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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 06 極寒封鎖秘密基地調査せよ!
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第十一話

 登山者用に市販されているフリーズドライのビーフシチューと、ごく普通のクラッカーひと箱。それにドライフルーツの小袋が、傭兵たちの昼食となった。

 本来ならば固形燃料を使って雪を溶かし、湯を作るべきだが、マックスたちは基地内の電気ポットで湯を沸かした。水も、備蓄してあったミネラルウォーター……凍っていたが……を使う。楽ができる時は楽をする、というのが『できる』兵士の心得のひとつである。

 レスリーを見張りに立たせ、HR‐2000に話を聞かれないように用心しつつ、ヴァージルがヒルダらの『疑惑』について他の傭兵たちに説明する。

「じゃあ、騙されたってわけか?」

 ユゼフが、不満そうな表情でヴァージルを見る。

「可能性は高いな」

 ヴァージルが、渋々と認めた。雇い主との交渉は、リーダーである彼の仕事である。騙されていたとなると、その責任はヴァージルが負わねばならない。

「とにかく、用心しておいてくれ、ということだ」

 インスタントコーヒーを飲みながら、マックスは言った。ちなみに、ヴァージルとノーランの英国勢は持参したティーバッグで紅茶を淹れている。

「殺人ウイルス拡散の片棒なんぞ担ぎたくはないぞ」

 ノーランが、語気鋭く言った。

「場合によれば、あの二人を撃ち殺してでも止めてやる」

「同感だ……と言いたいが、そうなると報酬がなぁ」

 クラッカーを口に放り込みながら、ペーテルが嘆息する。

「まあ、臨機応変にいこうや。傭兵らしく、な」

 ヴィリーが言って、皆を見回す。全員が、唸り声や軽いうなずきで同意を示した。




 インキュベーター(恒温器)の中に、それは鎮座していた。赤いベロ細胞(ウイルス培養に使用される細胞株)培地が入った小さな密閉式フラスコ。

 ヒルダは慎重な手つきでフラスコを取り出した。貼付されているタグのナンバーと、回収した資料に記されているナンバーが一致することを確認して、ほっと息を吐く。

 ブランドンが、ステンレス製の恒温容器……魔法瓶と基本構造は変わらない……を差し出した。発泡ポリエチレンシートでフラスコを丁寧に包んだヒルダは、それを恒温容器に入れた。内壁との隙間に、丸めたメモ用紙を緩衝材として詰め込む。本来ならばドライアイスを入れるべきだが、この外気温ならば必要は無い。

 扱いが難しい生物兵器としてのウイルスだが、最近では運搬、貯蔵が容易なようにフリーズドライ化するという手法が開発されている。長期保存にも耐えられるし、容器ごとミサイルの弾頭や航空機用爆弾に詰め込んで、そのまま実戦使用することも可能だ。放出されれば過半数のウイルス株が活性化し、活動を開始する。

 だが、クロフォード基地は研究施設であり、兵器開発能力は持っていない。それゆえに、貴重なウイルスを安全にフリーズドライ化する設備は備えていなかった。もしそのような設備があれば、シュネリング博士も簡単にウイルスを持ち出すことができたはずであり、ヒルダらが苦労して作戦を立案し、実行する必要はなかったことになる。

「任務完了だな」

 しっかりと密閉した恒温容器をストラップで肩に掛け、ブランドンが笑みを見せた。

「傭兵たちが妙なことを考えていなければいいけど」

 ヒルダが、眉根を寄せた。

「どうもこちらを信用していないようだしな」

 ブランドンが、同意した。

「ミズ・アンソンの存在も気になるわ。用心して掛かりましょう」

 ヒルダが言って、手振りで室外へ出るように合図する。



「ご報告します。三十七件がヒットしました」

 イヴリンが言って、プリントアウトの束を酸素テントの中に押し込んだ。

 ……三十七人のそっくりさんか。

 メルは苦笑した。条件を甘くしたせいもあるが、顔画像識別ソフトの精度など、しょせんそんな程度である。

 プリントアウトの左上には、大きなカラーの顔写真が印刷されていた。その右側には、名前、生年月日、国籍、髪と眼の色、身長、略歴などのデータが要領よく記載されている。下半分には、その人物が生物兵器または微生物学にどのように関わっているかについて、びっしりと印字されている。

