芙蓉の始まり
※三国志演義をもとに書いてますが、だいぶ原作からずれていきます
「大の男が世のために働かず、ため息たぁ辛気臭いな」
「己が無力を知ればため息も出るさ」
皇帝が義勇兵を募集している高札の前でたたずむ凡庸な中肉中背の男。
彼に話しかけたのは、見上げるような体躯で髭面の熊を彷彿とさせる大男だった。
その遥か後方の路地裏から、芙蓉華仙はその様子をじっと見つめていた。
人の世では伝説とされるほど昔、殷と周の戦争に仙界が介入したことがある。
大陸中の人間を巻き込む戦乱において戦死者の魂を輪廻の輪に戻すことが目的だったが、拡大し続けた戦火は仙人たちの運命をも飲みこんだ。
彼らはいやおうなく、その人外の力を戦場で行使することになったのである。
その結果、本来の歴史において死ぬべき人間が死なず。
生きるべき人間が死ぬという事態に陥った。
歴史は一定のずれを含みながらも、おおよそ既定のもの。
決められた未来。決められた過去。
すべては予定調和のうちなのだ。
この世が生まれた瞬間から存在する、世界の核が定める絶対の真理。
それがゆがみ、ねじれ、不協和音を奏でていた。
仙界は歴史の修正のため人間たちに今度こそ気取られぬように、そっと力を貸すことに決めた。
芙蓉華仙は、再び戦火に包まれる予定の下界に降りた仙女だった。
素質を見いだされただけで崇高な想いもなく、ただ貧しい生活から逃れるために仙界に入った彼女だが、歴史を既定の流れに戻すという任務を重く見ていた。
生来の生真面目さもあるが、仙界入りして30年。
いまだ父母の生きている可能性のある大地で、予定調和以外の戦乱が起こることを危惧していたのだ。
「このあと劉備と張飛は、酒場で関羽と出会うはず。その酒盛りに混ざることが出来れば・・・いえ、なんとしてもここで彼らと合流しておかねば、その後の戦に関われなくなります」
きゅっと眉を寄せて、彼女は自分の言葉にうなずいた。
すでに仙人として肉体の成長は止まっており、見た目は色素の薄い髪を一本にしばった10代後半の娘にしか見えない。
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白の漢服は動きやすさを重視して、軽い素材のもの。
藍色の帯もまた動きを阻害しないように、腰のあたりで大きく結んだだけの質素な衣装だ。
しかしその手には身の丈をはるかに超える朱色の槍があった。
彼女の専用仙具ではないが、充分手になじんだ獲物だ。
芙蓉華仙は路地裏からすべるようにして大通りに出ていった。
酒場に入ると、すでに劉備と張飛は関羽と合流した様子だった。
無礼講となったのか、酒場にいる男たちのほとんどが大騒ぎしながら飲み食いしている。
そんな中に芙蓉華仙のような娘が入ってくれば、いやでも目立った。
衆目を集めてしまったことに彼女はたじろいだが、一瞬で気持ちを切り替えて持ち直すと劉備たちの座る卓のほうへ向かっていった。
「先ほど高札の前にいた方々とお見受けいたします」
「あんたは?」
問いかけてきたのは髭面の大男、張飛だった。
劉備と関羽もいぶかしげに見ている。
「私は芙蓉。武家の生まれですが没落して久しく、女ながらも武を持って生きております」
芙蓉華仙は手に持った朱槍で床を叩いた。
どん、と見た目以上に重く鈍い音がする。
酒場にいた男たちが目を見開いて彼女と槍を交互に見比べた。
「この通り、力はあれど使う道がなく途方にくれていた次第です。そこに貴殿らがあらわれた。高札の前でこの国の行く末を憂う心を聞いたとき、私は決めたのです。貴殿らの道の一助とならんことを」
もちろんすべて前もって用意した設定と言い訳である。
しかし歴史を正すという使命をおびた芙蓉華仙の表情は真剣そのものだった。
「女だてらに、その志。儂も力を借りたいのはやまやまだが、親御はどうした?」
劉備がその太めの眉をさげて、心配そうに彼女を見た。
見た目が少女なので、その言葉ももっともである。
芙蓉華仙の両親はおそらくまだ生きているだろうが、彼女は劉備の憂いを断つために偽りを述べることにした。
「親はともに儚くなって久しいのです。家のことも心配する必要はありません。もとより女の身ですから、継承権もございませんので」
「そうか・・・ならば、儂らとともに立ち上がってくれるか」
「喜んで」
関羽は劉備の言葉を聞いて、その見事な長い髭をなでた。
「ではあらためて、名乗り合おうではないか。そして祝杯を!」
張飛が大きな盃をあげて、酒を飲み干した。
劉備が笑って肴をつまむ。
芙蓉華仙もまた同じ卓について、微笑んだ。
同じころ、ふたりの仙女が別々の地に降り立った。
のちの魏王、曹操の前にあらわれたのは踊り子姿の妖艶優美な望貴人。
彼女は楽団に交じって曹操に近づき、囁いた。
「貴方は覇王となる器。わたくしも共に覇道を見とうございますわ」
のちの呉王、孫堅の前にあらわれたのは緑の羽衣を操り、山賊を殲滅した幼子にしか見えぬ睡蓮華仙。
本来下界で無闇に使ってはならないはずの仙具の羽衣をまとって、孫堅親子に近づいた。
「はじめまして!仙女の睡蓮です!これから精一杯サポート・・・じゃなかった。支援しますので~、よろしくおねがいします!」
歴史は新たな局面を迎えようとしていた。