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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 05 中国軍用ロボット技術情報回収せよ!
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第十一話

「第六区の目標は無害と判明。単なる民生用作業ロボットの模様です。現場指揮官は、囮ではないかと評価しています」

 通信係の四級軍士長が、切迫した声で報告した。

 フェン上校はアリシアの横顔をちらりと見て……少しばかり驚いた。てっきり怒りか失望の色を見せていると思われた彼女の顔は、喜びに溢れていたからだ。

「これで、公園内にスパイロボットが潜んでいる確証が得られましたね」

 晴れやかに、アリシアが言い切った。

「すべての戦力を投入します。今度こそ、逃がしはしません。完全に包囲して、追い詰めます」



「よし、さっそくバックアップを取ろう」

 ジョーが、下げていたポーチから大型データカセット用の端子を取り出し、セットした。自分のポートにも、接続する。

「え?」

 コピー転送を開始したジョーの目が、点になった。

「どうしたのかしら?」

 異常に気付いたスカディが、訊く。

 ジョーが、うつろな表情のまま、端子を取り外した。

「転送が、一秒と掛からずに終わっちゃったよ。データはたったの一メガバイト以下だ。なんだ、これ……」

「入れ忘れたのですね! ジェイソンもとんだうっかりさんなのです!」

 シオはそう冗談を飛ばした。

「ボクらは優秀だよ! 入れ忘れたりするもんか」

 ジョーが、きつい口調で言い返す。

「データが飛んじまった、……ってことはないよな」

 亞唯が、先ほどの『道具』からビニールテープを剥がしながら言う。

「どんなデータが入っているのかしら?」

 スカディが、訊いた。

「……暗号だね。もちろんボクには復号できないけど、フォーマットはボクたちが使っている暗号と一致している。だから、ジェイソンが意図的に残したデータだということは、間違いないと思うけど……」

「宝箱の中身が空だったり、ただの石ころだったり、質札が一枚入っているだけだったりするのは、映画ではありがちなのです! がっかりすることはないのです!」

 シオはそう言ってジョーの肩を叩いて慰めた。

「まあ、真面目に推測すれば、ジェイソンはこのデータカセットが中国側の手に渡る可能性があると考え、収集したデータは別の場所に隠したんだろうね。暗号解読の成功率は、暗号の総量に比例するから、用心に用心を重ねたんだと思う。特に、動画の場合は暗号解読の手がかりとなる同一のパターンが出易いからね。おそらくこのデータは、本命のデータの隠し場所を示すものだよ。この程度のデータ量なら、スーパーコンピューターを駆使しても解読は不可能なはずだ」

 ジョーが、データカセットを見つめながら言う。

「そうだとしても、本命のデータはどこにあるんだ? ジェイソンは、このデータカセット以外にもデータを記録できる装置を持っていたのかい?」

 亞唯が、怪訝そうな表情で訊く。ジョーが、首を振った。

「いいや。なにも持っていなかったはずだよ」

「現地調達した、ということね。……何を使ったのかしら。公園内に、それらしい施設はあるけど、ジェイソンは近づけなかったはずよね」

 スカディが、考え込む。

「そんなところは、中国側がとっくに調べているはずなのです!」

 シオはそう指摘した。

「考えるのは後にしようよ。復号のためには、データをメガンに引き渡さなきゃならないし」

 急いた口調で、ジョーが言う。

「そうですわね。みなさん、今日のところは、引き上げましょう」

 スカディが、うなずいた。

 一同は作業の痕跡を消しに掛かった。引きずり出した石を穴に押し込め、足跡を消す。作業に使った枝は、折ってから川に流す。剥がしたビニールテープは、亞唯がポケットに押し込んだ。

