第三話
「では、石野君頼むよ」
やたらと白衣姿が似合っている西脇二佐が、控えていた石野二曹を促した。石野二曹も今日は白衣を着ており、これまたしっくりと似合っていたが、西脇二佐とは系統が違う似合い方であった。二佐がいかにも技術者然としているのに対し、石野二曹はなんだか近所の歯医者に勤めている歯科助手みたいに見える。
「はい、どうぞ」
石野二曹が並んでいるAHOの子五体に対し、手にした金属盆から小さなビーカーをひとつずつ渡してゆく。中には、淡いピンク色の液体が半分ほど入っていた。
「歯磨きの練習でもするのでありますか?」
シオはわざとボケて首を傾げた。
「新製品の販促試飲ではないでしょうかぁ~」
ベルが、シオのボケに乗っかった。
「出撃前の水盃だろ」
亞唯が、続いた。
「伝染病の予防薬や。歯を痛めるから、一気に喉の奥に流し込まないといかんで」
雛菊が、さらに乗っかって続ける。
「雛菊。危なすぎるネタはお止めなさい。真面目に考察しますと、このビーカーの中の液体はガソリンのようですわね」
手にしたビーカーをしげしげと眺めながら、スカディが言う。
「スカディの言うとおりだな。ごく普通の自動車用レギュラーガソリン百ミリリットルだ。ではただ今より、諸君らの新装備である発電用マイクロガスタービンの作動テストを行う。それぞれ、燃料タンク内にガソリンを注入してくれ」
西脇二佐が、指示を出す。
「二佐殿。ひとつお聞きしたいことがあるのですが」
溜め息を吐きつつ、スカディが質問を放った。
「なんだね、スカディ君」
「なぜ発電用燃料の注入口をわたくしたちの口の中に設置したのですか? そこまでしてわたくしたちをギャグキャラにして置きたいのですか?」
「いや、それは誤解だよ、スカディ君」
西脇二佐が、大げさに否定の身振りをしながら言い訳する。
「口中に設けたのは、単なる技術的帰結だ。通常衣服に隠されている場所は、不便だろう。それと、ポンプなど設置する余地はないゆえに、単純な重力利用の注入方式を取りたいから、なるべくボディの上部に設置することが望ましい。だが、頭髪がある部分も不適切だ。ロボットとはいえ女の子なんだから、顔面に新たに開口部を設けるわけにもいかない。唯一の解決法は、口中に注入口を設置することだったんだ。目立たないし、邪魔にならないし、機能的にも最適な場所だ」
「……反論できんなぁ、これは」
雛菊が、苦笑する。
「まあ、試してみるか」
亞唯が、口を大きく開けると、その中に手を突っ込んだ。
シオも大口を開け、中に手を入れた。短いパイプ状の給油口に取り付けられているねじ込み式のキャップを外し、ビーカーの中身を注ぎ入れる。あらかじめ、口内の造作は百マイクロメートル単位で3D化し、記憶しているので、光学的に確認しなくても注ぎ損なうことはない。
石野二曹に空になったビーカーを返したシオは、給油口のキャップを閉めた。燃料タンク内のセンサーで、ガソリンが落ち着いて一部が気化したことを確認する。
「よし。始動したまえ」
嬉しそうに、西脇二佐が命じた。
シオは起動シークエンスを開始した。まずはバッテリーからの電気を使い、タービンを高速回転させてファンによる吸気を行いつつ、回転式圧縮機を作動させる。動作が安定したところで、シオは燃料を噴射して着火させた。燃焼ガスによりタービンが高速回転を続け、発電機が電力を生み出し始める。
シオは大口を開け続けた。高温の排気も、口中に設けられた排気口から排出されるのである。
「なんで排気も口からなのでしょうか?」
哀しげな表情で、スカディが愚痴る。
「お尻からよりはマシだろ」
笑いながら、亞唯が言う。
AI‐10五体の内蔵発電機始動テストはつつがなく終了した。
アサカ電子開成工場での改造とテストを無事終えたシオたち五体のAI‐10は、石野二曹の運転するミニバンに乗り込んだ。これから板橋の岡本ビルまで行き、新たに与えられた任務のブリーフィングを受けねばならないのである。この任務が入ったために、ガスタービン発電機増設という改造も、予定よりも一週間ほど早く行われている。
