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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 05 中国軍用ロボット技術情報回収せよ!
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第一話

 中華人民共和国 江西省 南昌市西部 梅嶺国家森林公園


 ジェイソンは暗闇が嫌いであった。

 苦手なわけではない。極秘潜入偵察用ロボット……平たく言えばスパイロボットが、暗闇を苦手としていては仕事にならない。メインカメラには光量増幅機能が付いているし、パッシブ赤外線カメラも併設されているので、夜間でも問題なく行動することが可能だ。増幅できるだけの光量もなく、赤外放射もまったく感知できない環境……自然界ではあり得ないが……に置かれたとしても、超音波センサーを使用すれば歩き回るくらいなら自在に行うことができる。

 にもかかわらず、ジェイソンは暗闇が嫌いであった。なぜなら、彼の一番の『武器』が役に立たないからだ。

 ジェイソンは今、小さな竹薮の中に四本の脚を折り、うずくまっていた。彼の基本形状は、甲虫を思わせる平べったい半楕円体だ。平面となっている底部に脚が四本、前方下部に三本の腕……うち中央の一本だけが太く、主腕と呼称されている……が付いている。

 湾曲した滑らかな胴体は、有機EL(エレクトロルミネッセンス)の薄幕ディスプレイによって覆われていた。これこそが、ジェイソン最大の武器であった。メモリー内に納められた映像や、胴体各所に納められた小型カメラが撮影した映像をそこに映し出すことが可能なのだ。これによって、ジェイソンは三通りのやり方で身を隠すことができた。

 ひとつ目は、通常迷彩である。雪上からジャングル、砂漠から海洋まで、ありとあらゆる地形植生に対応できる各種迷彩がインプットされているので、それらを随時表示して身を隠すことができるのだ。通常の固定化された迷彩と違い、周囲の明るさや光の当たり具合などに応じて、映像を適宜調節できるので、その迷彩効果は高い。

 ふたつ目は、擬態である。メモリー内映像や、自分で撮影した映像を映し出すことによって、地面や岩、倒木や自生している植物、あるいは小動物などの自然物、またはあらゆる種類の人工物やその一部に擬態することが可能なのだ。さすがに立体的な三次元映像を表示するのは無理なので、その能力には限りがあるが、適切な使い方……一例を挙げれば、夜間に赤外線センサーに捉えられた場合に、その場に相応しい小動物……野兎など……に擬態し、光学的観測をごまかす、などという手が可能になる。

 そして三つ目……これこそがジェイソンがもっとも得意とする技能なのだが……自分の背景の映像をリアルタイムでディスプレイに映し出すことによって、『透明』になることすらできるのだ。技術的には完璧には程遠い光学迷彩ではあるが、人間や機械の『眼』をごまかすには充分すぎるほどの性能を持っている。さすがに何もない単調な地面やコンクリート舗装の上に放り出されれば、すぐに見つかってしまうが、今のように薮の中に伏せて静止している状態ならば、注意深く観察しない限り数メートルの距離まで近付かれてもばれることはない。

 だがそれも、昼間ならばの話である。捜索側が最初から視覚での捜索を重視していない夜間では、光学迷彩はほとんど役に立たない。特に、今夜のように天候が悪く、月明かりはおろか星明りさえ期待できない状況では、なおさらだった。

 ……いつまでもこうしているわけにはいかない。

 ジェイソンは選択肢を検討した。すでに、逃げ切ることは諦めていた。半径数マイル内には、少なくとも人民警察と人民武装警察が千名以上、人民解放軍五百名以上が包囲態勢にある。HR‐2000型偵察ロボットに、固有武装はない。強行突破は不可能だし、このまま潜伏を続けても発見されるのは時間の問題だろう。

 彼……ジェイソンが中国に送り込まれたのは、今から四ヶ月前のことであった。目的は、ナンチャン市郊外にある、中国机器人技術有限公司……英語名、チャイナ・ロボティクスのナンチャン工場の偵察。中国で唯一本格的な軍用ロボットを製造できる『チャイナ・ロボティクス』の工場の中でも、もっとも機密度の高い同工場に潜入し、その技術情報を奪取するのが、ジェイソンに与えられた任務であった。

