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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 06 極寒封鎖秘密基地調査せよ!
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第三話

「現在、ジョーカーと呼ばれるプロジェクトが、合衆国陸軍を主体に海軍、海兵隊、空軍、それにNATO諸国の陸軍を加えて進められている」

 ペリー大佐が説明を続けた。

「ジョーカー? 随分と中二病じみた名称ですわね」

 スカディが、控えめに突っ込んだ。

「黒歴史ノートには絶対登場する名前やな。たいてい悪役キャラやで」

 雛菊が、言う。

「荒木○呂彦がキャラデザしたような奴なのです!」

 シオも乗っかって言った。

「顔を半分隠すような形で手を当てて、崖の上で含み笑いするんだな」

 亞唯が、続ける。

「声は子安○人か石○彰か緑○光でお願いしますぅ~」

 ベルも、嬉しそうに言った。

「ジョーカーはjokerではなくjocarだ。Joint Operation Command Armored Robotの略となる」

 さすがに慣れたのか、ペリー大佐がAHOの子たちの脱線に構わず続ける。

「先進国における軍用ロボットの果たす役割は増大し続けており、合衆国もその例外ではない。そこで問題になってくるのが、ロボットに対する指揮命令だ……」

 ペリー大佐が、軍用ロボットに関する指揮命令様式に対して説明を始めた。AHOの子たちにとっては周知の事実だったが、大佐は彼女らの能力や知識の範囲に関して知らなかったら、仕方がない。シオたちは黙って傾聴した。

 通常、軍用ロボットはその所属する部隊内での命令権者に対する詳細な情報と、与えられる命令の『範囲』を入力されており、それに基いて命令権者を識別しつつ命令を受領することになる。したがって、命令権者以外の命令は受け付けないし、『範囲』外の命令に従うこともない。

 他の部隊に臨時に配属されるなど、命令権者が変更される場合や『範囲』外の行動を行う必要がある場合は、ロボット固有の『オーヴァーライド・コード』を用いた変更を行わなければならない。このコードは本来の命令権者が保管しており、必要に応じて貸し出されるものである。

 このような煩雑な手続きが必要なのは、ロボットが人間よりも『騙され易い』からである。もし各々の軍用ロボットに、軍服と階級章の識別能力だけを持たせ、上官の命令には絶対服従するプログラムを与えたとしたら、味方に成りすました敵のスパイにあっさりと騙されてしまうだろう。

「だが言うまでもなく、このようなやり方は実戦では役に立たない。戦場は常に流動的だからな。連絡の不備や通信妨害、さらにロボットだけの部隊の孤立、上級司令部の壊滅などが生じれば、命令権者不在の軍用ロボットが遊兵となる事態は容易に想定できる。さらにもうひとつ、各メーカーによる規格の違いから生ずる指揮命令の混乱、という事態もある」

 ペリー大佐が、続けた。

「今現在、合衆国陸軍は四社の軍用ロボットを混用している。MRT、マレット、モス、ヘルソンだな。これら各社の軍用ロボットは、通信プロトコルに関しては同一規格だが、それ以外はまったく別物だ。もちろんAIに搭載されているソフトウェアも別規格であり、OSすら共通ではない。これを支障なく統一指揮運用するのは、実質的に不可能に近い。だが、近い将来ロボットだけで構成された諸兵科連合部隊などというものが出現するのは、必然だろう。我々は、その時に備えなければならない」

「はあ~。話が大きくなってきたのです」

 シオは小声でつぶやいた。

「指揮統制の話に戻るが、これは合衆国陸軍だけの話ではない。たとえば、合衆国海兵隊だ。海兵隊の大佐が、合衆国陸軍のロボットを指揮しなければならない場合もあるだろう。逆に、陸軍が海兵隊のロボットを統制しなければならないケースもあり得る。同盟国の場合はどうだろうか? 合衆国陸軍の中佐が、ドイツ陸軍のビュルガー製ロボットを指揮する場合は? イギリス海兵隊の准将が、カナダ陸軍のフィロン製ロボットを使いこなせるのか? NATO諸国の地上共同作戦となれば、数カ国の陸軍と海兵隊が十数社のメーカーのロボットを結集させることになる。指揮統制など、まず不可能だろう。音声コミュニケーション用の基礎言語さえ、異なるのだからな。これを是正するために、立ち上げられたのがジョーカーだ」

