ありもしない婚約破棄を捏造したら、好みとは真逆の騎士団長から執着されました
※最後の部分はヒーロー視点(過去)です※
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伯爵家令嬢のエレナには、子どもの頃に将来を誓った隣国の婚約者がいる。
だから彼女はどんな人間から言い寄られてもなびかなかった。
ところがエレナの王立学院卒業間近に、婚約者は手紙だけで一方的に婚約を破棄してきた。
――そこには、真実の愛を見つけたのだと記されていた。
巷で噂の純愛悲恋。
当事者であるエレナは、とにもかくにも祈っていた。
「これで、哀れに思ったどなたかが婚約を申し入れてくだされば……!」
§
伯爵家令嬢のエレナはいわゆる面食いである。
子どもの頃に訪れた隣国で出会った、それはそれは美しい少年と恋に落ち結婚の約束をしたため、婚約の申込みを断り続けている、一途な令嬢と称されていた。
美しい少年の見た目とは以下の通り。
稲穂のように煌めく金髪。
真正面から見ても横から見ても隙のない顔の輪郭。
きりりとして形の整った眉。
三白眼は透き通るようなブルーサファイア。
すっと通った鼻梁。
薄くもなければ厚くもないちょうどいい形の唇。
ところが。
王立学院の卒業を間近に控え、エレナは心から後悔していた。
友人たちにはもれなく婚約者がいて、卒業式のダンスの相手が決まっている。
「エレナ様は隣国から婚約者様が来てくださるのかしら?」
「え、えぇ。そうですわ。年齢の数だけ種類の異なる花を集めて花束と共に」
「エレナ様ったら本当にお花が好きですのね」
「ごきげんよう、また明日」
友人と別れたエレナは盛大なため息をついた。
「どうしてあんな嘘をついてしまったのかしら……」
実は、隣国の婚約者というのは、幼い頃についた嘘だったのだ。
あまりに顔面に対する理想が高すぎて、架空の婚約者を作り出していたエレナ。
このままでは卒業式もひとり。可哀想な令嬢として見られてしまう。
「……そうだわ」
エレナは思いついた。
流行りの歌劇で必ずと言っていいほど題材にされる『婚約破棄』。
それを決行することを。
早速エレナは架空の婚約者からの偽の手紙をしたためると、さめざめと涙を流しながら父へ訴えた。
「婚約を破棄されてしまいました。真実の愛を見つけたのだと言われて」
――貴族の間でエレナの婚約解消の噂はあっという間に広がった。
エレナは神に祈った。新たな婚約の申し入れを。
伯爵家は王国内でもそこそこ裕福で、だからこそ架空の婚約者がいたとしてもエレナへ求婚する貴族がいた。
ところが、これまでちらほらとあったはずの婚約の申し入れは、ぱたりと途絶えた。
「どうしましょう。このままでは婚約者なしで卒業式を迎えてしまいます……っ」
エレナが焦っていたある日。
「貴女がエレナ嬢か?」
「はい?」
エレナは、王立学院の中庭で花壇に水をやっているところだった。
本来なら生徒がやるものではないのだが、花が好きなあまりに頼み込んで、入学以来ずっと花の世話をしてきたのだ。
唐突に筋骨隆々とした男性から声をかけられてエレナは固まった。
架空の婚約者しかいなかったエレナにとって、男性への耐性など無に等しい。
しかも声をかけてきた相手の服装は学院の制服ではなく、王国騎士団のもの。
徽章は――
(き、騎士団長さま!?)
エレナは慌てて立ち上がり、カーテシーにて挨拶した。
「は、はい。わたくしが伯爵家のエレナでございます」
「私は騎士団長のブラウンだ。君は偽の手紙で婚約を破棄したな」
「……ななな、何のことでしょう」
「隣国からの手紙には検閲が入る。そのような手紙はなかったと報告を受けた。婚約者から偽りの婚約破棄をされたという話を広めた理由を教えてくれるだろうか。そうでなければ、文書偽造の疑いで君を捕えなければならない」
(なんてこと! それは困りますわ!)