 メルは印刷された顔写真を一枚一枚確認していった。皆、ヒルダによく似た顔立ちだ。だが、微妙に差異があり、すぐに別人だと判別できる。

 十二枚目で、メルの手が止まった。

 間違いない、同一人物だ。

 記されている名前を見た途端、メルの脳裏に鮮やかに記憶が蘇った。

 ……強く印象に残っていたのは、こういうわけだったのね。

 科学雑誌に載っていた写真と、短い記事。名前から、ひょっとしてと思い、確かめたところ、予想したとおりだったのだ。

 SGBだか何だか知らないけど、ヒルダの主たる目的は形質転換したペルー出血熱ウイルス株の持ち出しにあるにちがいない。

 どうすれば、阻止できるか?

 メルは考えた。イヴリンによれば、アダムは完全にヒルダたちの指揮下にあるようだ。陸軍派遣の小さなロボットたちも、軟禁状態らしい。

 となると、利用できるのは……。

「ねえ、イヴリン。あの傭兵たちは信用できると思う?」

「わかりません」

 イヴリンが、首を振る。

 ……だが、他に方法はないだろう。

「イヴリン。先ほどの傭兵たちを連れてきてくれる? 大事な話があると伝えて」

「承知しました」



「あなたたち。ヒルダ・ノウルズの正体を知ってるの?」

 酸素テントの中の女性……メルが訊く。

 マックスはヴァージルと顔を見合わせた。女性型ロボット……イヴリン……が懇請するので来てみたが、いきなりこんなことを訊かれるとは思わなかった。

「詳しくは知らんよ。SGBのメンバーらしいが」

 マックスは、歯切れ悪く答えた。

「イヴリン」

 メルの言葉に応じて、イヴリンが一枚のプリントアウトを二人の傭兵に差し出した。

「基地内のデータベースにあった人物情報よ」

 メルが、説明する。

 印刷されている女性の顔は、若干若く見えるが明らかにヒルダ・ノウルズと同一人物と思えた。おそらく、しばらく前……三年くらい前か……に撮られたものだろう。

「むっ」

 ヴァージルが、呻いた。

「どうした?」

「名前」

 マックスの問いに、ヴァージルが短く答える。

 マックスは、写真の右側に記されている女性の名前を読んだ。ジーナ・ニコラエヴナ・スネシュコワとある。

「スネシュコワ? スネシュコフと関係あるのか?」

 マックスは、頓狂な声をあげた。

「スネシュコフの女性形だ。ニコラエヴナは、ニコライの娘の意味。つまり、ジーナ・ニコラエヴナ・スネシュコワはたぶんニコライ・スネシュコフの娘だ」

 淡々と、ヴァージルが説明する。

「なんと!」

 マックスは絶句した。だがこれで、ヒルダが脳死状態になったスネシュコフ博士を見て青い顔をした理由がわかった。どんな女でも、実の父親が死に掛けている……いや、すでに死んでいる姿を見たら冷静ではいられないだろう。

「この情報に、間違いはないのか?」

 ヴァージルが、鋭い目つきでメルを見る。

「二年くらい前だったかな。ロシアの科学雑誌を眺めていたら、彼女の写真入り記事を見つけたのよ。たしか、ロシア保健省傘下の研究施設のレポート記事だったわ。名前に気付いて、ひょっとしてニックの血縁かと思って訊いてみたら、娘だと認めたわ。間違いない。彼女はニコラス・シュネリング……ニコライ・スネシュコワの娘よ」

