第十三話
アダムの音声出力には、多数の小型スピーカーからなるきわめて指向性の高いシステムが使われていた。『会話』を行う相手に直接向けられているスピーカーのみを使用することによって、必要の無い音響の広がりを防ぐのが目的である。指揮統制ロボットとしての特性ゆえに、会話の内容には秘匿性が求められることが多い。要するに、盗み聞きを防ぐための配慮である。もちろん、秘匿性が必要とされない音声出力……広範囲への呼びかけなど……にはすべてのスピーカーが使用される。
対するヒルダとブランドンも、会話の内容がヴァージルたちに聞こえないように、会話は小声で行っていた。だから、通常であればたとえ人間よりも聴覚の鋭いロボットであったとしても、離れていた場所に居れば会話内容は聞き取れなかったはずだ。
だが、娯楽室の中で『耳』を澄ませていたのはスカディであった。西脇二佐の改造によって、音声入力機能が強化されていた彼女は、アダムとヒルダ、ブランドンの会話を断片的にではあるが聞き取っていた。
「どうやら、あの女か男が対戦車グレネードをこちらに撃ち込む目論見のようですわね」
「俺たちが持ってきたやつだ。AC58」
苦々しげに、マックスが言った。
「榴弾効果も十分期待できるライフル・グレネードですねぇ~」
爆発物全般に詳しいベルが、嬉しそうに言う。
「なるほど。ロボットが攻撃してくれないから自分たちでやろうというわけか。どうする、リーダー?」
亞唯が、あたりを見回しながら訊く。娯楽室に閉じ込められている形なので逃げ場は無いし、隠れる所もろくにない。対戦車ライフル・グレネードを撃ち込まれれば、たとえ一発だけでも悲惨なことになるだろう。
「爆発物には、爆発物で対抗するのがいいのですぅ~」
ベルが、そう言い出した。
「ですがベルちゃん! あたいたちが下手に攻撃するとアダムたちを敵に回すことになるのであります!」
シオはそう指摘した。
「攻撃はヴァージルさんかマックスさんにやってもらえばいいのですぅ~。あくまで目標はヒルダとブランドンなのですぅ~。あのお二人を倒して、アダムたちに無茶な命令を出せないようにすればいいのですぅ~」
「おいおい。それじゃ、攻撃した俺とヴァージルがアダムたちに殺されちまうだろ」
マックスが慌てて口を挟んだ。ヒルダとブランドンを爆発物で攻撃すれば、当然HR‐2000たちが反撃に及ぶだろう。M240四丁が半秒も火を噴けば、マックスもヴァージルも蜂の巣になる。
「そこは考えてあるのですぅ~。攻撃した直後に、わたくしたちが取り押さえてしまうのですぅ~。そうすれば、HR‐2000は攻撃できないのですぅ~」
「……えげつないやり方だけど、うまく行きそうね。で、肝心の爆発物の調達は?」
スカディが、問う。
「わたくしたち、体内に発電用ガソリンを蓄えているのですぅ~。これを適切に使用すれば、効果的な爆発物を作れるのですぅ~」
心底嬉しそうに、ベルが説明した。
「さすがベルちゃんなのです!」
シオは誉めそやした。
「問題は、発火なのですぅ~。わたくし、工具類は肌身離さず持っておりますが、信管の類は持ってこなかったのですぅ~。有合わせの材料で発火装置を作れるかもしれませんが、時間が掛かってしまうのですぅ~」
「これが役に立つか?」
ベルの言葉を聞き、マックスがポケットから小さなライターを取り出した。非喫煙者だが、兵士の嗜みとして発火具は常に持ち歩いているのだ。
「電子着火式のライターですねぇ~。これはありがたいですぅ~」
ベルが、嬉しそうにライターを受け取る。
「では、さっそく製作に掛かるのですぅ~。どなたか、手伝ってくださいぃ~」
「はい! あたいが手伝うのです!」
シオは勢い良く挙手して助手を志願した。
「では、シオちゃんにお願いしますですぅ~。さっそくですが、冷蔵庫から大きなペットボトルを一本持ってきてくださいぃ~」
「合点承知なのです!」
シオが、冷蔵庫へと走る。
「爆発物はベルに任せておけば大丈夫ね。わたくしたちは、成功確率を上げる算段をいたしましょう」
作業を開始した二体を見やりながら、スカディが言った。
「爆発物をヒルダたちに投げつける、という認識でいいのか?」
ヴァージルが、訊いた。
「そうなりますわね」
スカディが、認める。