――エレナは観念してすべてを打ち明けた。
流石にブラウンも、婚約自体が偽りだったと想像していなかったらしい。
若干、引いているようにも見えた。
「お願いです。どうか、このことは内密にしていただけませんか。何でもしますので……!」
「貴族女性が、軽々しく何でもすると言うものではない。だが事情は分かった」
ブラウンは少し考え込んで、提案した。
「この件は黙っておこう。その代わりに私の婚約者となってくれないか」
「ありが……えっ? 今、なんと仰いました?」
「実は私も婚約相手を探していたんだ。家柄としても問題ない。君は卒業式にパートナーとダンスを踊れる。悪い話じゃないと思うが」
ですが……とエレナは口ごもった。
ブラウンの頭のてっぺんからつま先までを確認する。
短く刈り上げられている栗色の髪。
骨ばった顔の輪郭、しっかりとした喉仏。
太く形の整った眉。
意志の強さが伝わってくるピーコックグリーンの瞳。
……。
面食いのエレナの、好みとは真逆。
とはいえ背に腹はかえられない。エレナはとにもかくにも崖っぷちなのだ。
「よ、よろしく、お願いいたします」
「こちらこそ宜しく頼む。早速伯爵家へ挨拶をしに伺おう」
――そこからはあっという間に事が進んだ。
エレナと騎士団長の婚約は瞬く間に界隈を駆け巡り、エレナが隣国の美青年から婚約解消されたことはすっかり忘れ去られた。
「羨ましいですわ。ブラウン様は、皆の憧れですのよ」
友人がうっとりとしながら祝福してくれた。
エレナは知らなかったが、ブラウンには私設ファンクラブがあるらしい。
ある日のこと、王立学院へ騎士団が指導のためやって来た。
エレナは生徒たちへ乗馬や剣技を教えるブラウンを見て、大きく心臓が跳ねた。
周りが汗だくになっているのに、ブラウンだけは平然と立っている。
鍛えられた筋肉。具体的に書くとするなら、鎧のような大胸筋。逞しさだけではなく曲線美も感じられる上腕二頭筋。……。
話を戻そう。
笑顔こそ少ないものの真摯な表情。
どんな学生にも等しく接する態度。
(わ……わたくし、ときめいてる!? 好みじゃないお顔でも……)
エレナは、日に日にブラウンから目を離せなくなっていった。
きっかけは何であれ、エレナのなかにブラウンに対する恋心が芽生え始めていたのだ。
§
ところが。
『婚約破棄を撤回したい』
そんな怪文書が伯爵家に届いた。
エレナには身に覚えがない。そもそも元婚約者なぞ存在しないのだ。
怪文書の内容は続く。
『反省している。婚約を再び結んでくれないのであれば貴国との交流についても一考の必要がある』
しかも、送り主は隣国の豪商の名前だった。
「……なんということだ。この手紙は本物だった」
調査したブラウンが、わずかに、苦虫を噛み潰したような表情で報告してくれた。
「どうやら君の噂を知った隣国の豪商は、それが自分だと思って妄想を繰り広げていたようだ。しかも、君の理想と、隣国の豪商は外見が見事に一致していた」
「そんなことあります!?」
「君だって妄想の婚約者を作り出していただろう」
「うぅっ」
エレナは反論できなかった。
伯爵家の温室にて、お茶を楽しむ恋人のように見えるふたりだが、会話の内容は平穏とは縁遠い。
(まさか、こんなことになるなんて……)
エレナはめまいがしそうになっていた。
「そしてここからが本題だ」
ブラウンがひと呼吸置いて続けた。
「隣国との貿易関係のために、婚約を結ぶかどうか考えてほしい。こちらはなんとでもなるから、君の好きなようにするといい」
ブラウンは喜怒哀楽が豊かな方ではない。
だからどんな感情で発言したのか、エレナには推し量れなかった。
