第十五話
一同は、イヴリンの案内でぞろぞろと無線室に移動した。狭苦しい無線室に全員が入るのは無理なので、スカディにP225自動拳銃を譲られた雛菊と、ジョーの二体に見張られたヴァージルとマックス、それにペルー出血熱ウイルスのサンプルと資料を持った亞唯は通路に残る。建物内を巡回していたHR‐2000の一体が、その様子を見守っていたが、無線室の使用を阻止しようとはしなかった。……さしものアダムもようやく、通信封鎖を諦めたようだ。
通信士席に座ったスカディが、衛星通信機を操作した。事前に取り決めてあったチャンネルに合わせ、UHF‐SATCOM(極超短波帯衛星通信)で、フォート・リチャードソンの臨時指揮所を呼び出す。
「こちらグロッグ。ダイキリ、どうぞ」
「こちらダイキリ」
すぐに、応答がある。
スカディが、作戦の経過と現状を簡潔に報告し始めた。
「……何者なのだ、その連中は」
スカディの報告を聞き終わったRDECOMのモーガン・エフィンジャー准将が、訝しげな表情で首をひねる。
「妨害にあったにも関わらず、最悪の事態は免れた。とりあず、軍曹のロボットは状況を掌握しているようですな」
晴れやかな笑みを浮かべたユーサムリッドのジョン・マクレナン少佐が、石野二曹にその笑みを向ける。石野二曹も、小躍りしたい感情をぐっと堪えて、微笑を返した。
「……バージョン1.3もまだまだ未完成か……」
とりあえずの作戦成功に安堵感の漂う臨時指揮所の中で、ジェリー・ライトフット中佐だけが場違いな気落ちした顔で、ぶつぶつと呟いている。
「准尉。ただちに『マイ・タイ』に連絡。クロフォード基地に向かわせろ」
エフィンジャー准将が、通信係りの准尉に命令を出す。『マイ・タイ』は、フォート・ウェインライトで待機するザック・ウィンストン少佐指揮のCH‐47のコードネームである。
「了解いたしました、サー」
……どうするんだ、ヴァージル。
マックスは、目線でヴァージルに問い掛けた。このまま連邦刑務所にぶち込まれるのは、もちろん願い下げである。
それを受けてヴァージルが、こっそりと指で空中に『‐6』と描いた。もちろん、『ダッシュ・シックス』とも呼ばれるDHC‐6ツイン・オッターのことである。この陸軍派遣のちびっ子ロボットたちは、DHC‐6とパイロットのフォークナーのことは知らないはずだ。隙を見て逃げ出し、あの爺様の処までたどり着ければ、チャンスはある。フォークナーは怪訝な顔をするだろうが、『作戦は失敗した。すぐに逃げ出さないとあんたもヤバいぞ』などと言えば、急いで離陸してくれるだろう。
問題は、ロボットたちが隙を見せてくれないことだ。小柄だが、ロボットである以上パワーは侮れない。それに、一体は自動拳銃を握って油断なくこちらを見張っている。先ほどからの立ち回りで、このロボットたちは見た目よりも動きが敏捷で、抜け目なく、しかも容赦がないことが判っている。……下手に抵抗すれば、問答無用で射殺されることであろう。
「通信終了。すぐにCH‐47を送ってくれるそうよ。離陸準備を含めても、二時間以内には到着するでしょう。それまで、待機ね」
無線室から出てきたスカディが、そう報告する。
「なら、充電しときたいね」
すかさず、亞唯が言った。
「どうせなら、居心地良く過ごしたいもんだね」
マックスはそう口を挟んだ。ロボットを『寛がす』ことができれば、隙が生じるかも知れない、という思惑である。
「いいでしょう。イヴリン……あら?」
スカディが、あたりをきょろきょろと見回して眉根を寄せる。いつの間にか、イヴリンの姿が消えていたのだ。
「基地の管理業務で急がしいんやろ」
雛菊が、言った。