 任務は一筋縄ではいかなかった。だが、ロボットらしい忍耐強さと、光学迷彩の効果。それに、多少の幸運も手伝って、ジェイソンは貴重な技術情報を大量に収集することに成功した。与えられた目標を達成したジェイソンは、指定されていた連絡員の家に向かった。そこでメモリー部位を含むコア部分だけを取り出してもらい、北米向け輸出用機械部品に偽装して帰国。残る部分は焼却破壊処分、という段取りであったのだ。

 だが、そこでジェイソンを待っていたのは、人民武装警察の罠であった。連絡員はその数日前に逮捕され、尋問の結果得られた情報を元に、百名を越える武警部隊が待ち構えていたのだ。

 しかしながら、ジェイソンはその罠を無傷で潜り抜けた。武警側も、ロボットが現れることは予期していたが、光学迷彩搭載までは予想だにしていなかったようだ。急に見えなくなったジェイソンに驚き、右往左往しているあいだに、ジェイソンはその場からそそくさと逃げ出した。

 だが、ジェイソンの運もそこまでであった。人民武装警察は即座に増援を送り込んで周辺を包囲し、ジェイソンの離脱を阻止したのだ。さらに、人民警察と地元の人民解放軍の協力を得て、包囲区域内の徹底捜索に掛かる。

 これに対しジェイソンが打てた手は、その捜索を遅らせる方策くらいであった。すなわち、捜索中の人民解放軍一個小隊に襲い掛かったのだ。ジェイソンは固定武装は持たないが、戦闘能力がないわけではない。非常時には、敵の武器を奪って使用することができるのだ。捜索中の兵士に不意に襲撃を掛けて81式分隊支援火器を奪ったジェイソンは、光学迷彩能力を駆使して身を隠しながら、人民解放軍兵士に対し正確な射弾を送り込んだ。小隊全員は殺さなかった。生き延びた兵士が、ジェイソンと戦うことの困難さを上官に訴えれば、捜索はより慎重に行われることになり、結果としてもっと多くの時間を稼げるはず、と判断したのである。

 ジェイソンが最優先すべき問題は、彼のメインメモリーの中に蓄えられている貴重な情報……中国軍用ロボットに関する機密情報を、どうやってアメリカに伝えるか、であった。一応ジェイソンにも、衛星通信能力は搭載されている。だが、それは簡単なシグナルをやり取りし、作戦本部と最低限の意思の疎通を行える程度の機能しかない。今も、中国側に捉えられない範囲で、極めて短い発信で位置情報だけは定期的に送っている。もちろんこんな機能では、長時間の高画質動画を含む十テラバイトを越えるデジタルデータを衛星まで送信するのは不可能だ。どこかでインターネットに接続できれば、中国国内にあるダミーサイトに転送することできるだろうが、現状でそれが可能とはとても思えない。

 念のため、ジェイソンは情報内容を精査し、重要な情報を厳選して圧縮した五百ギガバイトほどのデータを別ファイルとして作成しておいた。せめてこれだけでもアメリカに送ることができれば、任務は成功と言えるのだが。

 ……追い詰められる前に、なんとか隠し場所を見つけなければならない。



 ジェイソンは、前方に赤外線源を捉え、警戒モードに入った。

 リズミカルに上下するその動きと、人間の体温とは異なる波長から、ジェイソンは相手がロボットだと判断した。もちろん、こんな所を民生用ロボットがのこのこ歩いているはずはない。……人民解放軍の軍用ロボットだ。

 ……注文通りだ。

 ジェイソンはゆっくりと身を起こした。中国側がロボットを投入してくることは予想していたし、期待もしていた。苦戦した場合、同種の兵器をぶつけるのは戦術の常道であるし、ロボットならば光学迷彩に惑わされずに戦闘を行うことができる。

 すでに夜は明け、低い位置ではあるが朝日が輝いていた。ジェイソンの外皮センサーが、強い電波を感知する。中国ロボは、レーダー搭載型のようだ。

 ジェイソンは低い姿勢で身構えた。胴体前方下部にある主腕には、昨晩のうちに人民解放軍部隊を襲って奪った67式汎用機関銃が保持されている。左側の副腕はピストルグリップを握るとともに引き金を操作し、右側の副腕は二百五十発の弾薬ベルトが収まった金属ボックスを支えている。

 中国ロボットの動きが、急に速くなった。レーダー観測でジェイソンの姿を捉え、敵だと認識したのだろう。

 『ウォロン』か。

 ジェイソンは、敵ロボットをそう識別した。無骨な前後に細長い箱状の胴体と、その左右側面から突き出している六本の脚。上部に無造作に据え付けられているQJZ‐89/12.7ミリ重機関銃。チャイナ・ロボティクス製で、人民解放軍正式採用の『ライト・アーマード・ロボット』である。