 ペリー大佐が、言葉を切ってちょっと息を入れた。

「目的は、NATO各国の軍用ロボットの指揮統制を円滑にするためのシステム構築だ。もっとも優れた方法は、各軍用ロボットに高級なAIを搭載し、高度な自己判断能力を持たせるとともに、優れた通信リンクシステムも搭載することだが、これは費用対効果の点では最悪の方法だ。すべての兵士に士官教育を受けさせたうえに、高価な衛星通信機を持たせるようなものだからな。次善の策として採用されたのが、高度な分析能力と論理性を備え、通信機能を強化し、指揮統制能力に特化させた言わば『指揮官ロボット』を少数製作し、他の軍用ロボットはこのロボットに対し原則的に服従するというシステムだ。これならば、費用を抑えるとともに、一番の懸念である『敵にシステムを乗っ取られる』という危険性を最小限に止めることができる。『指揮官ロボット』のセキュリティを堅固にしつつ、その権限の範囲を限定すればいいのだからな」

「じゃあ、そのHALT1ってのが、指揮官ロボットなのかい?」

 亞唯が、訊いた。ペリー大佐が、うなずく。

「そうだ。まだ試作中だがな。このプロジェクトだが……実は現在頓挫状態にある。各軍用ロボットに付与するプログラムはすでに完成し、NATO諸国の全ての軍用ロボットに対し組み込み済みだ。しかし、指揮官ロボット第一号であるHALT1のプログラムは開発が難航し、完了の目処も立っていない。一応バージョン1.3まで完成したが、まだまだ不完全だ。なにしろ、設定次第では全NATO諸国のすべての軍用ロボットを操れるわけだからな。難航するのは無理もない。様々な状況に対処し、正確な判断を行うためにファジー理論を大幅に導入し、極めて人間臭い思考に近づけた結果、一部の思考が不安定化するようになった、と聞いている。同じ条件で命題を与えた場合、異なる解を出すことがあるそうだ」

「まるでAI‐10のようですわね」

 スカディが、言う。『機嫌』によって異なる反応をするのが、AI‐10の特徴のひとつでもある。

「……ここでようやく、話がクロフォード基地に戻る。当基地の警備主体は、軍用ロボットだ。そこで、実地運用テストのためにHALT1が一体派遣されていた。パーソナルネームは、『アダム』 プログラムは、バージョン1.3が搭載されている。生物兵器実験施設に選ばれただけあって人目につかないし、万が一なんらかの事故が発生しても隠蔽が可能だ。テストには最適な環境だろう」

