第十七話
姿を現した『謎のロボット』を目にして、驚きの声をあげた四体のAI‐10。だが、驚きの原因は、ジョーと他の三体では異なった。
「これは、ナンバー4だ。アメリカの某企業が開発中の軍用ロボットの、コピーだよ」
驚きの表情のまま、ジョーが言う。
他の三体……スカディ、ベル、シオ……の驚きは、このロボットの外形がある『もの』に酷似しているからであった。
「便器ね」
「和式便器にそっくりなのですぅ~」
「どこかにT○T○とロゴが入っているのではないでしょうか?」
「シオ、それ伏せ字になっていないからやめなさい」
スカディが、たしなめる。
「便器って……スリッパ型、と言ってくれよ」
ジョーが、呆れ顔になって言う。
全体の形状は、厚底スリッパに六本の脚を生やしたように見えた。ただし、全体が艶ありの白に塗られているので、日本人……あるいは日本の文化に馴染んでいる者が見れば、どうしても和式便器を連想してしまう。
「前方に機械部を配して、避弾経始に優れた滑らかな装甲で覆う。中央部と後部にカーゴスペースを配し、任務に応じて武装ユニットや輸送用ユニットを載せ替えて汎用的に使用する。そんなコンセプトの軍用ロボットだろうね」
ジョーが、ざっと推測を述べた。
「変なところにタイヤが付いているのです!」
シオは指差して指摘した。人間の脚で言えば脛に当たる位置に、一本あたり二個のタイヤが装着してある。
「良路では脚を折り畳み、装輪ロボットとして高速移動。不整地では六脚ロボットとして歩行移動という目論みなのでしょう」
スカディが、言った。
「装輪と装脚のいいとこ取りですかぁ~。さらに、武装のユニット化によるクイック・チェンジを狙ったのですねぇ~。普通、そのようなやり過ぎた汎用化、多機能化をめざした軍用兵器はアイデア倒れに終わることが多いと思いますがぁ~」
ベルが、にこやかに突っ込む。
「ここに漢字が描いてあるのです! 名前でしょうか?」
シオは謎の六脚ロボットの側面を指差した。黒い草書体で、『猎豹』と描いてある。
「リエバオ。直訳すれば、狩をするヒョウ、ですわね」
スカディが、文字にわずかに顔を近づけて言った。
「中国語でチーターのことですねぇ~。脚が速いのでしょうかぁ~?」
「チーターは速くないのです! 三日で一歩しか進めないのです!」
ベルの言葉に、シオはボケで応じた。
「シオ。若い方がわからないネタはおやめなさい」
スカディが、突っ込む。
「あー、君たち。そろそろいいかな。本来の任務に、戻ろうよ」
ジョーが、焦れたように言った。
「このロボットからなんとかして情報は得られないのですか?」
シオは訊いた。
「無理だよ。弱点がわからないから乗っ取りようがない。下手に手を出せば、起動しちゃうよ。まあ、外形を撮影する程度だね。それにおそらく、ジェイソンがこのロボットに関しても詳細な情報を集めていると思う。無理することないよ。仮に、乗っ取りに成功したとしても、運び出すのは不可能だしね」
ジョーが、首を振りつつ言う。
「そうですわね。ベルとシオ。予定通り00298に爆薬を仕掛けてちょうだい。ジョーは乗っ取りの準備を。わたくしは警戒を続けながら、このロボットを撮影します」
「了解ですぅ~」
ベルが爆薬が詰まったザックを降ろしながら、いそいそとウォロンに近付く。
シオはジョーとともに、整備用の踏み台を運んできた。ジョーがそれに乗り、開放され、ケーブルが接続されている頭部アクセスパネル内を覗き込む。
「間違いない。シリアルを確認したよ。こいつが00298だ。ベル、頼むよ」
嬉しげに、ジョーが言う。
「お任せ下さいなのですぅ~。シオちゃん、手伝ってくださいぃ~」
「合点承知なのです!」
シェイプド・チャージを取り出したベルが、それをウォロンの側面、配電制御装置を一発で破壊できる位置に装着する。その間にシオは、テープ状にした少量の爆薬を、電源ケーブルとモニター用ケーブルに巻き付けた。念のため、こちらも同時に破壊するのである。
ベルが、起爆用ケーブル三本をまとめて、腕のポートに繋いだ。三本ともきっちり同じ長さにしてあるのは、いささかやり過ぎだが、いかにもベルらしい配慮である。
「準備できたのですぅ~」
「こっちもOKだよ」
端子付きケーブルを指先につまみ、即座にウォロンのアクセスポートに突っ込めるようにして、ジョーが言う。
「あたいもいいのです!」
通用口前に立ち、いつでも外を覗けるように待機しながら、シオは言った。今のところ、外で異様な気配は生じていない。
「結構。ではわたくしの合図で点火してちょうだい」
スカディが、携帯を取り上げた。亞唯を、呼び出す。
「乾杯の準備ができましたわ。そちらはいかがかしら?」
中国語で、告げる。
「ちょっと待ってくれ」
