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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 06 極寒封鎖秘密基地調査せよ!
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第八話

 クロフォード基地に対する定期補給は、二週間に一回の頻度で行われる。最も近い陸軍基地であるフォート・ウェインライトから、CH‐47が往復するのだ。したがって、クロフォードで勤務する人々の休暇も、二週間単位となる。補給便に便乗する以外に、基地に出入りする方法がないからだ。

 そのようなわけで、主にシアトルで過ごした二週間の休暇から戻ったメラニー・アンソン少尉は、クロフォード基地が騒然としているのを見て驚いた。隔絶された小さな基地の常として、いつもは静かかつ穏やかで、家庭的とでも言いたくなるような空気が流れている基地なのだが。

「本部の査察が入るそうだ。一昨日飛び込んできた突然の話で、所長も慌てているよ」

 肉体関係こそないが、実質的にはメルの恋人といえる研究員、ジョルジュ・フィーコが笑いながら言う。

 メルは慌てて自分の研究室にこもった。査察となれば、細かい研究費用のチェックなどがなされるであろう。早めに精査し、不備があれば隠蔽やごまかしをしなければならない。査察には当然ユーサムリッドのお偉いさんが同行し、研究内容も調べられるだろう。これは得点を稼ぐチャンスでもある。メルの専門は、最近色々と注目されている炭疽菌である。中尉への昇進、もっと広い研究室への引越し、専用の助手、研究資金の増額……。さまざまな夢を膨らませながら、メルは書類仕事に精を出した。

 三時間後、疲労を覚えたメルは食堂に出向いた。コーヒーメーカーの前で立ったまま飲みつつ一息ついていると、ジュード・モーズリーがふらりと現れる。ニコラス・シュネリング博士の助手で、階級は准尉長……給与等級で言えばW‐3……である。

「やあ、メル。帰ってたんだね」

 ジュードが、メルに異常なほど近付いて言う。メルは思わず半歩引いた。

「……大丈夫?」

 メルはすぐにジュードの異常に気付いた。眼が充血しているし、顔も赤らんでいる。熱でもあるのだろうか。

「……ちょっと忙しくてね。査察のせいで、ニックが大慌てで……」

 力なく、ジュードが笑う。ニックとは、彼の上司であるニコラス・シュネリングのことである。もうかなりの歳だが、若い下っ端の研究員や警備の兵士からも気安く『ニック』と呼ばれるのを好んでいるのだ。

「無理しないでよ。一杯飲む?」

 メルはコーヒーメーカーから一杯注いで、ジュードに差し出した。細身の若者で、ちょっと頼りなげだが顔立ちはなかなかハンサムである。ジョルジュの存在がなければ、メルでもちょっかいを出す気になったかもしれない程度に、好感の持てる青年だ。

「ありがとう」

 ジュードが、コーヒーカップを受け取った。その手が、小刻みに震えていることに、メルは気付いた。

「やだ。本当に、大丈夫?」

「ああ。ありがとう」

 ジュードが、空いている左手を伸ばし、カップを持っているメルの手の甲にそっと触れた。



 バイオハザードが発覚したのはその翌日であった。

 研究員八名、警備兵二名、庶務員一名が、相次いで身体の不調を訴える。その中には、所長のミルバーン中佐、そしてジュードの上司でもあるシュネリング博士も含まれていた。……これだけの人数が同時に体調を崩すのは、食中毒か病原性菌ないしウイルスの流出以外に考えられない。

 ミルバーン中佐が、即座に閉鎖措置を命ずる。だが、中佐は直後に症状が悪化し、倒れてしまい、後事を副所長アップショー少佐と警備隊長オルドリッジ大尉に託すことになる。

 事態の急速な進展に慌てふためく研究員たちの前に、副所長アップショー少佐がシュネリング博士を伴って現れたのは、所長が倒れてから三十分ほど後のことであった。

「悪い知らせだ。バイオハザードのウイルスが特定された」

「こんなに早く、ですか?」

 研究員の一人が、訝しげに問う。菌類ならば、生物剤検知器で比較的短時間で同定できるが、ウイルスを種類まで特定するのは時間が掛かるはずである。

「ジュード……モーズリー准尉が、自殺しているのが発見された。遺書に、自らペルー出血熱に感染したと記されていた。彼が自らを培養基として、当基地にウイルスをばら撒いたのだ」