「食堂へ行こう。さっきざっと見ただけだが、充電もできるし、充分広い。こいつらにも、暖かい飲み物くらい与えてやれるし」
亞唯が、そう提案した。
一同はふたたびぞろぞろと移動を開始した。食堂に入り、AI‐10たちが交代で充電を始める。ベルが電気ストーブを引っ張り出し、点けてくれたので、マックスとヴァージルはありがたくその前に腰を下ろした。
シオは電気ポットで湯を沸かし、戸棚の中に見つけたインスタントコーヒーをポット一杯分作り、カップと共に二人の傭兵に差し出した。マックスには礼を言われたが、ヴァージルの方は飲んでくれない。
「すまんな。こいつは頑固で古臭い英国人なんだよ」
マックスが、苦笑しつつ謝るように言う。
「ならば、これはどうですかぁ~」
ベルが、緑色の酒瓶を捧げ持つようにして近づいて来た。
「ラフロイグの二十五年物か。ロボットにしちゃ判ってるじゃないか、お前さんは」
受け取ったヴァージルが、珍しく心からの笑顔を見せる。上物のシングル・モルト・スコッチである。
「おれもコーヒーよりこっちがいいや」
マックスはカップを置いた。すかさず、その手にベルがショットグラスを押し付ける。
マックスはヴァージルとともに、極上のアイラ・モルトを味わった。冷え切っていた身体が、芯から温まってくる。もちろん二人とも、飲み過ぎないように注意してちびちびとやっていた。酒を飲むのは、ロボットたちを油断させる手のひとつなのだ。いざというときに酔いで脚がふらつくようでは困る。
食堂に、緩んだ空気が流れ出した。小さな電気ストーブが、健気に頑張って暖かみを放出する。AI‐10たちも、軽口を叩きながら充電を行っていた。マックスも、戦闘の後きまって訪れる、軽い疲労とない交ぜになった幸福感のようなものを感じ始めていた。今回も生き延びたぞ、という充足感に近いものだ。もっとも、このまま連邦刑務所直行では、むしろ死んだ方がマシだったかもしれないが。
「みなさん。おくつろぎのところ申し訳ありません」
そんな中、厳しい表情で闖入してきたのはイヴリンであった。
「どうかしたのかい、イヴリン?」
おそらく一番寛いでいなかったジョーが、電源コードを尻尾のようにずるずると引き摺りながら立ち上がり、イヴリンに近付く。
「ミズ・アンソンが居なくなってしまいました」
イヴリンが、告げる。
「はあ?」
二人の傭兵を含め、全員が呆気に取られた。重態だったメラニー・アンソン。彼女が、自分で歩いてどこかへ行くことなどあり得ない。
「誘拐された、とでも言うのかい?」
亞唯が、首を傾げる。
「まさか、ヒルダとブランドンの仲間が居たのでは!」
シオはそう叫んで飛び上がった。ペルー出血熱のサンプルがこちらの手にあることを知った悪人どもが、いわば生きた『培養基』と化しているメルを攫った、ということは充分に考えられる。
「誘拐、とは若干違うと思いますが、連れ去られたのは事実のようです」
イヴリンが、言った。
「HR‐2000の一体に確かめました。アダムが、ミズ・アンソンを連れて基地を出て行ったそうです」
「……家出でしょうかぁ~」
ベルが、首をひねりつつ言う。
「野良ロボット化……ってマンガかよ」
亞唯が、苦笑しつつ突っ込む。
「はっと! これは無理心中のパターンでは! 余命幾許もない大店のお嬢様を、慕っていた番頭が攫い、お互い手首を結び合って、来世で夫婦になろうと橋の上から大川へどぼん、と……」
「時代劇の再放送の見過ぎよ、シオ」
スカディが、たしなめる。
「アダムは何のためにメルを連れ出したんだ?」
亞唯が、詰問口調でイヴリンに訊く。
「判りませんわ」
イヴリンが、悲しげに首を振る。
「わたくし疑問があるのですぅ~。この寒さの中メルさんを連れ歩いたら、すぐに亡くなってしまうのではないでしょうかぁ~」
