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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 06 極寒封鎖秘密基地調査せよ!
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第十話

「危ないところだったのです!」

 扉が閉まると、シオは額の汗を拭うしぐさをしつつ言った。

「アダむんが杓子定規で助かったで」

 雛菊が、笑う。

「ロボットとしては当然の論理的な反応だよ。君らが柔軟過ぎるんだよ」

 ジョーが、突っ込む。

「高飛車な女でしたわね。気に入りませんわ」

 むっとした表情で首をゆっくりと振りながら、スカディが言い放つ。

「リーダーにそこまで言われるとは、大概だな」

 亞唯が、笑った。

「しかし何者なのでしょうかぁ~。副所長の要請を受けて、資材回収に来たと言っていましたがぁ~」

 ベルが、首をひねる。

「合衆国の軍所属ではあり得ないね。政府関係者でもなさそうだ」

 ジョーが、断言する。

「護衛らしいのがSIG SG540を持っていたが、使ってる国はこの辺にはないだろう」

 亞唯が、そう指摘する。

「アフリカか中南米がほとんどですねぇ~。ですが、皆さんアフリカ系にもラテン系にも見えませんでしたぁ~」

 ベルが、言う。

「どこかの国家の正規軍とは思えませんわね。いかなる理由があろうとも、合衆国領土で作戦行動を行うのは無謀ですわ」

 スカディが、断定した。

「資材回収に来たとか言っていたのです! ウイルスを盗みに来た連中ではないでしょうか!」

 シオはそう推測を述べた。

「シュネリング博士が作った感染力を高めたペルー出血熱を盗みに来た……とすると、どこからその情報を嗅ぎつけたんだろう?」

 シオの推測を受けて、亞唯が疑問を呈する。

「陸軍から情報が漏れたのではないとすると、皆さんアップショー少佐と最初からつるんでいた可能性もあるのですぅ~」

 ベルが、嬉しそうに言った。

「いずれにしても、敵なのです! あたいたちの任務を妨害する存在なのです!」

 シオはそう息巻いた。

「そうね。でも、現状では打つ手なしね」

 スカディが言って、小さく肩をすくめる。



「ミズ・アンソンはこの中だ」

 アダムが、一室の前で立ち止まる。

 さっそくヒルダとブランソンが肩掛けバッグを外し、ガスマスクの装着を始めた。

「なにしてるの? 早く準備しなさい」

 口と鼻だけを覆う簡易なガスマスクの具合を確かめながら、ヒルダがヴァージルとマックスに向かって言う。

「おいおい。俺たちも入らなきゃいけないのか?」

 マックスは、たじろいだ。重症の生存者ということは、ウイルスを現在進行形で増殖させているということでもある。体液ひと滴にはウイルスが数千万個単位で含まれているはずだ。

「報酬分は働いてくださいよ」

 ブランドンが、言う。声は、マスクのせいでくぐもって聞こえた。

 マックスは、ヴァージルを見た。小さくため息をついたヴァージルが、他の傭兵たちに周辺警戒の指示を与えてから、ガスマスクの装着に掛かる。

 マックスも諦めてガスマスクを付けに掛かった。付属している空気ボンベはカーボン繊維性で軽量だが小さく、持続時間は十分しかない。だがこれを装着していれば、空気感染からも完璧に守られる……はずである。