 かすれ気味だが、自信を感じさせる口調で、メルが言い切る。

 マックスは、ヴァージルと視線を合わせた。ヴァージルが、短くうなずく。

 すでに死に掛けているメルが、嘘を吐くとは考えにくい。それに、この情報はヒルダがロシア人ではないか、というマックスらの疑いと矛盾なく合致する。本物とみて、間違いなかろう。

「理由は判らないけど、彼女は父親が作ったウイルスを持ち出そうとしているわ」

 メルが、続けた。

「どう考えても、ロシアに持ち帰って悪用を企んでいるとしか思えない。父親と対立していたのであれば、株を死滅させるはずでしょう。……阻止すべきだと思わない?」

「俺たちは、雇われた身だ。だが、この雇い主はどうやら信用できないようだ」

 ヴァージルが、言った。

「確約はできないが、ウイルスのことは任せてほしい。悪いようにはしない」

「……ありがとう。これで、心置きなく死ねるわ」

 メルが微笑みを見せ……急に身体をくの字にして咳き込んだ。うっと唸ってから、口からごぼっと鮮血を吐き出す。

「大丈夫か!」

 マックスは思わず前に出たが、酸素テントのせいでベッド際までしか近寄れない。

 イヴリンが、素早く生体モニターの数値を確認した。タオルを手に、メルの手助けをしようと屈み込むが、メルが血まみれの手を振ってそれを拒否する。

「……気泡が混じっていない。肺からの出血じゃないわね。吐血なのに、色が赤い。……食道からの出血かしら。いずれにしろ、もう内蔵はぼろぼろね。長くは無いわ」

 研究者らしく、手を汚した血液を冷静に分析しながら、メルが言う。

「ウイルスのこと、頼んだわよ」

 口角から鮮血を垂らしながら、メルがヴァージルとマックスを見据えた。長い黒髪に縁取られた、死相が露わな顔。本来ならば、おぞましさを感じていいはずの見た目だが、マックスは奇妙な美しさをそこに見い出した。……聖人が拷問されるところを描いた中世の宗教画を思わせる、妙にエロチックな美しさを。

「任せてくれ」

 ヴァージルが、確約した。



「で、具体的にどうするんだ?」

 医務室を出ると、マックスは訊いた。

「基地内では身動きが取れないな。ロボットどもをヒルダとブランドンが手懐けているあいだは、手出しができん。帰路になんとかしよう」

 ヴァージルが、顎を撫でながら言う。

「武装解除して、真相を聞き出す。納得できれば作戦続行、できなければウイルスは没収。報酬支払いは応相談、というところか」

「没収したウイルスはどうするんだ?」

「eBayにでも出すか……もちろん冗談だが。焼却が一番妥当だろうな」

 薄く笑みを浮かべながら、ヴァージルが言う。

「下手をすると前金以外の報酬がゼロになるぞ。他の連中が納得するか……」

 マックスは悩んだ。やはり傭兵、金は惜しい。



 ヴァージルとマックスは、基地内をうろついているHR‐2000に聞かれないように、トイレの中で相談を続けた。ヒルダとブランドンの武装解除はフェアバンクス郊外まで戻ってから。混乱を避けるために、仲間の傭兵にはすべてを話さずに、ヴァージルとマックスの指示に従うことを再徹底。念のため、ウイルス滅菌用の消毒液を何本か事前にくすねておくこと、などを決める。

