第五話
「充電は終わったかな? じゃ、ブリーフィングを始めるよ!」
かなり高いテンションで、ジョーが他のAHOの子たちを呼び集めた。
すでに時刻は真夜中を過ぎている。長浜一佐を始めとする人間たちはとっくに帰ってしまい、オフィスの中にいるのはAHOの子六体だけだ。岡本ビルも通常ならばこの時間帯は二十四時間営業の『ラビットマート』以外は無人となり、入口のシャッターが下りて機械警備のスイッチが入れられ、出入りができなくなるのだが、今日は三階の『ぬえ出版』編集部にはいまだ明かりが灯っており、数名が残業中のようだ。『アンノウン・ワールド』の締め切りが近いのであろう。
ちなみに、AHOの子たちが集っている会議室内の天井照明は消えている。家庭用ロボット、つまり人間と同居して暮らすことを前提としているロボットは、夜間清掃などの特殊なケースを除き、人間との『親和性』を重視して、通常は明るい所で作業するようにプログラムされている。だが実際のところ馴染み深い室内で決まりきった作業を行う場合、その場の明るさが作業内容や効率に影響を与えることはないのである。真っ暗闇では、いささか都合が悪いが、窓から街明かりが差し込んでくる程度の『明るさ』ならば、問題はまったく生じない。
「これが、探すべきデータカセットだ。これは市販品だけど、形状はジェイソンが隠したものと同一だよ」
その薄暗い室内で、ジョーが取り出したデータカセットを、スカディに手渡した。濃い灰色のプラスチック外皮に包まれた箱型で、かなり大きい。
「わたくしたちには装着できない規格ですわね」
手の中でデータカセットをひねくり回しながら、スカディが言う。
「レンタルの建機ロボなんかが、よく使ってるやつやな」
スカディからカセットを受け取った雛菊が、そう言った。あらかじめ施工業者が作成した工事現場や建築現場の3Dマップ、3D設計図面、現場で他のロボットや有人建機との調整に使われる通信プロトコルなどを入力したデータカセットを用意しておけば、それを装着してやるだけで、新規に現場に投入されたロボットでも速やかに作業を開始できるのだ。これを怠ると、環境順応や3Dデータ作成、通信調整などに数時間を費やさねばならない。
「CIAは、現地に協力者を有しているんだ」
ジョーが、続けた。
「暗号名『オイントメント』 彼が、現地の人民解放軍や武装警察に関する情報を提供してくれるし、ジェイソンのデータカセット探しにも協力してくれる」
「オイントメント。軟膏か。変な暗号名だな」
亞唯が、笑った。
「暗号名から人物を特定されたり、任務内容を推測したりできないように、最近はコンピューターが無作為に選んだ名称を付与しているからね。これも、CIA本部のどこかにあったコンピューターがランダムに選んだだけだろうね」
ジョーが、薄く笑いながら言う。
「それと、本作戦に先立って、CIAはオイントメントを使って、中国側に偽装工作を仕掛けたんだ。すでに、アメリカ側はジェイソンのデータカセットを回収した、と誤認させる工作だ」
「どうやったのでありますか?」
シオは身を乗り出しつつ訊いた。スパイ映画も、大好きである。
「梅峰国家森林公園内に侵入し、ダミーのデータカセットを埋めさせたんだよ。数日後、これを掘り返して回収した。そしてアメリカの方で、『中国某所における作戦は成功。データは無事回収され、終了した』という曖昧な情報が、中国側に流れるように仕組んだんだ。掘り起こした跡を中国側が発見したことも、確認している。上手く行けば、中国側の警戒はかなり緩んでいるはずだ」
「うまく騙されてくれるでしょかぁ~」
ベルが、首を傾げる。
「まあとにかく、これを見てよ」
ジョーが、自分から伸ばしたUSBケーブルを、ノートパソコンに繋げた。周囲の暗さに合わせて輝度を落としてあるディスプレイに、等高線入りの地図が表示される。
「これが、梅峰国家森林公園だ。×印が、ジェイソンの自爆位置。そしてこれが、それまでに彼が発信した位置情報」
緑色の枠で現された森林公園内に、真紅の点がぽつぽつと現れる。
「で、これが地形等を勘案して推定したジェイソンの動きだよ」
真紅の点を繋ぐように、オレンジ色の線がうねうねと延びてゆく。
「計画では、このルートを辿ってゆく予定だ。現場をボクが見て、ジェイソンがどう判断したかを推測し、データカセットが埋められた位置を推測する。もちろん、トランスポンダーは常時作動させるから、近くに埋められていれば判るはずだ。何か質問は?」
「トラブルになったら、どうするんだい?」
亞唯が、そう質問する。