「アダム。開けてちょうだい。あなたはここで待機。いいわね」

 ヴァージルとマックスの準備が整ったことを確認してから、ヒルダが命ずる。

 アダムが扉を開ける。ヒルダが戸口をくぐり、ブランドンが続く。マックスは、ヴァージルに続いて入ると、内部の空気が必要以上に逃げないように扉を閉めた。

「……見舞いに銃を持ってくるとは、無粋な人たちね」

 酸素テントの中の女性が、笑みを見せた。ベッドの脇には、女性型ロボット……イヴリンが、従者のごとく控えめに立っている。

「……惜しいな」

 ヴァージルが、つぶやく。マックスは同意のうなずきをした。まだ若い美人なのに、すでに顔には死相が現れている。

「こんにちは、ミズ・アンソン。わたしはヒルダ・ノウルズ。連れはブランドン・メラーズ。シーグリーン・ボートのメンバーよ」

 ヒルダが、自己紹介する。

「SGB? うちはホッキョクグマを殺したりジャコウウシをいじめたりはしていないけど?」

 ミズ・アンソン……メルが力なく微笑みつつ言う。

「アダムに頼まれてあなたを診察に来たのだけれど……残念ながら、もう手遅れのようね」

 生体モニターの数値を確認しながら、ヒルダが言った。

「それは承知しているわ。もう血清を得るのも無理なようだし」

「血清?」

 メルに向き直りつつ、ヒルダが眉を顰める。

「アダムから聞いていないのね。わたしがここまで生きながらえているのは、血清投与のおかげよ。治癒した人からのね」

「治癒? ペルー出血熱から治癒した人がいるの? あなたの他にも生存者が?」

 ヒルダが、驚きの表情を浮かべる。

「ニックよ。すでに脳死状態だけどね」

「ニック?」

「ニコラス・シュネリング博士よ。隣の部屋に、寝てるわ」

 ヒルダの顔色が、マックスにもはっきりと見て取れるほどに青ざめた。

 きびすを返したヒルダが、無言のまま早足で医務室を出てゆく。ブランソンが、続いた。

「あなた方もSGB?」

 残ったヴァージルとマックスに視線を当てながら、メルが訊く。

「いや。金で雇われただけの護衛だよ。SGBのメンバーじゃない。フリーランスの傭兵さ」

 マックスは正直にそう言った。余命幾許もない女性に隠し事をしても、後味が悪いだけだ。

 戻ってきたヒルダの顔色は、先ほどよりもさらに青ざめていた。……よほどシュネリング博士の状態がおぞましいものだったのだろう。マックスは『一緒に来なさい』とヒルダに言われなかったことに秘かに感謝した。仕事柄死体には慣れているが、それは戦場における外傷による死体である。ベッドの上でチューブやら電線やらを突っ込まれ、無理やりに生かされている脳死状態の患者というものは、切り裂かれ血まみれになった死体とはまた違った意味でおぞましい姿であろう。……銃弾に貫かれたり地雷を踏んづけたりして死ぬ覚悟はできているが、まだ若く病死や老衰死の覚悟ができていないマックスにしてみれば、ベッドの上の青ざめた死体の方が戦場での戦死体よりも見るに耐えない存在なのだ。

「付いて来いと命じられなくて良かったぜ」

 マックスは、ヴァージルだけに聞こえる声でつぶやいた。ヴァージルが、同意のうなずきをする。

「ミズ・アンソン。SGBは、関連団体を通じ、当基地でBWC(生物兵器禁止条約)違反の研究が行われていたことを世界中に公表するつもりです。これは単に、合衆国陸軍を糾弾するための行動ではありません。全世界に対し、生物兵器を含む大量破壊兵器の研究開発の抑制を促すためのデモンストレーションの一環として行われるものです。われわれは、当基地より各種資料を持ち出します。よろしいですね?」

 青い顔のまま、ヒルダがメルに通告した。

「阻止する手立てはないわね。でも、悪いのはペルー出血熱の遺伝子操作を行っていたニックと、それをたぶん黙認していたアップショー少佐だけ……。あれ? そういえば、あなた方どうやってBWC違反のことを知ったの?」

「われわれの活動に協力的な方がいるのですよ。合衆国陸軍の中にもね」

 ブランドンが、口添えする。

「そう。ところで、先ほどから気になっていたんだけど……あなた、以前にどこかで会ったことなかったかしら?」

 唐突に、ヒルダの顔を見つめながら、メルがそんなことを訊ねる。

「……あなたにお会いした覚えはないわね」

 顔をしかめながら、ヒルダが応じる。

「とにかく、資料の回収をさせてもらいます。サンプルも……」

「サンプル? ウイルス株の持ち出しを行うの?」

 メルが、枕から頭を浮かす。

「もちろんです。捏造疑惑を持たれないためにも、BWC違反の現物が必要ですからね」

 ヒルダの答えに、メルが形相を変える。

「だめよ、そんな。ニックが作ったこれは化け物よ。感染力がインフルエンザ並みなんだから。外部に流失し、初期封じ込めに失敗したら、パンデミック(世界的流行)のおそれもあるわ。そうなれば、発症率と致死率を勘案すれば億単位の死者が出てしまう……」

