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三国志演義異聞~星の叛乱~  作者: 東風になりきれない春
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劉華の役割

風天子は仙界のとある館に呼び出されていた。

館の主は仙界でも上層部にいる仙人で、芙蓉華仙と睡蓮華仙の師である劉華仙女だ。


風天子が館の奥にある主の部屋へたどりつくと、椅子に座った劉華は妖艶に微笑んだ。

「坊主、よう来た」

「坊主はやめてくださいよ。もう仙人になって何十年たったと思ってるんですか」

「小童は小童のまま。坊主は坊主のままじゃ。わらわにとってはな」


殷と周が存在していた時代から生きている仙女にとって、風天子は赤子も同然だった。

それがわかっていても、風天子は毎回訂正せずにはいられない。

劉華と見た目の年齢がそう離れていないために、つい反発してしまうのだ。


劉華は緑なす豊かな黒髪を背に、ゆったりと足を組んだ。

秀麗な面に沈鬱な感情を乗せて口を開く。

「おおかた予想はしておるだろうが、呼び出した件は睡蓮のことじゃ」


睡蓮華仙はいまや魏、呉、蜀の三国において重要な役割を果たすようになっていた。

彼女の発言権が強まったのは、その仙女としての力で成した武功が大きい。

そして各国の武将たちと接触し、それぞれに縁を結ぶことで、さらに権力を増していく。

殷周の戦乱の二の舞になりかねない事態だった。

「我ら仙は人界に干渉しすぎてはならん。それを学んだはずなのに、あの小娘はわらわの教えを守らぬ。このままゆがみが拡大し続ければ、第二のうつほが生まれようぞ」


面白半分に虚と会ったことのある風天子は、かの青年の顔を思い浮かべた。

「第二の虚が彼のような性格なら、今のように静観の一手でいいでしょうね。でもその保障はない・・・ということですか」

「ああ、最悪の事態を考えねばならぬ」


次に生まれるかもしれない人型の妖怪。

虚のように理性があればいいが、理性をもたずに負の感情と知識だけを持って生まれてきたら、まさしく災害と呼べる化け物になるだろう。

「小僧、そうなる前に睡蓮を連れ戻せ。抵抗するなら滅ぼせ」


風天子は息を飲んだ。

睡蓮華仙は目の前の劉華の弟子だ。そして仙界上層部の仙人の娘でもある。

「よろしいんですか?」

「構わぬ。・・・いや、構っておられぬ」


劉華は重いため息をついた。

彼女の身のうちの激情を耐えるように、伏せた目元がかすかに震えた。

「わらわとて睡蓮の命を散らせたいわけではない。弟子としてかわいがる気持ちもある。だが、師の感情よりもわらわは仙界と人界の調和こそ望む」

「・・・睡蓮の親は止めるでしょうね」

「やらせぬよ。だが情報は秘匿しよう。そして知られたときにはすでに処分済みであるくらい、早急かつ密やかな対応をすべきじゃ」


その素早く秘密裏に殺さなくちゃいけないのは僕なんだけど、と風天子は内心ぼやいた。

彼に殺人の忌避感はない。

今までも仙界の害となる可能性のある芽を摘む作業は、この劉華仙女を通して彼に指令が下されていた。


風天子は仙という生き方において天賦の才能を持っている。

仙界入りしてわずか数年で道術を修め、その後は他の追随を許さなかった。

今回の地上への介入作戦が終われば、上層部の一員になるのは間違いないと目されている。

その才が祟ったのか、彼には他の仙人たちが出来ない雑用を押し付けられることが多かった。それが倫理的に悪であれ、善であれ、ひとたび命じられれば遂行する。

特に作戦を妨害してくる睡蓮への嫌悪感がある今、断る道理はなかった。

「予定通りなら、今ごろ下界の虎牢関が戦場になっています。睡蓮にはそこで運悪く戦死した・・・それでいきますね」

「手段は任せる」

「承りました」


いつもと変わらぬ微笑を浮かべた風天子は、その脳内に睡蓮の死体を思い浮かべた。




虎牢関の前に、魏、呉、蜀の軍が布陣していた。

芙蓉華仙は魏軍のなかにいた望貴人を見つけると駆け寄った。

「貴人!ようやく見つけました」

「あら、芙蓉じゃない」


望貴人は魏のお抱え踊り子として、戦場での慰撫を理由にここにいる。

睡蓮は蜀の将のひとりとして戦場に立つので、戦が始まる前しか会う時間はなかった。

「睡蓮に会えましたか?」

「だめねぇ・・・。芙蓉も無駄足だったみたいね」

「はい・・・」


睡蓮華仙は呉の武将たちに取り囲まれ、容易に近づくことができない状態だった。

ほとんど同盟状態にある魏や蜀の人間であろうと、姿はおろか声を聞くことさえできない。

むやみに呉の武将たちを刺激して、戦の前に士気を下げるわけにはいかなかったので、芙蓉も望貴人も引き下がるしかなかったのだ。


睡蓮は芙蓉と望貴人が妖怪討伐をしているあいだに、すっかり三国の重鎮扱いとなり、国家間を我が物顔で渡り歩いていた。

しかも仙界からの連絡や指令をすべて無視するという暴挙に及んでいる。

望貴人は頭をふって、両手をあげた。

「お手上げよ。ひとまず今はこの虎牢関の戦いに集中しましょ」


虎牢関の戦いでは、歴史の予定調和として蜀の関羽の活躍が見込まれている。

芙蓉も彼の支援のために、睡蓮のことにだけ気をさくことはできなかった。

「そう・・・ですね。戦が終われば、また機会があるかもしれません」

「ええ。がんばりましょ!お互いにね」

「はい、貴人」




戦が始まると、むせかえるような血臭と汚物のまじった吐き気をもよおす空気が流れる。

睡蓮は羽衣をゆらして空気のあいだに膜を作り、その異臭を遠ざけた。

「たしかこの戦いで呂布が出てくるんだよね!楽しみだなあ・・・かっこいいかなあ」


無邪気に笑いながら岩人形を作り出し、敵兵を圧殺していく。

彼女のお気に入りの周瑜は軍師なので前線には出てこない。

今、睡蓮の関心ごとは呂布にのみ傾いていた。


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