睡蓮の思惑
―――ある少女の独白―――
気が付いたら赤ん坊になってたの。
びっくりして叫んだら、ただの泣き声にしかならなくてどうしようかと思ったわ。
でもそのうちすっごい美人の女の人にあやされたりして、自分が彼女の子どもに生まれ変わったんだってわかった。
死んだ記憶なんてないけど、これって異世界トリップとか転生とかいうやつでしょ?
ネットで見たことあるよ。
自分がなるとは思わなかったし、前の親とか友達とか気になるけど・・・それより前向きに生きたほうがいいって絶対!
それで何年か暮らして、周りの状況とかわかってきたときはまたびっくりしちゃった。
だって住んでる場所は仙界なんだって。
それで私の母親も父親も仙人!
すごいよね。サラブレッドってことだよね。
鏡を見たら金髪に紫の目の美少女がにんまりと笑った。
前の自分とは全然違う!化粧なんていらないくらいカワイイ!
浮かれた気分で仙人の修行もどんどんやったわ。だって可愛くて強いって最強じゃない?
でも師匠の劉華仙女は厳しすぎ。姉弟子の芙蓉とかいう女はちょっと真面目すぎてウザい。
中学の担任思い出しちゃった・・・最悪。
そのうち地上に降りる命令が来た。
あの三国時代に介入してこいだって!もうこれは私のために用意された物語よね!
キレイで可愛くて強い私が、皆を助けるの。
歴史は決まってなんかないのよ!
―――独白終了―――
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睡蓮華仙は軍の支給食を食べながら、孫親子と周瑜の前に座っていた。
彼らは円陣を組んで、この先にある苑城について話し合っている。
睡蓮華仙はその会話を聞いているふりをしながら、視線は周瑜に釘づけだ。
後の歴史で美周郎とあだ名されるだけあって、彼はとても美しかった。
その周瑜がぼうっとしている睡蓮華仙のほうを振り向いた。
「聞いておられますか、仙女殿」
「あ、はい!・・・ごめんなさい」
しゅん、と落ち込んでみせると孫権が睡蓮をかばうように周瑜に話しかけた。
「そんな強く言ってやるな。まだ子どもじゃないか」
「仙人にそのような年齢の観念は通用しないと思うぞ」
幼馴染ゆえの気安さで、周瑜は孫権の言葉を退けた。
本来なら家臣の身で反論することは許されないが、彼らの間にはそれを可能とする絆があった。
睡蓮華仙は羨ましそうにふたりを見たあと、名誉挽回のために口を開いた。
「えっと。城を攻め落とす人たちのところに私も入れてください!それで、いっぱいがんばるから、そのあいだに孫堅さまたちは城のなかに入っちゃえばいいんじゃないかな」
作戦とも言えない力押しだけの発言である。
孫堅は彼女の仙具と道術がそれを可能とする場面を、これまでに何度か見てきた。
「仙女殿が我らに力を貸してくれるのは有難い」
「じゃあ、じゃあ。私がんばります!」
「お頼み申す」
周瑜はそのやりとりを苦虫をつぶしたような顔で見ていた。
さすがに孫権相手にするような態度を、孫堅には出来ない。
周瑜はこの無知で無謀な頭の軽い少女を仙女とは認めていなかった。呼びかけこそ仙女殿とうやまっていても、内心は子どもが戦ごとにでしゃばるな!と怒鳴りたい気持ちであふれている。
何度か孫親子に睡蓮を追放するよう忠告したが、彼女の人外の力を理由に受け入れてはもらえなかった。
岩で出来たいびつな人形が立ち上がった。
それは身の丈は小山のごとき巨人。
それが3体同時に出現した苑城前では、敵の兵士たちが右往左往していた。
「な、なんだあれは!?」
「うわああああああああ!こっちに来るぞ!」
巨人たちがそれぞれの剛腕で敵兵を薙ぎ払い、城壁を打ち壊した。
睡蓮華仙の仙具、天天羽衣の力である。
無機物に仮初の命を与える恵みの仙具。
それは今、戦場で命を刈り取る武器と化していた。
「いっけぇええええ!ゴーレム!」
睡蓮華仙の号令に従って、岩の巨人たちがさらに敵兵を倒す。
彼女は死んだ兵たちを無感動に眺めた。
吐き気をもよおす血潮も、うらみがましい死者のにごった視線も気にならない。
「ゲームのモブ兵ってこんなに弱かったっけ。まあ楽だからいいや~」
彼女にとってかかわりのある武将以外は無機物と同列だった。
戦局は呉軍に常に有利にはたらき、あっという間に苑城は落ちた。
無残に散った魂の嘆きが大地に染み込んでいった。
戦勝に沸く呉軍の兵士たちをすり抜けて、睡蓮華仙は孫親子と周瑜がいる天幕に入っていった。
「おお、仙女殿。おかげで苑城をやすやすと落すことができました」
「お役にたててよかったです!」
睡蓮は機嫌よく孫堅に笑いかけた。
孫権と周瑜は伝令兵から自軍の被害報告を受けている。
睡蓮は孫堅に近づいて、さらに微笑んだ。
「この先にまだ黄巾軍がいます。軍の被害が少ないみたいだったら、そのまま一気にやっつけちゃいませんか?」
周瑜がぎょっとした顔をしてこちらを見たが、睡蓮は孫堅から諾の返事を聞くまで動く気はなかった。
「連戦か・・・ちと兵たちには厳しいと思いますな。補給路の問題もございますし」
「すぐ終わるから大丈夫ですよ!だって、この先にいる黄巾軍はもう別の人たちに攻撃されてて、すっごぉくピンチ・・・じゃなくて、えっと。窮地に陥ってるんですから」
それは事実だった。
皇甫 嵩を大将とした対反乱軍は、蜀軍と魏軍とともに張角と張宝を追い詰めつつある。
しかし風天子からもたらされた伝令では、彼らに任せて呉軍はこのまま退くように指示されていた。
ここで呉軍までが参加するのは正史に反するが、睡蓮は気にしなかった。
「それはどこの情報ですか」
厳しい表情をした周瑜が問いかけると、睡蓮は唇に指を当てて小首をかしげた。
「同じ仙人からの情報ですよ~。仙界は地上をちゃーんと見てるんです」
「ほう・・・それは興味深いですな。ならば、我らが参戦することによる勝利は約束されたも同然と考えてもよろしいか?」
孫堅が獰猛な笑みを浮かべて言った。
孫権も「勝利」と聞いて、目の色を変えた。
今の群雄跋扈する時代、ひとつでも多くの戦果を得ることが覇道への近道である。
周瑜は何か言いたげにしていたが、結局黙っていた。
睡蓮華仙は思惑どおりに進む未来にうっとりした。
前世では考えられない力であがめられ、戦を勝利に導く仙女。
魏の人たちも、蜀の人たちも皆私が助けてあげる。
その救済の中に「モブ兵」と称された名もなき一平卒たちが含まれていないことは、睡蓮の頭の中にない。
ただ自分の知っている歴史上有名な人たちを、自分の手で救うという状況に酔いしれていた。