーム・トグア少佐の言葉を遮って、きっぱりと言い放った。
「ですが、万が一閣下がご不在の時に、アメリカ人の攻撃を受けたら……」
「後事はワミ大佐に任せてある」
「ではせめて、第68大隊を引き抜くのを中止してください。ヴォルホフ基地の守りを疎かにするわけにはまいりません」
「第69大隊と君の中隊がいれば、十分だろう。任せたぞ」
マウア少将が、にこやかに言ってトグアの肩を叩いた。そして、上機嫌のまま軍帽を被り、司令官執務室に隣接する控えの間を出てゆく。
「よほど勲章が欲しいようですな、司令は」
背後でやり取りを見守っていた副中隊長のアナトリー・サンキ大尉が、ささやいた。
「だろうな」
同意したトグア少佐は、陰気な表情で控えの間を出た。
東アジア共和国の弾道ミサイル戦力は、陸海空軍とは独立した一軍種であるミサイル軍団が統括している。ミサイル軍団は空軍から分離独立した軍種なので、その保有する戦力は、弾道ミサイルの他には地対空ミサイル、対空砲などの対空兵器に限られている。それゆえ、ここヴォルホフ基地外郭防衛の地上戦力歩兵二個大隊と、基地内防衛の歩兵一個中隊は、陸軍から供出されていた。
その基地内防衛中隊を率いるのが、マクシーム・トグア少佐である。百八十五センチというサロベート族としては珍しい長身で、あまり似合っているとは言えぬ口髭を蓄えている。副中隊長のアナトリー・サンキ大尉は、少佐とは対照的な短躯で、ロシア人祖父から受け継いだ灰色がかった髪の持ち主だ。
部隊名は、第526地域警備中隊。あまりにも平凡で、かつ精強さを感じさせない名だが、実際にはREA陸軍でも数少ないエリート部隊である。なにしろ、国内に二箇所しかない中射程弾道ミサイル基地のひとつの中枢警備を任されているのだ。全員が思想信条に関して徹底的な調査を受けており、大統領と党と陸軍に対する忠誠心は折り紙つきだ。もちろん射撃、格闘などの技能も高度であり、その戦闘能力は先進国の特殊部隊員に匹敵する。
「情報に瑕疵があった場合のことを考えられないのか、あの男は」
警備司令室に戻ったトグア少佐は、軍帽を脱ぎ捨てると毒づいた。
ここヴォルホフ基地の司令官は、空軍出身のユーリー・マウア少将だ。将官とはいえ、もともとはミサイル技術者に過ぎない。戦術眼など、まるっきり持ち合わせていない。
統合情報部から寄せられた、日本のロボットの降着予想地点は二ヶ所。方面軍司令部は、それぞれに戦車中隊と対空機関砲中隊で増強した自動車化狙撃大隊一個を指向した。それを知ったマウア少将は、自ら基地外郭防衛隊から一個大隊を引き抜き、自分も作戦に一枚噛もうとしているのである。
「ま、気持ちはわからんでもないですがね。日本人が罠にはまってくれれば、突っ立っているだけで勲章ものですから」
サンキ大尉が、いかつい顔をゆがめて笑う。
「とにかく、裏をかかれるのが怖い。就寝スケジュールを変更するぞ。第三小隊は今のうちにベッドに入らせよう。今夜はひとりでも多く起きていてもらいたいからな」
トグア少佐は、内線電話を取り上げて、第三小隊長を呼び出した。
第十四話をお届けします。