「よほど近付かないと無理だな。前にいるHR‐2000の上を通過させなきゃならないし、手榴弾じゃないんだから近くに落とさないと殺傷できないだろう。……それに、前に出てもHR‐2000に撃たれない工夫をしなきゃならん」
マックスが、雛菊の肩越しに前方を覗きながら言った。……HR‐2000に狙撃されないように、マックスもヴァージルも立っているAI‐10の後ろで、膝立ちになっているのだ。
「煙幕でも張ったらどうや? 燃やすものならいっぱいあるで」
娯楽室の中を腕で指し示しながら、雛菊がアイデアを出した。
「そうですわね。ガソリンを少し掛けてやれば、黒煙が出せそうですわ」
スカディが、同意する。
「待った。もっといいものがありそうだぞ。イヴリン、ここの消火設備、消火剤は何を使ってるんだい? 当然、水じゃないんだろ」
天井の消火剤撒布ノズルを指差しながら、亞唯が壁際で突っ立っているイヴリンに声を掛ける。寒冷地なので、通常の水を使ったスプリンクラーのような消化システムは凍結で役に立たないはずだ。
「古い施設なので、粉末消火剤を使用しています。リン酸アンモニウムですわ。空軍時代と変わっていません」
「ついてる。こいつを使えば、HR‐2000の光学センサーを役立たずにできるよ」
イヴリンの答えを聞いた亞唯が、小さくガッツポーズを取る。
「なるほど。煙幕よりも効果的ですわね。いずれにしろ、何かを燃やしたら消火システムが作動してしまうでしょうし。問題は、HR‐2000の赤外線センサーをどう誤魔化すか、ですわね」
スカディが、すかさず指摘した。
「冷たいものでも身体に巻きつければごまかせるさ」
亞唯が、言った。
「それだけでは不足ね。何か、囮の熱源でもあれば……」
「ええもんがあるで」
雛菊が、ポーチを開けた。中から、畑中二尉にもらった『トロピカイロ』を取り出す。
「こいつを、ばら撒いたらええで。HR‐2000も混乱するやろ」
「いいアイデアね、雛菊。では、こちらも準備に掛かりましょう」
「ベルちゃん、コークとスプ○イトと、どっちがいいでありますか?」
冷蔵庫から二本のペットボトルを引っ張り出しながら、シオは訊いた。いずれも、容量は二リットルだ。
「どちらでもいいのですぅ~」
流し台の引き出しをかき回して、爆発物製造の材料を探しながら、ベルが答える。
シオはなんとなくコークを選んだ。中身を流しに空け、ぶんぶんと振り回して水気を切る。
「こんなものでしょうかぁ~」
ベルが、集めてきた材料をテーブルの上に置いた。ダクトテープ、プラスチックのスプーン、小さな綿のタオル、ペーパーナプキン、ビニール紐、練り歯磨きのチューブ、テーブルナイフといったところである。
ライフル・グレネードを取りに行かせたHR‐2000が、ヒルダとブランドンの処へと戻ってくる。
ブランドンは、AC58をSG540に装着した。安全ピンを抜き、発射準備を整える。バレット・トラップ方式(発射した弾丸をライフル・グレネード内で受け止める方式)なので、空砲ではなく通常の弾薬で発射が可能だ。
「どうやら、時間稼ぎが必要のようね」
作業を続けるベルとシオを見やりながら、スカディが言う。
「アダム! ライフル・グレネードの発射を阻止しなさい! わたくしたちが被害を受ければ、陸軍が命じた任務の遂行に支障をきたします!」
正面に向き直ったスカディが、声を張り上げた。
「遺憾ながら、わたしにはヒルダ・ノウルズおよびブランドン・メラーズの正当な任務遂行を妨げる権限がない。ヴァージル・ハイアットおよびマックス・イェーリングから物理的に距離を置き、遮蔽物の陰に入ることを勧告する」
すかさず、アダムが答える。
「あくまで杓子定規なやっちゃな」
雛菊が、そう漏らす。
「アダム。この両名は陸軍にとってきわめて重要な情報を持っているのです。殺害すれば、情報を引き出すことができなくなります。情報の重要度はわたくしたちの作戦を中断し、最優先で最寄の陸軍基地への帰還を選択せざるを得ないレベルです! 殺してはなりません!」
スカディが、嘘を並べ立てる。
アダムのマニピュレーターがぐいと伸び、ブランドンが構えているSG540の側面を軽く押した。
「何をする、アダム!」
ブランドンが、苛立った声をあげる。
「陸軍派遣のロボットの主張した内容を、分析しなければならない。攻撃を一時中断していただきたい」
「嘘に決まっているでしょ!」