「このような設備の警備を任せて、危なくはないのですかぁ~」

 ベルが、訊いた。

「バージョン1.3が不完全といっても、急に暴れ出したり不可解な命令を発したりするわけではない。危険性はないよ。実際、今までは何の問題もなかったのだから」

 ペリー大佐が、安心させるように言う。

「HALT1。つまりハートのエースだな。さらに中二病じみてきたな」

 亞唯が、小さく笑った。

「ダイヤ1とかスペード1とかいるのでありますか?」

 シオはそう訊いた。

「なら、アダムという奴を倒してもまだ先は長いんやな。 『くくく、アダムはわが四天王の中で最弱よ』とかクラブ1が言うんやな」

 雛菊が、笑いながら言う。

「では、クロフォード基地の当面の問題に入ろう」

 例によってAHOの子たちの軽口を無視し、ペリー大佐が続けた。

「同基地は、現在閉鎖状態にある。これは、バイオハザード発生に伴う通常の事故処理手順に沿ったものだ。所長、副所長、筆頭研究主任、警備責任者のいずれかであれば、事故発生を受けて閉鎖宣言を行い、HALT1に対し閉鎖を指示することができる。HALT1は指定された警備範囲であるクロフォード基地敷地内とその周辺の警備を強化し、侵入者を撃退する権限を付与されたことになる。だが、通常閉鎖措置が取られた場合、基地責任者は最寄の陸軍基地であるフォート・リチャードソンと緊密な連絡を取らねばならないと定められているが、今に至るまで閉鎖開始の連絡さえ届いていない。定時連絡すらないことに気付いたフォート・リチャードソンが呼びかけを行ったが、もちろん反応はなかった。そこで、バイオハザードの発生を懸念したフォート・リチャードソンがユーサムリッドと相談の上、約二十四時間後にクロフォード基地に無人機を飛ばしたが、これが撃墜された」

「撃墜? 味方なのに?」

 亞唯が、眉をひそめる。

「そうだ。もちろんIFFを搭載していたがな。推測だが、アダムの音声通信による誰何に答えなかったためだろう」

「マレットMk8が撃墜したんやろか?」

 雛菊が、訊く。ペリー大佐が、うなずいた。

「Mk8のうち二体は、アヴェンジャー防空システムを搭載したMk8ADだ。これが、撃墜したものと思われる」

 AN/TWQ‐1アヴェンジャー・エア・ディフェンス・システムはFIM‐92スティンガー対空ミサイルの四連装ランチャー二基と、12.7ミリ重機関銃を組み合わせた短射程対空システムである。ハンヴィーに搭載して運用されている姿が有名なので誤解され易いが、それ以外の軍用車両や固定陣地などでも運用できる汎用性のあるシステムである。もちろん、ロボットに搭載することも可能だ。

「閉鎖状態を確信したフォート・リチャードソンは、今度はロボットの一隊を送り出した。HR‐2000四体だ。近くまでヘリを飛ばして降ろし、クロフォード基地に向かわせた。だが、これも連絡が取れなくなった。この模様は衛星により監視されていたが、画像解析の結果HR‐2000四体は基地内に収容されたことが判明した。おそらくは、アダムの指揮下に入ってしまったのだろう」

「指揮下?」

 スカディが、首を傾げる。

「次に進む前に、アダム……HALT1についてもう少し説明しておく方がいいだろう。他の軍用ロボットを無条件で服従させることが可能な指揮統制ロボット……もっとも恐ろしいのは、これが敵によって操られてしまうことだ。これを防ぐために、HALT1には防護措置が施されている。通常のハッキング対策はもちろんだが、最重要なのは四つのコード……P、S、F、Tが揃わなければ機能を発揮できないようになっていることだ。したがって、もし敵の手にHALT1が落ちて解析され、模倣されたとしても、それだけでは何の役にも立たない、ということになる。Pはパーソナル・コード。これはもちろんロボット固有のコードだ。これはHALT1のAI内に暗号化されて隠されており、他に知る者は命令権者しかいない。Sはスペリオル・コード。命令権者を含む上官が持つコードであり、同様にHALT1のAI内に暗号化されて収められている。P、S二つのコードを確認することにより、HALT1は命令を発した者にその権利があるのか、それが自分に当てられた正しい命令なのかを判断するわけだ。Fはフィールド・コードで、命令が有効な地理的な範囲を規定する。Tはターム・コードで命令が有効な期間を規定する。正しい命令権者から正しく自分に与えられた命令を、場所と時間を区切って行うだけの権限しか、HALT1には与えられていないのだ。もちろん、この範囲内であれば、HALT1はNATO諸国軍の軍用ロボットを自在に操ることができる。もちろん、HALT1自体にも高度な認識能力と分析能力が付与されている。例えば、極度に緊張している上官からの命令は拒否できる、といった機能も備わっているし、複数のHALT1が存在して任務が重複する場合など、話し合いを行って役割分担を決める、などという芸当も可能だ」

「おおっ。それは賢いのです!」

 シオは素直に感心した。

「本来、アダムに与えられていた任務は限定的なものだったはずだ。IFFで味方機だと明示している無人機を撃墜したり、指揮下にないロボットを服従させることはできない。だが、これらを見る限りアダムの権限は拡大されている。誰かが、当初の命令を変更したとしか考えられない」