 後始末を終えたAHOの子たちは、徒歩で北を目指した。前回同様、オイントメントとは公園外でランデブーする予定になっている。

 懸念された犬にも出会うことなく、AHOの子たちは順調に距離を稼いだ。だが、もう少しで公園の領域を出る、というところで、トラブルに見舞われる。

 いきなり、シオの目前十メートルほどの処にあった茂みから、人民解放軍兵士が飛び出したのだ。

「わっと」

 シオは驚いた。だが、驚いたのは兵士も同様だったらしい。唖然とした顔で、忍者装束の小柄な姿を見つめている。

 あいにく、シオが歩んでいたのは開豁地であった。近くに、身を隠せるような茂みや地面の盛り上がりはない。

 シオは一番近い左手の茂みへ向け走った。我に返った兵士が、81式自動歩槍を肩付けし、シオを狙う。

 月明かりしかない状況だが、射距離はわずかに十数メートル。外す距離ではない。

 ばきっ。

 鈍い音がして、兵士の腕に何かが当たった。衝撃は小さなものだったが、銃口がわずかに逸れる。次の瞬間、兵士の指が引き金を引き絞った。

 連射された銃弾は、走るシオの足元の地面に突き刺さった。兵士が慌てて、銃口を『もの』が飛んできた方に向ける。小さな黒い影が、素早く樹林の中に消えるのを見て、兵士が再び引き金を引いた。十数発の銃弾が、樹林の中に吸い込まれ、あるいは幹にめり込む。

 銃声を聞きつけ、樹林の中から続々と人民解放軍兵士が湧き出してきた。発砲した兵士が、大げさな身振りを交えて二級軍士長に報告する。厳しい表情で耳を傾けていた二級軍士長が、散開捜索を命じた。次いで無線兵を呼び寄せ、上官に接触報告を入れ始める。



「助かったのです、ジョーきゅん!」

 樹林の中で仲間と合流したシオは、とりあえずジョーに向けて礼を言った。あそこでジョーが咄嗟に兵士の射撃を妨害してくれなければ、確実に撃たれていたところである。

「何を投げたんだい? 石か?」

 亞唯が、訊く。ジョーが、肩をすくめた。

「データカセットさ。たまたま、手にしていたからね」

「回収するのは、無理みたいですわね。仕方ありませんわ。引き上げましょう」

 耳を澄ませながら、スカディが言う。聞こえてくる音からすると、少なくとも一個小隊程度の兵士が散開捜索中のようだ。もちろん、それ以上の人数が応援として集まってくるのは時間の問題である。

「あたいを助けるために、中国側にデータカセットを渡すことになってしまったのです! 無念なのです!」

 シオは悔やんだ。

「気にするなよ。あのデータ量なら、解読は不可能さ。実害はないよ。データカセットよりも、仲間の安全の方が大事だしね」

 ジョーが言って、歩き始めたシオの肩をぽんぽんと叩いた。



「なるほど。これを探していたのですね、アメリカは」

 アリシアが、渡されたデータカセットをテーブルに置いた。

「それで、内容は?」

「約四百二十キロバイト相当のデジタルデータです。一次解析の結果、主要部は十進数の数字を暗号化したものと推定されました。アメリカのスパイロボットが装着していたものと見て、間違いないでしょう」

 解析を担当した人民解放軍の上尉が、堅苦しく答える。

「解読できるかしら?」

「残念ながら、私どもの力では、不可能と思われます」

「そうですか。ありがとう、上尉」

 アリシアが素っ気なく言って、上尉を下がらせる。

「……どういうことですかな?」

 フェンは、データカセットを手に取った。コンピューターに疎い彼でも、四百二十キロバイトというのが、予想していたデータ量よりもはるかに少ないことくらいは判る。

「スパイロボットが収集した極秘データは、この中には入っていなかった、ということですね。ひょっとすると、核心的な情報が一部含まれている可能性はありますが。推測ですが、このデータは本命のデータの隠匿場所に関するものではないでしょうか」

「なぜそのようなことを?」

 フェンは訊いた。スパイロボットが、このデータカセット以外にも記録装置を持っていたとは、考えにくい。もっと小容量の小さなメモリーなどにデータカセットの隠匿場所を暗号で記しておいた、というのならば、まだ理解できるが……。