 アップショー少佐が、告げる。

「え、でも、出血熱なら、接触がない限り感染は無いはずでは?」

 研究員の一人が、聞く。通常、ウイルス性出血熱は空気感染しない。

「いや。彼がばら撒いたのは、感染力を高めたペルー出血熱だ。飛沫感染はもちろん、近距離であれば空気感染する」

 シュネリング博士が、発症のせいか震えを帯びた口調で言った。

 集っていた研究員が、一斉に驚愕の表情を浮かべた。



「この基地は生物兵器対策を研究しているはず。なぜ、感染力を高めたウイルスがあったのですか?」

 スカディが、当然浮かぶ疑問をメルにぶつけた。

「ニックが、研究していたのよ。たぶん、アップショー少佐を抱きこんだうえでね」

「なぜそんなことをしていたのでありますか?」

 シオは首を傾げつつそう口を挟んだ。

「その質問に答えるには、ニックの正体を知ってもらう必要があるわね」

 メルが、薄く微笑んだ。

「ニコラス・シュネリング。元の名前は、ニコライ・スネシュコフ。バイオプレパラトの、優秀な研究員だった」

「バイオプレパラト? ロシアの組織ですわね」

 スカディが、眉をしかめる。

「ソビエト時代からの組織ね。表向きは、微生物による疾病対策の研究と、ワクチンや薬品製造のための組織。でもその実態は、生物兵器全般の研究と開発、生産、備蓄のための組織だった。実質的に軍の下部組織で、KGBの監督下にもあった。数々の国際条約を無視し、大量破壊兵器の大量生産、大量備蓄を行っていたことが、知られているわ。その後、ソビエト崩壊で改組され、多くの研究者が職を解かれた。そのうちの一人が、ニックよ。アメリカに移住して、陸軍に自分の知識と経験を売り込んだの。陸軍としては、断って反米国家に職を求められても困るから、採用したわけ。……ニックは、ペルー出血熱に関しては、世界最高レベルの権威だったわ。以前から着目し、長年改良を重ねていたそうよ。一度、軽度なバイオハザードを起こし、自らも感染したことがあったと聞いているわ。そのせいで、優秀だったにもかかわらず向こうでは出世コースを外されていたようね」

「ペルー出血熱。モーズリー准尉が、ばら撒いたウイルスですわね」

 眉根を寄せたスカディが、訊く。

「そう。ジュード・モーズリーはニックの専属助手だった。ここから先は半分は推測だけど、ニックはアップショー少佐の非公式な協力を取り付けた上で、ペルー出血熱の形質転換……つまりRNAに対する遺伝子操作を行って、感染力を高める実験を行っていたようね。アップショー少佐は、生物兵器の使用を抑制するには、相互確証破壊のような体制が必要だ、というのが持論だったから、協力したのでしょう。査察が入ることを知ったモーズリー准尉が、この違法な研究の発覚を確信して絶望し、自殺を計画。皆を巻き添えにしようとしてウイルスを自ら体内に取り込み、拡散させる……。こんなところが真相でしょうね」

「なるほど。では、根本的な原因は副所長のアップショー少佐と、ニコラス・シュネリング博士にあるということですね」

 スカディが、確認する。

「たぶんね。アップショー少佐は自殺してしまったから、よく判らないけれど」

「自殺。いつですか?」

「発見されたのは、夜に入ってからだから……暫定指揮権がオルドリッジ大尉に移り、対策会議が一段落したあとね。バイオハザードの責任を取ったつもりでしょうね。その頃にはもうみんな、症状が出てしまっていたし、一縷の望みはニックが奇跡的に治療法を開発してくれるしかない状況だったから、気にも留めなかったけど」

