第十九話
リエバオは、砲塔右側の87式グレネードランチャーから、三発の35×32ミリ対人榴弾を発射し、パネルフェンスを長さ十数メートルにわたって引き裂いた。生じた開口部から、歩行モードに戻ったリエバオは中へと慎重に乗り込んでいった。
目標である車両を視認したリエバオは、赤外画像からすでに車内にロボットも人間もいないことを確認した。念のため、一発だけグレネードをお見舞いし、車両を完全に破壊してから、周囲の詳細な捜索に入る。
遠方に、時速十数キロで移動する赤外線源が四つ確認できた。さらに、前方にあるコンクリート製の建造物……建物の基礎……からも、わずかではあるが赤外放射が探知できる。
『待ち伏せ』を危惧したリエバオは、敵の照準を避けるために低い姿勢で横方向に歩きながら、銃塔の86式汎用機関銃を一連射した。いわゆる、探り撃ちである。
すぐに、反応があった。リエバオのセンサーが、飛んでくる小さな物体を捉える。手榴弾と推定したリエバオは、軌道要素から着弾位置を推定し、素早く移動した。
スカディが投げた威嚇用手榴弾は、リエバオからたっぷり三十メートル離れた位置で起爆した。
「中尉、なにかいい手を思いついたかい?」
走りながら、ジョーが訊いた。先頭を走る畑中二尉が無言で首を振りつつ、進路を右に変え、前方にあった長方形の大きな穴を迂回した。基礎を据える穴であろうか、深さは三メートルほど。底には捨てコンクリートが張られ、わずかに雨水が溜まっている。
なおも無言のまま、畑中二尉が前方に見えている土盛りを指差した。あそこが当面の目標、という意味だろう。
一人と三体は、その土盛りの向こう側へと回り込み、足を止めた。畑中二尉が、ぜいぜいと息をつきながらへたり込む。
背後から、どおんという爆発音が聞こえた。スカディたちが防戦に努めているのだろう。
「何にしろ、武器があらへんとどうしようもないわ。こんな工事現場じゃ、ダイナマイトも無さそうやし」
あたりを見回しながら、雛菊が言う。
「武器がないのであれば、もっとローテクな手段を講じなければならんー」
荒い息と共に、畑中二尉が言葉を搾り出す。
「ローテクねえ。弓矢でも作るつもりかい?」
ジョーが、茶化すように言う。
「チーターを倒すには、弓よりも槍なのです! アニメで見たことがあるのです!」
シオはそう主張した。
「あいつを貫くには、グングニル(北欧神話/オーディンの槍)が必要だよ」
ジョーが、真顔で言う。
「もっとローテクじゃなきゃ駄目だー」
畑中二尉が、注文をつける。……呼吸はかなり正常に戻ったようだ。
「猛獣を仕留めるんやな。なら、罠でも仕掛けたらええんちゃうか?」
雛菊が、言う。
「罠ですか! 罠といったら、虎挟みでありますね!」
「あかん。それ使こうたら、あかん」
シオの主張を、雛菊が二重の意味で全力で否定する。
「罠かー。大型獣を仕留めるには、これしかないなー。脳みそに酸素が戻ったら、閃いたぞー」
畑中二尉が、勢い良く立ち上がった。重機が集められている一郭を、指差す。
「ジョー、あそこから中型ドーザーを乗っ取ってくるのだー。お前なら、簡単だろー」
「簡単だけど、リエバオと対決させるのなら、もっと大きい方がいいんじゃないか? あれは、どう見ても二十トンクラスだよ」
訝しげに、ジョーが言う。
「それでいいのだー。大きすぎると、却って役に立たんー。あたしの目測が正しければ、あいつが丁度いい大きさなのだー。おっと、その前に大き目の猫車ロボと、マルチアームタイプの作業ロボも乗っ取ってくれー。シオと雛菊に使わせるー」
「あたいたちは何をすればいいのでありますか?」
期待を込めて、シオは訊ねた。
「できるだけ大きな合板数枚、三メートル以上の鉄パイプ数本、ロープ数メートル分か、ダクトテープの類。大きなビニールシート。スコップも欲しいなー。探して、猫車ロボに積んで、持ってくるのだー。そのあいだに、あたしは電源とガスボンベか何か探してくるー」
リエバオが実戦配備されている機種ではなく、いまだ試験用であることが、スカディたちには幸いしていた。
ロボットは、人間よりも損傷に強い。人間ならば、ごく軽い負傷でも、その行動に大きな支障を来たしてしまうが、ロボットならば致命的打撃を受けない限り、戦闘行動力が大幅に落ちることはない。もちろん、損傷に関する心理的負荷などないから、人間よりも大胆な戦闘行動を行うことができる。