「わかりませんね。本命のデータが隠しようのない場所にある、というのならば、あり得ますが。たとえば、森林公園内の施設のコンピューターにデータを移し、その場所をデータカセットに記して隠す、とか。ですが、公園内施設のコンピューターにスパイロボットがアクセスする機会は物理的に無かったはずですし、念のため当日の履歴を調べてもそれらしいものは無かった。不可解ですわ」

「このデータカセットが、アメリカ側の謀略であるという可能性は?」

 フェンはそう訊いた。偽物をわざと掴ませ、油断させたうえで本物のデータカセットを探そうという作戦かもしれない。

「その可能性は薄いでしょう。これが偽物ならば、容量いっぱいまで偽のデータを書き込んであるはずです」

 フェンが手にしているデータカセットを指し示しながら、アリシアが言う。

「たしかにそうですな」

 フェンは納得して、データカセットをテーブル上に戻した。

 捜索に任じていた人民解放軍の一個小隊が、スパイロボット……小型かつ複数、という報告が届いている……と遭遇し、このデータカセットを回収したのが、五時間前のこと。即座に戦力を当該地区に集中し、さらに捜索範囲を梅嶺森林公園の外にまで広げてみたが、いまだ再接触の報告は入っていない。残念ながら、今回も逃げられたと判断するしかないだろう。

「とにかく、データ内容は第二部へ送って分析させます。まず、解読は不可能でしょうが」

 アリシアが、ため息混じりに言った。

「今後、どうされますか?」

「本命のデータはスパイロボットがいまだどこかに隠してあるはずです。アメリカ側は、これを回収に来るでしょう。それを阻止しなければなりませんが……だいぶ分が悪くなりましたね」

 言葉を切ったアリシアが、珍しく気弱そうな表情を一瞬浮かべてから、フェンの視線を感じたのか、急に彼に背を向けた。

「警戒態勢は継続します。ですが、いつまでこの態勢を続けられるか……。アメリカ側が、早急に次の手を放ってきてくれれば、よいのですが……」



「とりあえず、データは本国に送るわ」

 持参したノートパソコンにジョーが差し出したケーブルを接続しながら、メガンが言った。

 スイス・インターナショナル・ホテルの一室である。なんとか中国側の包囲網を突破し……正確に言えば捜索陣を回避し、オイントメントの待つ車にたどり着いたスカディ、亞唯、シオ、ジョーの四体は、例によって南昌市街地の路地裏で越川一尉と合流し、買い物帰りを装ってホテル内に入り込んでいた。ちなみに、四体とも電源コードをコンセントに繋いで充電中である。予定よりも高速で公園内を踏破したので、バッテリーが底を尽きかけていたのだ。もう少し手間取ったら、非常用発電機のお世話になるはめに陥ったに違いない。

「どうやってアメリカへ送るのですか?」

 シオは好奇心むき出しで訊いた。

「この程度のデータ量ならば、画像埋め込みで対処できるわ。連絡員にわたしが渡す。その連絡員が、画像……例えば、誰も見る気にならないほど画質を荒くした古くてマイナーなミュージッククリップあたりにデータを埋め込み、外国からもアクセスできる違法アップロードサイトに短時間だけアップする。アメリカ側でダウンロードし、デコードするだけ。安全かつ簡単なやり方よ」

