第十二話
シオとベル、スカディと夏萌の四体が走っているうちに、南西方向から駆けてきた亞唯とめーが合流した。六体は、銃声が続いている北西方向へ向け短い足を必死に動かしてひた走った。
どかん、という爆発音が数回聞こえた。かなり遠くのようだ。自動火器の発射音も、比較的近くから聞こえる。
「あそこで交戦中だよ!」
足を止めた夏萌が、指差す。
滑走路上で、不審者らしい一団と自衛隊員たちが、百五十メートルほどの距離を置いて撃ち合っていた。不審者たちは伏せており、自衛隊員たちは乗ってきたであろう73式小型トラック(ミリタリー・パジェロ)二台の陰に隠れて応戦中だ。
と、不審者たちの一人が伏せた状態からわずかに身を起こし、RPG‐7を発射した。HEAT弾頭が、73式小型トラックの一台を、背後に隠れていた自衛隊員ごと吹き飛ばす。ガソリンに着火したのか、大きな火柱が一瞬立った。
「分隊長、こちらスカディ。滑走路南端近くで、不審者数名と自衛隊員が交戦中。発砲許可を求めます」
スカディが、無線を使った。
「ごめんなさい、こちらも混乱しているの。多方向から同時攻撃を受けているみたい。自衛のための発砲は、許可します。でも、それ以外の発砲をロボットであるあなたたちに許可するのは、上の命令がない限り無理だわ」
石野二曹の済まなそうな声が、無線に入る。
「自衛のため、ということは、わたくしたちが先に撃たれる必要があるのですねぇ~」
相変わらず緊張感を感じさせない口調で、ベルが言う。
「スカディ、あたしとめーが、囮になるよ。そのあいだにあんたらは秘かに敵に接近してくれ。ここからじゃ、遠すぎる」
亞唯が、提案する。
「いい案ね。お願いするわ」
「よし、めー、行くぞ」
「承知しました」
亞唯とめーが、西の方へと駆け出す。
「気付かれてはいけません。教範どおり、匍匐前進しましょう」
スカディが、伏せた。
「服が汚れちゃうよ」
夏萌が、愚痴る。
「我慢するのです! AKと機関拳銃では、有効射程が違うのです! 遠くから撃たれたら、勝ち目はないのです!」
すでに一回発砲されて、不審者側の火力の優位を身を持って学んだシオは、そう主張した。
四体は、匍匐前進を続けた。だが、手足が短いので、ろくに前に進まない。
「こんなことをしていては、自衛隊員さんたちの命が危ないのですぅ~」
ベルが言って、四つんばいになった。
「赤ちゃんみたいにハイハイした方が、速いのですぅ~」
「それはそうだけど……見つかり易いし、それにエレガントではないわ」
「自衛隊員さんたちの命の方が大事なのです!」
シオもハイハイに切り替えた。スカディも文句を垂れつつ、ハイハイを始める。
左方で、聞き慣れた機関拳銃の連射音が聞こえた。亞唯とめーの威嚇射撃だろう。不審者たちが反応し、撃ち返す。
シオたち四体は前進スピードを速めた。右腕に装着した機関拳銃では、五十メートル以内でなければ、命中はおぼつかない。
「そろそろいいでしょう。全員、射撃準備」
スカディが、膝立ちになった。シオも同様の射撃姿勢を取る。
不審者は五名だった。いずれも、AKを手にしている。RPGランチャーは、捨て置かれていた。ロケット弾頭を、撃ち尽くしたのだろう。
スカディが、三体それぞれに目標を割り当てる。シオは、自分に与えられた目標に照準を合わせた。
「撃ちますわよ!」
スカディが、威嚇射撃を開始した。気付いた不審者たちが、こちらに向け銃弾をばら撒き始める。
シオは連射モードで二連射した。十数発の弾丸が、AKを単射で撃っていた男に注ぎ込まれる。
男が、手にしたAKを取り落とした。命中だ。