ミニバンは足柄大橋を渡って酒匂川を越えると、そのまま直進して大井松田インターチェンジから東名高速道路に乗り入れた。
「今度はどこへ派遣されるんやろか」
雛菊が、そう口にする。
「アカプルコ希望なのです!」
シオは挙手すると勢いよく言った。
「分隊長殿。なにかご存知ではありませんか?」
スカディが、ハンドルを握る石野二曹に尋ねる。
「わたしも知らないわ。でも、海外のようね。パスポート持って来いと言われたから」
視線を前方に据えたままで、石野二曹が答える。
「そうだ。スカディ、音響関係の改造を受けたんだろ? どんな機能がついたんだい?」
亞唯が、話題を変えた。
「音響入力が若干強化されましたの。それと、音響分析用のソフトも搭載しましたわ。ですから、ノイズの中から会話だけを取り出したりすることが可能になりましたの。それと、音声ストレス分析機能も付きましたわ。これで、限定的ですが虚言を見分けることができますわ」
「それは便利なのですぅ~」
ベルが、嬉しがる。
「あとは、音声出力の方も強化されましたの。男性声とか、出るようになりましたわ」
スカディが、だみ声で有名な男性俳優数名の物真似を披露してくれる。
「スカぴょんからこんな声が出ると、違和感ありまくりやなぁ」
雛菊が、笑う。
「あまりやりたくはありませんが、こんなこともできるようになりましたの」
スカディが、いきなり猫の鳴き真似を始めた。驚く他のAHOの子たちを尻目に、小型犬、象、ウグイス、イルカと鳴き声を披露してみせる。
「おおっ! これはたぶんこお○ぎさ○みを越えたのです!」
シオははしゃぎつつ言った。どれも本物そっくりである。
「何の役にたつんだ、それ」
亞唯が、呆れて見せる。
「忘年会シーズンにはぴったりやな。ネタに困らんで」
雛菊が、笑った。
「では、さっそくブリーフィングを始めよう」
岡本ビル四階の会議室でAI‐10たちを待ち受けていたのは、長浜一佐と畑中二尉、それに三鬼士長のおなじみの三人であった。
「今回も、海外に行ってもらうぞ。場所は、中華人民共和国だ」
横一列に並んだパイプ椅子に座ったシオたちを前に、長浜一佐がそう切り出す。
「一佐。中国って言っても広いよ。具体的に、どこなんだい?」
亞唯が、訊く。
「チアンシー省ナンチャン市だ。ここで、商談会を兼ねたロボットの展示会が行われる。諸君らは、これに出席してもらいたい」
「AI‐10を、中国に売り込むおつもりですの?」
スカディが、首を傾げた。
いまのところ、アサカ電子はAI‐10の海外販売は行っていない。表向きの理由は、生産数が国内需要を満たすだけしかないこと、仕様が日本国内向けであること、そして顔の造作などが海外ユーザーに『受けない』ことなどとなっているが、その真の理由はAI‐10が有事の際には軍事転用される予定であるから、に他ならない。
「いやいや。輸出の予定などないよ。もう少し詳しく説明すると、この展示会にアサカ電子は建機ロボ数点を出展し、中国の企業や自治体に売り込みを行う予定になっている。諸君らは、アサカ電子のコンパニオン・ロボットとして参加し、これを手伝ってくれればいい」
「もちろん、それは表向きのお仕事なのですねぇ~」
ベルが、断定的に言う。そのような仕事なら、アサカ電子が保有しているノーマルのAI‐10でも充分に務まるはずだ。わざわざ、AHOの子ロボ分隊に頼む必要はない。
「その通りだ。実は、今回の任務はCIAからの依頼なのだ。詳細は、彼女の口から説明してもらおう。英語モードに切り替えてくれ」
長浜一佐が言いつつ、控えていた三鬼士長に合図した。三鬼士長が廊下に消え、しばらく後に一人の女性を伴って戻ってくる。赤毛とそばかすが印象的な、背の高い白人だ。シオたちには、見覚えのある女性であった。シラリアにおける作戦で一緒だった、CIA局員のメガンだ。
「お久しぶりね、みなさん」
メガンが、にこやかに微笑んで挨拶する。シオたちは、口々に挨拶を返した。
「眼鏡はどうされたのですかぁ~」