「大丈夫。信頼できる検査機関に預けるだけです。外部に漏れることはありませんわ」

 メルを宥めるかのように、ヒルダが身振りを交えて言う。

「だめ。絶対だめ。これがどれほど恐ろしいウイルスかわからないの?」

 叫ぶように言ったメルが、ヴァージルとマックスに視線を移す。

「ねえ、あなたたちもこれでいいの? いくら貰ったかは知らないけど、何億もの人々の命を危険に晒すことになるのよ。自分だけじゃないわ。家族や友人まで……」

「行きましょう」

 メルの声を遮るように、ヒルダがヴァージルとマックスの前に立った。



 ……だめだ。思い出せない。

 メルは閉じていた眼を開けた。ヒルダ・ノウルズと名乗った女の顔。どこかで見たことがあるはずだが思い出せない。鎮痛剤が効いているせいだろうか。あるいは、脳炎の前駆症状か。

「イヴリン。あなた、ヒルダと名乗った女性がマスクをしていない状態の映像を持っている?」

「はい。持っています」

「見せてくれないかしら」

 メルの指示を受け、イヴリンが壁際の端末ディスプレイに歩み寄った。内蔵ケーブルを引き出し、端末に繋ぐ。

 すぐに、液晶ディスプレイに静止画像が表示された。ヒルダ・ノウルズの顔を正面から捉えたものだ。

 ……間違いない。以前に見たことがある。そう、直接会ったわけではないが、見たことがある。

 メルは確信した。強く印象に残っている顔だ。何かの映像で見たに違いない。それと、外国人であるという記憶もぼんやりとだが残っている。何で見たのだろう。テレビニュース? 新聞の写真? あるいは、映画?

 ……外国映画の端役俳優? いや、違う。

 不意に、メルの脳裏に映像が浮かんできた。ヒルダが、白衣を着ている画だ。

 そうだ。彼女は白衣を着ていた。それは思い出せる。となると、生物兵器関連の人物か。

「イヴリン。基地のデータベースで、ヒルダの顔を画像検索してみて」

 メルはそう指示した。ユーサムリッドは外国人を含む生物兵器関連の人物に関する膨大なデータベースを持っており、そのコピーがこの基地のメインフレームにも移植されている。もしメルの記憶が確かならば、ヒルダの正体がわかるはずだ。

「かなり時間が掛かるはずですが」

 イヴリンが、言う。

「女性のみ。二十代と三十代限定。アジア系とアフリカ系は除外。それと……合衆国国籍も除外していいわ。髪型と色は限定しないで。染めたりしているかもしれない」

「承知しました。さっそくやってみます」



 自称寒冷地装備試験棟、その実態は生物兵器対策試験棟。クロフォード基地のこの建物も、世間一般の高バイオセーフティレベル施設と同様に、入れ子構造になっていた。一番奥底にBSL4施設。それを取り巻くようにBSL3区画。その外側にBSL2区画。さらに外側にBSL1区画。通常の区画を経て、ようやく外壁に至る。このような構造であれば、万が一BSL4のウイルスや細菌が『外部』に漏れても、汚染はBSL3区画内に留まるはず……という設計思想である。

「……俺たちも入らなきゃならないのか?」

 窓の無い怪しげな建物を見やりながら、マックスはヒルダに訊いた。

「安全が確認されるまでは、居てちょうだい」

 ヒルダが、扉脇の保護カバーを開き、中のテンキーパッドを操作した。ぷしゅっと音がして、扉が開いた。……内部の気圧を空調によりやや低めに設定し、空気が外部に漏れないようになっているのだ。

 ヒルダとブランドンに続き、ヴァージルとマックスは生物兵器対策試験棟に入った。サージカルマスク越しにも、強いエタノール臭が嗅ぎ取れる。……バイオハザード後に、ロボットたちが消毒を行った名残であろう。