 トイレを出た二人は、ヒルダが待ち構えていたことに気付いた。彼女の背後には、二体のHR‐2000が控えている。

「長かったわね」

 ヒルダが、言った。

「便秘気味でね」

 マックスは、肩をすくめていった。

「じゃあ悪いけど、武器を捨ててちょうだい」

 両腰に手を当てたヒルダが、唐突に猫なで声でそう告げた。

「警告しておきますけど、この子たちには、あなたたちが攻撃してきたら撃つように命じてありますからね」

 ヒルダの言葉を強調するかのように、二体のHR‐2000が、装備しているM240汎用機関銃とライオット・ガンの銃口を、ヴァージルとマックスにぴたりと向ける。

「……従うしかないようだな」

 ヴァージルが、SG540突撃銃を肩から外し、ゆっくりと床に置いた。マックスも、渋々とそれに倣った。

「拳銃もお願いね」

 ヒルダが、猫なで声のまま続ける。

 ヴァージルが、指二本だけでP225を抜くと、SG540の脇に置いた。マックスも同様に、拳銃を捨てる。

「結構。これで、安心して話し合いができるわね」

 ヒルダがいつもの口調に戻って言う。

「何のつもりだ?」

 マックスは、やや刺々しい口調で訊いた。状況は絶望的だが、このような場合気合負けしては余計に不利になるだけだ。

「ミズ・アンソンに何を吹き込まれたの? わたしの正体は、判ったのでしょう?」

 嘲りを込めた口調で、ヒルダが訊いてくる。

「あんたの正体? 何のことだ?」

 マックスはとぼけた。

「正直になった方が身のためよ。ミズ・アンソンがデータベースをロボットに検索させた。そして彼女があなたたちを呼んだ。1足す1の答えは2。あ、そうそう。あのロボットには検索履歴を消去することを覚えさせた方がいいわね」

 ヒルダが、わざとらしく付け加える。

「わかった。あんたの正体が、ジーナ・ニコラエヴナ・スネシュコワで、たぶんニコライ・スネシュコフの娘だと聞かされた。そして、ウイルスの持ち出しを阻止してくれと頼まれた。断ったがね」

 ヴァージルが、諦め顔で言う。

「断った? ほんと?」

 猫なで声に戻って、ヒルダが訊く。

「本当だ。軍用ロボットをあんたが支配している状況で、逆らったら命が無いからな。それに、ウイルスの持ち出しは契約の範囲内だ。こちらも、金は欲しいからな」

「そう。ひとつ、提案があるのだけれど」

 ヒルダが、媚びたような笑みを浮かべる。

「拝聴しようか」

 ヴァージルが、気乗りしない様子で言う。

「あなたたち、わたしの部下にならない? 正体を知られた以上、ただで帰すわけにはいかない。仲間になってくれれば、正体を知られていても問題ない、という寸法よ。わが組織も人手不足なの。優秀な人材は、歓迎するわ」

「……正気か?」

 予想外の提案に、マックスは半ば呆れた。

「正気で本気よ。待遇は良いとは言えないけど、ここで口封じされるよりはいいでしょ?」

「わが組織、と言ったな」

 厳しい口調で、ヴァージルが訊く。

「どこだ? SVR(ロシア対外情報庁)か? GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)か?」

 ヴァージルの問いに、ヒルダがからからと笑う。

「わたしはロシア人だけど、ロシア政府や軍の所属ではないわ。わが組織は、ロシアとは直接関係ないし。詳しいことは仲間になってから聞かせてあげるわ」

 ヒルダの言葉を聞きながら、マックスはヴァージルと視線を合わせた。とりあえず、ヒルダの要求を呑むほうが、利口だろう。HR‐2000二体に丸腰で立ち向かうのは、園芸用シャベルで井戸を掘ろうとするくらい愚かな行為である。

 と、マックスの耳に銃声が聞こえてきた。それほど離れていない場所からの、機関銃の連射音だ。それも、二丁。

「あらあら。どうやら、お仲間はあなたたちよりも馬鹿だったみたいね。ブランドンの提案を、蹴ったみたい」

 呆れ顔で、ヒルダが言う。

「てめぇ!」

 マックスは思わず半歩前に出た。HR‐2000が反応し、ライオット・ガンの銃口がマックスの胸をぴたりと狙う。

「よせ、MJ」

 ヴァージルが、マックスの肩をつかんで引き戻す。

 マックスは、ヴァージルを見た。

 ……何とかならないのか?

 視線だけで、意思を伝える。

「他に選択肢はないな。……しかし、喋りすぎで喉が乾いたな」

 ごくさりげない調子で、ヴァージルが言った。

 ……『お守り』を使うつもりか。

 マックスは、眼を閉じた。


 第十一話をお届けします。

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