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突撃!! AHOの子ロボ分隊!  作者: 高階 桂
Mission 01 東京核攻撃を阻止せよ!
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第一話

   東アジア共和国(REA)西部 カーメンスク市郊外


 物々しい車列が、片側二車線のレニナ街道(プロスペクト)を西進してゆく。

 先頭を走るのは、赤と青の回転灯をきらめかせた民警のラーダだ。そのあとに、陰気な灰色に塗られた内務省保安局のUAZ‐469……ジープタイプの四輪駆動車が三台続く。

 五台目は、小鉢を伏せたような銃塔から無骨な14・5ミリ機関銃の銃身を突き出させたBRDM‐2装輪装甲車だった。後続するのは、二個分隊の陸軍兵士を乗せたGAZ‐66中型トラック。さらに、ボンネットタイプの大型トラック、ウラル4320が三台続いた。

 少し車間をあけて続くのは、暗緑色に塗られたバン、UAZ‐452だった。ふたたびBRDM‐2とGAZ‐66のコンビがそのあとを追い、最後尾には灰色のUAZ‐469が走る。

 この車列を見かけたカーメンスク市民の多くが、首を傾げた。近くに空軍基地があるから、軍用車両が列を成して走ることなど日常茶飯事である。しかし、通常民警に先導させることはない。軍の車両の中に、保安局の車が混じっているのも珍しい。それに、速度がやけに遅いのも奇妙であった。REAは軍事優先国家である。単なる輸送任務でも演習でも、軍の連中は我が物顔で、市民が乗る一般車両を押しのけるようにして爆走するのが常なのだ。それなのにまるで、葬列でもあるかのように静々と通り過ぎてゆく……。


 UAZ‐452の後部シートで、ボリス・ノイン博士が腕時計に眼を落とした。

「落ち着いてください、博士。時間通りに計画は進んでいます」

 パーヴェル・チャゴ大佐は、隣に座るノイン博士に笑顔を向けた。

「家族は、無事に出国できただろうか」

 緊張からか、その端正な欧亜混血の顔をやや青ざめさせた博士が、つぶやくように訊く。

「問題ないでしょう。アメリカ人は信用できます。奥様もお嬢さんも、もうすでにハバロフスクで保護されていますよ」

 チャゴ大佐は、自信ありげに言い切った。彼の家族も、今頃は海路ナホトカへと逃れているはずだ。

「だといいのだが」

 博士が、窓外へと視線を転じた。沿道には、白樺の疎林が延々と続いている。天候は、晴れ。空気も澄んでおり、遠くにいくつか積雲が浮かんでいるだけで、鮮やかな青空が広がっている。

 やがて車列は、レニナ街道を逸れて北西へと伸びる二車線道路へと入っていった。その先には、二千メートル級滑走路一本を備えるREA空軍戦闘機基地のひとつ、ベレザイカ空軍基地がある。


「三番も四番もだめなのか?」

 半ば呆れて、ソグ中佐は二号機の機長であるミュン大尉を見つめた。

「はい、中佐。油圧系をそっくり取り替えない限り、飛行は不可能です」

「信じられん……」

 ソグ中佐はため息混じりに首を振った。

 空軍士官用の黒い革ジャケットを着込んだソグ中佐とミュン大尉は、驚くほどよく似ていた。二人とも、REAの主要民族である生粋のサロベート族だ。中背かつがっちりとした体型で、肌の色はアジア人にしては白い。眼は細く、目尻が吊りあがっており、人種的には北方系モンゴロイドの特徴を顕著に備えている。

 ソグ中佐は、駐機場を見やった。そこには、二機のAn‐12四発ターボプロップ輸送機の姿があった。空軍司令官直々の命令で今回の『特別輸送任務』のために用意され、昨日のうちにパヴロヴォ基地から回航してきたものだ。