 QJZ‐89を保持している銃塔が、くいっと動いた。ジェイソンは、レーダー波が連続照射に切り替わったことを感知した。ウォロンがこちらを捉え、射撃準備に入ったのだ。

 ジェイソンは走り出した。敵は12.7ミリ重機関銃装備。こちらは7.62ミリ汎用機銃。まともに撃ち合えば、勝ち目はない。それに、ジェイソンには目的があった。ただ単にウォロンを倒すだけではいけないのだ。

 ウォロンが発砲した。ジェイソンは、これを余裕で避けた。竹薮の中に逃げ込み、姿勢を低くしてレーダー照射を回避する。

 ウォロンが接近しつつ、再び一連射した。大口径機銃弾に貫かれた青竹が、めきめきという音を立てて何本も折れてゆく。

 ……後部の配電制御装置を破壊する。

 ジェイソンはそのような作戦を立てた。破壊を最小限に止めて無抵抗状態にするには、それが一番簡単なやり方だ。

 竹薮の中を、ジェイソンは低い姿勢で駆け抜けた。ウォロンのレーダーは、前方にしか照射できないはず。側面と後方の警戒は、光学カメラに頼っている。となれば……。

 ジェイソンのボディに、竹薮が鮮やかに映し出された。リアルタイムの映像だ。

 密やかに、ジェイソンは竹薮から這い出した。計画通りに、警戒しながらゆっくりと前進を続けるウォロンの側面に出る。

 ウォロンはこちらに気づいていなかった。側面を監視しているカメラからの映像を処理しているプログラムが、異常を検知できなかったのだ。

 ジェイソンは即座に距離を詰めた。竹薮が遠ざかるにつれ、ボディに映っていた青竹の数が急速に増え、そして縮んでゆく。

 いまだ。

 ジェイソンは停止し、67式汎用機関銃を突き出した。

 発砲。

 気付いたウォロンが、銃塔を回転させる。だが、重機関銃の銃口がジェイソンに向く前に、多数の銃弾がウォロンの後部側面一ヶ所に集中して叩き込まれる。

 ウォロンの側面装甲は、一応5.56ミリ×45抗弾となっている。だが、それよりもはるかに強力な7.62ミリ×54Rを集中して撃ち込まれたのだ。スチールの装甲鈑はすぐにぼろぼろになり、内部のバッテリーに銃弾が喰い込んだ。さらに撃ち込まれた弾が、バッテリーを切り裂いてその奥にある配電制御装置のプラスチック外装を突き破り、内部を破壊する。

 ウォロンの主電源が、切れた。

 どさり。

 いきなり制御を失ったウォロンが、やけに動物臭い動きで横倒しに倒れた。予備電池でCPUその他は起動しているが、そのわずかな電力では身動きすることは不可能だ。

 ……やった。

 ジェイソンは67式汎用機関銃を構えたまま、周囲を窺った。……敵影は、ない。

 満足したジェイソンは、さながら獲物を仕留めた狩人のような調子で、ゆっくりと倒れているウォロンに歩み寄った。ピストルグリップを握っていた左の副腕を伸ばし、ウォロンの腹部にあるアクセスパネルを開ける。

 そこに記されているシリアルナンバーを、ジェイソンはしっかりと覚え込んだ。



「いい手際ですな。ウォロンの弱点を、知り尽くしている」

 アメリカ製……推定ではあるが、まず確実だろう……のスパイロボットに倒されたウォロンを調べながら、ワン・センリンが舌を巻いた。

 やや小柄な体躯で痩せ型。きっちりとなで付けられた黒髪と、度の強い黒縁の眼鏡。作業服を着込み、片膝をついて倒れているウォロンを調べているその姿は、いかにも技術者然としている。それもそのはず、ワンは中国机器人技術有限公司の主任技術者の一人なのだ。まだ三十代ながら、極秘プロジェクトを任されており、人民解放軍から高度な機密情報取り扱いの許可も受けている。……それゆえに、こうして非公然の『アメリカのスパイロボット狩り』に協力させられているわけだが。