ベルと夏萌が放った銃弾も、相次いで命中していた。スカディが改めて狙った不審者も、倒れ伏している。予想だにしていなかった方角から狙撃され、ただひとり無傷で残った男が、あわててAKを連射に切り替え、伏せたまま乱射する。
シオたちは伏せた。銃弾が、頭上を通過し、あるいは地面に突き刺さる。
「こちら亞唯。最後の一人は捕虜にしよう!」
亞唯から通信が入った。
シオが顔をあげると、左手の方から走ってくる亞唯とめーの姿が見えた。乱射して弾倉を撃ち尽くした男が、新たな弾倉をAKにはめ込もうとしている。
「突撃するのであります!」
シオは立ち上がった。勢いよく、走り出す。
「お供しますですぅ~」
ベルも、続いて走り出す。
「夏萌も行くよ!」
「ちょっと、リーダーを無視しないでちょうだい!」
夏萌とスカディも、続く。
ロボットたちの突撃に気付いた男の手元が狂った。二秒ほど手間取ってから、三十発箱弾倉をあてがい、後方へ引くようにしながらはめ込む。
男が、銃口をシオたちに向ける。
その時にはもう、亞唯とめーが男の至近に迫っていた。亞唯が、伏せている男の腕を走り抜けながら踏みつける。
AI‐10の標準重量は約五十キログラムである。脚部は、丈夫なステンレス製だ。
男が、ぎゃっと呻いてAKを取り落とした。続いて走り寄っためーが、男の腕を後ろ手に取った。AI‐10の握力は、成人男性の数倍に達する。重さ五十キロの岩に、手錠で括りつけられたようなものである。
「お見事なのであります、亞唯ちゃん、めーちゃん!」
シオは、二体の手際を褒めた。
亞唯が、用心深く機関拳銃の銃口を向けながら、倒れている不審者たちの様子を調べ始めた。
「夏萌。あなたは亞唯を手伝ってあげて。シオ、ベル。一緒に来て。自衛隊員さんたちの様子を調べましょう」
スカディが、走り出した。敵と間違えられないように、三体でてんでに臨時ロボット分隊であると叫びながら、走る。
自衛隊員たちに、動きはなかった。
先頭で走っていたスカディが、倒れている自衛隊員の脇に跪いた。首筋に、触れる。
「駄目だわ。死んでいます」
ベルが、炎上している73式小型トラックの周囲で手足を投げ出している自衛隊員たちの様子をうかがった。
「こちらも皆さん亡くなっていますぅ~。呼吸していないのですぅ~」
シオは、倒れ伏している一人の背中を揺さぶった。
「しっかりするのです。傷は浅いのであります!」
映画で習い覚えたセリフを口にしながら、抱き起こそうとする。
だが、この若い自衛隊員も、すでに事切れていた。その顔を見たシオは、一瞬動きを止めた。メモリー内のスチールを呼び出して、確認する。
同じ人物だった。つい八時間ほど前に、B地点でシオと任務を交代した陸上自衛隊員、茂木一士。マスターに似ている青年。シオの頭を、撫でてくれた人。
「こちらスカディ。臨時ロボット302分隊は五名の不審者に対し、自衛のため発砲。全員の無力化に成功。滑走路南端近くで交戦中だった陸上自衛隊員六名の死亡を確認」
淡々と、スカディが無線で報告する。
「シオちゃん、お知り合いですかぁ~」
シオの様子がおかしいことを察したベルが、近寄ってきて問う。
「先ほど任務交代した方なのです。死んでしまったのです。悲しいのです」
知っている人が死ぬと悲しいと表現することも、もちろんプログラムによるものだ。それがマスターに近しい人、あるいはマスターが好意を持っている人であれば、より悲しいと表現するように作られている。だから、本来ならば一度出合って頭を撫でられただけの相手が死んだことを知ったとしても、その『悲しみ』は限定的なものであるはずだ。しかしながら、シオは今痛切に『辛い』と形容してもいいほどの悲しみを感じていた。それは、警備支援用ROMに入っていた『友軍の死傷に対する配慮』関連プログラムのなせる業ではあったが。