 その二号機の三番および四番エンジンが使い物にならない……。

 ……補修部品不足か。

 ソグ中佐は忌々しげに、二号機を睨みつけた。

 REAとロシア連邦との関係がこじれてから、もう十年以上経つ。そのせいで、ロシア製やウクライナ製の航空機関連資材の確保は難しくなっている。戦闘機や攻撃機を擁する部隊では、その能力維持のために優先的に補修部品などが供給されているが、ソグ中佐の部隊のような輸送屋に回ってくるのは中国製の代替部品がせいぜいである。An‐12は古い飛行機である。こまめなメンテナンスと老朽化した部品の交換がなければ、稼動し続けることは難しい。

「くそ。もうそろそろ貨物が届くというのに」

 ソグ中佐は、革ジャケットの袖口をずらして腕時計を確認した。ほどなく、保安局のUAZ‐469が駐機場に滑り込んできた。陸軍の装甲車とトラック、それに『貨物』を積載したウラルトラックも姿を見せる。

「来い。怒られに行くぞ」

 ソグ中佐は、ミュン大尉に顎をしゃくった。空軍司令官直々に口頭で命じられた任務でしくじりをやらかしたのだ。叱責くらい、甘んじて受けねばなるまい。


「それは運が無かったな、中佐」

 護衛隊司令と名乗った陸軍大佐は、意外なことにソグ中佐の報告を聞いても怒りの色を見せなかった。

「中佐。貨物の重量は運搬用容器を合わせてもひとつ七百八十二キログラムだ。数は十九個。わたしの記憶が確かならば、An‐12のペイロードは二十トンのはず。一機だけで運ぶのに支障はないだろう」

 コレソフ博士、と名乗った欧亜混血の初老の男性が、ソグ中佐にそう言う。

「おっしゃる通りです。しかし……」

「いや、移送計画は時間通りに進めたいのだ。そうですね、少佐」

 ソグの言葉を遮った陸軍大佐が、居心地悪そうに突っ立っている保安局少佐に同意を求める。

「そうですね。代替機は、パヴロヴォ基地から呼ぶしかないのでしょう?」

 陰気にうなずいた細面の保安局少佐が、ソグに質問する。

「ええ。ここベレザイカは戦闘機基地ですから」

「一機だけで問題はないでしょう。別に、外国まで飛ぶわけじゃない」

 笑いながら、陸軍大佐が言う。ソグ中佐は追従じみた笑みを浮かべると、慎重に切り出した。

「問題がひとつだけあります、大佐。一機のみですと、スペースの都合上、護衛の方々を全員お乗せするわけにはいきません」

「わたしが連れてゆく部下は数名に過ぎない。少佐、保安局の方でも数を減らしていただけますかな?」

「半数にしましょう。八名乗れますかな?」

 保安局少佐が、ソグに確認する。

「その程度であれば、問題ありません。では、さっそく積み込みを開始します」

 ソグは敬礼すると、叱責されなかったことに安堵しながら、ミュンを伴ってそそくさとその場を離れた。



 旧式ながらパワフルなイフチェンコAI‐20ターボプロップエンジンの轟音を響かせながら、An‐12が高度六千メートルで巡航してゆく。

 胴体壁面のベンチシートに座ったチャゴ大佐は、計画が順調に進んでいることに満足していた。二番機のエンジンに細工を施したのは、大佐の息の掛かった整備員の一人であった。さしもの大佐も、すべての部下の忠誠を勝ち得ているわけではない。亡命に同意させることのできた部下はわずかであり、その人数では二機の輸送機を同時に乗っ取るのは不可能だったのだ。

 大佐は腕時計で時刻を確認した。離陸から十二分経過している。

「時間です」

 チャゴ大佐は身体を傾けて、隣に座るノイン博士の耳元でそうささやいた。ノイン博士が、緊張した表情でわずかにうなずく。

「眼を閉じていた方がいいかもしれませんよ」

「ご忠告、ありがとう」

 ノイン博士がそう答えるが、言葉の大半はエンジンの轟音にかき消されてしまう。

 チャゴ大佐は、腰のホルスターから官給品のマカロフ自動拳銃をそっと引き抜き、スライドを引いた。弾倉には、すでにホロー・ポイント弾が込められている。貨物室には金属容器に収められた『貨物』が積み込まれているので、反対側のベンチシートに座る保安局員から事前準備を見られるおそれはない。

