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三国志演義異聞~星の叛乱~  作者: 東風になりきれない春
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貴人の憂い

望貴人は金色の酒杯を持って、ふらふらと庭園を歩いていた。ときどきくるりと体を回転させながら、上機嫌に池のほとりまで歩み寄る。

薄い衣のうえ最低限しか隠せていない肢体は下手な踊り子がまとえば下品にとられかねないが、望貴人の持つ優艶な雰囲気がそうさせるのか、見るものを恍惚とさせた。


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挿絵(By みてみん)



彼女は池の水面をそっとのぞきこむと、そこには水に反射する望貴人の姿ではなく、白銀の髪の優男が映っている。

「てんてん手毬。ゆいゆいゆい結います」

望貴人が囁くように吟じると、彼女の周囲から音が完全に消え去った。

遠くから聞こえていた祭囃子も、こちらを見ながら談笑していた男たちの笑い声もすべて隔絶した空間が出来上がる。

仙人が操る道術の一種で、防音と幻惑の効果を持つ結界だった。


結界の外に人間たちには、相変わらず望貴人が池のそばにたたずむようにしか見えておらず、彼女が水面に向って話しかける様子も見通すことはできない。


「久しいねえ、ふ~ちゃん。元気?」

それまでの艶美さを払しょくするには充分すぎるほど快活な声音で、望貴人は水面に映った青年に話しかけた。

明朗快活な姿こそ彼女の素である。

水面に姿だけ映っている青年は、口を開いた。

「ええ、いつもどおり暇で暇で・・・と言いたいところだけど。そろそろ忙しくなりそうだね」


青年もまた仙人に名を連ねる者だった。

風天子ふうてんし―――今回の下界の戦乱に仙界が介入するにあたって、地上に降りた3人の仙女を監督し、上層部からの支持を伝える役割を担っている。

望貴人にとっては、同じ時期に仙界で修業した仲間のひとりだ。

もうひとりの仲間は今ごろ蜀を起こすために奔走しているはずの芙蓉華仙である。


「そっか。じゃ、戦の準備をしなくっちゃね」

「そうしてよ。すでに殷周の時代のゆがみのせいで、正史そのままを実現するのは無理でもさ・・・最終的な結果がともなえば、今後の歴史は修正したも同然だからね」


愁いをおびている望貴人に対して、風天子は気楽な口調で続けた。

皇甫こうほ すうが反乱軍を鎮める大将になるみたいだから、魏は皇甫 嵩と合流して、長社にいる黄巾軍を撃破。あ、張宝は劉備に討たせて。呉は孫堅をたてて苑城を攻め落とす予定だから、そちらにはちょっかいかけないように」

「あいよ、わかった。芙蓉と睡蓮は?」

「芙蓉は問題なく劉備たちと合流して行動しているよ。打ち合わせも問題なし。ただ睡蓮がねえ・・・なにあの子」


だいたい微笑を浮かべていて、そのほかの表情を見せることが稀な風天子にしては珍しく不機嫌そうな顔をしている。

「え、なに?あの子なんかしたの?」

「今回の下界介入の推進派である劉華仙女の弟子だからっていう理由で地上に降りたのはいいけど、そのあとの対応がまずいね」

「劉華仙女の弟子は芙蓉もそうじゃないの。作戦が始まった今更、推進派だの反対派だの言うつもり?」

「いや、芙蓉は分をわきまえて行動してるからいいんだ。ただあの子さ・・・孫親子と会うときに仙具を使ったんだよね」

「・・・はぁ?」


殷周の戦乱のとき、仙人たちが地上にもたらした弊害は大きい。

その最たる原因は地上の人間たちが持ちえない力。道術や仙具による人知を超えた力だ。

今回はその教訓を生かして、連絡を取り合う最低限の道術または仙具の使用のみ許可されていた。

それでもなお常人よりも強固な肉体と、戦場の真っただ中にあっても確実に生き残れる武力を持つのが仙人である。


「念のために訊くけど、それだけなにかに追い詰められた末の仙具解放?」

「いいや、ただ孫親子は山賊に襲われていただけ。彼らだけでも対処可能な範囲だったよ」


望貴人はしばらく沈黙した。

「それは・・・援護できないわ」

「僕もだよ。上層部になんて報告しよう。まあ、しがない連絡役の僕には、ありのままに話すしかない。それで睡蓮が罰を受けても仕方ないよね」


まったく罪悪感のかけらもなさそうな笑顔で風天子は言った。

「あんた、そんな冷たい態度だから女のひとりもできないのよ」


望貴人は呆れてため息をついた。

仙界で修業し始めた当初は、彼の性格を知らずに仙女たちがこぞって秋波を送ったものだ。

そして彼も俗っぽいことに抵抗がなかったのか、彼女たちに思わせぶりな態度をとって翻弄していた。

数十年たった今では、彼の本性は仙界周知の事実となっているので誰も寄ってこないし、当時の話題が出ることもない。


どうしてこんな女の敵のような男と友人関係を築いているのだろうと、望貴人と芙蓉華仙が話し合ったこともあるが、ただの友として見るなら彼は少々皮肉やなだけの気のいい人間だった。

「あんたのその無駄にお綺麗な顔で、睡蓮を説得してきなよ」

「やだよ。あんな子どもになんで色を使わないといけないのさ。どうせなら芙蓉がいい」

「やめてあげて。あの子は免疫ないんだから、ほんとやめてあげて」

「うん、知ってる」


風天子の最近の暇つぶしは、真面目で融通の利かない芙蓉華仙をそうと気づかれずに色で惑わすことだった。

けれど今の友人関係も心地よいので、それを壊さない程度に軽い冗談で済む範囲だ。


望貴人はがっくりと脱力して、池のほとりに座り込んだ。

酒杯の酒を一気にあおる。

強烈な酒精が咽喉をとおりすぎたが、彼女は表情を変えずに腰に下げていた瓢箪から酒をつぎ足した。

「もういいよ。わかったわかった。睡蓮のことは上の判断に任せる。私らは正史のため予定調和のため、任務を遂行する。それでいいでしょ?」

「そうだね。ああ、睡蓮のことで何か決定したら、僕のほうから君たちに連絡するから」

「了解しましたっと。ああ、そんときは仙界の酒持ってきてくれない?桃で作ったやつ。もちろん一番きつ~いの」


望貴人はたいそうな酒豪である。

風天子は特に反論もなくうなずいて了承した。

黙っていれば女性らしい丸みを帯びた肢体と妖艶な雰囲気だが、中身は酒飲みの親爺と変わらない・・・と、彼はひそかに思っている。

そんなことが望貴人に知られたら確実に制裁されそうなので、決して口にはしないが。




その頃、先に風天子の伝令を受け取っていた睡蓮華仙は孫親子を扇動して黄巾軍を討つべく苑城に向っていた。


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