「交戦は、基本的に避けるよ。武器は携行しない予定だしね。闇に紛れて、逃げるだけだ。そのために、ニンジャ・スーツで行動するんだよ」
「おおっ! 闇に生まれ、闇に消える! それがニンジャのさだめなのですね!」
シオは思わず拳を振り回した。
翌早朝、ジョーを加えて六体となったAHOの子たちは、各自衣装の入った小さなバッグを抱えて、石野二曹が運転するミニバンに乗り込んだ。
車内には、地味な黒いスーツを着込んだ越川一尉の姿もあった。
「また一緒だな。よろしく頼むぞ」
相変わらずの多少暑苦しい雰囲気を撒き散らしながら、越川一尉が挨拶する。ちなみに、石野二曹もベージュのビジネススーツ姿だ。
「始めまして、キャプテン! ボクはジョーだよ。ぜひとも、『ジョーきゅん』と呼んで欲しいね!」
笑顔のジョーが、そう自己紹介する。
「ジョーきゅん……。よろしくな」
少しばかり首をかしげた越川一尉が、差し出されたジョーの手を怪訝そうな表情で握る。
石野二曹の運転で、ミニバンは環八通りに入った。中台から首都高に乗り、京葉道路を経由して南関東自動車道で成田国際空港まで。渋滞に巻き込まれなければ一時間半程度のドライブである。
「まず俺と二曹の偽装身分から教えておくぞ。二人とも、アサカ電子ロボット事業本部の社員だ。担当は営業。俺が主任で、二曹は平。どちらも、つい最近まで札幌支店勤務という設定だ。だから、本社の連中とは面識がない、という理屈だな。偽名は、俺が杉沢修一。二曹が、長井鈴菜。あとのアサカの連中は、全員が本物だからな、迷惑を掛けないようにしろよ」
「大丈夫なのです!」
シオは請合った。
「……シラリアの時も、前回も、やたらと事態が拡大し、冷や汗をかいたからな。ほんとに頼むぞ」
越川一尉が、真剣な表情で拝むように言う。
「シラリア? 君たち、アフリカでもなにかやらかしたのかい?」
ジョーが、訊く。
「それは機密事項ですわ」
スカディが、きっぱりと言って、ジョーの質問を拒絶する。シラリアとエネンガルでの作戦には、CIAも関わっていたが、『中身』は単なる偵察用ロボットに過ぎないジョーが、そんなことを知っているはずがない。
「おっと。ジョー、本作戦に参加中は、君は長浜一佐の指揮下にある。俺は、現場指揮官として君を自由に使う権限を、長浜一佐から委譲されている。アメリカ側も、その点に関しては同意済みだ。これは、理解しているな?」
「もちろんです、サー」
ジョーが、嬉しそうに同意する。
「よし。ならば、本作戦に参加中得られた『作戦遂行上不可欠ではない軍事情報』を、俺または長浜一佐の許可なく、他者に漏らすことは禁ずる。たとえ、相手が君の本来の上司やCIA関係者であっても、厳禁だ。作戦中に、ロボットを含む作戦参加者と情報を共有することは、構わない。いいな」
「了解したよ、サー!」
「よし。これで心置きなく話せるな」
越川一尉が、ほっとした表情を見せた。胸ポケットに手を入れ、一枚の写真を引き出す。
「では、話を続けよう。これが、展示会期間中諸君らの上司となる人物だ」
越川一尉がかざした写真には、まだ若い女性が写っていた。黒髪に縁取られた丸顔に、大きなレンズの眼鏡。
「美人なのです!」
シオは即座にそう判断した。
「美人と言うよりも、可愛い系やな」
雛菊が、同意する。
「幼顔系だね。ビジネスウーマンというよりも、学生風だ」
亞唯が、そう評する。
「これが、日本の美人なのかい? よく判らないねえ」
ジョーは、頭を捻っている。
「アメリカ人の東洋系に対する美醜の判断は、中国系のそれを基準にしてますからね」
スカディが、やや辛辣な口調で言った。
「ディ○ニーの古い作品とか見ると、よく判りますわ。出てくる東洋美人が、典型的な中国顔ですし」
「日本とアメリカが本格的に文化交流を始める前に、女性を含むたくさんの中国の方が北米に流入しましたからねぇ~。そこで美人の基準も、固定化されてしまったのですねぇ~。最近は、アニメやマンガの影響で、日本流の美人も受け入れられつつあるようですがぁ~」
ベルが、言う。
「あー、美人談義は済んだか? 話を続けるぞ。名前は有本はるか。ロボット事業本部の広報だ。なんでも、語学の達人で七ヶ国語だか八ヶ国語だかを操るらしい。もちろん。北京語に堪能だ。とりあえず、昼間は彼女の言うとおりにしてくれ。夜になったら、作戦行動だ」
「簡単に会場から抜け出せる程度の警備なのでしょうか?」
スカディが、訊く。