ずきり、エレナの胸が痛む。
「……分かりました。隣国へ行ってまいります」
たっぷりの沈黙の後、ブラウンが呟く。
「……。……そうか」
§
「やぁやぁ、よく来たね!」
隣国からの迎えの馬車はとても煌びやかなものだった。
エレナはあれよあれよと着飾られて豪商と引き合わされた。
隣国の豪商の見た目は以下の通り。
稲穂のように煌めく金髪。
真正面から見ても横から見ても隙のない顔の輪郭。
きりりとして形の整った眉。
三白眼は透き通るようなブルーサファイア。
すっと通った鼻梁。
薄くもなければ厚くもないちょうどいい形の唇。
たしかにエレナの理想通りだったが、何かが違う。
豪商はとにかく細かった。風が吹いたら飛んでいきそうな薄っぺらさ。
「君にずっと会いたかった。一生大事にするよ!」
豪商が大きく両腕を広げた。
エレナは思わず後ずさる。脳裏に浮かぶのは、――ブラウンの寡黙な表情。
(やっぱり、無理!)
エレナが豪商へ断りを入れようと口を開く。
「あの……大変申し訳ないのですが……」
「お言葉ですが、彼女は私の妻となる人間です」
ぐいっ、と急に誰かがエレナを抱き寄せた。
いや。誰かではなく――今まさにエレナが思い浮かべていた相手、ブラウンだった。
「お、お前は一体誰だ!」
「ご紹介が遅れました。私はブラウン・ティアホールド。王国騎士団長であり、実家の侯爵家は貴国との貿易の中心です」
豪商は口をぽかんと開けて固まった。
「既に婚約も結んでおります。加えて言えば、貴方と婚約を結んでいた事実もありません。……分かりますね?」
ということで、有無を言わさず、ブラウンはエレナを連れて帰ることに成功した。
――帰りの馬車にて。
「……迷惑だっただろうか。君好みの顔の男から引き剥がすような真似をして」
ブラウンは静かに言った。
「いえ、助けてくださってありがとうございます。あの方には大事なものが欠けておりました。わたくしはようやく気づきました」
確かにブラウンの顔面はエレナの理想とは大分違う。
しかし。
実直で、真面目で、真摯。
加えて。
(胸板の厚さにときめいただなんて、恥ずかしくて絶対に言えませんわ!)
エレナはその代わりに、ブラウンの手の甲に自らの手を重ねた。
「……っ!? エレナ嬢?!」
「淑女らしからぬことをしてすみません。ただ、わたくしからも改めてお願いさせてください。卒業式のダンスを、一緒に踊っていただけませんか?」
するとブラウンは、エレナの前で初めて破顔した。
「喜んで」
そしてブラウンはエレナの希望を叶えてくれた。
年齢の数だけ種類の異なる花を集めて花束を贈ってくれただけでなく、エレナの卒業式でも立派なダンスを披露してくれたのだった。
§§§
騎士団長のブラウンは、王立学院へ度々出入りしている。
学生である貴族令息たちへの特別講義のためだ。
そこで目に止まったのは、貴族でありながら学院の花壇という花壇に水をやり雑草をむしり、花を育てる可憐な令嬢。
密かに視線を送っていたはずが部下にはしっかりとバレていて、それが伯爵家令嬢のエレナだと教えてもらった。
エレナ嬢には子どもの頃から、将来を誓った相手がいるのだという有名な話とともに。
だから諦めていたのだが――彼女が婚約破棄されたという話を知り、深く調べていくうちに、そもそも婚約者は存在していなかったのだと知った。
新たな婚約の申し入れが届かないよう、徹底的に、それはもう徹底的に手を回した。
そうしてようやく、一世一代の勇気を振り絞り、声をかけたのだ。
『貴女がエレナ嬢か?』
了
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