第四話
「やあみんな! ボクはジョーだよ! よろしくね!」
快活かつ軽めの挨拶の言葉とともに入室してきたのは、AI‐10であった。……少なくとも、見た目は。
長めの黒髪は、地味な細い茶色のリボンでツインテールにまとめてある。着ているのは、青系チェック柄の細かいプリーツの入ったミニスカートと、紺色のネクタイを締めた白い半袖シャツ。……夏用制服を着た女子高生風である。
「最初に言っておくけど、ボクはAI‐10じゃないよ。そこんとこ、よろしく!」
ジョーが、居並ぶシオたちに向け、そう宣言する。使用言語は日本語で、発音文法ともに正確であったが、声は明らかに若い女性のものだ。
「紹介します。ジョーよ。彼が言った通り、人工知能は別物よ。ジェイソンの兄弟機から、人口知能と制御中枢を取り出して、AI‐10のボディに移植したのよ」
「彼、なのですか?」
改めてジョーを紹介したメガンに向かって、スカディが懸念の表情を作って訊ねる。
「ボクは男性だよ! 名前もジョーだ! 言っておくけど、『Jo』じゃなくて『Joe』だからね!」
少しばかりむっとした顔で、ジョーが強く主張する。
「その見た目で男性といわれてもねえ」
亞唯が、呆れ顔をする。
「ボクたちのシリーズは、すべて男性属性で製造、調整されているんだ! だから、こんな外見でも、ボクは男なんだよ! ちゃんと男性として、接して欲しいね」
『男』や『男性』という単語を強調しつつ、ジョーが言う。
「男性なのでありますか……」
シオは困り顔を浮かべた。ジョーの見た目は通常のAI‐10と変わりなく、少女を大幅にデフォルメしたような形状である。声も、女性のもの。服も、明らかに女物だ。これで、男性扱いしろというのは、いささか無理がある。他のメンバーも、一様に困っている様子だ。
と、何か閃いたのか、ベルがぽんと手を打ち合わせた。
「わたくし思いますにぃ~。ジョーちゃんは、たぶん『男の娘』ではないのでしょうかぁ~」
にこにこしながら、ベルが言う。
「なるほど。単なるボクっ子かと思いましたが、本当は『男の娘』だったのですね!」
シオは大げさに驚いてみせた。
「そうだよ! ボクは男の子だよ!」
嬉しそうに、ジョーが言う。
「自分で認めたで。『男の娘』確定やな」
雛菊が、笑う。
「では、あなたを『男の娘』として認めましょう」
厳かに、スカディが言う。
「ようやく判ってくれたね! ボクも作戦に参加するんだ。よろしく!」
笑顔になったジョーが、AHOの子たち一体一体と名前を訊ねながら握手して廻る。
「ジョーも、諸君らと同じようにアサカ電子のコンパニオン・ロボットとして現地入りする。ステルス・ロボットを警戒している中国側も、機密情報を回収するCIAのロボットが、こんな姿で現れるとは想定外だろう」
長浜一佐が、補足した。
「ジョーちゃんの機能は、あたいたちと同じなのですか?」
シオは、そう訊ねた。ジョーが、首を振る。
「違うよ。みんなは色々改造されているらしいけれど、ボクはノーマルのAI‐10のボディを借りているだけだよ」
「シオ吉。ジョーちゃんと呼ぶのは不適切やろ。『男の娘』なんやで。呼ぶなら、ジョーきゅん、や」
にやにやしながら、雛菊が言う。
「はっと! そうでした。ごめんなさいなのです、ジョーきゅん!」
シオはすぐに謝った。
「『ちゃん』は判るけど、『きゅん』てなんだい? ボクのメモリーには入っていない日本語だね。『きゅんと』という副詞と関係あるのかい?」
ジョーが、首を傾げる。
「『きゅん』は、『君』の変形なのですぅ~。くだけた言い方、とも言えるのですぅ~」
ベルが、説明する。……少なくとも、嘘は言っていない。
「そうか! 仲間内でのくだけた表現なんだね。愛称みたいなものか。なら、『ジョーきゅん』でいいよ」
仲間と認めてもらえた証だと勘違いしたジョーが、嬉しそうに言う。
「これからよろしくなのです、ジョーきゅん!」