「なんで陸軍に助けを求めなかったのですかぁ~」

 ベルが、訊いた。

「通信封鎖を命じたのは、アップショー少佐よ。意図はよく判らないけど。でも、ユーサムリッドでも手の打ちようが無かったはずよ。感染力だけではなく、致死率も飛躍的に高められていたから。通常、ペルー出血熱は脳炎に至らなければ命は取り留めるわ。脳炎に至る確率は二十パーセント前後ね。でも、この株は脳炎率が九十パーセント近くにまで高められているの。ニックの話ではね」

「では、あなたは幸運なことに脳炎を免れたわけですね」

 スカディが、言う。

「幸運じゃないわ。ここまで生きていられるのは、血清のおかげよ」

「血清?」

「わたしは、モーズリー准尉がウイルスをばら撒き始めた日には、この基地に居なかったの。だから、感染が遅れ、当然発症も遅れた。研究員も警備兵も、続々と亡くなったけど、一人だけ治癒した人物がいるのよ」

「どなたですの?」

「ニックよ。おそらく、以前に感染し、治癒したことで体内に抗体が作られていたのでしょうね。それが、今回の感染でもある程度効力を発し、命は取り留めた。でも、ウイルスを駆逐する前に身体が蝕まれ、臓器不全で植物状態になってしまったの。わたしはイヴリンに命じて、彼の血液から血清を作らせたわ。それを注射することによって、抗体を取り入れ、今まで生きながらえているの。治癒は無理だけど、ウイルスの増殖は抑えられているようね」

「……アダムは、生存者はあなただけと言っていましたが?」

 スカディが、首を傾げる。

「それは、医学的には本当ね。昨日、ついにニックも脳死状態になってしまったの。医学的には死んでいるわ。あと三日程度で、脳幹も死んでしまい、心臓も止まるでしょうね。そうなったら、もう血清も得られない。いずれにせよ、わたしも死ぬことになるわね」

 とっくに死の覚悟ができているのであろう、さばさばとした表情で、メルが言う。

「何とかならないのかい?」

 亞唯が、少し苛立ったような口調で訊く。

「無理ね。血清投与の方も、副作用が出始めているし、いずれにしろわたしはあと数日の命よ。ごく普通にお葬式をしてもらえて、ごく普通に火葬にしてもらい、ありきたりのお墓に入りたいわね。今は、それだけが望みよ」

 メルが、眼を閉じた。喋り疲れたのか、あるいは心情を吐露して満足したのか。

「皆さん。ミズ・アンソンはお疲れのようです」

 イヴリンが、そっと声を掛けた。



 医務室を出た一同は、イヴリンの案内で隣室を覗き、すでに脳死状態になっているニコラス・シュネリング……ニコライ・スネシュコフ博士の様子を見せてもらった。すでに自発呼吸はなく、気管挿入で無理やり酸素を供給されている。……完全死は時間の問題だろう。