しかし、試験中のロボットは別である。いかなる理由であれ、損傷が生じれば開発スケジュールの遅延を招いてしまうのだ。兵器開発/試験計画に関しては、当初からタイムスケジュールに余裕を持たせてあることが普通だが、これらは大抵の場合あっというまに消費され、さながら締め切りに追われる漫画家や脚本家のような追い詰められた調子で作業が進められるのが通例である。大幅な遅延が生じれば、開発計画そのものが破綻するおそれすらある。そのようなわけで、このリエバオのメモリーには、損傷をできうる限り避けるようにという基礎的なプログラムが入っていた。
リエバオは、いくつかの戦術をすでに試していた。接近して仕留めようという手は、手榴弾を投げつけられて失敗した。遠距離からの重機関銃による精密射撃は、コンクリートに阻まれて上手くいかない。側面攻撃も試みたが、左右どちらも厚いコンクリート壁が続いており、銃弾を阻んでしまう。
リエバオは、最後の手段を選択した。弾薬節約を諦め、グレネードの乱射でコンクリート壁を崩そうという手である。
弾種を対装甲弾に切り替えたリエバオは、射撃を開始した。敵……推定では、三体の小型二脚歩行型ロボット……が潜んでいる箇所に、集中射を浴びせる。
「無茶しやがって!」
罵りながら、亞唯が低い布基礎の上を飛び越える。
35ミリグレネードの破壊力は凄まじかった。厚いコンクリート壁を易々と打ち砕いてゆく。炸裂音と共に大小のコンクリート片が榴弾弾殻のごとく飛び散り、粉塵があたりに立ち込めてゆく。亞唯のあとに続いて後退したスカディとベルは、手近なコンクリート柱の陰に隠れた。
『そちらはどうかしら?』
スカディは、中国語で出力を絞った送信を行った。
『今作業中であります! もう少し持ち堪えてくださいなのです!』
即座に、シオの声が返って来る。
「前進してくるのですぅ~」
柱の陰から頭半分だけ突き出しながら、ベルが言った。
グレネードの乱射を中断したリエバオが、銃塔の汎用機関銃で制圧射を行いながら、ゆっくりと歩んでくる。
『スカディ、ベル。あたしが囮になるよ。奴が充分に近付いて、側面を見せたら手榴弾攻撃してみてくれ。うまくいけば、センサー部位くらい潰せるかもしれん』
スカディたちからは見えない位置に隠れている亞唯から、ごく低出力で通信が入った。
『危険ですわね。でも、時間稼ぎにはなるでしょう。お願いするわ』
スカディが、許可を出す。
スカディとベルは、『本物』の手榴弾を取り出した。ベルが道具入れから針金を取り出し、自分の『本物』の手榴弾に威嚇用手榴弾二個を縛り付ける。
「どこ行くの、ベル」
匍匐前進を始めたベルを見て、スカディが声を掛ける。
「手榴弾を重くしたので、投擲距離が短くなってしまったのですぅ~。ちょっと前に出ますですぅ~」
「ほらよ」
亞唯は威嚇用手榴弾を放り投げた。全力で投げたものの、落下地点はリエバオの十数メートル手前であった。即座にリエバオが横歩きで退避する。
ぽんぽんぽん。
亞唯の投擲位置を見定めたリエバオが、グレネードランチャーを連射した。対人榴弾が相次いで着弾し、鉄筋入りのコンクリート基礎が砕け散る。
「こっちだ」
応射を予期してすでに位置を変えていた亞唯は、すっと立ち上がってリエバオに姿を見せた。サブセンサーで亞唯を認識したリエバオが、砲塔を旋回させる。一足先に頂部の銃塔が狙いを定め、86式汎用機関銃を放ったが、その時にはもう亞唯は姿を隠していた。
命がけの鬼ごっこ&かくれんぼを続けながら、亞唯はリエバオをスカディとベルが待ち受ける位置に誘導していった。
スカディとベルは姿勢を低くしたまま、頻繁に位置を変えてリエバオを待ち受けた。分厚いコンクリート基礎の後ろにいるので、こうすれば赤外放射を『散らす』ことができて、位置を特定されにくいはずだ。
一方のリエバオも、亞唯の動きの分析とわずかに感知できる赤外放射から、待ち伏せの可能性ありと判断していた。砲塔を逃げる亞唯に向けたまま、銃塔の86式汎用機関銃は副次的脅威方向と見定めた右側面に向け、警戒する。
亞唯はメモリー内地図で自分とリエバオ、スカディとベルの位置を再確認した。もう少しで、リエバオがスカディとベルに再接近するはずだ。
『スタンバイ』
低出力で音声発信しつつ、リエバオの位置情報もデータ送信する。
『ナウ』
スカディは立ち上がりつつ、そう発信した。
予想通りの位置に、リエバオが居た。距離は約四十メートル。側面をこちらに向けている。
スカディは手榴弾を投擲した。大きな弧を描いて、釘入りANFO爆薬が詰まった空き缶が飛んでゆく。一瞬遅れて、よりリエバオに近い位置から、ベルの手榴弾も投擲された。