シオは改めて挨拶した。
「よろしく、シオ! よろしく、みんな!」
「よーし、お前ら席に着けー。ブリーフィングを始めるぞー。作戦の詳細に関しては、あとでジョーきゅんと打ち合わせろー。ジョーきゅんも、座ってくれー」
前に出た畑中二尉が、AI‐10たちを座らせる。ジョーきゅん、と呼ばれたジョーも、嬉々としてパイプ椅子に座った。
「中華人民共和国に関しては、改めて説明の必要はないなー。歴史をおさらいしたりすると、建国からでも日が暮れてしまうからなー。だから、お前らが派遣される江西省について、ちょっと解説しとくぞー。場所は華中内陸部、東側の福建省と、西側の湖南省に挟まれた位置で、長江の南にあるー。『江』が長江のことだ、というのはお前らでも判ると思うが、じゃなんで『江南省』じゃないのか、というと、元々は海岸部を含むもっと広い領域が、長江の南側という意味で『江南』と呼ばれていたんだなー。唐代に行政区画が整備され、江西省と湖南省を含む領域が江南西道として分割されたー。ちなみに、江南東道は福建省、浙江省、江蘇省南部あたりとなるー。その後元代に東側が江西、西側が湖南と呼ばれる行政区分となったー。そのよう経緯で、この地が江西省となったのだー」
例によって三鬼士長が広げたノートパソコンの画面を指し示しながら、畑中二尉か解説を始める。
「高温多湿で、山岳と丘陵が全体の約六割を占めるー。平地は湿地や小河川が多く、はっきり言って田舎だー。農業は盛んで、お茶とミカンで有名だー。陶磁器で有名な景徳鎮も、江西省にあるぞー。では、次にお前たちが派遣される南昌市だー。江西省最大の都会で、人口二百万人を越える地級市だー。現代中国における『市』という行政単位は、日本での行政単位や単語とはいささか異なり、ややこしいので整理して説明してやるぞー。まず、中華人民共和国における『市』には、四種類があるー。規模が大きい順に、直轄市、副省級市、地級市、県級市だー。直轄市は巨大都市で、これは省と同等の扱いとなるー。中国でも四つしかないぞー。北京、上海、天津、重慶だけだー。一番小さな天津市でも人口一千三百万だからなー。人口も経済力も、小さめの中規模国家レベルだー。それよりも規模が劣る大都市は、副省級市と呼ばれるー。一応各省の下に位置するが、行政面で大幅な権限委譲がなされ、事実上省と同格な自主行政権を持っている市だー。省に順ずる地位だな。まあ、日本の政令指定都市と似ていると言っていいぞー。さらに規模が小さくなると、地級市となるー。この地級市は、日本の市とは違い、ほとんどの場合市の中核となる人口密集地である市轄区の他に、周辺の県や自治県をまとめて管轄しているのが特徴だー。お前らが派遣される南昌市も、地級市のレベルで、まわりの四つの県を市域に含めているぞー。市町村合併で静岡市や浜松市が周辺の町村を加えてやたらと市域を広げて、えらい山の中まで市内に含めてしまったが、あんな感じだなー。あえて命名すれば、『地方中核都市圏』とでもいうところかなー。で、最後が県級市だー。これはまあ、普通の市だなー。ただし、人口はいずれも数十万人規模だー。日本は人口五万人、合併に伴う特例なら三万人以上で市を名乗れるからなー。スケールが違うー」
言葉を切った畑中二尉が、三鬼士長に目配せした。三鬼士長がキーボードをいじり、ディスプレイに映し出されていた地図が市街図に変わる。
「これが南昌の街だー。市街を東西に二分し、南から北へと流れているのが贛江だー。これは北のポーチン湖に流れ込み、さらに長江に流入しているー。ま、結構大きな川だー。この市街地の北にあるのが、南昌昌北国際空港。ここから、入国する予定だー。同じく市街地の西にあるこのあたりが、梅嶺国家森林公園だー。ジェイソンが自爆したのは、この中。だから、データカセットも、この中に隠されているものと思われるー」
「広すぎやろー。市街地の倍くらいありそうやで」