「とりあえず、バイオハザードの原因は突き止められましたわね」

 イヴリンが先導する形で通路を歩みながら、スカディが言った。ちなみに、アダムはAI‐10の後ろをぴったりと付いてきている。

「わたくし、アップショー少佐が自殺した、と言うのが気になるのですがぁ~」

 ベルが、そう言い出す。

「確かにな。黒幕が副所長とシュネリング博士だったとすると、片方が自殺したってのは引っ掛かるね」

 亞唯が、同意した。

「調べてみるのです!」

 シオは挙手して主張した。

「イヴリン。アップショー少佐のご遺体はどこにあるのかしら?」

 スカディが、訊いた。

「副所長室にありますわ。ご自害のあと、オルドリッジ大尉の指示で閉鎖されていますので、そのままになっています」

「アダム。副所長室に入ってもよろしいですか? これは、合衆国陸軍による正式な調査です」

 脚を止めたスカディが、振り返って訊く。

「……認めよう」

 アダムがややためらいの色を見せてから、許可を出す。



 アップショー少佐は、拳銃自殺を遂げていた。

 壁際に寄せたデスクに突っ伏した状態で、少佐はこと切れていた。右手には、自動拳銃。銃弾は右の側頭部から入って、反対側へ抜けている。

 低温ゆえに、死体の保存状態は良好だった。デスクの上の血が乾いていなければ、自殺直後と見まがわんばかりだ。

「拳銃はM11だね」

 ジョーが、言った。SIGザウエルP228の、合衆国軍制式官給拳銃である。

「むっ。これは!」

 デスクに半ばよじ登り、死体を検分していたシオは大声をあげた。

「どうしたんや、シオ吉?」

 雛菊が、訊く。

「射入口付近の髪が焦げていないのです! 自殺するような近距離で撃ったのならば、髪や皮膚が焦げていなければおかしいのです! テレビドラマで見たのです!」

 シオはそう主張した。

「テレビドラマが根拠、というのが怪しいけど……確かにおかしいわね」

 スカディが、言う。

「射出口も位置が変なのです! 低すぎるのです! 弾丸が、水平に抜けているのです! これでは、右肘を高く上げた不自然な姿勢で撃ったことになるのです!」

 逆側から死体を観察したシオは、さらにそう告げた。

「確かに、おかしな姿勢になるな」

 指を拳銃の形にして、自分の頭に押し当てながら、亞唯が言った。

「つまりこれは、他殺なのであります! 射殺してから、自殺に見せかけたのです! れっきとした殺人事件なのであります!」

 ぴょんとデスクから飛び降りたシオは、そう言い放った。

「どうやらそのようね。やるわね、シオ」

 スカディが、褒める。

「基本的なことなのです! ウチのカミさんの灰色の小さな脳細胞に賭けて、真実はいつもまるっとお見通しなのだよ、今泉くぅ~ん」

「色々混ざりすぎてわけがわからないのですぅ~」

 胸を張るシオに、ベルが控えめに突っ込む。

「で、名探偵君。犯人は、誰なんだい?」

 ジョーが、皮肉たっぷりの口調で訊いた。

「それを断定するには情報が不足しているのであります! 第一発見者は、誰なのでありますか?」

 シオは、イヴリンにそう訊ねた。

「シュネリング博士でしたわ」

「最重要容疑者ね。殺害して、自殺に見せかけて、自らが発見者となる。事情はよく判らないけれど、ペルー出血熱ウイルスの遺伝子操作で協力関係にあったのならば、利害の対立もあり得るでしょう。あるいは、バイオハザードに関して責任のなすりあいがあったとか」

 スカディが、推測を述べる。

「いや、そもそもジュード・モーズリー准尉の自殺はどうなんだ? シュネリング博士に騙されたとか、他殺とかいう線はないのか?」

 亞唯が、問題提議した。

「いえ。自殺は間違いありません。きちんと検死が行われ、縊死と判断されました。遺書も、残っていましたし」

 イヴリンが、言う。

「取り込み中のところ悪いが」

 アダムが、副所長室に半分身体を差し入れてから言う。一同は、アダムを注視した。

「当基地に徒歩接近する武装集団を発見した。わたしは迎撃の指揮を取らねばならない。AI‐10の諸君は与えられた部屋で待機していてくれ」

「武装集団? 何者だろう?」

 亞唯が首を捻る。合衆国陸軍が別の部隊を派遣するとは考えられないし、この僻遠の地に偶然やってくる武装集団などいるとは思えない。

「いやな予感がするのですぅ~」

 ベルが、言う。もちろん、予感と言うよりは論理的な計算と経験に基く推測である。

「とりあえず、アダムの指示には従いましょう」

 スカディが言って、戸口に向かう。他のAI‐10たちも、そのあとに続いた。


 第八話をお届けします。

 にしなさとる様からこれまた素晴らしいレビューをいただきました。ありがとうございます。今後とも本作をよろしくお願いします。

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