第十一話
午後五時四十分。装備を整え、高機動車に乗り込んだ臨時ロボット302分隊は、昨晩と同じ警備担当区域に向かった。石野二曹が、昼間の警備を任されていた普通科分隊の班長と、引継ぎを行う。
「ではみんな、配置に就いて。警備手順その他は昨日と変更なしよ。じゃ、頑張って」
「リーダー、一組の配置も昨日と同じでいいのでありますか?」
シオは、スカディにそう確認した。
「問題ないでしょう」
「では、ベルちゃん、行くのです!」
「はいなのですぅ~」
シオとベルは、肩を並べて走り出した。
南東の角で、ベルが別れる。シオは走り続けた。すでに太陽は西方の山々の陰に姿を隠しつつあり、あたりは赤黒く染まっている。前方に立哨している人影を見つけたシオは、足を緩めた。
「ご苦労様であります! 臨時ロボット302分隊、シオであります! 警備任務の引継ぎに参りました!」
ぎこちない敬礼とともに、そう申告する。
「第32普通科連隊第4中隊、茂木一士です。待ってましたよ、かわいい兵隊さん」
89式小銃を肩に掛けた青年が、答礼しながら微笑んだ。顔立ちが、マスターである高村聡史に似ていることに、シオは気付いた。
「任せるのであります!」
「頼んだよ」
腕時計に一瞬目を落として時刻を確認した青年が、シオの頭に手を置いて帽子越しに軽く撫でた。そして、南の方へと駆け足で遠ざかってゆく。
茶畑の中に動きを認めたシオは、視覚をパッシブIRモードに切り替えた。赤外線源が、ひょこひょこと移動している。
「人にしては小さいのです。動物でしょうか」
シオは再び光量増幅モードに切り替えた。対象が茶畑のあいだから姿を見せ、尖った三角耳のついた頭部のシルエットが確認できた。
「猫さんですね。夜のお散歩でしょうか」
マスターの聡史が猫好きなので、シオも猫好きの属性が後天的に備わっている。しゃがみ込んだシオは、フェンス越しに猫を手招いたが、警戒しているのか寄って来ることはなかった。
「つれない奴なのです」
シオは不満げな表情を作って、去ってゆく猫を見送った。
0213に、シオの監視区域で動きが生じた。
連なって東の方角から走ってきた二台の車が、住宅のあいだの道を抜け、茶畑に通じる小道に乗り入れてきたのだ。
だがそれだけでは、シオの警戒心は反応を見せなかった。優れたAIを搭載するAI‐10ではあったが、人間のような想像力は持ち合わせていない。単に接近してくる車がある、と認識し、それを重点監視対象に指定しただけである。先ほどの猫と同じレベルの注意の向け方であった。
茶畑のあいだの小道を進んできた二台の車が、ヘッドライトを消灯したところで、やっとシオの警戒心が喚起された。低速とはいえ、暗い小道でライトを点けずに走行するのは危険極まりない行為である。それにこのような時刻に、茶畑の手入れをする人がいるとは考えにくい。
「これは、怪しいのです」
シオはすぐさまスカディに無線で報告を入れた。
「こちらB地点のシオ。B地点東方百五十メートルの位置に怪しい車両二台視認。低速で接近中」
「スカディ了解。監視を継続してちょうだい」
すぐさま、応答がある。
シオは視覚をパッシブIRに切り替え、乗っている人数を確かめようとした。熱いエンジンブロックに遮られているので確実なことは言えなかったが、二台とも四人程度は乗っていそうだ。車種はたぶんセダンかミニバンだろう。
と、車の動きが止まった。人間を表す赤外線源が、エンジンブロックから離れる。車を降りているのだ。
「こちらB地点のシオ。B地点東方八十メートルの位置に車両二台停車。複数の人間が降車中」
「スカディ了解。巡回班はB地点に急行します。シオは監視継続」
「シオ、了解」
シオはじっと観察を続けた。降り立ったのは、赤外線源からすれば八人。車内に残った者はいないようだ。懐中電灯などの明かりは灯さず、茶畑を突っ切って足早にフェンスの方へと近付いてくる。
「怪しすぎるのです!」
シオは通信機の回線を石野二曹にも繋げると、報告した。
「こちらB地点で監視中のシオ。B地点東方五十メートルの位置に不審者八名。なお徒歩で接近中」
「スカディ了解。亞唯、二組担当区域から人数を引き抜いて、一組担当区域のバックアップをお願い。ベル、B地点へ急行して、シオを援護。シンクエンタ、C地点とD地点の中間へ移動して」
「こちらベル、了解なのですぅ~」
「シンクエンタ、了解」
「こちら亞唯、めーとともにB地点に移動中。エリアーヌをD地点に向かわせてる」
通信が、錯綜する。
「こちら石野。シオ、誰何して。基地内に不審者が侵入した場合に限り、威嚇発砲を許可します。ただし、銃弾が民有地に飛ばないように配慮すること」
「こちらシオ、分隊長の指示了解したのであります」
不審者はなおも接近してくる。各人が、細長い布包みのようなものを抱えていた。
シオが陸上自衛隊員であれば……いや、素人であっても多少は軍事や銃器に関する知識があれば、その布包みの中に火器が隠してあることを見抜けただろう。だが、ロボットであるシオには、『不審者が』『布包みを持っている』ことは理解できても、その事象から『不審者の目的はおそらく破壊工作であり、当然銃器を所持しているはず→不審者は銃器を隠せるような布包みを持っている→眼前にいる不審者の所持している布包みの中身は、たぶん銃器である』という結論に達するのは無理であった。