ベルが訊いた。シラリアでは、シルバーフレームの眼鏡を着用していたはずである。
「あれは、変装用よ。掛けていた方が、准教授っぽく見えるでしょ」
眼鏡……もちろん掛けていないが……の位置を直すような手つきをしながら、メガンが答える。
「じゃあ、最初から説明しましょう。チャイナ・ロボティクスという企業は、皆さんも知っているでしょう。トゥエルブ・パペッターズには劣るけど、トゥエンティ・ファクトリーズには名を連ねている、中国最高の技術力を持つ自立ロボットメーカーで、人民解放軍制式軍用ロボも製作している企業ね。数ヶ月前から、CIAは陸軍と協力して、ナンチャンにあるチャイナ・ロボティクスの工場と研究施設の偵察を極秘に進めていました。……新型の偵察用ロボットを使ってね」
「大胆だね。ばれたら、米中関係こじれるだろうに」
亞唯が、そう指摘する。
「中国軍用ロボットに関する技術情報は、極めて少ないの。輸出も行っていないし、もちろん外国への売り込みも行われていないから、基本性能すら詳らかでない。現在開発中、研究中の機体に関しては、外見すら伝わってきていない。アメリカとしては、多少の危険性には眼をつぶってでも、偵察を行うべきだと判断したのよ。もちろん、簡単には見つからないロボットを派遣したけどね」
「簡単には見つからないロボット……。手法は三つしかありませんわね。小型化か、低観測性か、偽装か」
スカディが、冷静にそう分析する。
「偽装やろ。人民服着て毛語録持って、語尾に『アル』つければばれないで」
雛菊が、笑いながら言う。
「製作した企業名や、正式名称、それに詳細な性能は言えないけど、ある程度は話してもいいでしょう。『ジェイソン』というパーソナルネームを付与されたそのロボットは、ある種の光学迷彩機能を持っていたの」
メガンが、続ける。
「おおっ! 光学迷彩とはかっこいいのです! ビルから飛び降りたりできるのですね!」
「シオちゃん、それは別の機能だと思いますがぁ~」
シオのボケに、ベルがすかさず突っ込む。
「偵察の詳細は省くわ。ともかくジェイソンは偵察に成功し、充分なデータを集めたのだけれど、離脱直前になってこれを援助するはずの地元エージェントが中国当局に摘発され、ジェイソンも中国側に追われることになってしまったの。結果として、彼は自爆したわ」
「殉職やな」
「いや、むしろ戦死だろ」
「無茶しやがって、なのです!」
「ご冥福をお祈りしますですぅ~」
「立派な最後でしたわね。それで? 収集したデータはどうなりましたの?」
スカディが、訊く。
「当初は、ジェイソンはデータもろとも自爆したものだと思われていたわ。だけど、その後中国当局がジェイソンの自爆地点やその周辺を丹念に調べている、という情報を、CIAが掴んだの。さらに調査を進めたところ、中国側が探しているのは大容量データカセットだということが判ったわ。そこから推察するに、自爆したジェイソンの破片を調べた中国側は、ジェイソンが収集したデータを収めたデータカセットをどこかに隠した、と推定し、それを探しているようね。たしかに、ジェイソンにはメインメモリーのバックアップ用に、大容量データカセットを装着してあったことは、事実よ。おそらく、中国当局に追われた際に、逃げ切れない可能性を考慮したジェイソンが、自分の判断で偵察データの入ったカセットをどこかに隠した、と考えると辻褄が合うのよ。その程度の戦術的判断は下せるだけの性能は持っていたからね」
「なるほど! それを、あたいたちに探せというわけですね!」
シオは腰を浮かせてそう言った。
「そう先走らないで。CIAは、このデータカセットを中国側よりも先に手に入れようと、エージェントを派遣したわ。でも、失敗した。見つけられなかったうえに、消息を絶ってしまったの、まず間違いなく、中国当局に捕まったのね。そこで、次に別のタイプの超小型偵察ロボットを送り込んだの。だけど、見つけられなかった。ジェイソンは、よほど上手に隠したのでしょうね。中国当局も、数千名規模の人員を投入して捜索を続けているけれど、いまだに見つけていないようね。そこで今度……先月のことになるけど、CIAはジェイソンの兄弟機を派遣したの。現地でジェイソンと同じ立場に身を置けば、兄弟機だから同一の思考方法を行うはず。そうすれば、隠した場所も推定できるでしょう。そう考えたのよ。でも、これは残念ながら失敗に終わった。中国側も、同型機を送り込まれることは警戒していたのね。すぐに発見されて、慌てて逃げ帰るはめになったわ」