「シオ、ベル。亞唯が呼んでいるわ。行きましょう」
スカディが、手招く。
三体は走り出した。すぐに、亞唯と合流する。めーは、呻いている不審者をなおも拘束中だ。倒れている一人はまだ息があるらしく、夏萌が腹を抑えて止血に務めている。ロボ法により、民生用自立ロボットすべてに、応急手当と救命蘇生法プログラムの搭載が義務付けられているから、その手際は確かだ。
「東の方で銃声が聞こえた。まだ何人かいるらしい。そいつらも捕まえよう」
亞唯が、主張する。
「入間基地を防衛するのであります!」
シオは右拳を突き上げた。
「行くよ!」
亞唯が走り出す。残る三体も、それに続いた。
「AM‐3は、手ひどくやられたようね」
走りながら、スカディが無線で言う。
あちこちに、AM‐3の残骸が転がっていた。対戦車ロケットの直撃を受けて、ばらばらになったもの。手榴弾の破片を受け、機能停止したもの。炎上し、燻っているもの。一体はいまだ機能していたが、銃撃によって外部センサーをすべて破壊され、同じところをむなしくぐるぐると回っている。
「ひどいのであります! 旧式とは言え、アサカ電子製のおんなじ仲間なのです!」
シオは憤慨した。
「あそこ!」
亞唯が、指差した。
二人の不審者だった。一人は足を負傷しているのか、もう一人が肩を貸して東……外周フェンスの方に向け走っている。パッシブIRモードで見ると、さらに先に一人の姿が見えた。
「追い詰めましょう」
スカディが、足を速める。
短足ゆえ、AI‐10の足は速くない。しかし、負傷者に肩を貸している者の足は、それよりも遅かった。シオらの接近に気づいた負傷していない方の不審者が、足を止めてAKを構える。
「みんな伏せろ!」
亞唯が叫んだ。
シオは地面に身を投げた。頭上を、乱射された銃弾が通過する。
ベルと亞唯が、伏せ撃ちで一連射した。9ミリ弾数発が、不審者の足を捉える。
悲鳴をあげた不審者が、AKを取り落とした。元から足を負傷していた不審者が、慌てて懐から拳銃を取り出そうとする。
シオは立ち上がると走った。一足先に走り出していたスカディが、拳銃を握っている不審者の頭に機関拳銃の銃口をぴたりと向け、凛とした声で命ずる。
「お捨てなさい!」
唖然とした不審者の手から、拳銃がこぼれ落ちる。
「スカディちゃん、かっこいいのですぅ~」
駆け寄ってきたベルが、言う。
亞唯が、足を撃たれて呻いている不審者を拘束した。
「シオ、ベル。残る一人を追いなさい」
スカディが命じた。
「合点承知なのです、リーダー。ベルちゃん、行くのであります!」
「はいぃ~」
シオとベルは走り出した。最後の不審者は、すでにフェンス間際に達していた。AKをスリングで背中にまわし、フェンスをよじ登ろうとしている。
「ベルちゃん、銃弾は何発残っていますか?」
「たぶん六発は残っていますぅ~」
「あたいは三発くらいしか残っていないのであります!」
二体とも、予備弾倉は渡されていない。いま装填してある弾倉を撃ち尽くしたら、お終いである。
シオとベルの接近を知り、焦った不審者がフェンス頂部の有刺鉄線に衣服を引っ掛けた。慌ててもがくが、今度は服の袖までもが引っ掛かってしまう。
「捕まえるのです!」
シオはポニーテールを揺らして、懸命に走った。
不審者が、背中のAKを外すと、むりやりに身体をひねって、銃口をシオとベルに向けた。引き金を引く。
十数発の銃弾がばら撒かれたが、それらはことごとく外れた。フェンスの上という不安定な足場から、無理な体勢で連射したのだ。当たるわけがない。