不審者が、なおも近付く。どうやらシオの姿には気付いていない様子で、八人全員がB地点から十五メートルくらい北のフェンスに取り付いた。二人が布包みの中から大きなワイヤカッターを取り出し、侵入者防止用センサー線を避けてフェンスの金網をぱちんぱちんと切り始める。
「こちらシオ。不審者はフェンスの切断を開始したのです! 器物損壊の現行犯なのです!」
シオは眉を逆八の字にした。日本を防衛している自衛隊の基地の器物を損壊しているのを目の当たりにして、ようやく不審者が敵性であることを認識したのだ。シオは、とてとてと駆け寄った。
「ここは航空自衛隊基地なのです! 一般人の立ち入りは禁止されています!」
音声出力を普段の五倍程度にして、呼びかける。
意表を衝かれたのか……いきなり暗がりから甲高い少女声で呼び掛けられれば当然だろうが……八人の不審者の動きが一斉に止まった。
驚きから立ち直った不審者たちが、腕の中の布包みを相次いで解いた。何丁もの突撃銃と、二基のロケットランチャーが現れる。シオは教範を素早く参照し、突撃銃の型式をAKの一種、ロケットランチャーをRPG‐7と認識した。通信機で、石野二曹と分隊員全員に呼びかける。
「こちらシオ! 不審者はRPG‐7を含む火器で武装しているのです!」
三名ほどが、AKの銃口をシオに向けた。
危険を察知したシオは、横にぴょんと跳んだ。銃声が数回連続して鳴り響き、単射で放たれた銃弾が、数瞬前までシオがいた空間を通過する。
「こちらシオ! 不審者に発砲されたのです!」
ごろごろと地面を転がりながら、シオは通信を続けた。フェンス越しにさらに発砲され、ばしばしと地面に銃弾が突き刺さる。シオの素早い動きと、身体の小ささ。周囲の暗さ。さらに、不審者側が慌てていたこともあり、シオは一発の銃弾も浴びることなく、近くの藪の中に転がり込んだ。
その間にも、ワイヤカッターを手にした二人の不審者はフェンス切断作業を続けていた。やがて開いた穴から、入間基地の敷地に不審者が続々と侵入を開始する。
「こちらシオ。B地点の北十五メートルの位置で外周フェンスを破られたのであります! 不審者八名、基地内に侵入! 威嚇発砲を試みるのであります!」
シオは伏せた状態のまま薮から顔と右腕だけ出した。シオの姿を見失ったのか、銃撃はやんでいた。シオは絶対に不審者に銃弾が当たらない角度に銃口を向けると、安全装置を解除し、セレクターを連射にして、放った。
ぱぱぱん、という軽い音がして、五発の銃弾が飛び出す。
すぐに、お返しの連射が行われた。シオの頭上を、銃弾が飛び過ぎてゆく。シオは慌てて頭を下げた。
「威嚇発砲くらいじゃどうにもならないのです!」
火器を手にした不審者たちが、西の方角へ向け走り出した。より奥深くへ侵入しようというのだろう。
と、明るい光が数名の不審者の姿を浮かび上がらせた。
北から接近してきた、AM‐3の探照灯であった。古臭い合成音声で、不審者に対し武器を捨てるように勧告する。
不審者の一人が、膝を付いた。肩に担いだRPG‐7を、AM‐3に向ける。
シオはその様子を腹ばいのまま見つめていた。自衛用の発砲さえ許可されていないのだ。威嚇射撃に効果がないことは、たった今学習したばかりである。いずれにせよ、不審者たちは機関拳銃の有効射程外にいる。シオにはどうすることもできなかった。
ばしゅっという音とともに、ランチャー後端から明るいバックブラストが生じた。飛び出した弾頭部のロケット・モーターが着火し、ランチャーの先十メートルほどのところで顕著な閃光が生じる。
どかん。
弾頭が炸裂し、狙われたAM‐3が四散する。
「ひどいことするのです!」
シオは眉を逆八の字にして憤慨した。
別な一人が、立ったままRPG‐7を発射する。後続してきたAM‐3が、あっけなく消し飛ぶ。
他の不審者は、すでに西の方へと駆け出していた。RPGにロケット弾頭を再装填した二人が、それを追う。
「シオちゃん、大丈夫ですかぁ~」
背後から、ベルの声が聞こえた。
「伏せるのです、ベルちゃん! 危ないのです!」
ベルが、どさりとシオの隣に伏せた。
「どうなっているのですかぁ~」
「不審者はロケットランチャーも持っているのです! RPG‐7なのです! AM‐3が二体やられてしまったのです!」
「それは、お気の毒ですぅ~」
「シオ、無事かしら?」
スカディが駆けつけてきた。夏萌も一緒だ。
「発砲されましたが、当たらなかったのであります!」
仲間と合流したことに気を良くしたシオは、元気よく答えた。
ぱしんぱしんという銃声が、四体の耳に届いた。北西の方角だ。
「後続の不審者はいないようね。行ってみましょう」
スカディが、夏萌を連れて走り出した。立ち上がったシオとベルも、遅れじとそれに続く。
第十一話をお届けします。ようやく戦記ものらしくなってきました。




