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『第6話:名前のない花、意味のない日々』

第5話への温かい感想、本当にありがとうございます。

「……オーバーヒートだ。思考が、まとまらない」

50名の追っ手を退け、零の願いを守り抜いた孤独王。

しかし、その代償はあまりに大きく、彼の「神の頭脳」はついに限界を迎えます。

冷徹な計算機が止まったとき、残されたのは一人の不器用な男でした。

初めて立場が逆転し、零が彼を支える、静かで切ない夜。

失われたはずの「意味のない時間」の中に、二人は何を見つけるのか。

どうぞ、最後までお楽しみください。

50名の軍勢を「処理」し終えた瞬間、俺の世界は音を立てて崩れ落ちた。

 視界が歪み、計算式がノイズとなって脳内を埋め尽くす。

 膝から崩れ落ちる俺を支えたのは、驚くほど小さな、けれど温かい手のひらだった。

「……おじさん! 起きて、お願い……!」

 零の叫びが、遠くで響く。

 俺は、彼女に担がれるようにして、村外れの小さな納屋へと逃げ込んだ。

「……計算、しろ……。俺を捨てて、北へ逃げれば……生存確率は……」

「やだ! 計算なんて、もうしないで!」

 零の声が震えている。

 彼女は、ボロボロになった自分のスカートを裂き、俺の鼻や耳から流れる血を必死に拭った。

 いつも無表情だった彼女が、顔をくしゃくしゃにして、俺のために必死に動いている。

(……非合理的だ。こんな壊れた道具、直す価値など――)

 そう思考しようとして、脳が激痛に悲鳴を上げた。

 今の俺は、1+1の計算すらままならない、ただの抜け殻だ。

 数分後、零はどこからか汲んできた水で、俺の熱い額を冷やし始めた。

「……おじさん、見て。これ、さっきの男の子がくれたの」

 零が差し出したのは、道端に咲く、名前も知らない小さな白い花だった。

 病から救われた少年が、去り際に彼女の手へ握らせたものだ。

「……花? そんなもの……何の役にも……立たない。栄養にも、武器にも……」

「うん、意味なんてないかもしれない。でも、綺麗だよ。おじさんが、この子を守ったから……この花、折れずに済んだんだよ」

 零は花を俺の枕元に置くと、そっと俺の手を握った。

 かつて彼女が母親から受けたという、あの「温もり」を分けるように。

 

「……あつい、な。貴様の、手……」

「おじさんが、頑張ったからだよ。……ありがとう。私、おじさんのこと、忘れない。たとえ世界が全部消えても、この『意味のない時間』だけは、絶対に忘れないから」

 俺は、彼女の手を握り返す力も残っていなかった。

 ただ、彼女の体温が、焼き切れた俺の神経に、どんな薬よりも優しく染み渡っていくのを感じていた。

 かつて俺は、意味のないものをすべて切り捨てて生きてきた。

 花、涙、感謝、そして安らぎ。

 それらはすべて、俺の演算を狂わせるゴミだと思っていた。

「…………零」

「なあに?」

「……悪くない。計算式の、どこにもない……こんな、無意味な……夜も」

 俺の言葉に、零は一瞬目を見開き、そしてポタポタと、俺の手の甲に涙を落とした。

 それは悲しみの涙ではなく、孤独だった二人の魂が、ようやく一つの場所に辿り着いた証だった。

 窓の外では、夜風に揺れる名もなき花が、静かに香っていた。

 俺の脳が冷えていく。

 次に目を覚ますとき、俺はまた「死神」に戻るだろう。

 だが、この夜の温度だけは、俺の冷たい数式の中に、消えない「定数」として残り続けるのだ。

第6話をお読みいただき、ありがとうございました。

最強の計算機が止まり、ただの人間として向き合った二人。

「意味のない花」に価値を見出した孤独王の心は、もう以前の彼とは違います。

零が誓った「絶対に忘れない」という言葉。

完全記憶という呪いが、初めて「祝福」に変わった瞬間でした。

次回、第7話。

回復した孤独王のもとに、王都からの「真の刺客」が到着します。

その刺客は、孤独王がかつて唯一「勝てなかった」因縁の相手で……。

「……第7話:神の頭脳、悪魔の証明」

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