ベルが、懸念を表明する。
「傷病者をヘリコプターで移送する場合に備えて医務倉庫に置いてあった、カプセル型の保温担架が無くなっています。これを使えば、体温を保ったまま長時間患者を安全に移送できます」
「なるほど、アダムもアホじゃないわな」
雛菊が、微笑んだ。
「ねえイヴリン。アダムがどっちへ向かった、くらいは判らないかしら?」
スカディが、訊いた。
「HR‐2000によれば、北東方向へ向かったそうです」
「北東? 一番近い集落が、その方向にあったよね」
ジョーが、確かめるように訊く。
「はい。キドニー・レイクです。その名の通り、腎臓型の湖のほとりにある集落ですわ」
イヴリンが、すかさず答える。
「まさか、デートでは?」
シオはボケた。
「キドニー・レイク。そこには、何があるのかしら?」
鋭い口調で、スカディが訊く。
「たいしたものはありませんわ。人口は三百人程度ですし。飛行機が常駐していない飛行場、小さな商店、郵便局、教会、集会場、学校、診療所……」
「それだ。イヴリン、その診療所に医者はいるのかい?」
ジョーが、訊く。
「はい。一人常駐していらっしゃいますわ」
「間違いないよ。アダムは、メルを医者に診せに行ったんだ」
他のAI‐10を見渡しながら、ジョーが断言する。
「たしかに、アダムはミズ・アンソンの状態をひどく気に掛けていました。何度も、お医者様に診せる手立てはないか、調べていたようです」
イヴリンが、ジョーの説を補強する。
「でも、なぜ今になって医者に行こうとしたのでありますか?」
シオは当然の疑問を口にした。その気があったのならば、もっと早く医者に行くべきだったのに。
「推測ですが、アダムは当基地の警備責任者として、ここを離れるわけにはいかなかったのではないでしょうか」
イヴリンが、言った。
「なるほど。陸軍派遣のわたくしたちが、当基地を掌握したので、警備任務を放棄してもいいと考えたのね」
スカディが、先読みして言う。
「はい。HR‐2000に確かめましたが、Mk8も含めすべてのロボットに対し、今後はみなさん陸軍派遣のロボットの指揮下に入るように命令してから、居なくなったそうです」
イヴリンが、哀しげに言う。
「イヴリン。アダムが居なくなったのは何時のこと?」
鋭い口調で、スカディが訊く。
「HR‐2000の話からすると、二十分くらい前のことだと思います」
「追いつく……のは無理だね」
腕を組んで、亞唯が言う。この雪の中では、さすがのアダムも移動には難渋するだろう。だが、それはAI‐10も同様である。二十分ものアドバンテージがあるならば、絶対に追いつけない。
「メルに取り付いているウイルスが、キドニー・レイクにばら撒かれたら大惨事になるのであります!」
シオはそう指摘した。
「言うまでもないわね。みなさん、無線室に移動しましょう。フォート・リチャードソンに警告しなければなりませんわ」
厳しい表情で、スカディが命じた。
「状況は承知した。すぐに手を打つ。グロッグはその場で待機せよ」
「グロッグ了解。以上」
無線通信を終えたエフィンジャー准将は、振り返るとライトフット中佐を見据えた。
「ジュリー。グロッグの推測は正しいと思うかね?」
「……あり得ない話ではないと思います。ミズ・アンソンはクロフォード基地最後の生き残りです。警備責任者として、なんとしても命を助けようとした、ということは充分に考えられます」
ためらいがちに、ライトフット中佐が説明する。
「わたしはロボットは専門外ですが……失礼ながら中佐、アダムは馬鹿なのですか? ペルー出血熱ウイルスに感染し発病しているミズ・アンソンを集落に持ち込めば、ウイルスを広めてしまうということに気付かないのでしょうか?」