ディスプレイを見ながら、雛菊が呆れたように言う。
「大丈夫だー。ジェイソンは位置情報を定期的に発信していたからなー。捜索範囲は、もっと絞れるはずだー。詳しいことは、あとでジョーきゅんに訊いてくれー」
「任せといてよ」
ジョーが、自信ありげに言って、ない胸を張った。
「河の西岸、市街地のやや南寄りにあるのが、南昌国際展覧センターだー。総面積二十三万平方メートル。展示ホール七棟、室内展示面積六万一千平方メートル。かなりでかいなー。ちなみに、幕張メッセが敷地面積二十一万七千平方メートルくらい。総展示面積七万五千平方メートル程度だー。ま、似たような規模だなー。今回のロボット展示会兼商談会は、ここで行われるー」
「問題の梅嶺森林公園まで、直線距離で十キロちょっとですわね。これなら、歩いてでも行けますわね」
スカディが、相変わらずの冷静な口調で言う。
「ま、色々と支援態勢は整えたが、基本的にはジョーの協力を得つつお前らだけで探してもらうことになると思うー。頑張ってくれー」
他人ごとのような調子で、畑中二尉が激励する。
「でも、どうやって探せばいいのですかぁ~。地道に探していては、何年も掛かってしまいそうですがぁ~」
暢気そうに、ベルが訊いた。
「その点は安心してよ! ジェイソンに装着されていたデータカセットは、特別仕様なんだ! 特殊なトランスポンダーが付いているんだよ。正確に言えば、レスポンダーだけだけどね。ボクに内蔵されているトランスミッターからの電波を受信したら、応答波を返してくれるんだ。ただし、敵に傍受されないために、極めて低出力の電波しか出せないから、送受信距離は限られているけどね」
「具体的に、何メートルくらいまで近付けばいいのでありますか?」
シオは挙手しつつ訊いた。
「三十ヤードまで近付けば大丈夫だよ。メートルで言えば、二十七メートルと四十三センチくらいだね」
「質問がありますわ。その電波は、地中も透過できるのですか?」
スカディが、わずかに眉根を寄せつつ訊いた。
「わずかな土の量なら、透過できるよ。さすがだね、もうそこまで読んでいるのか! メガンが君たちのことを優秀だと褒めていたけれど、どうやら本当のようだね!」
嬉しそうに、ジョーが言う。
「どういうことでしょうかぁ~」
ジョーとスカディのやり取りが理解できなかったベルが、首を傾げる。
「中国当局が必死になって探してもいまだ見つからないということは、データカセットが地面に埋められている可能性が高いのではなくて? ジェイソンの機能は知りませんが、穴を掘るくらいはできたと思いますし」
スカディが、説明する。
「そうだよ。CIAも、ジェイソンはそうやってデータカセットを隠したんじゃないかと推測している。ボクも、同様の立場になったら、真っ先に地面に埋めることを考えるしね。しかも、なるべく深くに」
「なら、あかんやろー。そんな深いところ、電波が通らへんで」
雛菊が、突っ込む。
「特殊なトランスポンダー、と言っただろ? こいつには、有線アンテナが付いているんだ。だから、本体を深く埋めても、アンテナ部分を地表近くに置いておけば、電波の送受信は可能だ。ジェイソンはおそらく、アンテナをごく浅い……地表から一インチ程度のところに埋めたと思う。これなら、有効範囲内にあればレスポンダーが作動するはずだ。見つけ出せるよ。ボクの兄弟は、頭いいからね」
ジョーが、自慢げに言った。
「捜索は、夜間を予定しているー。お前らは、昼間はコンパニオン・ロボットとして働いてもらうが、夜は展示場に残って、警備の任についてもらうことになっているー。そこをこっそり抜け出して、データカセットを探してくれー。移動手段その他については、CIAが手配してくれているー。ウチの方でも、バックアップ策は用意するつもりだー。じゃ、あれを渡しとこうかー」
畑中二尉が、部屋の隅にあった大きな紙袋を探った。中から、ごそごそと二種類の服を取り出す。黒っぽい服と、青と黄色を基調とした服だ。