「警備を取り仕切るのは人民武装警察らしい。これに、地元警察が協力する形のようだ。それなりに厳しいだろうが、君たちなら出し抜けるだろう。電子的な警備に関しては、俺と二曹が手を貸してやれるはずだ。おそらく、関係者には電子的なパスが発行されるだろうからな。よし、じゃあ例によって資料ROMを配っておこう」
越川一尉が、サラリーマンが通勤時に持っているような黒い肩掛けバッグから、ROMカセットを五つ取り出し、ジョーを除くAHOの子たちに手渡した。
「キャプテン! ボクの分はないのですか?」
ジョーが、抗議口調で訊く。
「君のはこれだ」
越川一尉がバッグに手を突っ込み、もうひとつROMカセットを取り出す。シオたちに配られた物と同一規格だが、ケーシングの色が皆は灰色だったのに対し、これは鮮やかなピンクだ。
「特別仕様やな。羨ましいで」
雛菊が、茶化す。
「男の娘仕様なのではないでしょかぁ~」
ベルが、乗っかる。
「まあ、真面目に考察すれば、わたくしたちがすでに共用している情報が盛り込まれていると考えるべきでしょうね。各個体の特徴とか知りませんと、任務遂行上不都合が出るでしょうし」
スカディが、冷静に言う。
シオはROMを装着し、内部を検索してみた。作戦地域の地理を含む情報。北京語。人民解放軍や人民武装警察に関する情報などが、収められている。
「変なファイルがあるな。なんだいこれ? 踊りか?」
シオ同様ファイルを漁っていた亞唯が、顔をしかめる。
「『妖精ストレッチ』ではないですか!」
ファイルを開いてみたシオは、感激してシートの上で跳ねた。
「あー、それか。そのアニメは中国でも最近流行っているらしい。君らが踊ってやれば、受けるだろう。そういうことだ」
越川一尉が、そう説明する。
「忍者のコスチュームといい、流行りのアニメのダンスといい、コンパニオンとは名ばかりで、客寄せの道化をやらされるわけですわね」
スカディが、ため息混じりに言う。
成田空港A滑走路の北端近く、東側にある貨物エリアの駐機場では、アサカ電子がチャーターしたアプリコット航空の貨物機ボーイング767‐300Fに、積載作業が行われているところであった。
「あれが今回の目玉のひとつ、アサカ電子……もとい、わが社が開発中のAS26だ」
ちょうど、大きな建機ロボットが、貨物機機首付近左側にある大きな扉から機内に搬入されてゆくところであった。重厚な四本の太い脚と、ちょっと頼りなく思える細身の腰部。ボディから突き出している二本の腕の先は、マルチアタッチメントタイプで、状況に応じて『作業用具』を付け替えられるようにして汎用性を持たせている。一応操縦席も付いており、有人建機としても使えるようになっている。
「二台も持ち込むのですかぁ~」
もう一台、同じロボットが積み込まれてゆくのを見て、ベルが訊く。
「いや、今度のはモックアップだ。デモ用の試作機と、展示用のモックアップを持ち込むんだ。ここだけの話だが、デモ用機には秘密がある。いざと言うとき、君らの役に立つ機能を仕込んであるんだ」
声を潜めて、越川一尉が言う。
「おおっ! スイッチひとつで戦闘ロボに変形するのですね!」
シオは喜んだ。
「そんなわけあるか……。おっと、上司殿の登場だぞ。みんな、真面目になれ」
近づいて来たビジネススーツ姿の女性を見て、越川一尉が皆に注意を促す。
顔写真では判らなかったが……その幼顔からしてある程度予想はついたが……有本はるかは小柄であった。身長は、百五十センチそこそこだろう。
すでに打ち合わせで数回顔を合わせている越川一尉と石野二曹が、親しげに有本はるかと言葉を交わす。と、何かの拍子に有本はるかが手にしていたファイルをコンクリートの上に落としてしまった。中の書類が飛び散る。AHOの子たちは急いで駆け寄って、ばらばらになった紙が風で飛ばされる前に拾い集めるのを手伝った。
「ごめんなさいね、ありがとう」
ぺこぺこと、有本はるかがAHOの子たちに頭を下げる。
『これは……どじっ子なのでしょうか?』
シオは、赤外線通信で仲間に問いかけた。
『ありえるで。見た目も、そんな感じやし』
雛菊が、言う。
『そんなどじっ子に、中国人相手のビジネスが務まるのかい?』
亞唯が、心配する。
『広報ですから、語学力を買われたのでしょうね。見た目もいいですし。まあ、アサカの今回のビジネスが上手く行こうが失敗しようが、わたくしたちの任務にはいささかも影響はありませんわ』
スカディが、そう分析する。
『私見ですが、〈はるか〉という女性にはどじっ子が多いような気がしますですぅ~』
ベルが、そう言いつつ、赤外線通信の末尾に笑いを意味する信号を付け加えた。
第五話をお届けします。