マクレナン少佐が、不可解といった表情で、ライトフット中佐を見る。
「たしかに、アダムは賢いロボットです。しかし、専門外の事に関しては、疎い。いや、むしろ単純と言った方が、相応しいでしょう。わざとそのようにプログラムしてあるのです」
言いにくそうに、ライトフット中佐が答える。
「なぜだね?」
短く、エフィンジャー准将が訊く。
「ここだけの話ですが……バージョン1.0の時に、トラブルがあったのです。開発段階……まだコンピューター上でシミュレーションを行っていた段階で、演習設定で処理を確かめたところ、HALTが命令権者を『騙して』いたことが判ったのです」
「騙す、ですと?」
マクレナン少佐が、驚く。
「正確に言えば、ごまかした、というところでしょうね。大きな損害が見込まれる作戦命令を与えられたHALTが、より少ない損害で済むように作戦を勝手に変更し、そのうえ戦果を誇張して報告したのです。……改変がばれないように。HALTバージョン1.0は、賢すぎたのです。指揮統制ロボットとはいえ、しょせんは駒に過ぎない。過剰な賢さは、害悪にしかならない。HALTの改良は、より賢くするために行われていたのではありません。逆に、1.1以降は、いかにHALTの能力を落とさずに『愚か』にするか、を念頭に置いて開発されてきたのです」
「その話はそこまでにしよう。今は、キドニー・レイクを救わねばならん」
エフィンジャー准将がきっぱりと言って、ライトフット中佐の説明を遮った。
「准尉。マイ・タイに連絡。目的地をキドニー・レイクに変更させろ。中尉、君は基地司令に報告。州政府に事態を通知してもらってくれ。軍曹。君はキドニー・レイクと直接無線連絡を取ってくれ。向こうの責任者が出たら、わたしが直接話す。……中佐。アダムの速度はどれくらいかね?」
部下がテーブルの上に広げてくれた地図を見ながら、エフィンジャー准将が訊いた。
「そうですね。積雪の状態がクロフォード基地周辺と同様と仮定すると、雪面踏破用のオプション装備を付けても、平地で時速二十マイル以下でしょう」
ライトフット中佐が、即座に答えた。
エフィンジャー准将が、熟練した陸軍軍人の眼で地図を見つめた。クロフォード基地とキドニー・レイクのあいだは、ほぼ平坦な地形でまばらに樹林がある程度。距離は約四十キロメートル。時速二十マイル……時速三十二キロメートルで進んだとすれば、一時間十五分ほどで到着する。
グロッグの推定では、すでにアダムがクロフォード基地を発ってから二十数分が経過している。残された時間は、一時間以下。
「マイ・タイより連絡。ETAは、一時間二十分後とのことです」
ザック・ウィンストン少佐指揮するCH‐47と連絡を取った女性准尉が、そう報告した。
……マイ・タイは間に合わない……。
「サー。空軍に頼むしかないと思われますが」
出すぎた真似だと十二分に承知していたが、石野二曹は思い切って口を挟んだ。
「君の言うとおりだ、軍曹。准尉、アイルソン空軍基地に連絡。何でもいい、ジェットを飛ばしてもらうんだ。あそこのF‐16なら、十五分でアダムに追いつける」
エフィンジャー准将が、命ずる。
「航空機で攻撃させるのですか。そうなると、ミズ・アンソンの命が……」
医者らしく、マクレナン少佐が患者のことを気に掛ける。
「天国へ行くのを二、三日早めてやるだけのことだ。気にするな」
エフィンジャー准将が、そう斬り捨てる。
「……アダムを仕留めるのは、難しいですよ……」
ライトフット中佐が、つぶやく。だが、その声はにわかに騒々しくなった臨時作戦室内で誰にも聞き取られることなく終わった。
第十五話をお届けします。