「アダムの命令権者が、基地にいたのでは?」

 スカディが、推測を述べる。

「所長のミルバーン中佐は、PコードとSコードを管理していた。だから、FコードとTコードに関連した事項以外の命令変更は可能だ。ちなみに、Fコードではアダムは基地およびその周辺における指揮権、Tコードでは本年度いっぱいの指揮権が与えられている。だが、単なるバイオハザードによる閉鎖で、アダムの権限拡大が行われたとは考えられない。マニュアルからの逸脱だし、そもそも必要性がないからな。何か異常な……バイオハザードよりも異常な事態が発生した可能性がある。あるいは、これはそもそもバイオハザードではないのかもしれない」

 顔に懸念の色を顕わにして、ペリー大佐が続けた。

「フォート・リチャードソンは最終手段として、二日前に空挺部隊員十名からなる一隊を派遣した。だが、彼らも基地敷地内に入ったのち連絡が途絶えている。そこで、だ」

 ペリー大佐が長身を折るようにして身を乗り出し、AI‐10たちを見つめた。

「諸君らにクロフォード基地の調査を頼みたい。生存者がいれば救出。事態の詳細とできることならば復旧。ウィルスと菌類の保管状況確認。アダムの現状調査と確保。などなどを行って欲しい」

「なるほど。ご趣旨はよく判りましたわ。陸軍のロボットはみなジョーカー仕様になっているので、調査に赴いても皆アダムに操られてしまうのですね」

 スカディが、納得顔で言う。

「他のロボットからジョーカー・プログラムだけを消去することはできないのですかぁ~?」

 ベルが、訊く。

「悪用されないために、ジョーカー・プログラムはOSと一体化させる方式で組み込んであるんだ。ジョーカー・プログラムを改変すれば、その軍用ロボットを自在に操れるわけだからね。これを消去すればもちろん、ほんの少しいじっただけでも、軍用ロボットのAIシステムがダウンするようになっている。だから、その方法は無理なんだ」

「NATO諸国もジョーカー・プログラム導入済みだから、カナダ人にもイギリス人にも頼めない。NATO諸国以外の同盟国で、こんな依頼に応えてくれそうなうえに、色々と経験を積んでいる連中があたしたちしかいなかった、ってわけだね。でも、アメリカにもまだジョーカー・プログラムを搭載していない軍用ロボットがいるんじゃないのかい? 試作中のやつとか」

 腕を組んだ亞唯が、訊いた。

「それも考えたが、まだ『慣らし』さえ行っていないロボットを送り込むよりも、君たちに頼む方が確実だと判断した」

 単純なプログラムだけで作動する昔のロボットとは違い、複雑な動きや反応を期待される現代の軍用ロボットは、一定の『学習』期間を置かねば安定した行動が行えない。これが『慣らし』である。

「自衛隊としては、米陸軍のお願いとあれば断れないからなー」

 いっさい口を挟まずに、ペリー大佐の説明を黙って聞いていた畑中二尉が、AHOの子たちに向けて日本語で言った。

「お前らなら、Q熱もリケッチアも腺ペストも怖くないだろー。アダムの様子如何によっては、巨額の費用を掛けたジョーカー計画の行く末も左右しかねない案件だー。とりあえず受けて差し上げろー」

「二尉殿がそう仰るのでしたら、受けざるを得ませんね。しかし、随分と長い設定説明でしたわね。一話丸々ペリー大佐が喋っていたようですわ」

 少しばかり呆れたように、スカディが言う。

「出た。スカぴょんのメタ発言や」

 すかさず、雛菊が突っ込む。

「皆さん。この任務に異存はあるかしら?」

 スカディが言って、同意を求めるかのように他のAHOの子たちを見やる。

 シオを含め、誰も反対意見は出さなかった。

「じゃ、決まりだね。みんな、よろしく頼むよ!」

 ジョーが快活に言って、ぴょこんと頭を下げた。


 第三話をお届けします。

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