罵り声をあげながら、不審者がAKの空弾倉を落とした。ポケットから新たな弾倉をつかみ出し、装填しようと試みる。
「させないのであります!」
フェンスにたどり着いたシオは、不審者の左足首をつかむと、ぐいぐいと手荒く引っ張った。ベルも右足に取り付き、男を揺さぶる。
がたがたと揺さぶられて、不審者がAKと弾倉を取り落とした。
一声唸った不審者が、身体をひねると、憤怒の表情で右腕を振り上げる。
殴られると覚悟したシオは、頭部を固定した。
男の右拳が、シオの側頭部にヒットする。
ぐき。
AI‐10はきわめて丈夫にできている。基本的に、転んだくらいのショックでは機能に障害が生じないレベルの対衝撃策が講じられているし、ボディもそれなりに頑丈である。頭部はジュラルミン製であり、外板はかなりの厚みを有している。人間の拳くらいでは、へこみすらつけることはできない。
指と手首を骨折した不審者が、泣き喚く。シオとベルは、服を無理矢理べりべりと引きちぎって、不審者を抱え下ろした。ざっと身体検査し、持っていたスペアの弾倉一個と折り畳みナイフを押収する。
「まったく。自衛隊基地に武装して侵入するとは、太い奴なのであります」
機関拳銃の銃口を不審者に突きつけながら、シオはぼやいた。
「なんだか、向こうでもたいへんなことになっているようですねぇ~」
ベルが、北西の方角を見ながら言う。
航空機格納庫を始めとする、入間基地の枢要な施設がある付近で大きな火柱が上がっていた。サイレンの音も、やたらと聞こえている。
「とりあえずスカディちゃんに報告するのです。こちらシオ。ベルちゃんと協力して、東側フェンスで不審者一名を捕獲したのであります……」
「よくやってくれたわ、みんな」
石野二曹が、労ってくれる。
臨時ロボット302分隊の面々は、格納庫の一角に集っていた。まだ夜明け前だが、警備は応援に駆けつけてくれた陸上自衛隊員と、地元警察に交代してもらってある。
「任務を果たしただけだよ、分隊長。ロボットとして、当然のことをしたまでだ」
亞唯が、静かな口調で言う。
「亞唯ちゃんが言うと、なんだかかっこいいのです!」
シオは囃した。
「それにしても、よくやってくれたわ。まだ完全な数字は出ていないけど、死傷者が陸上、航空あわせて六十名以上。AM‐3の喪失十六両。それにひきかえ、302分隊は無傷で侵入者三名を射殺。五名を捕虜とした。二十数名と思われる侵入者のうち、捕虜にできたのはこの五名だけ。お手柄よ、みんな」
「あたしたち、出番なかったけどね」
ライチが、残念そうに言って、雛菊とエリアーヌ、そしてシンクエンタを見た。
「それで、侵入者たちは何者でしたの?」
スカディが、訊いた。
「警務と地元警察が調べているけど、正体は日本人と東洋系外国人の混成のようね。まあ、REAの工作員と、そのシンパでしょう。武器はAK‐47Ⅲ型とRPG‐7D。中国製の64式拳銃。いずれも、シリアルなどは削り取ってあったわ。爆発物はおそらくセムテックス」
「目的は、なんだったのでしょうかぁ~」
ベルが、訊いた。
「それが、よく判らないのよね」
石野二曹が、首をひねる。
「ふたつの格納庫が、集中的に攻撃されたらしいけど。航空自衛隊はもちろん、日本中の他の基地や在日米軍基地が襲撃されたという報告は入っていないわ。ここ入間にあるのは、輸送機などばかりで、REAとの戦争に大きな影響を与えそうな航空機は配備されていないはずなのよ。どうせ襲うのならば、REAに近い千歳基地とか小松基地を襲った方がいいはずなのにね」
第十二話をお届けします。