「作戦用の服と、コンパニオンの制服だー」
畑中二尉が、黒っぽい服をスカディに、青と黄色の服を亞唯に手渡す。
スカディが、黒い服を広げ、ため息をついた。
「これは……忍者装束ですわね。……二尉殿、ふざけていらっしゃるのですか?」
「失礼なー。大真面目だぞー。夜間作戦中は目立たない服装をする必要があるが、中国側もお前らのことはある程度警戒しているはずだー。迷彩服や通常の黒い服を持ち込めば、怪しまれるー。忍者装束なら、中国人も知っているからなー。コンパニオン用のコスプレ衣装だと言い張れば、堂々と持ち込めるー。実際に、夜間における低観測性には優れているからなー。ちゃんと、濃灰色のやつを用意したぞー」
忍者装束は『真っ黒』、というのがエンターテイメントにおける『常識』だが、実際の忍者はそのような衣装は着なかったと言われている。昔の染色技術で布を真っ黒にするには、何度も染めの工程を繰り返さなければならず、製作に費用が掛かること。闇夜の中では黒は明度の関係で背景に溶け込みにくく、却って目立つこと、さらに灰や濃紺、柿渋色などは着物としてはありふれた色なので、着ていても忍者とばれにくいことなどが、その理由とされている。
「ニンジャ・スーツだね! これは、カッコいいな」
ジョーが、アメリカンなノリではしゃいだ。
「こっちは……派手だねえ」
亞唯が、呆れたように言う。
一方のコンパニオンの制服は、ノースリーブのトップスと短いプリーツスカートの組み合わせという、チアガールっぽいものであった。胸のところに、アサカ電子の英字ロゴが入っているのが、いかにもそれっぽい。
「これを着るのかい?」
打って変わって、ローテンションになったジョーが、顔をしかめる。
「今着ている服と大して代わらないように思うのですがぁ~」
ベルが、珍しく突っ込んだ。
「ボクは男の子だからね!」
ジョーが、言い返す。
「とにかく、試着してみろー。手直しするところがあれば、やっとくからー」
畑中二尉が、言う。三鬼士長が、全員に二種類の衣装を手渡した。
ジョーを含むAHOの子たちは、衣装を手にぞろぞろと会議室を出た。隣室に入り、まずは忍者衣装から試着する。
「これは気に入ったのですぅ~。本物っぽいのですぅ~」
着替え終わったベルが、嬉しがる。
「みんな、クールだよ! これで、ニンジャ・ソードを背負っていれば、完璧だね!」
ジョーが、カンフーの型……いかにもアメリカ製ロボットらしい、勘違いである……もどきを披露しながら、笑う。
「とりあえず、直してもらうところはないようね。では、次の衣装に参りましょうか。……気は進まないけれど」
頭巾を外しながら、スカディが言った。
シオはニンジャ装束を脱ぐと、ミニスカートを穿いた。トップスも着込み、着替えで乱れてしまったポニーテールを手直しする。
着替え終わった全員が、お互いを眺めながら、無言になった。
「しかし……見事に似合っていないわね、わたくしたち」
ようやく、暗い口調でスカディが口を開いた。
短い手足。寸胴の体型。やたらと大きな頭部。……セクシー系の衣装が、似合うわけがない。
「みんな、着替え終わった?」
扉が開き、石野二曹が顔を出した。
「分隊長、どう思う?」
亞唯が、訊く。
「……あら。結構似合ってるじゃない。可愛いわよ。コンパニオンとしてのお仕事に関する説明をするから、会議室に戻ってちょうだい」
石野二曹がにこやかに言って、顔を引っ込める。
「褒めてもらったのですぅ~」
ベルが、喜んだ。
「嘘ね」
くらーい表情で、スカディが言った。
「音声周波数が通常と異なっていたわ」
「嘘も方便、やな」
雛菊が、冷笑する。
「ここは分隊長殿のやさしさを素直に受け止めてあげるべきなのです!」
シオはそう主張した。
「ジャパニーズって、奥ゆかしいねえ」
ジョーが、肩をすくめる。
第四話をお届けします。