同じく中国語で応じながら、亞唯は雛菊に合図を送った。雛菊が、すぐに爆破用携帯電話を取り上げた。電波状態を確認し、亞唯にOKサインを送る。
「よし。そっちの合図で乾杯できるよ」
亞唯は雛菊に向けうなずきつつ、スカディにそう答えた。
「では、乾杯しましょう。三、二、一、干杯!」
スカディの言葉と同時に、ベルがケーブルに通電する。
どかーん。
大小四つの爆発音が、重なった。ロボット格納庫内では、シェイプド・チャージの爆発音が鳴り響き、ケーブル切断の二つの小爆発で生じた音響を包み隠す。
ジョーが、端子をウォロンに突き入れた。素早くアクセス・コードを送り込み、ジェイソンが隠しておいた侵入プログラムを起動させる。
「よし、乗っ取った。ジェイソンの隠したデータも見つけたよ。これからロードする」
喜色も露わに、ジョーが言う。
シオはそっと通用口を開けて、外を窺った。基地内は大混乱に陥っているようだ。サイレンが鳴り響き、照明が次々と点灯されている。だが幸いにして、こちらに駆け寄ってくる人影などはない。計算どおり、亞唯と雛菊が起こした大爆発が、こちらの爆破作業をうまく隠してくれたようだ。
「撤収準備を」
携帯を仕舞ったスカディが、命じる。
ベルが、ザックを背負う。格納庫内には、爆破で生じた破片や炭化物の小片などが散らばっているが、これを回収している暇はない。
「よし、すべてロードした。自滅プログラムを入れるから、ちょっと待ってくれ」
ジョーが、言う。侵入用プログラムを中国側に詳しく解析される危険は冒せない。痕跡をほとんど残さずにデータを上書きしてしまう自滅プログラムをロードし、走らせておく必要がある。
「終わった!」
ジョーが宣言し、ケーブルを引き抜いた。整備用踏み台から、身軽に飛び降りる。
「撤収!」
スカディが、命じる。
シオは通用口の外を窺った。人影は、ない。
人民解放陸軍南昌駐屯地の敷地外で大爆発。
第一報が公安局にもたらされた時、アリシアが感じたのは違和感であった。
……敵の目的がわからない。
南城県でのランディング・ギア工場に対するテロ攻撃が、兵力の引き離しにあるのだとすれば、今度の爆発が駐屯地に対する直接攻撃である、というのは筋が通る。だが、それならばなぜ敷地外で爆発を起こしたのだろう? そんな『温い』攻撃であれば、兵力の引き離しなどという小細工を弄しなくとも、成功したはずだ。何か手違いが生じて予定外の場所で爆発を起こしてしまったとも考えられるが、その可能性は低いだろう。
とすると、これも囮か。
……いや。違う。
アリシアの勘が、人民解放軍駐屯地への攻撃が囮ではない、と告げていた。時間的に見ても、駐屯地から出発した兵員の主力が南城県に展開した頃合である。つまり、兵力の引き離しが完全に成功した時点で、爆発が起きているのだ。やはり、敵の目標は人民解放陸軍南昌駐屯地にあることは、間違いなさそうだ。
では、その目的は? 駐屯地に、何がある?
リエバオか? たしかに、今現在駐屯地には試作中のロボット、リエバオの一号機がいる。それが目的なのか?
いや、リエバオが目的ならば、チャイナ・ロボティクスの研究所に押し入った方がいい。いくら兵力の引き離しを行ったとはいえ、駐屯地の警備態勢は研究所よりははるかに上である。それに、駐屯地にあるのは実機だけだ。研究所なら、重要な各種のデータ類も手に入れられるはず。
……何かある。解放軍基地への襲撃。こちらが、本命に違いない。
アリシアは己の勘を信じた。情報士官として、今までに何度もこの勘には助けられている。命を救われたことすらあるのだ。
「ヨンイン、車を回して。駐屯地に行きます」
アリシアは、壁際で待機していた副官にそう命じた。
「フェン上校。あとの指揮をお願いします」
「……解放軍駐屯地に行くのかね?」
フェン上校が、訊いてくる。
「まだ確信はありませんが、敵の狙いは駐屯地の『何か』だと思うのです」
アリシアはハンドバッグを取り上げ、中に77式自動拳銃が入っていることを確かめた。7.62ミリ×17(32ACP)を使用する、人民解放軍士官や警察、公安用のコンパクトな官給拳銃である。予備弾倉二個が入っていることも確認したアリシアは、しっかりとハンドバッグの留め金を留めた。
「まずいね、これは」
ジョーが、顔をしかめる。
まことに運が悪いことに、脱出位置に選定したフェンスの前には、二台のSX2110中型トラックが停まっていた。ヘッドライトを煌々と点け、アイドリングしている。数名の兵士が、幌つきの荷台に木箱のような物を積み込んでいるところだ。
「しばらく待つか、迂回するかしなければなりませんねぇ~」
ベルが、言う。
「待ちましょう。作業が終われば、走り去るでしょう」