ヒルダが、いきり立つ。
「彼女が主張する重要な情報は、あなた方の主張する当基地の機密情報と同一のものである可能性がある。そこから類推すれば、あなた方の任務と陸軍派遣のロボットの任務は相反している可能性が高い。わたしに与えられているプログラムによれば、このような場合は上級司令部に指示を仰ぐように規定されている。外部との通信を許可してもらえないだろうか?」
アダムが、ずいとヒルダに詰め寄った。
「許可できません」
ヒルダが、言い放つ。
「アダム、マニピュレーターをどかしてくれ」
ブランドンが、苛立たしげに言う。
「申し訳ないが、攻撃は控えていただきたい。プログラム上、阻止することはできないが、このままハイアットおよびイェーリングに対する攻撃をあなた方が行った場合、わたしはその行為を不当なものと認識せざるを得ない。そのような事態になれば、既定に従ってわたしはあなた方を指揮権者として不適格であると判断、わたしに対する指揮権が喪失されたと看做すことになるだろう。よろしいか?」
アダムが、脅すようなことを言う。……口調が淡々としているので、却って不気味だ。
ブランドンが、困り顔でヒルダを見た。
「できましたぁ~。二リットルのペットボトルの中に、百四十ミリリットルのガソリンを入れてありますぅ~。これで、濃度七パーセントの気化ガソリンができたのですぅ~。着火すれば、いい具合に爆発的燃焼を起こしてくれるはずなのですぅ~」
ベルが、誇らしげにペットボトルを持ち上げた。
「凄いのであります!」
シオはぱちぱちと拍手した。
「ですが、これだけでは破壊力が不足なのですぅ~。爆風と熱だけでは、殺傷力がたいしてないのですぅ~」
「そんなこともあろうかと!」
シオはポーチから釘セットを取り出した。板橋のラビットマートで購入してきたものだ。
シオとベルはダクトテープを引っ張り出すと、その粘着面に釘をばら撒いて押し付けた。それをペットボトルにぐるぐると巻きつける。
「これで殺傷力が当社比三百パーセント増しになったのですぅ~」
ベルが、嬉しそうに完成品を高々と差し上げる。
「準備はいい?」
スカディが、訊いた。
「いいぞ」
マックスが、うなずく。
マックスはすでに準備を整えていた。手に爆弾ペットボトルを持ち、身体には冷たい毛布を巻きつけて、赤外放射を最小限に抑えている。ガスマスクも、いつでも装着できる状態だ。眼を守るゴーグルは、ガラス製の小鉢二個とダクトテープ、それに練り歯磨き……気温が低いので固くなっており、少し暖めて柔らかくしてから塗り付けると、パテの代用品となる……で作った急造品だ。
「ほな、いくで」
雛菊が、逆さまにしたモップを持ち上げた。柄の先に、ヴァージルのオイルライターが取り付けてある。すでに火は点いており、その炎が天井の火災検知センサーを炙り始める。
けたたましいサイレンが、鳴り響き出した。
「なんだ?」
ブランドンが、うろたえる。
「火災発生だ」
警備責任ロボットとして、当然基地内の防災設備にも通じているアダムが、即座に言う。
サイレンが途絶え、今度は避難を呼びかける録音音声が流れ出した。
「奴らの小細工ね。アダム、ロボットに命じて。その場を動かないように。奴ら、混乱に乗じて逃げるつもりよ」
ヒルダが、鋭い声で命じた。
通常、粉末消火剤を使用した消防設備の場合、火災検知から消火剤放出まではかなりのタイムラグがある。消火剤が撒かれると視界が遮られてしまうので、その前に避難してもらうためだ。
そのタイムラグが経過し、天井のノズルから薄い黄色に着色されたリン酸アンモニウムの粉末が勢い良く噴き出し始めた。
たちまちのうちに、すべての物がバターイエローに染まった。
可視波長の光学センサーが役立たずになったと判断したHR‐2000は、すぐに赤外波長での目標識別/捕捉をメインに切り替えた。すると、数個の熱源が捉えられた。いずれも小さく、人やロボットとは考えられない特徴を備えている。スカディと亞唯が、パッケージを破って発熱させた『トロピカイロ』をぽいぽいと放り投げているだけなのだが、HR‐2000のAIは判断に困った。ここが交戦中の戦場であれば、『探り撃ち』をFCSに命じるところだが、下手に撃てば陸軍のロボットに命中するおそれが強い。発砲は、できなかった。
第十三話をお届けします。