こちらの動きに気付いたリエバオが、砲塔頂部の銃塔から汎用機関銃を乱射した。スカディは、素早く身を低くした。
どおん。
ベルが投げた手榴弾が、狙い通りリエバオのボディ側面で起爆した。少し遅れて、スカディの投げた手榴弾も起爆する。リエバオの射撃が、途切れた。
スカディは二発目の手榴弾投擲準備をしながらコンクリート基礎を乗り越え、リエバオに走って接近した。
「……失敗だね」
遮蔽物から一瞬だけひょいと頭を突き出し、状況を確認した亞唯は呟いた。
『失敗』
すぐに、一言だけ音声通信を送る。サブセンサーのいくつかは潰したようだが、他に顕著な損傷を与えることはできなかったようだ。
スカディは、破砕手榴弾を投げ、ベルの撤退を援護した。
姿勢を低くしたまま、ベルがコンクリート基礎を乗り越えてスカディの足元に転がり込んできた。
「先に行って」
威嚇用手榴弾を取り出しながら……破砕手榴弾は、今ので使い切ってしまった……スカディは指示した。
「了解したのですぅ~」
うなずいたベルが、身を起こして走り出す。
スカディは、威嚇用手榴弾を投げた。爆発する前に、身を翻して駆け出す。
砲塔を旋回させたリエバオが、85式重機関銃を乱射した。
一弾が、走るベルのお尻に命中した。
『損傷程度/要修理三十六時間』
リエバオは、自己に与えられた損害をそのように見積もった。
兵装システム、歩行/走行システムなどに障害はない。右側面のサブセンサーの機能が大幅に低下したために、周辺監視能力が低下したが、それによって生ずる戦闘能力の低下はわずかなものだ。戦闘行動中の軍用ロボットなら、無視して任務を続行するレベルの損傷といえる。
だが彼は、いまだ開発途上のロボットであり、各種試験に用いられている身である。……丸一日半も修理に要するとなれば、大問題である。
……これ以上の損傷は許容できない。
リエバオはそう判断を下し、より慎重に行動すべく作戦行動指針に繋がる各種パラメーターを調整した。
ベルが撃たれたのを知った亞唯は、威嚇用手榴弾を連続してリエバオに投げつけながら、スカディらの援護に走った。見積もったよりも深刻な打撃を与えられたのか、あるいはこちらの攻撃を見て用心深くなったのか、リエバオの動きは鈍く、射撃の方も控えめになっている。
「ベル!」
「亞唯、こちらです」
亞唯はスカディの声を頼りにコンクリート基礎を乗り越えた。
「ベル! 大丈夫か?」
「歩けないのですぅ~」
スカディに両腕を掴まれ、ずるずると引き摺られているベルが、亞唯の姿を見て安堵の笑みを見せる。
損傷の具合はかなりひどかった。右臀部に大穴が開き、右脚は半ば外れかけている。
「ともかく、ずらかろう」
亞唯はベルの左脚を肩に担いだ。スカディも、脇の下に挟むようにしていたベルの腕を、上方に伸ばした状態にしてから両肩に載せる。
『リーダー、ご無事でありますか?』
ベルを担いで走り出したところで、音声通信が入る。中国語で喋っているが、この声はシオのものだ。
『一体損傷。これ以上の抵抗は無理よ。撤退中』
走りながら、スカディが応じる。
『ちょうどいいのです! こちらも準備が整ったのであります。そちらの位置は?』
『もうすぐ、開けたところに出るわ』
後ろを気にしつつ、スカディはコンクリート基礎を迂回した。眼前が開け、土砂の山や基礎工事用の穴があちこちに開いている広々とした建築現場となる。
『視認したのであります! 右斜め四十度を目指してください!』
シオが指示を出す。
「畑中さんが何か策を講じたらしいね」
亞唯が、言った。
「どうやらそのようね。期待しましょう」
二体はベルを担いだままシオの指示通り走った。二百メートルほど走ったところで、方向転換を指示される。
『地面に線が引いてあります! それに沿って走ってください!』
スカディと亞唯は指示通り走った。
「なんだか、変な地面ね」
走りながら、スカディは言った。足裏のセンサーに、通常の土の地面とは異なる感触が伝わってくる。
リエバオは、なおも慎重さを保ったまま、コンクリート基礎を乗り越えた。
メインセンサーが、逃げてゆく三体の小型ロボット……より正確に言えば一体を担いで逃げてゆく二体のロボット……を捉えた。有効射程内ではあったが、リエバオは射撃を控えた。慎重を期して兵装を『無駄遣い』したので、弾薬は残り少なくなっている。幸い、周辺は開けており待ち伏せの可能性は僅少である。接近して確実な射撃を行う方が得策だろう。
リエバオは油断なく周囲を警戒しつつ、脚を早めた。逃げる小型ロボットとの距離を、ぐんぐんと詰めてゆく。
第十九話をお届けします。