スカディが、そう決断した。暗がりが多く、こっそりと逃げ出すのに都合がいいということで選んだ脱出ルートである。迂回すれば、時間も掛かるし発見される可能性も高くなる。数分くらいなら、待った方が安全だ。
だが、スカディの判断は裏目に出た。新たに十数名の兵士が小走りにやってきたうえに、さらにトラックも一台走ってきて、作業に加わってしまう。
「亞唯ちゃんに、予備の爆弾を起爆してもらってはどうでしょうか?」
シオは、そう提案した。
「こうなったら、仕方ないわね」
スカディが、携帯を取り出した。
「ウー中校です。チュー上尉は?」
アリシアの声音で、駐屯地当直士官専用電話と通話を始める。
「そう。ファン中尉、緊急事態です。すぐにすべての人員を防空壕に入らせて。先ほどの爆発は、正体不明の敵による巡航ミサイル攻撃だったと、南昌向塘空軍基地から連絡が入りました。……そうです。間違いありません。すでに。第二波がレーダーに捉えられています。急いで! これは、命令です!」
スカディが、アリシアの声で語調を強める。
効果はてきめんであった。すぐに情報が伝わったのであろう、兵士たちが作業を中断し、トラック三台に慌てたように乗り込む。
トラックが走り去ったところで、四体のAI‐10は闇の中を駆けた。外周フェンスにたどり着き、よじ登り始める。頂部の有刺鉄線も、ロボットにとってはたいした障害ではない。服を引っ掛けないように気をつければ、問題は無い。
「よし、畑中二尉……もとい、マルカに電話だ」
仲間たちがフェンスを登り始めたのを目にして、亞唯は携帯電話を掛けた。
「先生、宴会は終わったよ」
「トゥイ」
中国語が苦手な畑中二尉が、一言だけの返事を寄越す。
黒塗りのBMW F30が、望城鎮にむけひた走る。
専属運転手である三級軍士長がハンドルを握り、助手席に副官の上尉の姿がある。後部座席に一人座るアリシアは、黙考を続けていた。
情報士官としての勘は、南昌駐屯地へ行けと告げている。状況は、敵の狙いが駐屯地にあることを指し示している。
だが、その根拠が見つからない。敵の狙いは、なんだ……。
「中校殿。囮に使われた建機ロボットに関する詳細が判りました。銀弧科技製造の、M26型。シリアルから、南昌市内にある新建機械租賃有限公司に販売されたものだと判明しました。こちらの担当者は不在なので詳細はわかりませんが、何者かがレンタルして改造を加えたものだと推定されます。人民警察が、なお捜査中です。乗っ取られて、操られていたのでしょうね」
携帯電話で公安局と連絡を取っていた副官が、報告する。
……乗っ取られた……?
解放軍駐屯地には、リエバオの他にもウォロンがいる。
たしか、一体のウォロンは、自爆したスパイロボットに倒されたのではなかったか?
F30が右折し、国道320号線を外れて県道052号線に入った。南昌駐屯地までは、もう幾許もない。車内にいても、駐屯地で鳴り響いているサイレンの音ははっきりと聞こえてくる。
……数日前に乗っ取られた建機ロボットは、プログラムに変更がなされていた。今回のロボットも、プログラムに変更が行われていた可能性が高い。すなわち、敵はロボット固有のファイアウォールやその他の防護プログラムを突破する能力を持っているということだ。
倒されたウォロンも、同様に乗っ取られていたとすれば……。
アリシアの頭の中で、すべてが繋がった。
……血眼になって探していたスパイロボットが隠したデータ。これが、最初から人民解放軍駐屯地の中にあったとは!
「ヨンイン、駐屯地と公安局に連絡。敵の狙いは人民解放陸軍南昌駐屯地よ。可能な限りの人員を、集中させて」
指示を出しながら、アリシアは自分の携帯を出した。フェン上校に掛ける前に、時刻を確認する。03:32。
爆発があったのが十八分ごろ。あれが牽制か何かだとすると、もうすでに敵の作戦が終わっている可能性もある。
「フェン上校! 飛行中のヘリコプターを、すぐに解放軍南昌駐屯地へ回してください!」
開口一番、アリシアはそう告げた。
「……ヘリはすべて空軍基地だ。今、ようやく給油を始めたところだよ」
フェンの返答を聞いたアリシアは、携帯をいったん顔から遠ざけると罵り声をあげた。先ほど無理してヘリを飛ばし続けたツケが、今頃回ってくるとは。
がたがたがた。
盛大に騒音を撒き散らしながら、四体のAI‐10はフェンスを無事に乗り越えた。
「まずい。車が来るよ」
東の方から近付くヘッドライトを見て、ジョーが言う。
「時間が惜しいわ。無視しましょう」
スカディが、そう判断した。すでに、予定よりも脱出は遅れている。爆発を起こした以上、駐屯地周辺が人民警察や武装警察によって封鎖されるのは時間の問題である。いまさら通りすがりの民間車両に姿を目撃されても、大事はあるまい。
四体のAI‐10は、県道を走って横断した。
第十七話をお届けします。