「光学迷彩対策。ペンキでも、ぶっ掛けられたのかい?」
亞唯が、訊く。
「煙よ。視程を遮らない程度のごく薄い煙を流すと、気流の乱れが視認できるの。光学迷彩でボディ表面に煙の映像を流しても、あっさりと見破られるわ」
「なるほど。頭いいですわね、中国人は」
感心したように、スカディが言う。
「いずれにしても、ジェイソンに搭載された映像投影型の光学迷彩には、欠点も多いわ。一番の弱点は、ひとつの方向からの視覚しか欺瞞できないという点ね。ある方向に適した背景投影画像は、角度を変えて見ると大きくずれた画像にならざるを得ないから。……ちょっと話がずれたわね。元に戻すと、うまい具合に明後日から、ナンチャン市でロボット商談会が開かれるの。CIAでは、これを隠れ蓑にしてジェイソンのデータ回収を行う作戦を以前から立てていたわ。でも、先週になって中国側がアメリカ企業の出展を断ってきたの。安全保障上の理由、とか言ってるけど、実際にはジェイソンの一件がらみで警戒してのことでしょうね。仕方なく、日本に協力を求めたわけ」
「つまりは、CIAの下請け仕事、ってことだね」
辛辣そうに、亞唯が言う。
「まあ待て。中国軍用ロボットに関する情報は、我が国としても喉から手が出るほど欲している情報だ。今回の任務が成功し、ジェイソンが集めた技術情報を米国側が入手すれば、その多くが日本にも提供されるだろう。見返りは、大きい。下請けなどと言わず、共同作戦とでも言ってくれ」
長浜一佐が、そう口を挟む。
「共同作戦というのならば、具体的に作戦に関する指揮命令系統はどうなりますの?」
スカディが、訊いた。
「形の上では、わたしが総指揮を執ることになる。あくまで、データカセットの入手、という点に絞ってね。現地指揮は、越川一尉に執ってもらう。彼が、アサカ電子関係者として諸君らに同行する。向こうでは、彼の指示に従ってくれ。補佐として、石野二曹も同行する。彼女も現地入りするが、今回の作戦ではオブザーバーに留まる」
メガンを指し示しながら、長浜一佐が説明する。
「コッシーが来てくれるんか。なら安心やな」
雛菊が、嬉しそうに言う。
「二尉殿と三鬼さんは、来ないのですかぁ~」
ベルが、訊いた。
「あたしと三鬼ちゃんは留守番だー。中華料理は苦手だから、ちょうどいいぞー」
わずかに顔をしかめつつ、畑中二尉が言う。
「しかし、あたいたちだけでは簡単にデータカセットを見つけられるとは思えませんが!」
シオは挙手しつつそう言った。CIAの現地エージェントや小型偵察ロボットが探しても見つからず、また中国当局が大人数を投入して血眼になって探しても見つかっていないのだ。AI‐10たちがのこのこ出て行っても、すぐには見つけられないだろう。
「もちろん、切り札はCIAが用意してくれた。ジェイソンの兄弟機を、同行させてくれる。ただし、大幅に改造してね」
いたずらっぽく笑いながら、長浜一佐が言った。
「大幅な改造、ですかぁ~」
ベルが、首を傾げる。
「ジェイソンと同様の思考形態を持っていなければ、隠されたデータカセットを回収するのは難しいだろう。だが、中国側もジェイソンと同型のロボットに関しては極端に警戒しているから、潜入は困難だ。そこで、意表を衝くのだ。ジェイソンの兄弟機のAIのみ取り出して、別なボディに移植した。では、そろそろ彼に登場してもらいましょうか」
最後の部分を英語に切り替えた長浜一佐が、メガンに向かってうなずく。うなずき返したメガンが、閉まっている扉越しに廊下に声を掛けた。
「ジョー。入ってらっしゃい」
第三話をお届けします。