「ここに追加装甲でも貼り付けておくべきですな」

 江西省武警総隊所属の、フェン・チャンファ武警上校……ほぼ諸外国の大佐に相当する階級だ……は皮肉めいた口調で言った。こちらはワン主任と対照的な、百八十センチを越える上背の、固太りの中年男である。

「そんなことをすれば、ここがウォロンの弱点だと敵に教えてやるようなものですよ。しかし……見事にピンポイントで撃ち抜いている。銃弾を節約したかったのでしょうね。ここに弱点があることを知っているということは、基礎設計図を見たのか、製造過程を見たのか……」

 立ち上がりながら、ワン主任が言う。視線は、ウォロンの側面に開けられた破口を見つめたままだ。

「いずれにしても、スパイロボットが工場内部を詳しく調べていたことが、これで証明されましたな」

 丁寧な口調で、フェン上校は言った。相手は二十歳も年下だが、合肥市の有名な中国科学技術大学を優秀な成績で卒業し、江西省や南昌市の党幹部や人民解放軍にも顔が効くエリート技術者である。ぞんざいに扱うわけにはいかない。

「そうですね」

 なおも視線をウォロンに据えたまま、ワン主任がそっけなく答える。

「上校。第二段階終了です。目標は、半径一キロメートルの円内に閉じ込めました」

 歩み寄ってきた副官のチャン武警中尉が、喜色もあらわに告げた。

「結構。第三段階に移らせろ」

 フェン上校は素っ気なく命じた。喜ぶ気にはなれなかった。すでに、二桁の武警隊員が戦死している。応援に来た人民警察や人民解放陸軍にも、多くの戦死者が出ている。臨時とは言えこの作戦の総指揮を執っているフェンは、お咎め無しでは済むまい。まあ、省の武警総隊長からは『いかなる犠牲を払っても構わぬから早急に対処せよ』との言質をもらっているから、たいしたことにはならないだろうが。

 応諾したチャン中尉が、無線を搭載したBJ2020四輪駆動車に向けて走り去る。

「こっちだ!」

 ワン主任が、遠方に見えてきた車両に向かって大きく手を振った。低速で走ってきた小型トラックが、倒れているウォロンのすぐ脇に停まる。荷台に乗っていた揃いの薄緑色の作業服姿の男たちがばらばらと飛び降りた。

「手際がいいですな。いつの間に手配したのですかな?」

 ちょっと驚いて、フェン上校は訊いた。

「先ほどです。よし、慎重に頼むぞ。修理部位を増やしたくないからな」

 そっけなくフェンの問いに応えたワン主任が、男たちに指示を出す。

「工場に持ち帰って修理するおつもりですかな?」

「もちろんです。チン大校にはお世話になっていますからね。壊された配電制御装置とバッテリーの一部、それに穴の開いた装甲鈑を取り替えればいいだけですから。二時間もあれば終わりますよ」

 ワン主任が、ナンチャン市近郊に駐屯している人民解放軍部隊指揮官の名前を出して告げる。

 サイズといいその姿といい、死んだ牛を思わせるウォロンのボディが、トラックの荷台に乗せられた。男たちも荷台に乗り込み、運転手がワン主任に断ってから、トラックを発進させる。

「無傷でスパイロボットを捕まえるのは、無理でしょうなぁ」

 遠ざかるトラックを見送りながら、ワン主任が独り言のように言った。

「遺憾ながら、同意しますな」

 スパイロボットである以上、自爆装置くらいは仕込んであるはずだ。捕まる前に、粉々に吹き飛ぶのはまず確実だろう。

「上校! ワン工程師! レン上尉から連絡です! 奴を見つけました! 追跡しつつ、包囲を狭めています!」

 走り寄ってきたチャン中尉が、叫ぶように報告する。

「よろしい。行きましょうか、フェン上校」

 鷹揚に応じたワン主任が、フェン上校に向けてうなずいた。

 ……やれやれ。どっちが作戦指揮を執っているのかわからんな。

 苦笑しつつ、フェン上校はBJ2020へ向けて歩み出したワン主任のあとに続いた。


Mission05 第一話をお届けします。お待たせいたしました。ようやく実在国家が舞台となるお話です。プロローグに相当する部分が長くなりましたので、二話もプロローグとなります。シオたちが登場するのは、第三話からとなります。ご了承下さい。……っていつの間にか通算百話に到達いたしました。Mission01第一話から読んでいただいている皆様、長い話にお付き合いいただきましてまことにありがとうございます。本作はまだまだ続く予定であります。よろしくお願いします。

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