「いわゆるデジタル・ステガノグラフィーですわね」

 スカディが、言う。

「とにかく、ご苦労さま。ジョーの推測が正しいとすると、もうひと働きしてもらうことになるかもしれないけれど……その時はよろしくね」

 メガンがそう言って、スカディ、亞唯、シオの三体に握手を求める。

 越川一尉と合流したAHOの子四体は、タクシーで南昌国際展覧会場へと戻った。例によってブースの中に篭り、留守番の雛菊とベルを含めた六体で作戦会議を行う。

「では、データカセットの中身の復号待ち、ということになりますですねぇ~」

 スカディとジョーの説明を聞いたベルが、言った。

「そういうことになりますわね。先ほど越川一尉と打ち合わせましたが、今後もジョーに協力して、データの回収を目指すようにとの指示でしたわ」

 スカディが、上官の指示を徹底させるかのように全員を見渡しながら、言う。

「しかし、データをどこに隠したんだろうな、ジェイソンは」

 亞唯が、首を捻った。

「はっと! まさか、思いっきりアナログな手段を使ったのでは?」

「アナログ?」

 シオの唐突な見解に、ジョーが怪訝そうな顔をする。

「……なかなか鋭い指摘ね。デジタルデータだから、デジタル機器にコピーしたと断定していましたが、そのような方法でもデータは残せますわね」

 スカディが、感心したようにうなずく。

「たぶん偶然拾ったノートに手書きして……」

「……期待したわたくしが馬鹿でしたわ」

 シオの言葉に、スカディが苦笑して首を振る。



 夕方になって掛かってきた電話は、アリシアからのものであった。

「なんでしょうか、中校」

「ご存知とは思いますが、明日から南昌国際展覧会場で、外国のロボットの展示商談会が行われます。南昌市当局の許可は得ました。ご一緒に、見学いたしませんか?」

 ……ほう。

 フェン上校は、ちょっと思案した。展示会には、軍用ロボットの展示もあるらしい。第二部の所属としては、後学のために一応見ておきたいのだろう。フェン自身も、興味がないわけではない。

 ……どうせアメリカ側が動くまで二人とも暇だしな。

「結構です。参りましょう」

 機嫌のよい声を作って、フェンは応じた。

「ありがとうございます。副官の方も、ぜひご一緒に」

「判りました」

「車の手配もお願いします。武警の公用車がいいでしょう。それと、もうひとつお願いが」

「なんでしょうか?」

「武警の女性用制服をひとつ用意していただきたいのです。階級章は、二級士官程度で結構です」

 ……変装する気か。

 フェンは唸った。『見学のお誘い』かと思えば、どうやら煙幕代わりに使われるだけのようだ。

 外国企業が多数参加する展示会。当然、外国のメディアもそれなりに集まるはずだ。そこへ第二部の有名人がのこのこ出て行っては、注目の的になり、具合が悪い。しかし、地元の武警上校が副官の中尉と女性下士官を伴って見学に訪れても、誰も気にしないだろう。

「承知しました。車と制服、明日までに準備させましょう」



「明日からいよいよ展示会開始よ。頑張ってね」

 すっかりアサカ電子社員になりきっている石野二曹が、にこやかにAI‐10たちに告げる。

「難儀やなー」

 雛菊が、すっかりやる気の失せた声で唸るように言う。

「面倒だねえ。延々と、中国人の相手をしなきゃならないなんて」

 同調した亞唯が、ベリーショートの頭を掻く。

「……すっかり荒事の方が板についてしまいましたわね、わたくしたち。困ったものですわ」

 スカディが、苦笑した。

「……軍用ROMを外すわけにはいかないし。あなたたち、家事兼愛玩ロボという本来の姿を思い出してちょうだい」

 同じく苦笑しながら、石野二曹が言った。

「君たちはまだいいよ。ボクは元々偵察ロボットなんだよ。コンパニオンなんて、難しい役柄だよ」

 抗議口調で、ジョーが言う。

「わたくし思いますにぃ~。これも任務だと考えてやればいいのではないでしょうかぁ~」

 ベルが、そう言い出す。

「任務でありますか?」

 シオは首を傾げた。

「正体を秘匿し、コンパニオンに偽装する任務なのですぅ~。中国本土という敵性地帯で極秘活動を行うための、偽装と考えれば、これも興味深くかつ重要な任務と言えるのですぅ~」

「はっと! 正体の秘匿はスパイの基本! 俄然やる気が出てきたのです!」

 シオは嬉しくなってぶんぶんと腕を振り回した。

「その調子で、みんなもお願いね。一応作戦中だということを、忘れないようにね」

 石野二曹が、念を押した。


第十一話をお届けします。

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