 チャゴ大佐は、身振りで五名の部下に作戦開始を告げた。大佐と二人の部下が保安局員を始末し、同時に生粋のロシア系であるマクーニン中尉ら三人が積荷管理者とコックピット・クルーを制圧する手筈である。

 トルヒ曹長と視線を合わせ、応諾の意を読み取ったチャゴ大佐は、ゆっくりと立ち上がった。拳銃を後ろ手に隠し、貨物を固定しているワイヤーに引っ掛からないように注意しながら、歩く。すぐ後ろには、ステンレスの魔法瓶を持ったヌル上等兵が続いた。

 チャゴ大佐らの接近に気付いた八人の保安局員たちが、一斉に顔を上げた。大佐は、ほぼ中央に座っている保安局少佐に視線を固定しつつ、笑顔で歩み寄った。

「どうやら、なにも飲み物を持ってきていないようですな。一杯ご馳走しますよ」

 チャゴ大佐の合図を受け、ヌル上等兵が魔法瓶を手に少佐に歩み寄った。カップをその手に持たせ、笑顔で魔法瓶のキャップを外しにかかる。

 笑顔を顔に張り付かせたまま、チャゴ大佐は身構えた。右端から順に始末してゆく段取りである。トルヒ曹長の手が、背中を強く押す。準備完了の合図である。二秒後に、発砲開始だ。

 チャゴ大佐は腕を上げた。片手撃ちで、右端に座っている上級准尉の顔面に一発撃ち込む。保安局員は任務中には薄い抗弾ベストを着用している。胴体を撃ったのでは、射殺できない。

 ぱん、という軽い発射音とともに上級准尉の眉間に喰い込んだ弾丸の弾頭部の鉛が、衝撃で激しく変形する。弾丸の運動エネルギーはそのほとんどが上級准尉の頭部の破壊に費やされ、弾頭は貫通することなく彼の脳内に留まった。

 チャゴ大佐は二弾目を隣の軍曹に、三弾目をさらに少尉補に撃ち込んだ。いずれも命中し、ホロー・ポイント弾のおかげで貫通もしない。

 四人目の上級軍曹は、遅ればせながらも事態を悟って、腰に下げているホルスターに手を伸ばしていた。だが、得物をつかむところまでは行かなかった。驚きの表情を浮かべている顔面に、チャゴ大佐は冷静に四発目の弾丸を撃ち込んだ。

 大佐は素早く状況をチェックした。トルヒ曹長は、チャゴ大佐同様左から三人の保安局員をすべて片付けていた。ヌル上等兵も、保安局少佐の喉に魔法瓶を叩きつけ、昏倒させていた。歩み寄ったトルヒ曹長が、頭部に止めの一発を撃ち込む。

「よくやった、曹長、ヴィクトール。後は任せる」

 チャゴ大佐は、マカロフの弾倉を新しいものと入れ替えながら、コックピットを目指した。


 An‐12のコックピットは、すでにマクーニン中尉らによって制圧されていた。

 コックピット・クルーは、機長であるソグ中佐の他に、副操縦士、航空機関士、航法士、通信士の四人。いずれもが、武器を身に帯びていない。拳銃一丁とAKMS突撃銃二丁を突きつけられては、抵抗の術はなかった。積荷管理者も、脅されてコックピットに押し込められている。

 ヘッドセットをむしり取ったソグ中佐は、操縦を副操縦士に任せるとシートの上で身体をひねり、ロシア系中尉をにらみつけた。

「貴様、気でも狂ったのか?」

「狂ってはいませんよ、中佐」

 ロシア系中尉が、酷薄そうな笑みを浮かべた。右手に握られたマカロフの銃口は、ソグ中佐の眉間に向けられている。

「むしろ狂っているのは、ロベルト・ルフの方です。大人しくしていてください」

 ロシア系中尉が、REA大統領の名前を出す。

 ほどなく、護衛隊の司令である陸軍大佐……チャゴ大佐がコックピットに姿を見せた。AKMSを構えている部下の火線を遮らないように、航空機関士席の方へと寄って立つ。腰の辺りで構えられたマカロフが、状況がつかめずにうろたえている航空機関士の背中に突きつけられた。