 入ってすぐの処にある制御室のような一室に、ヒルダが入っていった。液晶モニターが何枚も接続されている端末に取り付き、キーを操作する。

「よかった。機能正常よ。外気との換気機能はオフ。フィルターは交換していない。これはこのままでいいわね。BSL1異常なし。BSL2異常なし。BSL3異常なし。BSL4も……異常なし。空気供給システム、正常。とりあえず、大丈夫ね」

「よし、仕事に掛かろう」

 ブランドンが、通路を歩み始めた。このあたりは、研究員の個室が並んでいる一角のようで、扉にネームプレートが貼り付けてある。それらは規格化されたものではなく、さまざまなものがあった。白い長方形のプラスチック板にかっちりとした字体で印字してあるもの。厚紙にフェルトペンで殴り書きしてあるもの。名刺をそのまま貼り付けたもの。ピンク色のポスト・イットに名前だけ記してあるもの。ある部屋などは、何かの紙箱の蓋らしい真紅の厚紙に、『K』とだけ描いてあった。……小さな基地なのでそれで通用するのであろう。

「ここだ」

 ブランドンが、ドアハンドルに手を掛けた。扉には、白地に『ニック』と描いた厚紙が貼り付けてある。

 ブランドンに続き、いそいそとヒルダが部屋に入る。マックスも、ヴァージルに続き入ってみた。

 さして広くない部屋であった。大きなデスク。ノートパソコン。本棚。ファイルキャビネット。ごくありきたりの、個人用事務室に見える。

「これね」

 ヒルダが、デスクの上にあった角封筒を取り上げた。中に入っている書類を引っ張り出し、ぱらぱらとめくって検める。

 ヴァージルが、本棚に手を伸ばして一冊を抜き出した。適当にページを開き、顔をしかめる。

「なんだこれは。……ロシア語か?」

「読めるの?」

 書類から眼を離さないまま、ヒルダが問う。

「いや。さっぱりだ」

 ヴァージルが首を振り、本を戻す。

 マックスは内心で首を傾げた。……ヴァージルは、ロシア語の会話はもちろん、読む方も達者なはずだが。

「しかし……キリル文字の本ばっかりじゃないか。この部屋の主は、何者だ?」

 本棚を眺めながら、ヴァージルが訊く。

「その質問は、報酬外ね。もう安全は確保されたとみていいでしょう。とりあえず、居住棟に戻っていいわ。わたしたちが資料をすべて集めるまで、待機していてちょうだい」

 書類を封筒に戻しながら、ヒルダが言った。



「何を考えている?」

 充分に生物兵器対策試験棟から離れたところで、マックスは相棒にそう尋ねた。

「どうも気に喰わん」

 ヴァージルが、顔をゆがめる。

「ロシアの影がちらつき過ぎる。SGBはロシアとそれほど強い結びつきは無いはずだ」

「まさか、俺たち騙されてるんじゃないだろうな?」

 マックスは、言った。

「SGBなんていうのは嘘っぱちで、ロシアが超強力なウイルスを手に入れるのを手伝わされているだけじゃ……」

「いや、SGBが関わっているのは本当だ。マリア・クララは本物だったしな」

 ヴァージルが、言う。

「実はヒルダとブランドンとの二回目の顔合わせは、SGBのロンドン支部で行ったんだ。住所はホームページに出ている本物だった。あの二人はSGBメンバーか、そうでなくともSGBに多大な影響力を持っていることは間違いない」

「SGBが俺たちを騙そうとしているのか?」

「SGBも、未公表の部分が多い団体だからな。公表している財政状況が真実だと思ってる奴は一人もいないだろう。活動も、大っぴらにやっているのはごく一部のはずだ。エコテロリズムまがいのことは、極秘にやっているはずだからな。まあ、報酬を貰いたければ大人しく指示に従うしかないが」

 顎を撫でつつ、ヴァージルが言う。

「これからどうする?」

「様子見だな。まずは、ミルカとペーテルを交替させてやろう。それから、ちょっと早いが飯にしよう」

 ヴァージルが言って、マックスの二の腕を親しみを込めたしぐさでぽんぽんと叩いた。


 第十話をお届けします。

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