「お待たせした、空軍の同志諸君。当機は我々が制圧した。悪く思わんでくれ」

「なにが目的だ? 亡命か? 反乱か?」

 ソグ中佐は語気鋭く尋ねた。

「それはあとで説明する。とりあえず高度を三千まで落とし、針路を1‐2‐0へ。地域航空管制には、エンジントラブルを通告すること。小細工は、なしだ」

 落ち着いた口調で、チャゴ大佐が命ずる。

 ソグ中佐は、身振りで大人しく従うように、部下に合図した。先ほど聞こえた何発もの銃声は、まず間違いなく大佐の部下が保安局員たちを射殺したことを意味している。逆らえば、同じ目に遭わされかねない。

「よろしい。中佐、当機の積荷が何だか、知っているかね?」

 針路変更と通信が終わると、チャゴ大佐が逆に質問を放ってきた。

ミサイル(ラケータ)の部品だろう」

 ソグ中佐はそう答えた。この機の目的地は、ヴォルホフ飛行場とウグロフカ飛行場の二ヶ所。いずれにも、すぐそばに同名のロケット(ラケートヌイ)軍団ヴォイスカーの基地がある。

「単なる部品の警備に、内務省の連中が出張ってくると思うのかね?」

 チャゴ大佐が、薄く微笑む。

「謎々を解きたい気分じゃない」

 ソグ中佐は、吐き捨てるように言った。

「いいだろう。積荷は、『サーブリャ』弾道弾用の核弾頭だ」

「馬鹿な」

 政府も軍部も公的には認めていないが、REAが核兵器の開発に成功していることは、国民ならば誰でも知っている。だが、その技術ははなはだ未熟であり、ミサイルの弾頭に使えるような小型のものは保有していないはずだ。

「コレソフ博士というのは偽名でね。あの博士の本名は、ボリス・ノインだ。聞き覚えくらいあるだろう」

 ソグ中佐は、記憶をまさぐった。子供の頃、確かに聞いたことがある。授業で習った……いや、聞かされた名前だ。

「思い出したぞ。……物理学の天才とか言われて、ベロホルムスク大学からモスクワ大学へ編入された奴か?」

「その通り。モスクワ大学物理学科を卒業し、ソビエト連邦の核開発に従事した英才だ。彼が、核弾頭の小型化に成功したんだ。『サーブリャ』に搭載できるほどにね」

 落ち着いた声音で、チャゴ大佐が説明する。

「わが国が核弾頭付き中距離弾道ミサイルを実戦配備して喜ぶ外国は、世界中にひとつもない。すでにわが国はロシアとの関係が疎遠化し、アメリカを敵に回し、唯一の友好国と言える中国との関係も悪化しつつある。日本や韓国にも嫌われている。あの北朝鮮でさえ、最近は冷淡だ。サーブリャに核弾頭を搭載したことが発覚すれば、わが国は完全に孤立化するだろう。我々は、ロベルト・ルフ大統領と心中することはできないのだ」

「だから、核弾頭を奪取したのか」

 半ば喘ぐように、ソグ中佐は訊ねた。

「そうだ。ノイン博士とわたしは、以前からアメリカ当局と接触していた。小型化した核弾頭をまとめてアメリカに引き渡せば、ルフ政権は揺らぐだろう。ルフ政権が倒れれば、アメリカの手助けで民主化が可能なのだ。このままでは、わが国はイラクのように軍事制圧されるか、北朝鮮のように孤立化して自滅してしまう。それを防ぎたいのだよ、我々は。協力してくれるかね? それとも、日本海に沈む方がお好みかな?」

 誘うような笑みを浮かべたチャゴ大佐が、手にしたマカロフの銃口をソグ中佐にまっすぐ向け直した。


 お読みいただきありがとうございます。第一話はプロローグ的内容ですので、二話も同時に投稿いたしました。このまま二話にお進みください。簡単なご挨拶は二話の後書きに書かせていただきます。

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